ドワーフからの要求及び提言―オペレーション: トーングリッドに於ける教訓
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狙撃の瞬間、射手の精神は瞑想中と同じ状態であると、昔誰かに聞いたことがある。
だけど、その時の私は無心からは程遠い状態にあった。

私はその時、”標的”がいるカフェのバルコニーから40ydほど離れたバーの店内、その窓際のテーブルにいた。目の前には既に温くなった瓶入りのビールがあるが、一口も手を付けていない。反対側にはチームリーダーのハリソンが、同じくビールを前に佇んでいる。隣のテーブルには、護衛を務める名も知らないメンバーが2人、私を他人の目から隠すように立っている。全員私服で、腰のホルスターに収められた拳銃を上着やシャツで隠すように身に着けている。全員の名前を知っているのはハリソンだけだ。

射撃許可が下りたら、出来る事ならテーブルにグリップを載せて撃ちたいと思った。

”標的”は灰色の高級そうなジャケットに真っ白なシャツ、ジーンズ。金縁のサングラスに、首元まで伸びたゆるく波打つ金髪。首元には銀色のネックチェーン。年齢は20代半ばといったところだろうか。いかにも伊達男を気取ろうとしているのが丸わかりだ。私たちのいるところからは、その金髪が天然ではなくて脱色である事もわかる。どうやら自分の能力を自分自身の肉体に使おうとは思わなかったらしい。

どういうわけか、”お子様神”は自分の肉体を改変する事を嫌がるらしい。結局の所、グリーンも所詮は怖がりの人間だという事だろう。

子供の頃からカルテルの一員として生きる中、ユーロニモス5の命日と誕生日が同じという理由で彼に心酔し、腕には彼と同じ逆十字のタトゥーを入れた。至る所で異常性交、強姦、快楽殺人を繰り返し、最終的には彼が崇拝していた悪魔そのものになろうとしたらしい。その力で組織内では重要な地位を占めるに至ったらしいが、そこまでやれば当然ながら目を付けられる。
財団やGOC、そして私たちCRITICSのような”逸脱性”を相手にする組織にだ。

私たちi3分遣隊に所属するフィールドエージェントの主な仕事はHUMINT6が中心で、だから銃が必要になるのは対象の追跡/触接維持、目標捕捉の最中に別の正常性維持組織の構成員―例えば”溜め込み屋”7や、滅多に無いが”愚連隊”の奴ら8に出会った時(奴らと私たちは表立って敵対している訳じゃないが、理念も目的も違うから、当然ながら決して友好的な関係ではないー特に後者についてはー。)、或いは誰かを脅かす必要がある時くらいだというのが私たちの共通認識だった。一応、STIG9やCRSA10の到着を待てない時に限っては、私たちが初期収容か無力化を図る必要があるという事になっていて、だから今回は普段の軽くて小さいグロック19だけじゃなくて、わざわざ重い44マグナムのリボルバーを持ってきたんだ。

実際、この銃は訓練で撃つ分には楽しい銃だったし、こういう状況―つまり相手の意識が消えるまでこちらに気づかれるわけにはいかないが、ライフルのような隠し持てない武器が使えない時―には適した弾だという事は知っている。一般的に使われる9mmや45ACPと違って、44マグナムは適した弾を選べば100yd以上先まで超音速を維持できる。つまり、この距離で発砲した場合、発射音が相手に聞こえる前に弾が届く。尤も、それだけを望むのなら357マグナムと適切な弾を選んだほうがより良好な結果が得られるが、この銃は同時にHOBOs11との突発的な交戦への備えという性質も持っている。だから、グリズリーや何かと遭遇するかもしれないハンターか、映画に出てくるステレオタイプのタフガイ気取りくらいしか使い手のいない44マグナム弾仕様になっている。

