エンドロールのそのあとで
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この世界の異常芸術家は3種類に分かれた。世界終焉が間近に迫り芸術もクソも無くなっている大バカ共、終焉を受け入れて自分の芸術と共に滅ぶのを決めたアホ共、財団に協力して自分の作品だけになろうとも世界にへばりつこうとするゴキブリ共。この3つである。これは3つ目。芸術を残し、あと1ヶ月後の世界終焉に抗い、人類の復活を選んだ者達の物語である。


「まだだ。まだ俺の芸術は終わっちゃいない。」

異常芸術家のジョンはそう心中で繰り返しながら必死にキャンパスに絵の具や墨を塗りたくっていた。この1ヶ月でどんな作品を作るか。それのみが頭を支配していた。

「計画に関する継続的な労働をすれば、あなたの作品を『前時代の文化の一つ』として一つ、次の世代に受け継ぐことを約束しましょう」

ある日彼の工房にやってきた財団職員は、そう取引を持ちかけてきた。聞けば財団が“計画”を進めるための人的リソースが、事故やらGoIとの抗争やらで足りなくなったらしい。ジョンのこれまでの経歴や作品を小馬鹿にする様に煽ってきた職員の言葉もあり、彼はその取引に乗ってしまった。とはいえ、財団での異常な技術屋として描いた絵の異常性やそこに使った技術の転用の時でも芸術と創作意欲が頭から離れずにいた。だが描きあげた作品は、ありきたりな構図やテーマの、自分の最高傑作とは程遠い他人の猿真似ばかり、自分の芸術オリジナリティなんて欠片もない。完成した作品は塗り潰したキャンパスのゴミ山だけか?ジョンは自嘲の笑みと溜息を零す。

もっと自分の、自分だけの芸術を求めるため、彼は自分の作品を今一度見つめ直してみることにした 。きっかけは同じ目的をもつ芸術家からの手紙という単純なものだった。幾度も日が昇るほどに自分と作品を見つめ直し、グルグル絡まっている思考の糸を解いていった。すると、自分と自分の作品はどれも同じ思想に縛られていることに気づいた。「世界終焉」という思想である。どの作品もまるで自分の焦りや恐怖をそのまま反映しているかのような作品であったこと、自分の作品とは思えなかった理由、全てが点と線で繋がった。ただの終末を描くのは面白くなく、クールではない上に、その先がない。他人の技術の真似は世界終焉による焦りや恐怖から来る思考の怠りだった。

彼は今一度、真の芸術を求めた。恐怖や焦りという枷を断ち切り、自らの全てを解放し、限界を超えたその先にある境地に到達したいがゆえだった。自分のありったけを作品に乗せ、それが新世代に受け継がれていく、そんな魂の芸術をキャンパスに描こうとした。

ジョンは描いている時には孤独になっていた。物理的にも、精神的にも誰も居ない。居るのは自分の魂と芸術のみである。彼にはそれが、たまらなく心地よかった。一切のノイズを捨てて芸術だけを追い求め、対話する。そうして魂を解放するうちに生まれた感覚──言うならば、芸術家としての第六感に身を委ねる。その実、彼の耳には風の音も鳥の声も聞こえず、飢えや渇きも脳には届かず、何日か後の世界終焉から来る彼の心の迷いや焦り、恐怖は一片も残らず断ち切られていた。子供の時に感じた、初めて絵を描いた時の感覚が、純粋な楽しさと情熱が蘇ってくる。ジョンが今まで描いた作品は、殆どが他人のためのものだ。評価に縛られ、あれを描け、これを描けという依頼や周囲の期待に応えることで、彼は芸術家としての腕を伸ばし、名声──デカいコンクールでの受賞などを手にし、財団から声を掛けられるまでになった、それが彼の人生。

しかし今は違う。彼の持つ筆は魂と共鳴し、見えない糸で繋がりあっている。実際、彼は筆に自らの魂を直接語りかけ、またその度筆にも語りかけられることで、一種の精神影響を受けたかのように素早くも繊細に、魂に導かれるまま熱い作品への情熱を──魂の炎をキャンパスに現出している。同時にパレットに込める絵の具も彼の魂の糸によってひとりでに動き出し、色を創造している。当然、そこに一点の曇りはなく晴れ渡っており、キャンパスに現れるのは彼の光り輝く魂の色のみだ。雲間から覗く赤とオレンジの太陽はまるで彼の魂のように煌々と輝いており、周囲には淡く薄いオレンジ、そこから徐々に空色へと変わっていく黒紫色の空、黒く真っ直ぐに描かれた迷いのない地平線。そして更にもうひとつ。太陽を横切るように虹を描く。虹の性質上、こんなことはありえない。だがそれを実現するのが彼の、彼だけの芸術。世界終焉から蘇る、新たな夜明けの朝。終焉の闇は過ぎ去り、新たな時代への架け橋が立つ。これこそが、俺が本当に求めていた作品。彼は満ち足りた気分で自身の最高傑作を“筐体”に運び、財団に手渡す。異常性が無いことを財団が確認した後、それは額縁に飾られた。

あれだけ苦労して、残せたのはたかが額縁一つ。しかし、その作品が飾られた時、彼が感じたのは、自分の美術館を持ったかのような征服感と満足感。世界終焉まで残り僅か、芸術家としての至上の喜びが瞳から数滴流れ、虹となっては消えてゆく。

尽日。もう彼に恐れも焦りもましてや後悔も、何も無い。筐体は新たな世界を1人の芸術家の魂と共に真っ白なキャンパスに描く。


ある日、一人のSCP-2000担当職員が、2000内部に飾られた額縁に目を奪われる。

「ん?なんだこの絵?」

もう少しよく見てみようと、その作品が被った埃を払った。瞬間、彼の頬には涙が伝っていた。自然に。何の違和感もなく。モノクロの日々に色が咲く感覚が。彼はこの絵から終わりゆく世界の中、ただひたすらに魂の芸術を求めた者の姿をはっきりと見た。前時代の財団がSCP-2000内部に異常性のある絵など飾るはずはなく、当然異常性はない。だが彼はこれに込められた1人の芸術家の魂を、真の芸術Coolを垣間見た。

間もなく、彼はこの絵から感じた魂に感化され、ある芸術家集団を創立した。どんな手段を用いようがCoolであれば、芸術家の魂をどんな形であれ世界キャンパスに映し出せればそれでいい、ということを至上としている団体ではあるものの、その裏には何の変哲もない、だが最高にCoolな芸術家がいた。魂の芸術を求める芸術家達はジョンの魂を受け継いだかのように自問自答を繰り返す。

Are We Cool Yet?

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