信仰と理性のアルカディア
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信仰とは、理性の延長である

2103年 3月某日 イタリア北部 ジェノバ郊外 ジョシュア・アイランズ・ジュニア外交・調停官

松明が煌々と焚かれた防御陣地に得体のしれない”それ”が迫りつつあった。地上では聖ユダ秘密騎士団の異端審問官たちが聖水の詰まったバトル・アスペルジラム1を片手に神を称える聖句を詠い、カラビニエリ2達の放つ聖別された銀でコーティングされた矢じりが雨のように降りそそいでいる。

影の軍勢ともいうべきそれは悪魔工学の失敗ともいえる恐ろしい産物であり、過去の世界の繁栄が招いた悪夢でもあった。地面を覆いつくさんとばかりに迫る大量の影、黒歴史、かつてのゲーム産業の悪夢ともいえるそれは血に飢えた恐ろしい形相で今にも陣地にたどり着かんとしていた。

アタリ・アルカディアの恐るべき失敗作から生み出された大量のジョージ・アームストロング・カスター。アタリの生み出した恐るべき全裸の悪魔とローマ教皇の軍勢、今まさにぶつからんと軍勢の中、その片隅で私はただ呆然と呟くしかなかった。

「どうして、私はここにいるんだ……」


48時間前


テイルローター機から見えるかつての水の都は世界が終わってなお、かつての姿のまま、その美しさを保っていた。ゆっくりと降下していく機体の中で私は静かに自身と繋がれたアタッシュケースを見て嘆息する。

世界の大半で国家の枠組みが崩壊した時、もはや外交なんてものは組織内で生き抜くための方便にすぎなくなった。私はそう理解していた。お偉方との接待に調整の為の会合、煩わしいあれこれから解放されて事務屋としてこれからの余生を過ごすのだと勝手に考えていた。

しかし、国家というのは思ったよりもしぶといらしい。あのくそったれな核の雨が降り注いでもなお、生き残った国がいた。モンテネグロ、ミクロネシアのはねっかえり、NATOの残り火、そしてバチカンだ。私は運よくその中の一つ、バチカンの正常性維持機関にあたる境界線イニシアチブとの折衝の為にジェノバ市街へと旅立つ羽目になっていた。きっかけはサイト管理官の投げやりな一言だった。

「政治屋、おまえちょっと”外交”の為に出張してこい。」

ジェノバに財団と境界線イニシアチブの大使館を設立する事になり、急遽人員を招集しているものの、残存したサイトの大半は収容サイトであり、外交官や人手が不足している為に応援を寄越せ。要はそういう事らしい。私は遥々ウラル山脈から境界線イニシアチブの管理下で栄えるジェノバへと”栄転”することになり、今まさにその地に降り立たんとしているという訳だ。

機体は年季の入ったエンジンをゆったりと落ち着けながらジェノヴァ=セストリ空軍基地へと降下していき、出迎えの幾人かが待つその地へとたどり着かんとしていた。


2103年 3月某日 イタリア ジェノバ・セストリ空軍基地 ウィリアム・ライト修道司祭

イタリア軍以外の所有する機体が飛んでいるのを見るのは久々だ。北からやってきた旧式のテイルローター機が降下する光景を見てそんな事を考える。年季の入ったエンジンがゆっくりと停止し、ハッチが解放されるのを見て普段の説法よりも2割増しの笑顔で訪問者を迎える。再び姿を現した財団、北の地より遥々とやってきた使者は思ったよりも頼りなさげな男性だった。清潔そうなスーツに品のいいネクタイ、手首に繋がれたアタッシュケース。戦前、戦時下によく見た外交官そのものだ。

「ようこそ、イタリアへ。我々は財団の帰還を歓迎します。アイランズさん」

「どうも、ミスター・ライト。我々も皆さんの健在を心の底から祝福します。大使館の要員は順次到着予定ですが、それはそれとしてまずはこのジェノバ近郊、あるいは北部の状況から伺いましょうか。」

「ええ、ええ、勿論ですとも。」

「おおよその状況は依然お伝えした通りですが、このジェノバは現在のイタリア北西部においていわゆる前線となっています。大きな脅威は二つ、一つは一定周期で押しかけてくる人型の悪魔です。西からやってきて襲撃をしかけてきて市民を誘拐していきます。現状は何とか撃退できていますが早急な対策が必要です。」