まともな脳の持ち主なら、ホーボーのような連中と渡り合うと聞かされれば大人しくライフルを選ぶだろう。私たちがそうしないのは、隠し持てる武器しか使えないのにそういった連中とばったり出会ってしまう事があるからだ。尤も、この馬鹿でかいリボルバーを人目につかないように持ち歩くのは骨が折れる。ホルスターに入れるなら上着は必須だし、真夏でそんな恰好をしていれば、銃そのものよりその出で立ちの方がよっぽど目立つ―服の下に何かを隠している事をひけらかしているようなものだから。私たちはどこかの気の利いたメーカーが作ったボディバッグを参考にして、こういった長い銃をスムーズに出し入れできるものを作った。それでも重さだけはどうにもならない。

立った姿勢から50ydを撃つなら、少なくとも10秒、できれば15秒ほどの余裕は欲しい。単に顔に当てれば良いのなら3,4秒もあれば十分だけど、1発で確実に相手を”不可逆的な無力化”に追い込むには、確実に脳幹に当てなくてはいけない。ただ、銃そのものは、100ydで6発撃った場合でも全弾がピンポン玉の大きさに纏まる。そしてまた、この距離で弾道の落下は殆ど考えなくて良かった。それが私にとって、気の休まる数少ない要素だった。

だけど、最悪な事にあいつの周りには護衛がいた。幸い、見たところ奴らはホーボーじゃない。上空のリーパー12を通じて見ていたCSU13のオペレーターが先ほどハリソンに伝えてきたところによると、どうやら奴らはGOCが買収した地元カルテルの構成員らしい。なぜ奴らがグリーンを護衛しているのかは分からない。少なくともCSPTA14では奴らとの関連性なんて検出されなかったし、CDSI15の段階でもそんな兆候は全く無かった筈だ。

少しでも彼が気分を害するような事が起きれば、その瞬間この世界は私たちが知っている世界じゃなくなってしまうだろう。周り全員の血はコーヒーカップの中身と同じものに、骨は奴が食っているパウンドケーキに変えられ、私たちも同じ目にあうだろう。

GOCも私たちと同様に、”グリーンは見つけ次第殺す”が哲学だった筈だ。とはいえ、GOCの表向きの親玉である所のUNEPS16自体が既に誰からも信用されない組織である事を考えれば、色々想像はつく。汚職に次ぐ汚職、スパイの巣窟。業を煮やした米国と英国を中心としたNATO諸国は既にUNEPSから距離を取り始め、特にGOCに対しては今では逆に潜在的敵国並みの監視対象に指定している。組織上はUNEPSの一部門であるGOCもそれは同様で、少なくとも幾つかの非公式作戦は、本来奴らに期待される使命である敵対的GoI/PoIが保有する異常性技術或いはオブジェクトそのものの破壊ではなく、それらの奪取・確保と関係者の拉致に主眼が置かれていた事は既に明らかになっている。特に、ロミオ・ブラヴォー17の使い道は色々あるらしい。奴らを上手い事昏睡状態にして、脳髄だけを取り出して得体の知れない装置に接続した指向性の現実改変兵器について書かれたTIARAS18の報告書を見たのは一度だけじゃない。

銃を取りだすのに2秒、射撃姿勢を作るのに1秒、撃つのに15秒。その間に奴らが気づくかもしれないし、不審に思った周りの客や店員が邪魔に入るかもしれない。少しでも騒ぎになれば、私らはおしまいだ。

私が狙撃を成功させれば、そうはならない。でも、どちらにせよ、その後護衛についている奴らは私たちに気づいて撃ってくるだろう。そうしたらたった6発、いや5発の弾じゃどうにもならない。一応予備のローダーは有るけど、それでも11発しかない。そうなったらシャツをまくり上げて股間のグロックを使う事になるだろう。

全く、奴と一緒にいるのが”倉庫番”19の関係者だったらどれだけましだったか。奴らが困ったときに呼び出すクソ野郎共20の招集元は”うちの会社”なんだから。

「対象を無力化する」

ICSUオペレーターから連絡を受けたハリソンが、口元のマイクに向かってぼそぼそと口にするのが聞こえた、同時にアイコンタクト。ビールなんて一口も口にしていないのに、まるで酒に酔った時のように顔が火照るのを感じる。緊張で胃酸が喉まで込みあがってきた。10秒かけて息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。3セット。それからわずかに頷き、後ろの二人に合図の咳払い。

