ある廃村にて
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「突然すみません、お話を伺いたいなんて言ってしまって。」

「気にしないで良いですよ、ええと、美佳さんでしたっけ。わざわざ東京からこんな所まで大変だったべ、お疲れさまだったねえ。」

「ええまあ、そうですね。バス1本逃したりしちゃって。でも、研究のためですから。」

「『岩手の村の歴史』でしたっけ、最近の若いもんは変なこと調べるんですねえ。」

「実は私、盛岡の生まれでして、祖父から岩手の村について色々面白い話を聞いていたので、大学で風土の研究をするということで岩手のことをもっと詳しく調べようと思いまして。そう言えば、ここにはおばあちゃん以外には暮らしていないんですか?」

「ああ、みんな村から出ていってしまって、今では私だけが残ってここら辺の手入れしてるんですよ。」

「そうなんですか。それにしてもおばあちゃん、訛りとかほとんど残ってないんですね。」

「都会のほうに出稼ぎに行ってた若いもんと話してると、だんだんとねえ。でも、何年も話してるもんだから、たまにこっちのが出てしまうけどねえ。」

「すごく分かります、私も東京に行ってから、ついつい方言が出ちゃって……『腐る』を『あめる』って言っちゃったり。」

「村の若いもんも似たようなこと言ってたなあ。」

「やっぱりあるあるなんですかね。それでこの村の人って、なんで皆出て行ってしまったんですか。」

「ある事件というか、事故がありましてね。それが原因なんですよ。」

「その事故っていうのは?」

「その前に連れて行きたい所がありましてね、これから話すことに関係がある場所なんですが、歩きながらお話ししてよろしいですか?」

「ええ、もちろん。」

「ありがとうね。

最初のきっかけは確か、今から60年以上前だったかなあ。私も人づてに聞いただけなんで、詳しいことは分かりませんがね。
当時、村の子ども達、だいたい10人くらいかな、かくれんぼで遊んでた時にですね。そんなに広い村じゃなかったんで、色々なところにいって隠れたんだそうですが、1人の子ども、名前が孝夫くんと言ったそうですが、その子が山に入っていってね。親は注意してたんでしょうけど、なんせ子どもですからねえ。
そんで山の中腹あたりに、この村の村長さんの家が持ってる物置というか、小屋みたいなものがあるのは皆知ってたんで、その中に隠れたんだそうです。すぐに見つからないように、できるだけ奥に隠れたんですが、この小屋がだいぶ老朽化が進んでてね、その子が隠れてたところの壁がね、壊れたんですよ。不幸なことにその後ろは険しい崖でねえ。その子、崖下まで落ちちゃって、死んじゃったんだそうです。」

「そんなことがあったんですね……」

「それでこの落ちていった場所っていうのが、とても人が行けるような場所じゃなくて、その子をそこに放っておくことしかできなくて。だから村長さんは、この小屋の中片付けて、代わりに神棚とか置いて、この子が成仏できますようにって毎日お祈りしてたんだそうです。

そんなことがあってから4年後くらい、江津子ちゃんって子が行方不明になってねえ。村の人皆で探したら、小屋から崖下に落ちて死んでいたその子を見つけたそうです。」

「え、小屋の穴は修復したりとかは?」

「それが、穴を塞いでいた板が外されていたそうでね。それでね、その子が『たかくん』という子と遊んでるって、その子の友達が話したんですが、その時、村の子どもで『たかくん』なんて子はいなくて。そこで村の人たち皆、『あ、4年前に死んだあの子だ』って、気付いたそうです。

そして今度、5年後にまた子どもが行方不明になってまた崖下に落ちて死んでね。その子は『えっちゃん』と遊んでたそうです。」

「『えっちゃん』って……」

「ええ、あなたの考えた通りでね、子どもが死んで、その子の霊なのかな、そんなものを見た子がまた死んで、というのが続いてね。お父さんお母さんも、自分の子どもにしっかりと、変な子どもと遊ぶな、山には1人で行くな、って言い聞かせてたんでしょうけど、それでも、数年に1度は子どもが崖から落ちて死ぬってことが続いて。そんなことで、誰だって自分の子どもが死ぬのは嫌ですからね、皆この村から出て行ってしまったんですよ。

さあ、やっと着きました。ここがその小屋なんですよ。」

「この小屋ですか、写真撮って良いですか?」

「ええもちろん、良いですよ。」

「ありがとうございます。」


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「中もご覧になってください。まあ、中の物は全部取り払われていますけどね、ただ、壁に開いた穴は今も見れますよ。」

「それでは、失礼します。」

ぎーっ、ばたん。

がちゃ。

「え、おばあちゃん?」

「ごめんなさい、ごめんなさいねえ。実はあなたに嘘をついてててね。『えっちゃん』って、私なのよ。私が死んでから、皆ここに来てくれなくなってね、ずっと誰も死んでないのよ。
『たかくん』にここに連れてこられて、今のあなたみたいに閉じ込められて、ドアも窓も開かなくて、だから、その穴から落ちるしか、なかったの。

それからずっと1人なんです。でも私、『たかくん』のことは恨んだりしてないんですよ。きっと『たかくん』も寂しかったんだと思います。『たかくん』も、嫌だったと思うんです。

自分の身体が無くなっていくところを見るの。」

「え……」

「あなた、目玉が潰れる音聞いたことあります?骨にカラスの嘴が当たる音聞いたことあります?その音がね、ここまで聞こえてくるんですよ。こつこつ、ぷちゅ、こつこつって。ほんと、嫌ですよ。
ずっと、ずっと、自分の身体が動物に食われて、骨だけになって、それもどっかに飛んでいって。」

「おばあちゃん……」

「村の人皆出て行って、誰も見つけてくれないで。何人か来たけど、誰も私のことを見てくれなくてねえ。私の身体残ってないから、もうカラスも来てくれなかったんですよ。
そしたら、あなたが来てくれて、私を見つけてくれてねえ。早くここに連れてきたくてねえ。

そういえば『たかくん』、いなくなる前に最後になんか言ってたなあ。ええと、確か。


おづがれさま。おづがれさま。

なんもねぁ所だども、ゆっくりしてってくなんしぇ。


ほんと、ごめんなさいねえ。」

「おばあちゃん?ねえ、おばあちゃん!出して!いるんでしょ!出してよ、ねえ!」






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