「人型の悪魔……ね、キリスト教で定義するデーモンのような?」

「いえ、カスター将軍です。ジョージ・アームストロング・カスター、アメリカ南北戦争から西部開拓時代で活躍したインディアン殺しが大量に襲い掛かってくるのです。全裸で……」

財団の外交官が困惑しているのがわかる。いや、誰だって信じまい。百年以上前に死んだはずの人物がまるで虫のように押し寄せてくるのだ。私だって初めて襲撃を目にしたときは目を疑った。

「全裸で?」

「全裸で」

「大量に?」

「それこそ数百、数千と押し寄せてきます。まるで虫がたかってくるみたいに。」

「それで、市民を?」

「さらっていきます。殺せますが死体は残りません、四角い粒子のようなものになって霧のように霧散していくのです。」

「それが一定周期で襲ってくると。」

「ええ、なので対策を練らねばならないのです。混乱するのは分かりますが知恵を貸していただきたい。」

彼は深くため息をつき頭をかきながら考え込むようにどこか遠くを眺める。もう一つの脅威についても話さないといけないが、それは後回しにした方がよいだろうと内心で問題を先送りにすることを決定する。外交官……アイランズ氏の肩を叩いて近くに停めてある馬車へと導く。

「まあ、対処をどうするかは大使館で相談していただければと思います。財団が戻ったからと言っていきなり守護天使がごとき職務に目覚めて問題を解決するのは不可能ですからね、まずは貴方が滞在する大使館へと案内します。搬出も我々で行いますのでいったん腰を落ち着けましょう。」

不承不承と言った感じで頷くのを確認して彼を黒塗りの4頭立てに押し込む。続けて彼と共に随行してきた職員の荷物を馬車に固定すると全員が乗り込んだのを確認して馬車を出す。どうせ長い付き合いになるのだ、せいぜい悩んでもらわなければ割に合わない。


24時間前


2103年 3月某日 イタリア北部 ジェノバ 財団大使館 ジョシュア・アイランズ・ジュニア外交・調停官

大使館はかつてペルー総領事館として機能していたその場所に設置されていた。数日先行して着任していた幾人かのイタリア近郊に所属の職員たちによって最低限の資材が整えられており、外交や調整を行う担当官を除けば大抵の業務は遂行可能なところまで仕事が進められている。適当な職員を捕まえて聞き出したところによると大使の人選は決まっておらず外交担当者が一時的に兼任する事になるだろうとの話だった。貧乏くじを引かされるとはまさにこの事だろう。何はともあれ職員から改めての歓迎を受けて腰を落ち着け、ライト司祭のいう”カスター将軍の群れ”について把握する事に1日を費やした。

そして、それは結局のところライト司祭の言う通りのそれだった。財団の職員として現実離れしたあれこれについての見地はもっていたつもりだが、それと比較しても奇妙で、醜悪で、そして現実離れしたそれは恐ろしい悪魔そのものといっても過言ではないだろう。まあ、結局のところ、それをどうするかの権限は自分にはないわけで、東西……管轄的には西方広域司令部の判断を仰ぐしかないわけだが。そして、結局のところ……それは私にとって最悪の方向に転がった。


司令部の対応は迅速だった。彼らはまるで私たちは仕事がなくて暇していました。とでも言わんばかりのスピードでネットワークから関連する資料を洗い出し、大使館の職員が事前に入手していたドローンの映像から目星をつけた。

それが元凶であった。かつて北米大陸に存在していたゲームメーカーのそれを異常な形で引き継いだ連中がいたらしい。アメリカ大陸の消失と共に姿を消したその要注意団体は、異常存在、アタリ製のゲーム機で動いた様々なソフトをベースにした脅威と言う形で今も世界に猛威を振るっているという訳だ。

今回のケースではこの中の一つ、かつての世界で『北米ワースト3』とまで言われたゲームソフト『Custer's Revenge』をベースにしていると見て間違いない、そう調査担当者のギークは鼻をふんすと広げた得意顔で断言した。

そして指示はこうだった。ここ100年のデータ蓄積から考えれば、その問題はゲームに関連した穴や問題をつけば対処が可能、との事だった。今回のケースでいえばこうだ。米国の条例に基づいて当該ソフトの流通差し止め、販売停止となっている事をカスター自身に認識させてやれば奴らは筐体まで戻る、そこを追跡して起動しているゲーム筐体の電源を切れだそうだ。過去の収容パターンにのっとれば可能性が高い方法だという。

