防衛作戦
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計画が始まってから数年が経った。

夜の富士山頂。
何もかもが沈んだ後は、そこはもはやただの孤島だった。
200mの高さを持つ灰色の直方体と鉄骨がそこらじゅうに入り乱れ、煙と閃光、号令と支配が支配する閉鎖環境。そんな環境で私は海を眺めていた。「監視役」としてひたすら同じ方向を眺めていた。

海上移動都市「ノア」なんていう壮大な馬鹿げた物を造ろうとしている人類の生き残り。

ここには実質無限の食料と無限の資材があるが、労働力だけはどうしても足りなかった。

その結果として、ここにいた全ての人間はいつだったか、数年前に完全に管理される事になった。

「エルピス」などという超高度人工全能により、役割も、睡眠も、食欲も、果ては情欲すらも何もかもが管理されていながら、将来の展望はなんら見えないこの建造計画。

私達以外の生存者はもはやこの世界に残っているのかどうかすらも分からない。世界の大半は死に絶えて、残りの奴らも別次元やら宇宙やらに逃げ仰せた。

私達は何の為にこの作業を行っているのか?
私達は何の為にこれを造っているのか?
私達は何の為に生きているのか?

答えは出ない。出すつもりもない。

背後には止まらぬ工事が延々と続けられる中、海を見ながら、ここに向けてまた厄介な奴が来たのをエルピスに連絡した。

あぁ、また防衛が始まる。


「最外層区域A-15より通達。脅威実体が観測されました。現実性は安定、情報汚染等も確認されていません。構造解析結果、推定サイズは1200m。時速2.4km。よって推定脅威レスポンスレベルは3と算出されました。全人員は指示された行動を遵守して下さい。繰り返します…」


まただ。最近はこんな事がよくある。怪奇なのか、化物なのか、神なのかは知らないがここ最近、ここには厄介者が近づいてくる。その度に私の様な「兵役」として配属された者は迅速に現地へと急行する。

元GOCが言うには「異常を駆逐する物も」「異常を繋ぎ止める者も」何もかもがいなくなったからで、以前からこういう事はあったという。

とはいえ、1週間に12回もやってくるこの頻度は異常だとぼやいてもいたが。

120mm機関砲、対脅威ミサイル、オレンジスーツ、VERITAS、因果撹乱機…
もはや見慣れた過去の技術と今の技術、そして同じくもはや見慣れてしまった世界から隠されていた技術。

それらの塊が次々とA-15に運び込まれていく。

海坊主の様な形をしたそいつはもうだいぶ島に近づいていた。
きっとこいつも、変わった世界に振り回されて混乱しているのだろう。新しく見つけた人間に興味を持っているだけなのだろう。

だが、排除する他に道は無い。
壊す他、殺す他に道は無い。
私達が死なない様に。
これから少しでも長く人の歴史を紡げる様に。

その為なら、私達は何度でも壊そう。何度でも殺そう。それがどんな結末を招くとしても。

目の前の相手に準備の完了した兵装の安全装置を解除しながら、私は何かに祈り、そのままいつも通りに引き金を引いた。


「脅威実体は鎮圧されました。現時刻より通常業務を再開します。また所定の人員は原状の回復を行って下さい。繰り返します…」


脅威実体は結局27分で殲滅された。この脅威実体を殲滅した事によって、ここは大きく変わった。その変容が、私達にとって良かったのか、悪かったのかはまだ誰も知る由はない。

この脅威実体を追っていた「財団」とやらが富士に来るのは、また別の話。

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