明日、俺は裁判所へ行く。何故かって?正当防衛として人を殺したからだ。あの野郎は街で俺を掴んで路地に連れ込んだと思えば、盗みを働こうとした。そのうえ、抵抗をすれば攻撃してきた。だから自分で身を守ったんだ。あいつの死体なら、横たわって地面を血で汚し、俺は彼に対してナイフを向けたまま。それから、「被害者」の遺族が告訴してきたのさ。俺らがやりあったことによる騒音を聞いて駆け付けた人たちは、誰もその始まりを見ていなかった。後になって、警察も俺が殺ったことは知らないと分かった。誰が俺を弁護をしても、「終身刑」になるのだろう。瞼が重くなってきたし、少し寝ることにする。手足を伸ばすと、俺は独房のベッドに横になった。
目を覚ますと、昼間になっていて、裁判の時間が迫っていた。俺はむしろ、判決に関して悲観的だが、看守が俺の元に来て命令してくると……結局、むしろ、彼についていくことを強いられてしまう。一時間後、俺は殺したやつの遺族の前だ。目撃者が出廷し、見たものについて説明している。以上です。遺族は泣き出し、被害者はなにも悪くなかったと釈明した。俺は正当防衛だと訴えると、陪審員たちは話し合いに入る。彼らは手間取ることなく、俺にフランスで最大の罰を与えてきた。
一時的に入れられている独房に戻ると、看守が訪ねてきた。看守が言うには俺に会いに来た人がいるらしい。俺に会いに来た人が。家族がいなくなって長いこと経つし、一人暮らしというのに。友達……俺の友達の皆だが、もう友達とは呼ぶことのできない皆だ。彼らが俺に背を向ける。俺が立ち上がり、看守が独房へ連れ戻すと、誰かが俺のことを待っていた。その男はビジネスマンといった風貌で、俺に座る間も与えず近づいてきて話を始める。
「こんにちは、ムッシュー・コーエン、私は政府で働いている者です。我々はあなたの身に起こったことも存じていますし、あなたに下された判決を減刑するよう示談することもできます」
彼はタキシードからカードを取り出す。俺はプロじゃないからなんともだが、嘘はついていないと思った。
「その……いきなり悪いかもしれないが、あなたは誰で、どうやって俺のことを知った?あと俺を減刑させようなんて、できっこないさ!」
- 「そうかもしれません。ですが想像してみてください、我々はあなたの刑期を減らせるよう尽力します。契約書にサインしていただければ十分です。判決が言い渡された後は我々が処理します。勿論、タダではしません。ちょっとした仕事を、我々の為にしていただきます」
- 「あなたがたが俺をからかって言っているわけじゃないと信じられると思うか?」
- 「証明はできません。しかし、あなたが失うものは何もないのでは?契約書の文面を読み、承諾するかどうか決められるは、あなたなのですよ」
彼は身をかがめると、鞄の中を探り、書類を取り出して俺の方へと提示してきた。書類を読み始めていくと、減刑すると間違いなく書かれていた。注意深く読んでいくと、この契約書に署名した人物は「特定」の状況下で危険に晒されることを受諾します、とある。危険って何のことだ?囚人の中には暴力的な人もいるのは事実だと思うが、ほとんどの刑務所では当たり前のことに思う。俺は契約書に署名を書き込んでいく。署名の途中だったというのに、男は書類を俺から取ると鞄にしまってしまった。
「感謝します、ムッシュー・コーエン1。またお会いしましょう、その日を楽しみにしております」
- 「こちらこそ」
男はこういった形式は何度もやっています、というような感じで俺へそう言った。看守に独房まで連れ戻された俺は、寝台で横になることにした。
あの謎の男と会ってから二日が経った現在、俺は看守たちに車へと連行されている。刑務所にぶち込まれるのさ。看守が二人到着すると、俺のことを乱暴に呼んできて、いい気分はしなかった。たったそれだけのことだというのに。そして二人の看守は俺を輸送車で連れ去っていった。輸送車には俺以外にも他にも囚人がいた。四人の看守のうち二人が一緒に、俺らの後ろに乗り込むと、輸送車が発進した。輸送車での時間は長かったから、他の囚人と雑談にふけることにした。
