カチカチと鼓動が増すと同時に、心臓の高鳴っていくのがわかる。俺は死ぬんだと、今ようやく脳味噌の奥の奥から理解できた気がする。左腕からは、すぐに折れてしまいそうな針が伸びている。この注射器に力をかけるだけで、俺の心臓はその働きを止めてしまうとは夢にも思わないような貧弱な針。幸運にも、まだ時間に猶予はあるから、せめて、もう少し。足の先のほうから痺れが酷くなっていく。壁に掛けられた時計の動きが、今までよりも遅く感じる。
上司から、『死んでくれ、世界のために』などと命じられた時は何とも思っていなかったが、やっぱり死に時くらいは選びたかった。生まれてからずっと、学校も、職場も、すべて親が勝手に決めた。父は時代に似合わず亭主関白を体現したような人で、俺が八つにも成らないうちに母の首を吊らせた。その父も、何年か前にトラックに轢かれたらしいが、葬式には出なかった。『薄情な奴だ』と、親戚らしい人間が唾を吐くように投げ掛けた言葉が、いつまでも頭に反響する。こんな人生でも、まだ悔いがあるなんて。生物としての俺が俺に働きかけているらしい。最期にあんなクソ野郎の顔を思い出して死ぬなんて。俺は、親指に加える力を少しずつ上げていく。体内に異物が混入する不快感を覚える。
全身の震えが酷くなる。カチ、カチと時計は鳴り続け、分針と秒針は一瞬重なり、やがて離れてゆく。頭痛、それから視界が暗闇に包まれてゆく。部屋の壁から聴こえる俺の心音のテンポは、段々と外れてゆく。一度諦めた人生、このまま世界ごと消えてしまえるならば──なんて。最期の悪あがきをするかのように、カチ、と心音が鳴る。
震える声で、時よ止まれ、だなんてクサい台詞を吐いてみた。何を怖気ているんだ、子供の頃から世界を救う勇敢な戦士になるんだって、言ってただろう。時計はもう動かない。……畜生、俺が最後の犠牲でありますように。
ああ、倒れ────