メリークリスマスと始末書
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財団のサイト-81141、クリスマスの夜に、僕は先輩職員達によって拘束された。研究室でクリスマス会が行われている最中に起きてしまった事件である。

「離してください!どうして僕がサンタ役なんか……」

「いいか、天川。悲しい事だが、今年はこの研究室から財団が保護している子供達のためにサンタを出さなければならない。そして、ここで一番下っ端なのはお前だ。やれ。」

「博士達、ここで酒飲む気ですか。研究室ですよここ。」

「珍しく察しがいいじゃないか。未成年はお呼びじゃないんだよ1。」

僕がサンタ役を押し付けられた経緯はこの通り。僕はそれからすぐにサンタの恰好に着替えさせられ、財団が保護した子供達が寝ている教育棟まで寒空の下を歩かされた。サンタの扮装が安物なせいか、本当に寒い。こんなに薄いサンタの服があるかと研究室に戻って博士に文句を言いたくなったが、酒の入った博士の相手をするのも嫌だった。口を覆う白い付け髭のおかげで口元は冷たくなかったが、ほつれた綿が鼻に入って不快だった。

「今晩はよろしくお願いします! 皆サンタを心待ちにしてるんですよ!」

外まで出迎えてくれた教育棟の管理人、栗竹さんは優しそうなおじいちゃん、という印象だった。この人に文句を言う訳にもいかず、コクコク頷く。口髭が邪魔で極力喋りたくなかった。

「じゃあですね、まず彼等の部屋に入る方法なんですが、これを使って貰います!」

栗竹さん はそう言って、重厚な鉤の付いた太いローブを僕に見せた。僕は状況を受け入れられなかった。これは命綱じゃないか。

「あ、あの、普通に扉から入るんですよね?」

「天川さん、サンタはどこから来るものですか」

老人は呆れたように言った。自分の言っている事を正しいと信じて疑わないという目をしていた。

「でも、煙突はありませんよね?」

目の前の建物はマンションに近い見た目をしており、当然ながら煙突は存在しない。暖房に薪を使う事もない。しかし老人は、僕を少し馬鹿にした調子で言った。

「そういう事じゃないんですよ。サンタはトナカイに乗って空から来るでしょう。少なくとも、玄関から階段を上がってくる事は無いでしょ、分かります?」

なんだ、この爺さんは。喧嘩したいのか? この寒空の下。クオリティの著しく低いサンタと。受けて立つぞ僕は。

そんな気持ちはぐっと堪え、一応、何をさせられるのか確認する。

「つまりその、僕はこの鉤を屋上に引っ掛けて降下して、ベランダの窓から入らなきゃいけないんですか?」

爺は満面の笑みで頷いた。僕は高所恐怖症である。
  
 
 
5分後。8階建ての教育棟の屋上で、僕は命綱の鉤を手すりに引っ掛けた。左手には真っ白いプレゼント袋を持って。袋の中身は重くなかったが、片手が塞がるというのは致命的だった。命綱への依存度が高くなるのだ。

「この命綱、本当に大丈夫なんですよね?」

「もちろん。登山具を売ってる店で買ってきたんですから。」

屋上から下を覗く。怖すぎる。しかし、寒さが怖さに勝っている。さっさと済ませたい。というより、さっさと部屋に侵入して暖まりたい。

「じゃあ、いきますよ。絶対、鉤が外れないように見ててくださいよ!」

「分かってます。ほら、早く。」

僕は命綱をバックルに引っ掛け、意を決して片手でパイプを伝って降り始めた。上階は年齢の高い子達の部屋であるため、あと3階分はこのまま降りなければいけない。せめて下から行かせてくれればまだ恐怖も薄かったのに。歯が震えてガチガチ鳴っている。

