カレーが降っている。高高度10,000mから、レトルトパウチに詰められた一包のカレーが、今まさに地上を目掛け自由落下している。灰色の空の下で生きる人間たちはそのことを知る由もない。
状況を理解していたのは当該のカレーだけだった カレールウの大部分を構成するターメリック成分で色づいた粘体が、神経細胞や集積回路として働き得ないことは一般科学的見地から明らかである。しかし如何なる考証より先に存在する事実として、この世界において「カレー」という食物は人知れず自我意識を持ちはじめることがあるので、このように書くほかにない。
重力加速度と自身の質量を概算して、そのカレーは地表衝突までの時間を有意義に使うことにした。哲学的思索である。今のところ世間にはあまり周知されていないが、カレーの間ではこのところ哲学に対する関心が高まっている。
(我カレー思うゆえに我カレーはあり……ならば、我カレーはどこから来てどこへ行くのか)
そのカレーは、己が何者かに望まれて生み出された存在であることを理解していた。それはアプリオリな知識として当該カレーのスパイス成分に織り込まれている。隠し味は愛情だとか、食物の本分は人に食べて貰うことだとか、そういった類いの話ではない。しかし、"誰かが己を呼んでいる"。
カレーが今も降下し続けているのは、その理由を求めるがゆえであった。
やがて雲間を抜け、地表の展望が真下に広がる。そこでようやく、カレーは自身が何に向かって落下しているのかを知ることとなった。空気抵抗の助けを借りずとも、その光景からカレーが全ての理由を掬い取るだけの猶予は残されていた。
(ああ……そういう事だったのか)
ついに目標へ衝突する刹那、そのカレーは確かに己の存在意義を理解した。最期にパウチの隙間から漏れ出た香辛の吐息は、皮肉気であると同時に、満足気なものだったという。
SCP-388-JP実験記録
日付20██/██/██
対象: 試験用簡易ターゲット
使用者: Dクラス職員 d-10██
国籍及び出身国: インド共和国
実験結果: 簡易ターゲットは問題なく爆撃によって破壊され、爆撃跡からは破損したアルミ包装と200g相当のカレーが発見されました。残存したカレーは回収され、分析の後に食味試験にて全て消費されました。
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カレーが配られている。銀色の鍋になみなみと溜まったカレーが順々に生徒たちに行き渡り、口に運ばれていく。全国の学校で毎日のように観測される、実に平和な昼食の風景だ。
そのカレーは自身のあり方に満足していた。希望に満ち溢れた学び舎で、カレーは子供たちの日々を支える糧となる。食べ盛りの彼らは自分を争う様に掻き込み、そして「おいしい」と喜んでくれるのだ。そのカレーはカレーの中では比較的シンプルな考え方をする方だったので、自身が成し得ること 食物としての消費に何よりの誇りを抱いていた。
だからこそ、そのカレーは自己研鑽を欠かさなかった。子供たちが学び、絶えず自らの可能性を伸ばしていくのなら、自身もまたその成長に見合ったカレーでなければならない。
(精神的に向上心のないものは馬鹿バカレーだ)
中高一貫校で聞いたこの言葉をむね肉に刻んで、そのカレーは自身を練り上げ続けた。昨日よりも今日はよりおいしくなるように。そして、己のおいしさがより多くの生徒へ届くようにと願った。果たして、その願いはカレーの御仏に聞き届けられたのであろうか。生徒たちは今日も眼を輝かせながらカレーを求め続けてくれている。
(どうか健やかに育ってくれ、若人よ)
そのカレーは子供たちを見守り続ける。いつまでも、いつまでも。
さて。残念ながら普通の学校では細菌学や食品衛生学を詳しく教えてくれない。少なくともカレーに対してはそうである。だから長年を経て自身がもはやおぞましい存在に成り果てていることを、そのカレーは知らなかった。
SCP-860-JP発見経緯
20██/██/██、SCP-860-JPは██県の特定地域における異常な食中毒アウトブレイクに関する通報から財団に捕捉されました。発見時当該地域に存在する██小学校では生徒・教職員ほぼ全員がSCP-860-JPの影響下に置かれており、同小学校における学校給食の廃止が地域全域に被害を拡散したものと考えられています。
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カレーが移動している。カレーが盛りつけられた皿がカートに載せられ、実験助手に押されながら財団サイトの通路を滑らかかつ平行に動いていた。
数分前、そのカレーは無気力に満ちていた。だからといって味が変わるわけでもないが、とにかくそうだったのだ。
ここのサイト食堂で出るメニューすべてが「可もなく不可もなく」という評価を下されることは有名だった。財団が長年の施設運用で導き出した、最低限のコストで最大限の空腹を解消するための料理 良く言えば「万人受けする角の立たない味」、悪く言えば「誰にとってもちょっと物足りない」。カレーもまた、その例に漏れない。
(今の日常に満足していないわけじゃないの、でもちょっとしたスパイスが欲しい)
そんな時、カレーは食堂から連れ出された。倦怠期の人妻かのような悩みを抱えていたカレーにとって、死んだような顔の職員に食われる以外の結末は予想だにしていないことだった。
やがてカートが辿り着いたのはサイト内の実験チャンバー。開かれたドアの先で待っていた人物を見て、そのカレーの温度はほんの少し上昇した。ウコン色より眩しいオレンジのジャンプスーツを着た彼は、ワイルドな目付きをこちらに向け舌なめずりをする。
彼との出会いが、つまらないカレーの何かを変えようとしていた。目の前にいるだけで自分の成分が組み替えられていくかのような、そんな感覚 危険な、スパイスの香り。ずっと求めていたもの。スプーンがゆっくりと挿入され、カレーの中をかき回す。そのカレーは身もだえしながら、彼に囁いた。
(あなたは、私を燃え上がらせてくれる?)
運命の口づけは、クミンの味がした。
SCP-717-JPに収録されているジョークと、生じる現実改変能力の一覧(抜粋)
対象ジョーク: カレーは辛かれえ
被験者: D-████
実験環境: 実験チャンバー内に被験者のみを配置。ジョーク発声後、被験者に職員向け食堂で調理したカレーを食べさせる。
生じた現象: 食事後、被験者の顔面は急激に紅潮し、口から炎を噴出させながら暴れ出した。
付記: 被験者は取り押さえられ、医務室に搬送された。被験者が舌に対する非常に強い刺激を訴えたため口腔内から採取したカレーを分析したところ、含有するカプサイシンの刺激強度はスコヴィル値にして1600万に達すると測定された。
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「……おっ、いい匂い」
疲れ果てた日の帰り道、ある男の鼻をカレーの香りがくすぐった。男は日常のちょっとした幸せを感じながら匂いが漂ってくる自宅のドアを開ける。そのカレーは実のところカレーではなかったので、その後は語らない。
SCP-1042-JP関連事案記録
概要: 20██/██/██、███市に居住する██一家の家屋にてSCP-1042-JPの営巣地を発見。被害者4名は社会復帰可能と判断された者を除き近傍の財団施設へと隔離された。一般人によるオンライン上への当事案関連映像の拡散は次回の定期隠蔽工作にて対処される予定。



