"サンタクロースっているんでしょうか?"、そんな手紙を新聞社に送った少女がいたのだという。私ならどう答えるだろう。"サンタに会ったことはないけど、僕はオリンポス十二神だよ!それで満足してくれない?"なんてどうだろう。流石にクリスチャン相手には厳しいかな…?
「社長、何か考え事でも?」
「いや何、下らない事だよ」
「どうやら本当にそのようですね」
ふむ、顔に真剣さが無かったからかな?叡智を司る鳥神の眼には自分の考えなど簡単に見透かされてしまったらしい。そう言えば日本語で鳥の眼というと暗闇で目が見えにくい症状のことなのだとか…彼は月の神の属性も持つのだからそんな事はないだろうけれど。
「下らない事でしたら後回しに。出発の時間が迫っていますので」
「ちょっと待ってくれ、タラリアの翼がしなびちゃってるから今魔法を…よし」
見てくれを繕う魔法は得意分野だ。それは世界の本質ではないかもしれないが、急いでパーティーに向かわなくてはならないのに靴が言うことを聞かない時には役に立つ。
「今年は招待客の何割が参加してくれるでしょうかね」
「賭けるかい?」
「遠慮しておきます」
「だろうね。…僕は3割が良いところかと」
「例年通りならもっと少ないと思いますが」
冬至パーティー。実に"配慮"の行き届いた名のこの催しは、ここ半世紀ほど毎年行う恒例行事となっていた。配慮といえば最近はアメリカでもハッピーホリデーなんて言うらしい。キリスト教の挨拶を他宗教の人に使うのは不適当と、そういう話だそうだ。他方日本では猫も杓子もメリークリスマス、恐らく日本語のクリスマスの"クリス"部分に"Christ"は含まれないのだろう。
それは兎も角、このパーティー、方々に招待状を出してはいるのだが、出席率はごく低い。と言っても、まあ、それはそれで好都合なもので、その会合がいかに平和的なものだろうとも、神々が一箇所に集まるだけでピリピリし始める組織がいくつかあるものだから、少ないくらいがちょうど良いのだ。
「それに、もし全員出席するなら会場を変えなくてはならないしね」
「初めから全員来ないと分かっていて招待しているのですか」
「招待しても来ないが、招待しないと怒る、そういう性質の方々も多いからね」
「はぁ」
本日の会場は偽装身分で借りた東京都某所の貸しスペース。そこそこの広さはあるが、大規模イベントの会場として使うには狭すぎる。しかも飾り付けをした樹木と大きなケーキを中央に置くので更に狭く感じる。だからこの催しは初めから小さいものとして計画されている。騒ぎや語らいが好きな連中が集まる小規模な親睦会なのだ。
それでも20ほども神々が集まると中々に壮観だ。人型でない者もいるし、そうでなくとも大半が現代日本の平均からすると奇妙な格好をしている。事情を知らない人間が見れば季節外れのハロウィンパーティーかと思うだろう。さて、そろそろ開会の時間だ。
「皆様、本日は寒い中お集まり頂き誠に有難うございます。地域も文化も時代も超えたこの祭、今年も皆様と祝えることを大変嬉しく思います。サトゥルナリア、ユール、ナタリス・インウィクティ、ヤルダー、それから一応クリスマスも…名は兎も角、太陽の誕生の日に乾杯を!」
「「乾杯!」」
「俺の誕生日にも乾杯!」
ああ、ワイン臭い声。いや、かの有名なメシアではない。そもそもクリスマスは彼の誕生日ではなくて降誕祭な訳だし。声の主は僕の古い知り合い、酒神ディオニュソスだ。にしてもワインといい信者を集める旅といい死後の復活といい、この2者には何かと共通点があるなあ。
「やあ久しぶりだね」
「おう、久しぶりだな。再開を祝して乾杯」
「乾杯」
「…いい飲みっぷりじゃないか」
「君と乾杯すると酒の質が上がる気がするからね」
「そりゃ気のせいじゃないだろうよ」
「ふむ、出来れば会場中のワイン瓶にその神徳を授けて回ってほしいものだ。そうすれば皆酒が進むだろうからね」
「流石のナイスアイデアだな、宴は盛り上がれば盛り上がるほど良い!」
酒は人を饒舌にする。能弁の神たる僕としても酒宴は好きだが…主催としては理性を保っていられるレベルでなければ。そういう訳で、盃の乾く暇を与えない狂気の酒神を目の前から退散させたのは全く正解の判断だった。今夜は料理を楽しむとするか。料理の並ぶ机へ足を向けると随分とスパイシーでターキッシュな香りが。見ると北欧の雷神がうちの副社長と話し込んでいた。
「来てたのかトール! 」
「やあ社長!」
「これはドネルケバブか。折角だし 1つ頂こうかな」
「よし来た」
流石に屋台で使うようなロティサリーは持ち込めなかったらしく、保温容器から出した削ぎ切りの肉を手慣れた手つきでパンに挟んでいく。一口。スパイスの香りとヨーグルトの爽やかさ、肉の旨味が混ざり合って美味い。山羊の肉…だろうか。そう言えばトールは冬至の頃にタングニョーストとタングリスニを屠って神々に振る舞ったのだとか。
「また腕を上げたね」
「分かるかい?へへっ」
「ところでトートとは何を?」
「あー、親父の話だよ…」
「ああ、ルーンの件ではお世話になったからね。…今は喧嘩中だったか、すまない」
「いや、気にしてねえよ。それよりもだ、ヴァナヘイムの連中に屋台のことがバレねえようにって話は上手くいってんだろうな?」
「今のところはね」
「よし、それを聞いて安心した」