「やつらは非公認ソフト、裏ゲームを誕生させるに至った元祖だ、表で活動が禁じられたと認識させれば一旦潜って裏での流通を目指す。方法を変えるために根拠地に帰るはずだ。そこを追いかけて奴らを起動しているゲーム筐体の電源を切って収容しろ。」

と言っていた。誰がそれを実行するのかと尋ねれば、それは我々でなく現地の人間で行う事だ、収容担当官や機動部隊が到着してないなら君の仕事だ、頑張りたまえと司令部は通信を打ち切った。我々、財団大使館の面々は自らの行動でこの国の人々の信頼を勝ち取らなければならない、健闘を祈ると。

これだから引きこもりのフランス連中は……そしてとうの機動部隊や収容に関連したエージェントは到着までまだしばらくの日数を要する。カスターの群れがいつ来るかわからないが、その時が来た時、大使館の面々は信頼の為にどうにかやらねばならない、そういう事だった。

私は、司令部の命令を職員に伝えた。ドローンや無線通信を担当する技術職員に生活環境を整える事が主任務の調達担当、主計課の事務屋に警備担当として着任していた保安課の職員。全員あわせても10人かそこら、収容にかかわる職員が誰一人いない中、我々は押し付けられた命令に対してどうするか話し合った。

一体だれがこれをやるんだ?我々以外の誰に押し付ければいい?

議論は廻った。日は陰り、ともかく機動部隊とエージェントたちが着任するまで待とう。そう結論が尽きそうになっていたその時だった。件のライトが飛び込んできて言ったのだ。

「カスターが出ました!随伴を!」

職員たちから向けられた視線に……私は耐えられなかった。そして私は今、戦場上空にいる。


2103年 3月某日 イタリア北部 ジェノバ郊外 ジョシュア・アイランズ・ジュニア外交・調停官

「どうして、私はここにいるんだ……」

地上を埋め尽くさんばかりに迫るカスター将軍の群れをヘリから眺めながら私の心の底から絞り出した呟きにライトが答える。地上では鎧を着てバトル・アスペルジラムを持った騎士団の一部がカスターと接触しつつあるのが見える。彼らが雄たけびを上げ、聖句を唱えながらメイスをふるうと、触れたそばからゲームオーバーにするかのように騎士の周りだけ集団が薙ぎ払われていく。ポリゴンが四散していくかのように蒸気が立ち上り、まるでハイスコアを稼ぐゲーマー集団のようにも見える。

騎士団そのものはカスターを圧倒しているように見えるが、しかし、カスターたちはその流れを迂回するようにその物量を持って防御陣地へと襲い掛かっていく。

「あなたが奴らに対抗する情報を持っているからですよ。我々だってできる事はしますが手抜きをされては困ります。誰かが現場に出て責任をもって行動するのは世の常です。」

「それは分かっているが……」

「いいから、やつらにその、法的なあれこれを叩きつけてやれば巣まで案内してくれるのでしょう!猟犬も兵士もいます、だから安心して宣言してやってください。」

ヘリは群れの進行方向、イニシアチブの防衛陣地に着陸し、私とライトはそれこそ放り出されるように陣地に転がり込む。カスターたちはまさに防御陣地のバリケードに到達しようとしており、ヒュダン!ヒュダダン!とカラビニエリの連装式クロスボウが矢を撃ちまくってそれを無理やり引きはがすように撃退するのが見える。

やがて、やたらめったら撃ちまくってカスターを狩るカラビニエリの中から、マントを翻して一人の男性が現れる。男性はようやくヘリに気が付いたかのように心底忌々しいといった趣きでこちらに叫ぶ。准尉の階級章から推察するに現場指揮官と言った所だろう。

傍らでは防衛陣地のバリケードを飛び込え、カラビニエリに飛び掛かってくる全裸の変態をバケツヘルメットをかぶった騎士がメイスで叩きのめしている光景が鮮明に映り込み、消えていく前の下半身の”それに”一瞬意識を持っていかれそうになるが大声で意識を差し戻す。

