毛布を頭からかぶって、ベッドの上で膝を抱える。
真夏の夜だというのに震える体を抱きしめて、私はそっと毛布の隙間から外を覗き見た。
明かりは煌々と部屋を照らして、影をくっきりと浮き立たせる。片付けられなくて足の踏み場があまりない、普通の学生用アパート。
ベッドの上から見える私の部屋は、動くものは何も無い。
この部屋に何かがいる。そう気付いてからはずっと、気配は部屋のどこかから視線を飛ばしていた。
カーテンの隙間。棚の影。ぬいぐるみの死角。クローゼットの暗がり。物置の奥。ベッドの下。
視線は確かにあった。私を見つめていた。
汗を吸い込んだシャツが肌に張り付いて、ひどく凍える。喉がからからに渇いて痛む。
不意に、クローゼットの扉が、動いた気がした。
「…………」
わずかに開いた隙間が異様に暗いクローゼット。私はあの扉を閉めていただろうか。それとも開けていただろうか。
どうして私は、暗がりの奥と、目が合った、なんて思ったのだろうか。
「……ふーっ」
息を吐く。
確かめなきゃ。
確かめなきゃ、いけない。
毛布を被ったままベッドから降りて、僅かな足の踏み場を探す。目はクローゼットから離せないまま、一歩。
「ふーっ」
息を吐く。クーラーの冷たい空気を、吸って、吐く。
脱ぎっぱなしの服や下着を踏みしめて、一歩。
「はーっ……」
息を吐く。めまいがしそうだ。
からっぽの化粧水の容器をかきわけて、一歩。
「……っ」
息をうまく吐き出せない。頭がくらくらする。
安物のテディベアを蹴り飛ばして、一歩。
「うぁ……」
息ができない。
指は、今にも取っ手に、触れて、
「…………!」
開けた。
誰もいなかった。
冬物のコートが色とりどりに詰め込まれているだけ。ただそれだけの、クローゼット。
「はぁっ……」
絞り出すように息を吐く。結局、杞憂だったのだろう。自意識過剰な私が勘違いしただけ。
そう思って顔を上げて、
ふと、目が合った。
「……っ」
違う。気のせいだ。暗がりと目が合うなんて馬鹿げてる。
視界の端に映った何かが、逃げるように暗闇の奥へ消えていくなんて、疲れてるからこんな錯覚をするんだ。
ほら、クローゼットに詰め込まれたコートをかきわければ、そこには何もいないって証明できるはず。
手を伸ばして、ほんの数秒くらいの作業。それだけの、こと。
……………………。
毛布を頭からかぶって、ベッドの上で膝を抱える。
開きっぱなしのクローゼットを見張りながら、震える体を必死で抱きしめていた。
結局、手を伸ばすことはできなかった。暗がりの奥から視線を向けるものが何かなんて、知りたくはない。
時計の針はまだ午前二時を指していて、夜明けはあまりにも遠い。
視線はいまだ私を刺し貫く。
カーテンの隙間。棚の影。ぬいぐるみの死角。クローゼットの暗がり。物置の奥。ベッドの下。光の届かない全ての場所。
暗がりの奥から、視線は逸らすことなく私を見る。
気が狂いそうな光の下で、視線は変わらず私を見る。