満足げな雷神と言葉を交わしていると、貸し部屋のチャイムが鳴った。
「すまないトート、応対頼めるかい。一応幻術のヴェールは掛かってるはずだ」
「分かりました」
ドアを開けると誰が頼んだんだか、フードデリバリーの青年が立っていた。
「チキンお届けに参りました…って、いや、え」
「どうかしましたか?」
「あっ、被り物ですか?リアルですね!」
「あー、幻術、効いてない感じみたいですよ社長?」
参った。特異体質か何かかな…最近改良したからカメラとかも大丈夫なはずだし。偶然にしては出来過ぎじゃないか?運命っていうのかなこういうの。さて、どうしよう…トートの頭見られたくらいならまだ被り物ってことでいけるな。いや、後ろで酔ったバカが火吹きやがったぞ。その手は厳しくなったな。とりあえずは…
「あー、寒かっただろう。取り敢えず中に入っていきなよ」
「火…え…いや…えっと…」
「いいから、いいから。ほら、ケバブでも食べなよ」
雄弁の神の言葉は、多少「言うことを聞いてもいいかな」って気持ちにさせるんだ。さあ、今のうちに作戦会議を。
「このまま帰らせる訳にはいかなくなった、どうするか」
「呑まして忘れさせるってのはどうだ、俺そういうのできるぞ」
「彼この後バイクで帰るんだぞ?飲酒運転になるだろうが」
「やっぱここは知恵の神さんの知恵を拝借するべきじゃねえか?」
「…社長のお得意の方法が良いかと」
「取引だな…」
作戦会議終了。
「さて、今宵君は奇妙な運命の巡り合わせのために、ここで不思議なものを見てしまった。そうだね?」
「はい」
「我々としては、ここで見たことを口外して欲しくないんだ。ただ黙っていてくれと言うんじゃない、相応の対価も用意しよう。例えばそうだね、ここには相当すごい連中が集まっている。君の知りたい質問になんでも1つ答えようじゃないか」
「じゃあ…」
「なんでも言ってごらん」
「…サンタクロースっているんでしょうか?」
「えっ」
「サンタクロースです。いるんでしょうか?この中にはいらっしゃらないみたいですけど」
「あー、そうだね。サンタに会ったことはないけど、僕はオリンポス十二神だよ!それで満足してくれない?」
「サンタはいないということですか?」
「いや、いる…いるよサンタ。多分」
「そうですか…」
「いや、長く引き止めて済まなかったね。期待には応えられなかったかもしれないが、その、誰にも言わないでくれよ!」
途中までは上手く行ってたと思ったんだがなあ…。去っていく配達員くんの寂しげな背中が余計に落胆を増幅させる。彼は今、神秘のヴェールに手を掛けながら寸前でお預けを食らったばかりか、お粗末な答弁を聞かされたのだった。これはあんまりな仕打ちじゃないか。その責任の大部分は僕にある訳だけれど。
うーむ、何とかしてあげたいものだな。サンタはいるとか言っちゃったし、サンタを派遣して…いや、サンタの連絡先は知らない。そもそもいるかどうかも知らないのに。サンタか…うーん、いや、いけるかもしれないな。よし。
「トール、ミョルニルで山羊を生き返らせてくれないか?それと、屋台ちょっと借りてもいいかな?」
「ん?何か考えがあるみてえだな。いいだろう」
「ディオニュソス、この中の一番上等なワインに飛び切り気持ちよく酔って色々忘れられる魔法をかけてくれると助かるんだが…」
「了解、任せろ」
「トート、ちょっとばかし付き合ってくれ」
「一体何を」
「夜間飛行だよ。少し酔ってるからね、交通の神とはいえ月の神のご加護が欲しい」
「はぁ、仕方ありません」
「よし、山羊の用意完了だ!」
「ホラご注文の酒だ。持ってけ!」
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
山羊に引かれて空を飛ぶ屋台には魔法がかけてある。普通の人には鳥か何かに見えるけれども、サンタクロースの実在を問うような純朴な青年にはトナカイに引かれるソリに見えるのだ。搭乗者である僕も今や赤い服を纏ったサンタスタイル。やっぱり見てくれを繕う魔法は得意だし、急に仮装しなくちゃならなくなった時にも役に立つってことが分かったね。しかも幻術を見破られてプライドに火がついたから、普段より強めの大魔法だ。出血大サービスってやつ。
上空から帰宅途中の青年を捕捉。高度を下げてプレゼントのワインを投下。これまた魔法で綿雪のようにゆっくりと落ちゆくワインは青年の腕の中へ。上を見上げた青年と目が合ったんで手を振ってやった。これで任務完了。
追加で、少し癪だが、あのセリフも言ってやるか。折角だし。
「メリークリスマス!お酒は家に帰って飲むんだぞ!」
おお寒い。さあ早く暖かい部屋に帰ろう。
「…あの子、あの歳になってもサンタを信じていたんでしょうか」
「多分ね。あの純粋さが幻術を破ったんじゃないかと仮説を…まあそれはいずれ検証しよう」
「そうですね」
「ところで」
「ん?」
「社長はサンタクロースに見えてたんですよね?私はどう見えてたんでしょう?」
「あーそれね…うん。袋」
「え?」
「袋だよ。サンタの。プレゼントの入ったやつ」
「あー」
「不満だったかな、済まない」
「いえいえ、寧ろ良いじゃないですか袋。袋のないサンタはただの赤いおじさんですから」
「あはは、君にはいつも世話になりっぱなしだからね。新しい太陽の間もよろしく頼むよ」
「ええ社長。ハッピーホリデー」
「ハッピーホリデー!」