メモ: 忘れるということ
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別称: マヨイガ、迷い家、迷ひ処とも言うらしい。

概要: おそらくは妖怪。訪れた者に富貴を授ける不思議な家で、訪れた者はその家から何か物品を持ち出してよいらしい。(訪れた後に文献を調べた)

◎ 東北へ出向いた際に遭遇。
◎ 人里ではない山の中にポツンと存在していたそれは、昔ながらの日本家屋と言った様子で随分古びていた。

脅威:

人のいなさそうな山奥に一軒だけある家というのは、中々に不気味だった。山姥なんかがいるのではないかと恐る恐る近寄ったが中には誰もおらず、人がいなくなって随分と経ったような、荒れ果てた様子だった。

◎ 非礼を承知で中に入ると、何故だか少し懐かしいような、昔にやってきたことのあるような感じがした。
◎ 台所には蜘蛛の巣が張った竈があり、天井の梁は今にも朽ちて屋根が落ちそうなくらいだった。

◎ 何より目を引いたのは室内の異様な荒れ方だった。まるで誰かがゴミ捨て場にしていたかのように、ジャンルも年季の入り方もバラバラなものが散らばっていた。

◎ 泥に塗れた腕時計。砂が付いているだけで、まだ使えそうな子供用の運動靴。どこかの中学校の卒業アルバム。車のタイヤなんてものもあった。少し気になって、足元に落ちていた万年筆を拾い上げた時、不思議なことが起こった。

◎ 目の前に知らない光景が広がる。晴れた日の校庭。授業中の教室。もう卒業かぁ、寂しいねと笑いあう学生たち。そして、大きな揺れ。必死に走って、戸惑いながら逃げていく人々。信じられないほどの波が押し寄せてくる景色。いつもの日常が許可も宣言もなく、大きな力に破壊されていく景色。目の前で繰り広げられている光景は、現実であるはずなのにリアリティがなく、まるで大迫力の映画を見ているようにも感じられた。

◎ ふと気づくと、目の前は荒れた室内に戻っていた。一体何だったのだろうか。
◎ それ以外には特に変わった物は無かったので、外に出ることにした。万年筆はどうしようか悩んだが、一応何か異常性のあるものかもしれないので、拝借することにした。コソ泥みたいで気が引けたけれど

◎ 外に出た後振り返ると、家は幻のように消え去っていた。





疑問: 万年筆を拾った時に見た景色は何だったのか?
→恐らくは、被災の記憶。それも震災を間近で目撃した何者かの。

◎ 私は当時、この地震を報道で知り驚いた。そして恐怖した。実際にこれを体験したら、どれほど恐ろしいのだろうと。
◎ 私が見た映像が誰の視点かは分からないが、物に記憶が宿るなんて話は私たちの世界ではざらにある話だ。

◎ きっとあの時、被災地にいた多くの人が同じような景色を見て、同じように絶望したのだろう。その感情がこの万年筆に宿って、万年筆はフィルムを再生するかのように宿された記憶を私に映しだしたのではないか。

疑問: マヨイガは何故私の前に現れたのか?
→分からない。妖怪という存在はあまり論理に基づいた存在ではないので、推察するのは難しい。だが、もしかしたら、と思うことはあった。

考え: 昔、何処かで出会った妖怪に聞いたことがある。『俺たちのような存在は人々に憶えておいてもらえないと消え去ってしまう』、と。

◎ 私が調べたところ、本来マヨイガというのは決して廃屋ではないようだ。もしかしたら、彼は最早外面を取り繕う力も無い程、人々に忘却されているのかもしれない。

◎ きっと、そんなマヨイガの中にこの万年筆があったのも偶然ではないだろう。

◎ 万年筆が映しだした震災から10年以上が経った。10年ひと昔、とはよく言ったもので、世間は既に震災を過去のものとしているような気がする。
◎10年も経てば全て元通り、なんていう風に。

◎ 勿論そんなはずもない。見つからない人は多い。消え去った景色は戻らない。思い出の故郷は思い出にしかない。一度付けられた傷跡は一生癒えることは無い。

◎ だから、人は忘れる事を選ぶのだ。辛かった記憶を、失ったものを。忘れてしまえば無かったことにしてしまえるから。

◎ これは人間に備わった防衛機能で、誰もそれを非難することはできない。けれど、忘れることで失われてしまうものもある。

◎ 災害そのものを忘れた時、次に遺せるものは無くなる。故郷を忘れた時、伝承は消え、妖怪や神は死んでしまう。

◎ あの災害をきっかけに多くのものが消え去った。土地から多くの人が去った。そして時間が経って、残っていた人も減って、記憶は薄れていく。人ならざる者も、そうした中で力を失っていったのだろう。

◎ 人に忘れられたくないというマヨイガの思いと、災害を忘れないでほしいという何者かの思いが絡みあって、マヨイガは形を変えて私の前に現れたのかもしれない。

◎ 何者でもない私は誰かに憶えられることは無い。けれど、何かを憶えることは出来る。
◎ 憶えていること。伝えていくこと。それが何者でもない私に課せられた使命の一つなのかもしれない。

◎ 山を下りたら少し祈ろうと思う。これまでと、これからを。

追記: とある慰霊碑に刻まれた名前を見ていると、万年筆に彫られたものと同じ名前を見つけた。これ以上借りていくと本当に泥棒になってしまうので、花を供えた後、供え物を置く場所に返しておいた。

彼に近しい人が彼を想うきっかけになれば、と思う。


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安らかに。







追記: このメモを記した後、家の中で見知らぬ万年筆を見つけた。とても書きやすいが、私はこんな万年筆を買った覚えはない。もちろん盗んだ覚えも

もしかしたらこれはマヨイガからの富、贈り物なのかもしれない。ありがたく使わせていただこう。

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どれだけ使ってもインクが切れそうにないのが不思議だ。



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