皆さん、お揃いでしょうか。
では、定刻となりましたのでオリエンテーションを開始します。私は後水流うしろずる、サイト-8181で欺瞞部門職員としてカバーストーリー立案に携わっています。どうぞよろしくお願いします。
既にご存知かとは思いますが、当部門では主にカバーストーリーの立案とその流布を行います。
そこで、早速ですがそこのあなた。そもそもカバーストーリーとはなんですか?
はは、緊張しないでください。もっと簡単に、一言で……って、いきなり言われても難しいですよね。
簡単に言えば「作り話」になります。要するに嘘です。
皆さんは嘘をついたことがありますか?
ありますよね。私もあります。何千、何万と。
嘘をついたことがない人はいないと言っても過言ではありません。異常なもので溢れる財団内で、それだけ身近なものを扱う部門は他にないでしょう。
しかし、誰もがやったことがあるから簡単……というわけではありません。適当な嘘は大抵、すぐに見破られてしまいます。多くの人々を完璧に欺き続けるのはとても難しいことなのです。
というわけで、このオリエンテーションで欺瞞部門の感覚を掴んでいただくために問題を4つ用意しました。準備体操みたいなものですので、あまり気負わずに取り組んでみてください。
まず1問目。手元の資料を見てください。
【たかし君のピンチ】
たかし君はお母さんに「満点を取る」と約束をしました。しかし、たかし君は3点しか取ることが出来ませんでした。
このままでは怒られてしまいます。
怒られない方法をできるだけ多く考えてください。
……おや、あなたはなんだか不満そうですね。「遊びじゃないんだぞ」とでも言いたそうな感じですが。
「そんなこと思っていません」ですか。
欺瞞部門らしくありませんよ。すぐにバレる嘘をつくのは。
もし、咄嗟にその程度の嘘しかつけないのでしたら……このオリエンテーションにしっかりと向き合った方がいいかもしれませんね。
こほん。では気を取り直して、シンキングタイムスタートです。
どうですか、そこのあなたは。何個書けましたか?
一個でも結構です。見せてください、どれどれ……
・正直に謝る。
おっと、ここは欺瞞部門であって「正直部門」ではありませんよ。
え?まさか、そんな部門ありませんよ。正直部門なんてある訳ないでしょう、欺瞞だらけの財団に。
さて、そこのあなたはどうでしょうか?
・テスト用紙が返却されていない。
・テストは延期になっていた。
なるほど、テスト用紙を母に見られないようにするということですね。いい切り抜け方です。
自信満々な様子……さてはこれ、実体験ですね?
はは、冗談です。
そんな君には応用として、問題から状況を変えてみましょう。
明日母親にテストを見せなくちゃいけない状況になったら?
何かの拍子でテストをその場で見られてしまったら?
どうしますか?
はい、では嘘をついてみて。どうぞ!
……ふふ、意地の悪い質問でしたね。すみません。これも練習のうちです。現実はもっと意地が悪いものですから。
この問題は、咄嗟に沢山の候補を挙げることができる発想力と瞬発力、そして緊急事態でも機転を効かせる力をつける練習として用意しました。
あなたは今の状態だとアノマリーが人目に触れた時に大量の記憶処理剤とメディア操作の準備をしなきゃいけないハメになる。予想外の事態が発生した場合の対応が難しいということになります。
この問題でしたら、例えば「見せる前にテストを書き換える」とか「『満点を取る』ではなく『3点を取る』と約束したと言い張る」なんてのがありますかね。
はは、今「それは無理だろ」って思いましたね?
欺瞞部門において「現実的な案じゃない」「無理だ」は禁句としてください。
異常なものを隠蔽する時、「現実的な案じゃない」ような手しか残されていないことも多々あるからです。なので、いかなるカバーストーリー案も多少無理だと思われるものも含めて軽んじられるべきではありません。
それに、我々はたかし君と違ってあらゆる道具、人材、知恵を持っています。使えるものなら何でも使って、無理を通して真理を引っ込める。それも欺瞞部門職員のスキルですので、常に頭を柔らかく保つようにしてください。
1問目を終えます。あまり数が挙げられなかったからといって落ち込む必要はありません。皆さんも慣れれば1つの事例で30個くらい案が出せるようになりますから。
では、次に行きましょう。
【突如現れた猫】
説明: SCP-███-JPはネコ科に類似した身体的特徴を持つ生命体の頭部です。全長は約2mであり、白色の体毛を有しています。また、不明な原理で地上から約5mの高さで浮遊しています。SCP-███-JPは2046/██/██の0時0分に東京都世田谷区に瞬間的に出現しました。
SCP-███-JPは出現して以降、外部からの刺激による反応や自発的動作は確認されておらず、東京都世田谷区内に留まっています。SCP-███-JPを移動する試みは現在に至るまで成功していません。
そこで、当該オブジェクトに以下のカバーストーリーを流布する予定です。
サザエさん100周年記念を祝したタマのバルーン
果たして、この案は妥当と言えるでしょうか?