テーブルに置いたバッグから銃を取り出し、グリップをテーブルに押し付ける。頑丈なテーブルだったのは有難い事だった。

照準器の中にある赤い点が、奴の後頭部の下、ちょうど首と頭の境界に重なり、呼吸に合わせてそれが上下する。
引き金に掛けた指に力を加えつつ、再び息をゆっくりと吸い込み、そこで止める。周りの音が聞こえなくなり、赤い点と、奴の髪の生え際、銃と私の肉体、全てが一つになる。






















照準器の中にピンク色の霧と飛沫が広がる。そして暴風のような音が耳に届く。
私は機械的に無線のスイッチを入れた。

「タンゴ・ユニフォーム。27離脱を開始せよ」

狙撃が成功した事を告げるCSUオペレーターの声が無線から聞こえてくる。だけど、私たちの仕事はまだ終わりじゃない。店の中は突然の轟音に一瞬静まり返り、次いで誰かの「銃だ!」という叫び声を切欠に、悲鳴と怒号で満たされた。

私とハリソンは銃を回りに向けて警戒しながら店を出る。

「シエラ41、イーグル3。脱出地点は5ブロック東、ドラッグストアの角。白のフォード・トランジット。現在移動中、幸運を」
「了解、イーグル3。シエラ41、アウト」

店を出たところで交信を終え、銃を腰のホルスターにしまった。バッグに入れなかったのは、もしかしたら逃げる途中で撃つ機会があるかもしれないと思ったからだ。それに、もはや銃を隠す必要はなさそうだった。

走り出す。遠くから銃声、奴らの反応は予想よりも少し遅かった。自動火器でつい先ほどまで私たちがいたバーを掃射しているらしい。戦闘慣れしているとは思えなかった。本職の戦術要員ならこうはいかなかっただろう。これならそんなに苦労せずに脱出できるかもしれない。

だが、次の無線交信でそんな希望は吹き飛んでしまった。

「シエラ41、イーグル3。勧告だ。AO28の南東から車列。ハンヴィー2両、SUV3両。ハンヴィーにはUNの表記、敵対行動の恐れあり。警戒せよ」

この地域は何年も前から続く麻薬戦争の拡大で、ついにはUNEPSの監視下に置かれるまでに至った場所だ。国軍や州警察さえもカルテルの傘下に寝返った奴らが半数以上を占めている。米国は国境を完全に封鎖し、その外側に軍隊を展開しているが、UNEPSが展開している地域にはほぼ間違いなくGOCの連絡員が居て、しかも恐らく私たちのターゲットについても把握しているはずだった。恐らく、GOCの排撃班ー実際には”拉致班”だろうけどーの要員を配置するまでの時間稼ぎとして、カルテルに取引でも持ちかけたのだろう。

私たちがいる場所はグリーン・ゾーンからは30マイル以上離れているから、車だけで逃げ切るのは不可能だろう。

「了解した。ヘリでの回収を要請する」
「イーグル3よりシエラ41、了解した。リーパーはビンゴ。29。代わりの機体が向かっている。航空ISR30支援は10分間オフラインになる。サイレントホーク31が3機待機中、QRF32を動員する。市街地の外まで行けばCAS33も可能だ。オーバー」
「シエラ41、了解」

最後の無線交信が終わる間際、前からも銃声、そして銃弾が私のすぐ近くを通り過ぎる風切り音が聞こえた。
逃げ惑う市民の間に、ライフルを持った奴らが何人か、1ブロックほど先から出てくるのが見えた。カルテルの連中だろうか、ラフな服装で、まだ成人にも達していないようだった。

車を盾にしながら、私はグロックではなく.44を使う事に決めた。こちらに撃ってくる奴の、とにかく身体の見えている部分を狙って撃つ。ハリソンも、それから名前も知らない二人の警護要員も持ってきた武器で反撃していた。とはいえ、彼らが持っているのは普通の拳銃だ。じっくり狙わないと9mmや45ACPでこの距離を戦うのは難しい。今の状況を打開できそうなのは私の銃だけだ。

