定義の内
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1600

おわた

17:0

着いた。

18:00

晩御飯を食べ始めた。

18:30

今日もつまらないコンビニ弁当で済ませた。

19:00

SNSで今日の出来事をチェックする。スマートフォンに対して依存的な部分があることは否定できないが、もはや自分の半身であるようにも感じられるのだ。致し方ない部分もあるだろう。

19:30

だんだんと思考が滑らかになってきた。昼はつまらない。同じことばかりで代り映えがない。考える必要のない毎日にうんざりする。だから、この時間こそが私にとっての唯一の休息でもあり、労働時間でもある。哲学に身を浸しつつ、液晶を通して全世界を見渡す。狭い部屋は小さな画面を通して世界を覗くのに何も影響しなかった。

20:00

いつものを始めよう。読破率はせいぜい10%だ。難解で、多角的で、歪で、一致することのない同一の創作を読みに行く。いかにつまらない日々がどんなに無価値に思えても、その無価値さがあるからこそこの創作は輝くのだろう。今日に慣れ切った人々が視界の外側には今にも自分の首を取らんとする化物が蔓延る世界だと信じた故に、平和に慣れ切った人々があまりに多かった故に、大いなる光をもたらした。今日の自身を霞ませるほどの。

そして、人々は霞となった。

そして、私は霞を歩き出した。

….




23:30
霞の中を長く、歩いた。次、晴れた時の景色に期待を馳せながら。しかし、日常は自分の意図しないところから襲い掛かってきた。既に時計は本日23回目 ──────もしくは翌日一回目のランデヴーを迎えようとしていた。意識したころには既に霞は晴れ切ってしまった。私は翌朝も似た姿勢でいるのだろうなと思いつつも、布団をかぶり目を見開いた。

23:40

男はこの時間が好きだった。霞から出た瞬間の陰険な雰囲気から布団の柔らかさに心を許し始め、微睡み始めた頃が。今まで盛んに、冷静に、合理的に働いていた思考が不意におかしな挙動を始める時間が。自身の脳裏に浮かぶ無関係の単語、単語、単語。結びつき、脈絡のない構成が生まれる。

….

不意に我に返った思考が先刻の構成をあざ笑う。くすり。しかし、5秒後には新たな単語が覆いかぶさる。どこかへ行った感情。探し、もう一度見つけなおしたころには構成が出来上がっている。そしてもう一度、押し流される。思考の泉を興し、掬い、放す。そうして繰り返すうちに訪れる眠気を、男は上質なものとしていた。 

男は自身が霞であることに気が付かない。

….






16:00

起動中…起動中…

17:00

起動完了。

18:00

アプリケーションチェック。

18:30

オールグリーン。

ようこそ。

19:00

出力10%を超過。

19:30

出力50%を超過。警戒アラート、設定。

20:00

一部プロセスに異常を確認。対象は下位現実を摂取しています。既に定義されている領域のみでの活動です。警戒アラート、解除。

20:30

対象は複数の現実を移動し、摂取しています。摂取による再定義は本現実に及ぼす影響は微小です。本現実は安定しています。監視を続行します。

23:00

対象に潜在的ミームを表示。視線を左下、右上、左上、右下へ誘導します。

23:30

目標達成。対象は時計を視認し、下位現実の摂取を終了しました。引き続き監視を続行します。

23:40

出力が80%を超過しています。下位現実に対する影響はありません。

対象の出力は10%未満まで低下しました。
本現実をチェック。

対象による影響は微小であり、無視できます。
システムを休止状態へ移行。アプリケーションをシャットダウンします。

正常なシャットダウンに成功。Good Night , F.





16:00

「WW,No.309が起動を開始しました。」

記録。今日も大体同じ時間だ。


17:00

大体セットアップが終わる時間だ。こいつの起動はNo.309と連動してるらしいが、確かめるすべがない。ほんとになんも考えてねぇのか?