妥当でないならば代案を示してください。
ユニークな問題ですよねぇ。
しかし、これは先程よりも実践的で難しいかもしれません。
では、考えてみてください。スタート。
おや、あなたはもう考えられたのですか?どれ……
・妥当ではない。工事中等の方が適切であると考えられるから。
妥当ではないと考えたのですね……なるほど、「工事中」ですか。報告書を見ていればよく見るものです。悪くありません。
では聞きます。何故工事中を選んだのですか?
……姿を隠せるから、ですか。
なるほど、他に理由は?
姿を隠すだけなら単に立ち入り禁止にしたり、土地をフロント企業で買収するのでも良さそうですね。「工事中」はよく見るカバーストーリーですが、全ての事例で同じ「工事中」な訳ではありません。それを選んだ相応の理由が存在するのです。
因みに、この事例においてそれは最適ではないでしょう。人口が密集している地域には極力場所を取るような立案は避けたいところです。また、深夜に出現したとはいえ、その姿を写した写真や映像もSNS上に出回っている可能性もあります。姿を隠すだけではそれらまでカバーしきれず、大規模な情報操作が必要になってしまうかもしれません。
記憶処理や情報操作はなるべく最小限で済むように意識してください。資源も人手も有限ですからね。他、代案を挙げられる方は?
……皆さんも「工事中」に近しいものを代案として挙げているようですね。では、答え合わせといきましょうか。ページを捲ってください。
・妥当である。
なんと、妥当だそうです。
ふざけているように見えますが、その理由についての解説が下に書いてあります。
・隠蔽に必要なスペースが僅かで済み、近隣住民に及ぼす影響が少ない。
・多くの人々がSNSに拡散した写真を見ている可能性があり、それらを削除しきるのは非効率的。
・白猫に似たアノマリーなので、タマに類似している。
・2046年がサザエさん連載開始から100周年。
・世田谷区がサザエさんの舞台。
近隣住民に影響が少ないよう極力省スペースであることに加え、SNS上に流出したアノマリーの画像等を見ても「異常な存在」であると認識されないようにすること。そして、アノマリーの出現したタイミングや場所、姿形に説明がつけられる……これらの条件を全て満たすという理由から妥当であるということですね。
他にも良い案は沢山ありますが、敢えてこの案を妥当なものとして作問しました。何故なら、この問題は目立つアノマリーに対しての立案を考えるうえで基礎となる考え方を身につける練習として出題したからです。
この問題のように、立案の際はアノマリーの異常性や外見的特徴、動きの傾向、場所や時間、周辺環境等……あらゆる要素を考慮しましょう。既に多くの人々に露呈してしまっている場合は、それも自然にカバーできるような案が好ましいです。
特に放っておけば悪目立ちするようなものには是非、この基礎に立ち返ってください。そうすれば妙手がきっと見つかります。
……せっかくですので、これも応用といきましょうか。
アノマリーがタマに全然似ていなくても、この案は妥当になるでしょうか?
はい、挙手している方……ふむ、タマのキャクターデザイン変更を促す必要が出てくる、ということでしょうか?それによって隠蔽が遅れてしまう可能性があるから妥当ではないということですね。
はい、あなたが言っていることは正しいです。
しかし、それはあくまで「このバルーンを作ったのが企業である」としてしまった場合に生じる問題かと考えます。
「個人が勝手に100周年を祝して、自作のバルーンを浮かせた」としたらどうでしょうか?そうすれば似ても似つかない姿でも「手作り故の低クオリティ」や「ネタに走ったデザイン」等の理由付けができるうえに、企業を動かす労力も必要ありませんね。
つまり、考え方や工夫次第で選択肢に入りうる案……妥当になります。
新たに生じた問題点に理由づけをして、整合性をとっていくことも隙の無いカバーストーリーを作り上げていくうえで重要になります。先程挙手してくださった方のように、皆さんも立案に対して考えうる問題点を進んで提言していく姿勢を持っていてください。
時間の都合もありますので、次にいきましょう。
【失踪】
ある日、極秘のアノマリーが収容違反したことによって、とある職員Aさんは異形となりました。Aさんは人間でなくなっても財団への忠誠心を失わず、自身の体を研究材料として差し出しました。
その事案に、あなたはカバーストーリー「失踪」を流布します。
すると、Aさんは今もなおその身を捧げて財団に貢献しているのにも関らず、皆から「財団から逃亡した臆病者」と揶揄されてしまいました。
あなたは他職員に「Aは臆病者だった」と面と向かって揶揄されても、普段の調子を保っていられますか?