最初の一人は楽だった。奴は私たちが撃ち返しているのにも気づいていなかったから、体を隠そうともせず道のど真ん中でFAL34を腰だめで乱射していた。

他の連中は、彼が倒れるのを見て、慌てて近くの建物やごみ箱の陰に隠れたが、それでも撃ちまくるのは止めなかった。

何て事だ、アクション映画―それも敵の弾は絶対に主人公に当たらないタイプ―のような銃撃戦になってしまった。

2人目、タイヤの間から足が覗いていた。そこを狙って撃つ。爪先が吹き飛び、悲鳴を上げながら倒れてきた所にもう1発。流れ弾が路面を掠め、はじけ飛んだ破片が顔に当たる。サングラスをしていなかったら片目をやられていたかもしれない。

再び体を起こし、狙える敵がいないか探したが、もう見当たらなかった。死んだか、逃げ出したか。どっちでも良かった。

その時、後ろから護衛要員の「ファック!」が聞こえた。振り返ると、真っ赤に染まり、脳漿をへばりつかせた灰色のジャケットがまず目に入った。ついでその上には数えきれないほどの、金色の蔦のようなものが10フィート近く伸びていて、その先には黒い逆十字。それで触れた物を片っ端から突き刺している。右手には千切れたネックチェーン。相当なお気に入りだったのだろう。左手には、恐らく護衛の一人が持っていたのだろう小型のサブマシンガンがあった。どうやら”不可逆的な無力化”には失敗したらしい。

どういうわけか、彼は恐怖を克服して、本当になりたかったものになった。尤も、その姿まで求めていたとは思えないが。

私は躊躇せず、目の前の悪魔になったオブジェクトに発砲した。周りもそれに続く。

1発目、奴の体幹に命中。大きく後ろに仰け反った。そこで奴はこちらに振り向き、頭の蔦をこちらに伸ばしながら、左手に持った銃をこちらに向けて撃ち始めた。

2発目、撃つのが早すぎた。弾は黒十字のうちの一つを掠めてどこかへ飛び去った。3発目、右肩に命中し、後ずさった。訓練通り、タイヤのホイールを盾にしながら予備のクリップで6発を装填する。クソッ、たった6発だ。

「後退するぞ、ミラ!」

久しぶりに自分の名前を呼ばれた気がした。

「了解!10ヤード後退する!」

皆が一斉に撃ち始めた。グロックやSIGから放たれた9mmは次々に命中していくが、あの忌々しいジャケットに穴を開け、ピンク色の霧をわずかに噴き上げるだけで、奴自身は少したじろぐだけだった。そして、奴のSMGはまるで古いアクション映画の主人公が撃っている時みたいに、一向に弾が尽きる様子が無かった。

「シエラ41よりイーグル3!標的は逸脱状態に移行してこちらを追撃中!即時評価を要請する!・・・装填!」
「イーグル3、シエラ41。了解した。対象は既に視認している」

このやり取りを聞いて、私の10yd先で弾倉交換を終えたハリソンに思わず呼びかけた。

「もし干渉レベルに達していたらどうする!?」
「ハンマーダウン35は避けられないだろうな!覚悟は決めておけよ、ミラ!」
「ファッキン・シット!了解だ!護衛要員を連れて後退しろ!20ヤード!」
「了解、下がるぞ!」

私は再び銃を構えたが、その時何発の弾が盾にしていた車に命中した。今や距離は20ydを切っている。
仕切り直しの1発、再びターゲットの体幹にめり込んだが、その後私が目にしたのは、期待した光景ではなかった。

弾が命中した時、奴は体をグラつかせ、まるでクレーターのような弾痕が胸の真ん中に生じた。全身の傷から黒っぽい液体をまき散らし、次いで胸に空いた巨大な穴から人の手足みたいな物体が生えてきた。






次の変化はもっとシュールで醜悪だった。





ジーンズを突き破って巨大な幹状の基幹が姿を現した。それは先端が膨らんでいて、表面には脈打つ筋が何本か。どう見てもペニスにしか見えなかった。それが何本も生えてきた。