パイプをゆっくり伝いながら、ふと、あの鬼畜は毎年職員にこんな事をさせているんだろうかと思った。警備の人にでも見つかったらどうするつもりなのか。いや、そもそも子供達が起きていたらどうするつもりなんだ。彼等にとって、僕は窓から入ってきた不審者になってしまう。いや、子供達が寝ている前提なら、そもそもこんな馬鹿みたいな恰好をしなくてもいいじゃないか。

そんな事を考えているうちに僕は目的の5階に辿り着き、すぐ横のベランダの手すりに片足を置いた。ここからが恐ろしいポイントである。身体全体をベランダに入れようとする時、僕はこの命綱に、文字通り命を預ける事になるのだ。

「早く!」

信じられない事に、鬼畜が上から叫びながら命綱を揺らし始めた。人間の所業ではない。

「おおおー」

極限状態に追い込まれた僕の口からは、謎の音が鳴っていた。もうどうしようもない。命綱に身を預けるしかない。僕はベランダに向けてダイブした。

「痛い!」

僕はベランダに置いてあった鉢植えに気付かず、腰から思い切り激突した。こんな時期にこんな物を置くな。まあしかし、足場が確保できたという安堵は計り知れない物だった。部屋の電気は消灯されており、男の子がこちらに頭を向けて寝ていた。寝ていて本当に良かったと思った。

「お邪魔しまーす」

僕は音を立てないように窓に手をかけてそっと押した。しかし、寒さで手に力が入らないせいか、なかなか窓が開かない。慎重に力を加え続けたが、それでも開かない。建付けが悪いんだろうか。僕は全力で窓を開けようとして……
 
 
──月明かりが背後から入った。閉まっている。鍵が。

「あの爺!」

僕はもう、喧嘩をする事に決めた。どうして奴は子供達に「鍵を開けておいてね」と言わなかったのか。ここは財団のサイトなのに。窓から不法侵入を試みるのなんてこの馬鹿サンタしかいないのに。

僕はまた命綱をバックルに引っ掛け、命綱を伝って地面まで降りる事にした。先ほど体重を預けた時も大丈夫だったのだ。切れる事は無いだろう。むしろ切れて落ちてしまってもいい。すぐに僕は起き上がって階段を上り、かの邪知暴虐の栗竹を滅しに行くのだ。

命綱は僕の体重がかかっても切れる様子が無く、僕は順調に階下へと降下していた。しかしある時、異音がした。僕の下腹部から。パキン、という金属音。安物のサンタコスチュームのバックルは、地上3階で限界を迎えてしまった。僕は片手だけで必死に命綱にしがみつこうとしたが、手にはもう力が入らなかった。僕は背中からアスファルトの地面に落下した。痛みも感じないまま、少しの間僕は月を眺めた。栗竹への復讐心は消え、僕の目からは熱い物が流れた。

「どうしてこんな目に……」

悪いのは無茶を言う栗竹か? 僕に仕事を押し付けて酒盛りをしている博士か? 研究室の皆か? それも最早どうでも良かった。暫くこうしていようと思った。僕はアスファルトになりたくなった。

そんな時、頭の上で足音がした。懐中電灯のような物で無遠慮に顔を照らされる。栗竹か。

「鍵が閉まってましたよ。」

「おい、喋ってるぞ。」

声はあの老人の物では無かった。足音が複数鳴っていた。

「え?」

僕の身体は持ち上げられ、手に錠をかけられた。

「確保!」

警備員でもなければ、栗竹でもない。意識が朦朧とする中で、その人々の声が聞こえた。

「我々サイト-81141UMA探求部は、ついにサンタクロースの確保に成功したぞ!」

──こんな訳で、僕はクリスマスの晩、研究室の皆が規則違反の酒盛りクリスマスパーティーをしている最中に、財団にいながらUMAを追い求めると主張し、UMAに分類できるか怪しいサンタを探していた変わり者の先輩職員達に拘束されました。サイト-81141管理官様、これは本当に僕が始末書を書かなければならない案件なんでしょうか?

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