カバーストーリーとはアノマリーに対してだけでなく、人に対しても立案します。むしろ、こういったケースの方が多いかもしれませんね。
……さて、この問題は答えを書かなくて結構です。「はい」か「いいえ」でお答えください。
あなたは?……「はい」。
そこのあなたは?……「はい」。
あなたも?……「はい」。
そう、答えは「はい」以外あり得ませんね。ここにいる皆さんには聞くまでもないことです。
これは練習というより、確認に近い問題でした。
では、最後の問題です。
非常にシンプルなので答えやすいかと思います。ページを捲ってください。
【最後の問い】
あなたは自分に嘘をつけますか?
抽象的で逆に分かりにくいでしょうか。
私は、欺瞞部門職員が最後に欺くのは自分であると思っています。
……ここで欺瞞を交えつつ、機密の漏洩にならない範囲で幾つかの事例を語らせてください。
要注意団体と財団の偶発的な戦闘で、多くの一般市民が巻き込まれて死亡した事例。不本意とはいえ、財団は市民を危険に晒しました。しかし、これは「爆発事故」として隠蔽しました。遺族に謝罪などしません。機密を守るためです。
機動部隊隊員が異空間から帰還し、生ける屍となった事例。彼らは危険を顧みず、勇気ある行動で機密情報を持ち帰りました。これは「異空間内での死亡」としました。帰還を讃えることなどしません。これも、機密を守るため。
とある研究員がアノマリーの収容違反で異形となり、研究対象として収容された事例。最期まで彼女は……こほん、これは「失踪」としました。
これらは全て私がカバーストーリーを立案したものです。皆さんはどう思いましたか?
私は、なんとも思いません。仕事ですから。
ふふ、欺瞞部門らしくありませんね。すぐにバレる嘘をつくのは。
必要悪と言ってしまえばそれまでですが、本音を言うとこれらの事例に対して未だに罪悪感を拭えずにいるんです。
……私が繊細過ぎるだけでしょうか。3問目で「はい」と即答してくださった皆さんには無縁の苦しみかもしれません。
それでも、続けさせてください。例え皆さんにとって過ぎた心配だとしても、どうしてもお伝えしたいのです。
どんな大義名分を掲げたところで、嘘をつくのが罪であることには変わりはない。罪を重ねるほどに十字架は重くなっていき、背に伸し掛かかっていく……そんな考えが脳裏をよぎった時がありました。しかし、我々は人類が健全で正常な世界で生きていけるよう、良心の呵責を物ともせずに歩き続けなければならない。私はいつしか正義のために悪を行わなければならないという矛盾に囚われ、苦悩するようになりました。
しかし、このままではいけない。そう思った私は奮起して自分に嘘をつくことで乗り越えたのです。
我々の理念が真ならば、この行いは正義である。
この文に矛盾パラドックスは生じないと自分を欺いてください。偽ることの罪悪感に押し潰されないように。そして、真に成すべきことを見失わないように。
……以上になります。丁度良く終了時間が近づいてきましたね。
皆さんは選ばれてここにやって来たのです。絶対にできます。我々とともに、嘘から出た真の安寧を守り続けていきましょう。今後の活躍に期待しています。
こほん。では、改めまして。
ようこそ、欺瞞部門へ。
見学、お疲れ様でした。
オリエンテーションの雰囲気は掴めたでしょうか?次回からはあなたが担当になりますから、イメージトレーニングもしておいてくださいね。
ん?どうされましたか?……ああ、私の過去の話のくだりが気になりましたか。
今回の新人さんの中にはメンタル面に少々不安がある方も見受けられたので、念の為に発破をかけたんですよ。万が一、罪悪感なんてもので病まれてしまったら困りますからね。
あなたもオリエンテーション前には新人さんの精神傾向分析の結果を確認しておくことを忘れずに。もし、結果があまり思わしくない方がいらっしゃるようであれば……欺瞞部門に速やかに馴染んでいただけるような工夫をお願いします。
個人的には、今回の私のように士気を鼓舞するような「作り話」を騙ることをオススメします。割と効きますから。それらしい資料を用意すれば、より効果的かと思います。
あとこれ、マニュアルです。基本はこの通りに進行すれば十分ですので頑張ってください。
では、私はこれで失礼します。