蔦がそれを撫でまわし始めた。




その光景は余りにも非現実的で、私は思わず構えを解いてしまった。

「変態野郎の妄想が実体化したぞ、ハリソン!」
「見えてるさ!グロテスクの黄金時代到来だ!」

構わず残りの弾を撃ち込もうと再び銃を構えた時、体の何か所か、肩、脇腹、太もも。その部分の皮膚だけに思いっきり強い衝撃と傷みを感じた。痛む部分に目をやると、変態野郎の怒張に貫かれているのがわかった。奴の変態っぷりを目にした滑稽さと、奴の姿の奇怪さ、そして今感じている痛みとが全く頭の中で結びつかなかった。

こんなクソ変態野郎が存在する事が許せなかった。頭の中が理不尽さに対する怒りで満たされた。"Rinkhals"を左手に持ち換え、恐らくは狂喜の絶頂にいるだろう目の前の怪物ー本当にそうだったかは分からないが、少なくとも私にはそう見えたーに銃口を向ける。ハンマーを起こし、引き金に指を掛ける。最後の1発だ。

不安定な姿勢で発砲した事による強烈な反動、それは私の傷ついて穴の開いた箇所にダイレクトな衝撃と痛みを追加した。奴はまだ立っている。

私は意図せず笑いがこぼれるのを、そして手足から力が徐々に抜けていき、地面に倒れるのを感じた。




「ミラ!起きろ、逃げるぞ!ジェイク、シエナ!援護しろ!」

爆音に晒された後みたいにハリソンの声、そして複数の銃声が遠くに聞こえた。そして気が付いたら、オブジェクトが私を見下ろしていた。別のペニスの先端から何かが迸るのを見て、私は気を失った。






















私が目を覚ましたのは、軍が接収したビルの一部屋、ベッドの上だった。
ハリソン曰く「お前が『ブッカケ』されたすぐあと、CRSAの狙撃手がヘリから50口径を撃ち込み、奴の動きが止まったところでお前を引きずって後退した」んだそうだ。

複数の狙撃手が連続して大口径弾を浴びせ、私たちが十分離れたところでリーパーがヘルファイアを撃ち込んで奴を粉砕、その様子を見て愚連隊の車列も撤退したらしい。その後町全体は封鎖された。カバーストーリーは、”化学兵器を用いた武装勢力による暴動鎮圧”との事だった。

私たちチーム全員は、散らばったあの変態の成れの果てと共にICARUS41の検査対象となった。それだけではない、r分遣隊の全部門が関わったのではないかと思われるほど膨大な数の検査を、3週間近くも受けさせられた。生化学的、生理学的、心理的検査は勿論の事、異常性ミームや知覚的災害汚染の検査もあった。

私が「ブッカケ」された液体は、化学的にはエスプレッソで抽出したコーヒーと血液の混合物、そしてクソ忌々しい事に―そして予想通りに―精液で、あの”標的”のものと特定されたそうだ。一つだけありがたい事があるとすれば、それらの液体には何の生理的異常性もなく、従って、私の身体には何の影響も残らないだろうという事だった。

隔離中に私を面談したドクターが教えてくれた所によると、グリーンが死の間際に自分の肉体や精神を変する事は少ないながらも初めてではないらしい。特に狙撃による無力化の場合、銃弾が脊髄を直接切断する弾道でない限り、意識が途切れるまでの数ナノ秒の間に、恐らくは脳が知覚できない程度の断片的な情報が現実改変のトリガーとなる事があり、その影響範囲は往々にして身体そのものや着衣、装具といった非常に狭い範囲に限定されるんだそうだ。今回の場合、それらを構成していたのは直前に飲んでいたコーヒーの味、恐らくは頭の上半分が吹き飛ばされた瞬間に感じた血の匂い、心酔するアーティストの哲学とお気に入りのタトゥー、そして自分の容姿と過剰な性欲だったという訳だ。

兎に角、私はもう二度とコーヒーを口にする事は無いだろう。異性とファックする気も起きない。いっそのこと、レズビアンとして生きてみるのも良いかもしれない。

私は今、任務に復帰する為の再適合化プログラムを受けている最中だ。










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