落とし噺:初天神
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皆様、あけましておめでとうございます。元日から寄席に足を運んで頂けるたぁ、ありがたい限りです。正月寄席ってぇのは特別ですからね、お客様の中にも既に顔の赤い方が何人かいらっしゃいますね。みんな酔ってくれてたらこっちとしても楽なんですがね。なんせ、酔っ払いなんか何言っても笑いますから。

正月寄席が特別なのはなにもお客様に限った話じゃありません、噺家にとっても特別なもんなんです。それもね、さぁ新年だ、初笑い取るぞ、気を引き締めて頑張るぞなんていいもんじゃなくて。酒が出るから、それだけ。ほら、さっきのもくれんなんか顔真っ赤だったでしょう。正月の寄席はね、お祝いの日だからって楽屋で呑んでいいんです。まぁ普通の人間なら終わってから呑む。仕事前に呑むとしても一、二杯でしょうけど、噺家になろうなんてぇ奴がまともなわけはありません。みんな来るなり好きなだけ呑んでる。私はあんまり酒が得意じゃないんでちょいとだけ、屠蘇の代わりに口付けるくらいなんですがね。馴染みのお客さんならわかるでしょう、今日出た噺家みーんないつもより頭も舌も回ってない。あさがおなんか芝浜やってんのに、酔ってんだから。よしとこう、また夢になるといけねぇなんて真っ赤な顔で言われても仕方ない。アンタ、いつまで飲んでんの!って言われそうなもんだ。二日酔いの所だけは迫真でしたがね、困ったもんです、えぇ。でも、めでたい席ですから、これくらいはお許しくださいということで。舞台上で吐くなんてことがない限りは噺をとばしても、とちっても、あぁ馬鹿だなぁなんて笑ってお許しくださればと。あ、もちろん呑んでない私がとちってもね。

さて、正月。普段はね、マクラで世間の悪口言って一笑い取ったり、なんか貶して笑いを取ったりするんですが、流石に年初めのめでたい席でそれは良くない。正月くらい明るい話でワハハと笑いたいでしょう。いつも陰気なことで笑ってる人ばっかりでしょうしな。私は違うなんて逃げようったってダメですよ、落語なんてその最たる例ですからね。要はお侍なんかの御上が恥かいたり、もの知らない奴のことを笑い話にしたのが落語ですからね。

さて、明るい話で笑いたい、それは演目も同じ。いつもは死神の家だ、死ぬなら今だ、なんてちょいと陰気な話ばっかりなのに、今日はここまで御神酒徳利もやった、芝浜もやった。じゃあ、わたくしがやるのは何だろう……なんて、正月まで寄席に来るお客様ならお見通しでしょうね。

めでたいと言えば子供が生まれるってのもめでたいもんですな。赤ちゃんの時は可愛らしくて、まぁ何でもかんでも買ってやりたくなります。ちょっと大きくなるとあれやこれやと腹も立つことも多くなりますが、我が子ってのはまぁいつまでも可愛いもんですわな。ま、落語に出てくる子供なんてこまっしゃくれたのが多いんですが。




「おーい、お前。羽織出してくれ羽織。」

「羽織出してくれって、お前さん何にもない時に羽織着てたってしゃーないだろうよ。」

「いやぁ、あるある。なんかある。ほら、今日はいい天気だし……ほら、今日は初天神だ!年の初めの天神さんに参るのに、ぼろっちい服着てちゃ申し訳ねぇ。」

「全く、調子の良いこと言って羽織を見せたいだけだろうに。」

「いいから早く出せ、ほら。早くしねぇと金坊が帰ってきちまう。あれは目ざといんだ、こういう時さッと来るんだから。見つかると連れてけ連れてけうるさいから早く。」

「ただいまァん。」

「あぁほら、来ちまった。」

「来ちまったってアンタ、自分の子だろうよ。初天神行くんだったらね、金坊も連れてって。」

「やだよ、どうせこれ買えあれ買えってうるせぇんだから。……おお、もう帰って来たのか金坊。ほら、遊びに行ってこい。いつもみたいにタケちゃんとでも。」

「今遊びから帰ってきたとこだよ。タケちゃんも家に帰っちゃった。」

「ならおめぇもタケちゃんちに帰れ! そこで遊んで来い!」

「何言ってんだおとっつあん、おいらはこのウチの子だってのに。」

「そうだよ、ほら金坊を連れて行ってあげな。置いてかれるとやだよ。大変なんだから。」

「こっちだって大変だからうんと言いたかねぇんだよ。大体お前がさっさと着物を出しときゃこんなことにはならなかったんだ! ったく、さては帰ってくるのを見越してわざと出さなかったのか?」

「そんなことないわよ、たまたま。もう、うるさい男だねぇ。」

「何だと!」

「まぁまぁお二人さん、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うからね。ほら、おとっつあん。おいらを天神様に連れてったらいい話なんだから。」