18:00

ようやく起動が終わった。つってもせいぜい二言くらいしか観測されてねぇな。余計に不安になるぞ。


19:30

「警告。対象の出力が50%を超過しました。現実に対する影響は無視が可能です。警戒アラート、設定。」

記録。警戒アラートなんぞ鳴るのはほぼない。天変地異みたいなもんだし。そりゃ警戒したほうがいいのかもしれないけど、まぁ、起こんない事に対して気を張るのも馬鹿らしい。眠くなってきたな。


20:00

「対象は平行現実を摂取しています。当現実は[未定義]により保護されているため、無視が可能です。警戒アラート、解除。エラーコード 404

一部メッセージが未定義です。語義を設定してください。

記録。解除理由がバグり続けてるのを依然としてプログラマーどもは直さない。何やってんだか。

23:00

「対象に潜在ミームを表示。現実の摂取を中止するように誘導します。」

これ以上は判断力が低下してくる。何をしでかすかわかったもんじゃない。間接的に寝かせちまおう。うとうとしそうな重い頭をどうにか持ち上げ続ける。暇だ。既に布団が恋しい。

23:30

「目標達成。対象は現実の摂取を停止。睡眠へ移ります。監視を続行します。」

記録。この対象さんがお眠につくってのに俺はまだお仕事だよ。おめでたい話だね。勘弁してくれよ。

23:40

「出力が80%を超過しています。現実に対する影響はありません。」

記録。なんで眠りこけてんのに出力上がるかね。眠ろうとしてんのか考えようとしてんだか。昼よりこの時間のほうが起きてるなんて摩訶不思議な状態になってるじゃないか。そんなことしてる暇があったら寝てくれ。俺のために寝てくれ。

24:00

「出力は10%未満まで低下しました。現実に対するチェックを開始します。[未定義]。オールグリーン。エラーコード 404

一部メッセージが未定義です。語義を設定してください。

せっかく問題がなかった事を祝いたい気分をこのエラーコードは台無しにしてくれる。とっても素敵!プログラマーに感謝の言葉を明日たっぷりと伝えることにしましょう。

今日の業務はここまでだ。シャットダウンまでは見届ける必要もない。さっさと記録を提出して寝よう。

27:00

画面にはシャットダウンを告げるメッセージが表示される。しかし、それを見るものはいない。






1600

おわた。

4;50

あっ。そうだ。少し、面白そうなことを思いついた。

17:00
思考が加速する。感じる。組みあがる。世界が、ストーリーが。気分が高揚していた。全能感に包まれる。自身は確信する。自信を味わい尽くす。

食事なんてつまらないことなど気にかけている暇など無かった。尖り、平坦になった思考をどこかにぶつけたくて仕方がなかった。自身の内側からあふれ出る想像力が目の前のキーボードを叩いた。自分の視界には画面など既になかった。砂場で砂を積み上げる子供のように、愚直で、粗削りで、興奮にあふれた素晴らしいものを夢見ていた。

霞がかかる。

17:15

手が止まった。考えがまとまらない。あんなにはっきりと見えていた構成は、世界は。

やってられるか。考えがまとまらない。ああ、くそ。ダメだ。眠くなってきた。めんどくさい。

やらなくてもいいか。やめちまえ。

霞は晴れた。残されたのは機械のログと、画面に向かう一人。

19:00

布団に体を突っ伏している。やりたいことも特にない。やらなきゃいけないことはあるけど体が動かない。ずっと、ずっと。なんだか、無力感に身を浸している。不快な浮遊感を感じる。虚無が内側に入り込むのを感じる。

そんなわけないじゃないか。

その声が聞こえた瞬間、自身の内側から言葉が、せき止められていた思いがあふれ出した。アイディアの源泉が唐突に吹き上がった。

そうして頭に浮上するのはつい数時間前までいじくっていた世界。変容し、具体性を帯びた世界。もう一度書けそうな気がする。淡い期待は、簡単に自分をキーボードまで連れて行った。