「ここは政治家の来るところじゃないぞ!さっさとそのひょろい奴を連れて街へ戻れ!」

「ええ、でも奴らの対処法を持ってきましたよ。財団の方々がやっと我々の要請を飲んでエージェントをよこしてきました。」

「このなよなよした?」

言われたい放題になっている。私は出来れば逃げだしてそのままウラルの地下に戻りたかったが、状況はそれを許してはくれないようだった。せめてこれ以上悪化させないためにと無理やり声を絞り出して返答する。

「ええ、そのナヨナヨです。エージェント・アイランズ。ジョシュア・アイランズです。奴らを巣に叩き返して、その上根絶する方法を持ってきました。」

怪訝な顔をするその偉そうなカラビニエリに対してライトが余計な一言を添える。

「巣にあるゲーム機?の電源を切ってソフトを抜いてしまえば止まるそうです。私はよくわかってないですが追い返して追跡してやればいいと。」

「追い返すだ?どうやれっていうんだ。」

プチっと何かが切れたような、そんな感覚がした……いや、切り替わったと言ってもいいかもしれない。ともかく私は叫び返した。ニヤニヤした嫌らしい顔つきの何人かがこちらに殺到するのが見えたがカラビニエリの胸倉をつかんで無理やりに聞かせる。

「追い返してやるから追いかけて巣をつぶせって言ってるんだ。私のいう事を聞け!この黒マントのろくでなし!奴ら全体に声が届く場所へ案内しろ。手本を見せてやる。」

カラビニエリが逡巡しているさまをみて言葉を浴びせてなんとか彼を説得する。カラビニエリ、生意気な准尉は改めて忌々しげな舌打ちの末に私を司令部まで案内した。

カラビニエリの男……やけっぱちの准尉の案内で司令部へと通されると、ライトのとりなしで私は放送設備へと案内される。司令部各所に設置されたモニターには下半身の人とは思えない異様に大きな”それ”を誇示するようにカラビニエリや騎士に襲い掛かるカスターが各所に映り込んでいた。一部では”コト”に及んでいるそれや、担ぎ上げて連れ去る光景も映し出されている。私は使い慣れぬ機材に四苦八苦しながらも全館放送を起動するとマイクにやけっぱちの叫びを投げつける。

「こちらは!ペギー!汎欧州ゲーム情報です!皆さんの流通は!欧州インタラクティブ・ソフトウェア連盟によって差し止められました!繰り返します。皆さんは販売が差し止められました!皆さんをプレイする事は法律上禁止されています!直ちに、ゲームプレイを中止して行政機関の指示に従ってください!」

同じ内容を2度、3度と繰り返す。そして……そして、それは思いもよらぬほど劇的に物事を動かした。ある意味ではこれもまたゲームのようだった。下半身の槍をしぼませ、青白い顔になったカスターが一斉に陣地から逃げ出し始めたのだ。それまで腰を振っていたカスターも、腰に手をかけ今まさに兵士を連れ去ろうとしていたカスターも、一斉にだ。カラビニエリ達は今までの復讐とばかりにボルトを浴びせかけるのがモニターから確認できる。ライトが慌ててカラビニエリに対してメッセージを送ったのが見えるが、私はその段階で腰砕けになったように椅子にへたり込むばかりだった。


結局のところ、カラビニエリも聖ユダ秘密騎士団もあのカスターたちの巣を見つける事は出来なかった。司令部が部隊を掌握して騎兵を用立て、追跡を始めた頃にはカスターは遠方に逃げ去っており、ダメもとの追跡が繰り広げられたものの、20kmも追い立てたところで最後の一人を見失ってしまった。それが事の顛末だ。今後どうなっていくのか、あのカスターがどこに潜んでいるかはカラビニエリの調査隊が引き継いで担当すると、そういう事になるらしい。

最終的な解決にはならなかったものの、それでもライト司祭は上機嫌で私を大使館に送り届けてくれた。司令部でへたり込む私をかいがいしく世話して、迎えの馬車を用立て、自ら馬車を操ってジェノバへと運ぶなんてサービス精神旺盛な対応だ。私は、身体的なあれこれはともかく、精神的に疲れ切った体を引きずりながら大使館へと戻った。大使館の扉を開き、体を滑り込ませる最後の瞬間、ライトは言った。

「口先の魔術師がきちんと仕事をしてくれるのを確認できましたからね、これなら本来の障害も対処してもらえそうですし。だから精いっぱい我々のために働いてくださいね、アイランズ大使。」

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