「ガキがでしゃばるんじゃねぇ!」

その後も何だかんだと言いあいましたが、家庭内の力の強さってのはまず一番上に母親、その下に子供。それから犬。そのぐーんと、ぐーんと下に父親。皆さんのとこもそうじゃないですかね。女房に勝てるはずもなく、結局連れてくことになりました。

「あれ買ってこれ買ってって言うんじゃねぇぞ。言ったら川に放りこんで河童の餌にしてやるからな。」

「馬鹿だなぁおとっつあん。河童は肉なんて食わないよ。」

「親に向かって馬鹿とはなんだ! ……じゃあ、食わねぇまでも、連れてかれるぞ。川の底にな。」

「おとっつあん、河童はもう日本にゃいないよ。」

「じゃあ何処に居るんだ。」

蒙古にいる。」

「適当な事ばっか言ってんじゃねぇ。」

「ねぇ、おとっつあん。おいら今日いい子だろ?いっぱい店が出てるのに、あれ買ってこれ買ってって言ってねぇから。」

「そういやそうだなぁ。珍しく買え買えって言わねぇ。いつもこんな調子なら、お父ちゃんも喜んでお前を天神様に連れて来るぞ。」

「だから、ご褒美になんか買って。」

「言ってるうちに始まったなぁ。ダメだダメ、買わねぇ。」

「ねぇ、買ってよぉ~。ほら、あそこにあるのはりんごじゃないのかい?ほら、そうだ。おとっつあんは買ってくれるんじゃないのかい?」

「いや、買わねぇよ。」

「そこは買うって言うところだよ。そうじゃねぇと話が違ってきちゃう。」

「何が違うんだ。ほら、行くぞ。」

「あ、あんなところに飴屋がある。おとっつあん。」

「買わねぇぞ。飴なんかおめぇ、舐めてりゃあしばらくもつけどよ、おめぇにやるとすぐ噛み砕いて腹ん中だ。」

「今回は善処するから、買って買って買って~!」

「気持ちわりぃ言葉遣いするなぁ、おめぇ。何回言ってもダメなもんはダメ!」

「……ケチ。こんなケチな家に生まれて、おいらは、不幸だよォ、うぅ……」

「涙が出てねぇぞ。」

「チッ。しかし、子供は親を選べねぇから不幸だよなぁ。おいらもタケちゃんちに生まれたかったよ。タケちゃんのお父ちゃんなら、飴なんかいくらでも買ってくれるのに。」

「俺もお前がタケちゃんならいくらでも買ってやるよ!」

「うぅ……飴買って買って、買って~~~~~~!」

「誰に言ってんだ、おめぇ! なんで周りにまき散らすんだよ! 俺に言え、俺に。ほら、おめぇがみっともない真似するから指差して笑われてらぁ。」

「買って買って買って~!」

「しゃーねえな、おい、飴一つくれ。」

「はい、ありがとうございます。どれにしましょうか?」

「どれもこれも一番安いヤツ」

「大きいのがいい~!」

「一番大きい奴くれ。たく、こんな目立つとこに店なんか構えやがってよ。」

「へぇ、いつもこの場所を頂いてますんで。」

「いつもの場所に胡坐かいてんじゃねぇ。たまには裏に行け、裏に。……あぁ、そうだ。買うのはでかい奴でいいんだが、ここの飴はかてぇのか? 柔らかいとすぐガキは噛み砕いちまうからかてぇ方がいいんだ。」

「それでしたら、今硬い飴をお作り致しますよ。ウチはちょいと特殊な棒で飴を作ってましてね、念じるとその通りの飴が出来るんです。」

「ほぉ、じゃあ頼まぁ。硬くてでかい飴な。」

「はい、出来ました。」

「ありがとよ、うめぇか、金坊。」

「甘くてうまいよ。でも……これは……硬くて……ちっとも……噛めないや……」

「飴は舐めるもんだ、それくらいがいいや。とと、気を付けろ! 上ばっかり向いて歩いてるから、足元の水たまりに気づけねぇんだ! おろしたての下駄なんだから、汚したらかぁちゃんに怒られるだろ! おめぇだけ怒られるんじゃねぇ、俺も怒られんだから気ぃ付けろ!」

「うわ~ん、おとっつぁんに殴られた弾みに飴を落とした~。」

「ちゃんと口を閉めとけよ、ったく。ほら、探すぞ。丁度水たまりもあるし、洗えば食えんだから……見つかんねぇなぁ。どこ行ったんだ。」

「腹の中に落とした。」

「……噛めなくても飲み込めるわな。次は飲めねぇ飴を頼もう。」

「あ、団子屋だ!」

「買わねぇからな。」

「買ってくれないの? じゃあ、またさっきと同じように……」

「団子屋! 一本くれねぇか。」

「へい、ありがとうございます。蜜と砂糖、どちらに致しましょうか?」

「蜜と砂糖っておめぇ、砂糖に決まってんだろう! 蜜なんておめぇベタベタして、垂れるもんだから子供に持たそうもんなら服にこぼしておめぇ、大変なことになっちまう。砂糖だ砂糖。」

