ある所に全ての生き物愛好家がいた。その全てと銘打った範囲は本当に"全て"で微生物からクジラまで、時には人間さえも愛した。何でも愛する彼には一つ趣味があった。生き物の布教だ。幾ら愛していると言えども愛というのは分割するものだから少しづつ趣を変えながら布教をしていた。布教方法は世界各地に赴きその生き物を配って周ることだ。世界中にその時々の趣の生き物を置いて回った。
男は配って周るための生き物を育て、繁殖させるための彼だけの専用の土地を持っていた。専用の土地は途轍もなく広大で、巨大すぎて大きさを計る事も憚られ、目視じゃ形も解らないような生き物だとかがつがいで入るぐらい広かった。でも、広さと彼のコレクションの幅は別だった。彼は最近特別な魚の噂を珍しい物を集めているグループから入手した。岩を食べる魚だ。
男はそんな面白い魚を初めて聞いたので欲しくなった。まぁ、面白くなくとも初めて聞く生き物ならば何であろうと欲っするのだろうが。勿論彼のコレクションにはその魚は含まれていないので彼は釣りに行くことにした。と言ってもその魚がマジェランアイナメのような深海魚だという事しか情報が無い。マジェランアイナメと言うのは主に南極周辺に生息していて、ついでに言うと脂肪が多い白身魚だ。結構うまい。マジェランアイナメ自体は小魚やイカを主な食料とする。また腐食性を示すようにもなる。それと、今回のように釣って手に入れるなら「延縄」と呼ばれる漁法が良い。旬は特にないので、実質いつでも釣れるとも言えるかもしれない。例の奇妙な魚の情報は殆ど無いがマジェランアイナメの情報ならこれくらいは揃っている。
男は釣り道具と、豪華や高性能とは程遠いような小舟を南極まで運んだ。彼は文明から離れた暮らしをしているので高級な物は持っていない。時々欲しくなることもあるが彼の鍛え抜かれた腕力からすれば、その程度のスペック差は補える。その屈強な腕力で南極の沖まで小舟を漕いだ。幸い天気は良くて、見渡す限りは不穏な雲などは無い。彼は延縄の先の重りをぶん投げた。餌は臭いの強いイカ。その岩石を食べる魚、もといマジェランアイナメは深海魚なのでかなり時間がかかるだろう。もしかしたら別の何か、珍しい魚が釣れないか期待しながら待ってみた。
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雲行きがかなり怪しくなってきた。男が幾ら強かろうが小舟が無くなってしまっては次からの釣りに支障をきたす。かなり長い時間待っていたのでそれなりに期待しながら延縄を片付ける……縄の先に影が見える。しかも3匹。意中のあの魚か?彼は興奮で高鳴ってきた。その魚がいよいよ、彼の前に姿を現す。その魚は…確かにマジェランアイナメに見える。はやくアタリなのかハズレなのかの選別がしたかったが雲行きが更に危なくなってきた。彼は、その3匹を岩石入りの生簀に入れて直ぐに自分の土地へ帰った。
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帰って生簀の中身を見てみると…岩石が消えているではないか!男はとてもとても喜んだ。雄か雌かの確認もしてみると雄が2匹の雌が1匹。上手くやれば繁殖もできるだろう。彼の長年の技量ならきっと成功する。
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6年後、繁殖に大成功した。今では総数がなんと10000匹を超えている。育てる為の水槽造りと管理にはかなり苦労した。なんせ深い水槽に深い土の地盤を用意しているのだが(その管理だけでもまぁまぁ大変だ)、その土を食べてしまって、総数が多くなってくると直ぐに土が無くなってしまうのだから。でも、どんな困難も例の趣味の前では燃え盛る情熱の前に無力だ。彼は早速配り始めた。
彼の異名は外来種ぶん投げおじさん。