「こんにちは、あなたはどうして刑務所へ送られることに?」
- 「大きい声を出すな、ここで笑いものにしようってんじゃねえだろうな!」
チッ、と看守、俺らは会話すらさせてもらえないらしい。ところで、俺らはどこへ向かってるんだ?刑務所は既に通り過ぎており、そっから何時間も経っている。看守は俺の言うことに耳は貸したが、この看守は俺に黙っていてほしいらしい。なんの冗談だよ、何も知らねえくせに。
「なあ、物静かな看守さんよ、刑務所はもう過ぎてる、俺らをどこへ連れていくつもりだ?」
- 「自分達がどこへ連れていかれているのか、それはお前らの知る必要のないことだ」
この看守は俺を苛立たせてくる。俺のいるこの場所からなら、看守を打ち負かすことなんてそれほど手間のかかることじゃない。何よりも、俺は看守へ苛立ちを抱いていた。俺は立ち上がり、縛られた両手など関係なしに、持てる力を全て看守へとぶつけてやった。他の看守が立ち上がり、俺を棒で殴った。そのせいだ。俺が意識を失ったのは。
思考がだんだんと戻っていく。見えるもの全てにピントが合わなかったが、俺にははっきりと分かったこともあった。手を縛られたままで、地面に引きずられている。再び意識はまどろみの中に落ちていき、次に目を開けた時には白色の独房だった。窓もなく、この独房で見ることが出来るのは鏡、洗面台、トイレにベッド。最低限のものだけだ。この独房の扉はこの刑務所の「普通の」扉とは違って鋼鉄製だった。だが扉に格子は取り付けられておらず、その箇所に何かのシンボルマークが描かれている。扉が開くと、俺は輸送車の中で見たのとは違う制服を着た看守を目にした。そいつは軍服を纏っていた。
「識別番号デルタ-8113、着いてこい、あなたの健康診断を行わねばならない」
俺は着ていた単調な服を、何者かにオレンジ色の制服へと着替えさせられていたことなど、気にすることでもなかった。服の上には8113と呼称が記載された金属製の薄板が付けられている。俺は二人の看守に、ここはどこなのか?とか、この場所は何なのか?とかいくつか質問したが、どっちの看守も答えることはなかった。俺もこの二人の看守と同じ、この刑務所を形作る一人と思うと、余計に腹が立ってくる。
「こんにちは、財団の新たなデルタクラススタッフの一員を歓迎します。はじめに、我々と契約してくださったことに感謝を。契約書に明記されているように、法廷で下された判決よりも早くあなたは自由の身になれます。少なくとも、生きていればの話ですが。いくつか質問をしますので、正直にお答えください」
- 「ええっと、待ってくれ、俺がやらされることになっている「ちょっとした」仕事ってのが何なのか教えてくれ、でないと帰るぞ」
- 「ムッシュー、あなたの仕事だってやる前に説明されなかったということはないだろう、俺はこの仕事について何も情報をもらってない」
- 「まあ、仮に説明しないつもりなら、契約は破棄だ!」
- 「ムッシュー、落ち着いてください。契約書には次のように規定されていることをお伝えしたく……」
- 「でもお前らの契約なんざどうでもいいんだよ、こっちは堪忍袋の緒が切れそうだ」
- 「エージェント、こいつを捕らえろ、そして記憶処理剤の投与準備だ。そうすれば、こいつももっと協力的になるだろうよ」
看守どもが俺へと近づいてきやがるので、身を守るためにも、生死が賭かっているかのようにもがいた。彼らは相手取るには強すぎた。白衣姿の男が俺の背後へとやってくると、何かを投与され、体の力が抜けて倒れこんでしまった。もう俺は意識を手放さざるを得ない。
俺は独房の中で目を覚ます。