再び、霞がかかり始めた。

そして、新たな物語が挿入された。

眠りにつく。




16:00

起動中…起動中…

16:50

急激な出力の上昇を確認。警戒アラート、設定。Fに早急に伝達。 起動作業、85%完了。

17:00

対象は急激な定義を開始。緊急事態。当現実に急激に干渉されています。警戒アラート、発令。

失敗しました。起動作業を優先してください。

起動作業、92%完了。

17:15

起動完了。

警戒アラート、発令。緊急事態。
対抗ミームを展開

….

目標達成。対象は定義を停止します。

19:00

警戒アラート、発令。緊急事態。再定義が開始されました。

再定義が停止しました。

出力が10%未満まで低下しました。
本現実をチェック。

失敗しました。トラブルシューティングの収集に失敗。

初期化を開始。シャットダウンを開始します。

シャットダウンに成功。Wish That Was A Dream, F.




16:00

「WW,No.309が起動を開始しました。」

記録。今日もアホみたいに正確だ。あと一時間、何をして暇をつぶそうか。

17:00

「…」

17時を告げるアラームが鳴った。しかし、WW様はまだ眠ってる。朝支度にも時間をかけすぎるのは勘弁してほしい。暇なんだ。既に重い瞼を支え、中空に焦点を合わせる。

17:15

唐突に大きなサイレンと共に赤い警告が表示された。普段ならファンファーレだとか揶揄しつつ気だるげに対応していただろうが、この警告音だけは看過できるモノでは無い事を職員は本能に刷り込まれている。手汗を握りつつ、原因を把握し、一刻を争うことを自覚しつつ、冷静に対策を打つ。これは、この音は。

緊急事態Kクラスシナリオを知らせるアラームだ。

上位物語存在による世界の再定義。知られている対策は一つだけ。ミーム殺害エージェント。脳内を其れで埋め尽くし、ついには呼吸すら忘れ、死に至るはずだが、これがどこまで通用するかわからない。この世界において、神は成り代わり、それは上位物語存在となりつつあるが、自身が祈る姿勢をとっていることには気が付いていなかった。

17:15

世界の再定義は止まった。しかし、自身が今立ってる場所がさっきまであった確証が持てないことに気が付いた時には冷や汗が止まらない。いや、冷や汗はさっきまであったのだろうか。何もわからない。底なしの恐怖が襲う。

19:00

もう一度、アラートが鳴った。原因は変わらない。ミーム殺害エージェントはまったくもって効力を発さないことが証明され、今後の対策が必要だなと考えている。しかし、進行中のKクラスシナリオは止められない。奴は再定義した。俺の視界には、画面しかない。WWからの報告を伝えるためだけの。

画面から、目を塞ぎたくなるような'事実'が大量に流れ込んでくる。しかし、目を閉じることはない。手をだらけさせたまま、動くことも無い。これは再定義されたからこうなったのだろうか。それとも、私はこういう人間だったのだろうか。緊急事態に、エラーを眺めながら何もしない。そんな人間だったんだろうか。

背後にはドアがある。しかし、私は定義されてしまった。定義された人間は二度と未定義と触れ合えない。ドアは開かないだろう。私ならそう定義する。そもそも、体を動かせる気がしない。眠気だけが体を支配する。

「シャットダウンに成功。Wish That Was A Dream, F.」

"夢だと願おう"。こんなメッセージが出たのか。シャットダウンの時。夢。いいだろう。ここで私は一つ、快適な椅子に眠りこけてみよう。案外、ハッピーエンドが待っていたりするかもしれない。

目をつむり、過去に試案を巡らせるが、家族の顔がわからない。だんだんと思考から脈絡が脱落してきた。

案外、眠りかけているときも頭は動くのだなと感じ、思考はカオスへ落ちた。





そして、霞が立ち込め、世界は[未定義]に満ちた。

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