「み~つがい~い。」

「蜜に決まってんだろうが! たく、少しは頭を回せよ馬鹿野郎。団子と言えば蜜だ蜜。」

「へい、うちの蜜は舶来物ですからね、そこらのとは違いますよ。」

「別にどこの蜜だろうがガキに味なんて分かんねぇよ、とと、お前この蜜はすごいね、多すぎて、服にこぼしちまうじゃねぇか、これじゃ蜜じゃなくて水だよ、中々うめぇなこの蜜、ほら金坊。」

「これじゃただの白団子だよ~! うわ~ん!」

「うるせぇなぁ。おい、団子屋。そのきたねぇ壺にゃあ何が入ってんだ?」

「汚くて悪うございますね。これは蜜壺ですよ、蜜壺。」

「いやぁ、そんなきたねぇ壺に蜜が入ってるとは思えねぇな。試しに見てみるか。」

そうして蜜を舐めとった団子をぼちゃんと。

「ちょっとちょっとお客さん、やめてくれよ汚ねぇなぁ!」

「お、こりゃ確かに蜜だ。ほら金坊。」

「うん、こりゃいいや。」

「壺を見たってもうやらせませんからね、ほら帰った帰った。」

「あー、手が滑った。」

またぼちゃん。

「ちょっと!」

「まぁまぁ、子供のやったことなんだから。ね。あんまり目くじら立てると客が減っちまうよ。ほら行くぞ、金坊。」

「二度と来るんじゃねぇぞ!」

「俺だって買いたくて買ったんじゃねぇよ! 今度の天神の時にこいつがいないことを祈っときな。」

さて、今の初天神もものすごい露店と人ですが、江戸の頃はもっと熱気がすごかった。食べ物、売り物だけじゃない。

「あ!」

爛々と輝く金坊の目の先には、『鮨相撲』の文字。

「ねーぇ、おとっつぁん。寿司買って寿司。」

「おめぇ、寿司買ってってさっき団子買ってやったとこじゃねぇか。」

「団子買ったって言っても、寿司だもん寿司。この前買ってもらった助六は壊れちゃったから、ねぇ~!」

「ダメダメ。」

「ほら、あの飾ってある箱欲しい!」

「あれは飾りだ、客に来てほしいから飾ってるだけで売りもんじゃねぇんだよ。な、おやじ。この箱寿司、売りもんじゃねぇんだろ?」

「あぁ、売りますよ。」

「売ってんのかよ。そこは気を利かせて売らねぇって言うもんだろうが。」

「買って~!買ってくれなかったらどうしようかなぁ。あそこに水たまりがあるから、急に水遊びしたくなっちゃうかもなぁ。あぁ、なんだか水たまりが魅力的に見えて来たなぁ……」

「はぁ……俺は今日の事忘れねぇからな。おやじ、箱寿司くれ。」

「へい、毎度。湯呑と箸もお付けしておきますんで。」

「はいはいどうも。金坊、お前ひとりで鮨相撲やらすのはどうもこえぇから俺も付き合う。おお、ほら土俵も人が多くてあぶねぇな、ほら、離れるんじゃねぇぞ。おーい! どけどけ。俺らにも回させてくれ。」

「おぉ? 新しい奴が来たな。まぁ誰が来ようと一緒だ。俺のこはでえもんは天下一だからな。」

「なにおう。今に見てろ、俺の寿司は箱寿司だぞ箱寿司、負けるわきゃねぇ。行くぞ、ひぃ、ふぅ、みぃ、へいらっしゃい! ほら行け、やっちまえ、よし勝った!」

「畜生、俺のこはでえもんが……」

「ねぇ、おとっつあん。おいらにもやらせてよ。」

「まぁ待て、次の相手が来ちまった。行くぞ、ひぃ、ふぅ、みぃ、へいらっしゃい! よし、また勝った! こりゃ楽しいなぁ。ほら、来い来い。どんな寿司だろうと蹴散らしてやるよ。」

「ねーえ、おとっつあん。」

「うるせぇぞ! 鮨相撲は子供がやるもんじゃねぇんだ! よし行くぞ、ひぃ、ふぅ、みぃ、へいらっしゃい!」

「うわ~ん、こんなことならおとっつあんを連れて来るんじゃなかった。」



『初天神』
演者:尾花亭薄蓬
平成元年一月一日 新宿末廣亭にて

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