ホットコーヒーを探して
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サイト-PT13のあるオフィス、そこでフェラズ博士はコーヒーをかき混ぜながら、パソコンで書類をチェックしている。それは3年前に執筆されたサイト-PT23での、機動部隊の戦闘用機器の機能性に関するレポートで、フェラズはこれと同じようなものを既に十数件、更に数十件を処理しなければならなかった。

知らず知らずの内に、フェラズは自分のマグカップの中で強制対流を引き起こしていた。なのでフェラズは、コーヒーを飲もうとして、想定外の冷たさにげんなりさせられたのである。フェラズにとって温かいコーヒー無しでの仕事は退屈どころか不可能に等しかったのだ。フェラズは溜息をついてマグカップを手に取り、ドアを開け頭だけを出して左右を見渡したが、他の研究員らは皆不在のようで、廊下はがらんとしている。

フェラズはそこに置かれたテーブルに駆け寄る。コーヒーと紅茶それぞれ1本ずつの魔法瓶、使い捨てプラスチックコップ、パック分けされた砂糖や甘味料、スプーンなどなど、ちょっとした休憩に必要であろう品々が置かれていた。フェラズはその横にある飲み残し入れにマグカップの中身を流し込んで、コーヒー用魔法瓶を手に取ると、口をマグカップの方に向けて下に傾ける。……だがコーヒーは一滴たりとも出てこない。どうやら魔法瓶に飲み物を入れるという、研修生の仕事をこなしていないようだった。フェラズはテーブルにもたれ掛かると、もう一度溜息を付いて、さてどうしようかと静かに考える。他のオフィスの廊下には温かいコーヒーの1つ2つがある可能性があるが、ここと同じ状況である可能性も否定できない。そして長時間席を外すのも宜しくない。上司にでも見つかれば立場の危うくなるのは必然であった。

「カフェテリアに行くんだ」、フェラズは自分にそう言い聞かせる。そこなら目当ての品は確実にある。時計の針は9時34分を指している。早めの昼食、というよりは少し遅めの朝食、ということだろうか。なにはともあれコーヒーの存在が保証されたので、フェラズは速やかにそこへ向かい、速やかにオフィスへ戻ることにした。なにか聞かれたら「カフェテリアにある、淹れたてのコーヒーが呼んでいるのさ」、こう答えればいい……これは完璧な計画だった。


「濡れた床 注意」

黄色い、折りたたみ式の看板にはそう書いてある。それを見たフェラズは慎重に歩いていくと、同じ看板をもう一つ、更に歩いてもう一つ、その後ろ、フェラズから15mほど離れた所にモップを持つ男と荷台を見つけた。フェラズは叫んだ、

「サントス博士?!」

「はい?」

フェラズは廊下を見渡すと、さらに4つの黄色い折りたたみ式の看板が端まで置かれているのを発見した。「サントス博士……あなたは一体何をしているのです?」フェラズは尋ねる。

この問いにサントスは実に落ち着き払った声で答えた、「フェラズ博士……私がここで何をしているのか、君に答える必要があるのかい?」

「必要ですよ!大体あなたは清掃員じゃないでしょう!」

「仕方ないんだ。誰一人として、この汚れた廊下を掃除しようともしないからね。」そうしてサントスはモップをカートの上に置いた。

「そうかそうか、で、何で7つも看板を置いてるんだ?」

サントスは大声で言う、「わからないのか?床が濡れてるからだろうが!」

フェラズはさも困ったように額に手を当てる。「看板は一枚で十分でしょう!」

「そこから……」サントスは「……あそこまで濡れていたからな」と廊下の端、丁度フェラズが最初に見た看板を指さした。

フェラズは床を見て、自分の足の裏側を見た。「サントス、ここは本当に濡れているのか?」

「これを置いたときには濡れてたさ」、とサントスは首を左右に振って、それから肩をすくめた。

「しかしだね……」、ここまで言って、後に続く言葉を口で堰き止める。このまま話を続けても仕方がない。カフェテリアはもうすぐなのだから。そうしてフェラズは堂々と廊下を歩いていく。すれ違いざまにサントスは「あぁそうだ、言い忘れてたけどカフェテリアは立入禁止になっている」と言うが、フェラズの耳には届かなかった。

廊下に足音を響かせて、フェラズはカフェテリアへと歩いている。


カフェテリアの二重扉の前にフェラズは立っている。マグカップを右手に持つと、反対の手で扉を押し開けようとするが、ビクとも動く気配はない。さらに力強く押すと、何らかの大きな物体─人の胴体─を押し出した。衣服と身分証は、これが単なる研修生であったことを証明している。

床は所々が血で染まり、テーブルはひっくり返り、研究職や一般職員はもはや動かぬ者ばかり。血を避けながらフェラズはカウンターに近寄って、キッチンと隔てるガラスを覗き込む。向こう側は完全に破壊されていて、ガラスは赤く染められ、電化製品も電子レンジ─すなわちSCP-045-PT-J─を除いて床に落とされたり、壊されたりしていた。「サントス……せめて血を洗っているとでも言えばいいものを……」フェラズはそう思っていた。

どこかの暇を持て余しに持て余しを重ねた研究員が、この惨事を見たいがために、キッチンの電子レンジをSCP-045-PT-Jに入れ替えたのだろう、そしてこれはアレンカー博士の仕業に間違いない……フェラズはそう考えた。これにアクセスして持ち出すには相応のクリアランスが必要であること、これも彼の考えを補強した。

カウンターからキッチンのドアを開けると、やはり床は血だらけで、3つの死体が転がっている。刺されて、肉が裂かれて、咽を深く切られたものも一つあった。フェラズは、ここにコーヒーはおろかコーヒーポットの形跡すらないことに絶望していた。全く惨憺たる有様で見るに堪えず、フェラズは肩を落として立ち去った。そうしてテーブルのそばのスツールに腰を下ろし、マグカップを置いて天井を仰ぎ見た。この小さな旅は全くの骨折り損であることを認めなければならないのだろうか。そうして、フェラズは自分がオフィスから消えたことに気付かれたら不味いということを思い出した。

フェラズ博士は、魔法瓶からマグカップにお茶を入れて、オフィスに入って椅子に座り、お茶を一口飲んで、妙に落ち着き払った調子でこう言った、「これまで飲んだ中で、一番のお茶だな」と。

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