幾度となく巡る月日の果てに、邪竜は旧き戦士の剣を砕き、その心臓を屠った。
塵へと変じていく戦士を見下ろし、死に至る男にすら憎悪を向ける邪竜。しかし戦士は満足げに笑って、けれどどこか憐れむように呟いた。
──竜よ。貴様は何処から来て、何処へ行くのだ。
暁に消えた男の残影を苛立たしく踏み躙り、だが竜はふと足を止めた。荒野を赤く染めるのは容易い。この瓦礫の山も、今まで己を酸に沈め抑えつけていた白衣の愚者共の血で塗りたくられている。
だが、それでどうなる。このまま塵芥のような人間どもを殺して。殺して殺して殺してその果てに。
何処へ行くというのか。
白衣の愚者たちは笑っている。
泣き叫ぶ小娘に針を刺して笑っている。
ああ何故、あいつらは泣いたり笑ったりしているのだ。やかましい。
不意に、奇妙なビジョンが浮かぶ。意識すら出来ないほどの一瞬の光景。
これはなんだ。こんなもの、己の中にはあるはずのない光景。
とてもとても不愉快でたまらなく、憎悪と敵意が湧き立つような光景。
何処から来て、何処へ行くのか、だと?
だとするならば、この一瞬のビジョンこそが、邪竜の起源だとでも。
高度に環境適応する生命体の創造
適応のボーダーラインに到達すると、身体と記憶のリセット
そんなビジョンは、霧霞の奥へ消えていく。
最初からそんなものなど無かったかのように消えていく。
ただのおぞましい蜥蜴に戻るように、泣き叫ぶ子供に言い聞かせるように、遺伝子に刻まれた命令が邪竜を蝕む。
あるいは、邪竜を創り出した者たちの、最後の防衛線のつもりだったのか。
無数の空白が埋め尽くすように、全ての記憶を喰らいつくして、
「やかましい」
邪竜はそれを、噛み砕いた。
創造者の最後の境界線を容易く踏み躙り、邪竜は叫んだ。産声を上げる胎児のように。
それは同時に、己の力の限界すらも破壊したということ。
旧き戦士との戦いは、境界線を踏破するには充分過ぎたのだ。適応の果てに、自らを縛る鎖を引き千切ったのだ。
もはやそれは、不死身の爬虫類などと呼ばれていた頃とは比較にならない。
鱗の鎧は核熱すら耐え、牙や爪は鋼を容易く貫くだろう。その体躯は三千世界を見下し、空を支配するために翼すら得た。
邪竜は真の冠の頂点Keterとなった。
何処から来たのかだと? どうりで人間共を憎悪するはずだ。
何処へ行くのかだと? 決まっている、まず殺すべき連中がいる。
それを思い出した。忘れないように脳に刻み付けた。忌まわしき呪いを自らに刺すように。
その呪いは、あの愚者共を消し去った時こそ解けるのだろう。
日本生類創研 Z001
真に滅ぼすべきものを滅ぼすために、竜の王は翼を広げた。