バッドニュースについての個人的オリエンテーション
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 やあ、調子はどうだい? ま、少なくともその表情と様子だといいものじゃないだろうね。恐らくだが――今の君の心は深い暗闇に飲まれかけているところだろう。だからね、ちょっとした助言をしようかと思っているんだ。今後、財団で働く上で非常に重要になる助言をさ。

 まず、君はなんで落ち込んでいるんだい? あー、言わなくていい。その様子からして彼女に振られたとか仕事でヘマしたとかそういったものじゃないことぐらい察しがついてる。そうだな――バッドニュースが飛び込んできた、とかかな。

 合ってるかい? まあ、外れてたとしても続けるんだけどね。だって今回君とこうして話している理由はバッドニュースが飛び込んできたときにどうすればいいか、について教えるためだからね。そういう意味だと、さっきの質問は少し意地悪だったかな。

 さて、前置きはここまでにして早速本題に入ろう。バッドニュースが飛び込んできた、さてどうする? といったものだね。多分だが――君はこう思ってるんじゃないか? 真剣に対応しないといけない、無視なんてもってのほかだ、ってね。

 残念だが、これらは間違い――それも正解とは正反対の行動だ。ん? じゃあどうするのが正解だ、だって? とても簡単で単純なことさ。飛び込んできたバッドニュースを無視するか軽くあしらえばいいのさ。何も下手に対応する必要なんてないからね。ま、収容違反時だったりと例外もあるけどな。

 おそらく、今の君は「無視する必要なんてないじゃないか」って思ってるね? まあ、そう思うのも不思議じゃないさ。俺も新人の頃はそう考えてたからな。君や俺を含めて多くの新人はそう思うことだろう。中には「バッドニュースを無視するなんてできない!」って人もいるだろうね。

 でも、バッドニュースを無視することは財団で働く以上は身に着けておくべきスルースキルの一つなんだ。これを聞いた君は「なんでだよ」って思っただろうね。もしかしたら「ふざけるな」って思ったかもしれない。まあまあ、落ち着いてくれよ。今からその理由を説明するからさ。

 第一に、俺達はバッドニュースに一々構ってられない。だって構ってたら精神的に疲れちまう。精神的な疲労ってのは思ったより恐ろしいものだ。判断力を欠き、突拍子の無い行動に出てしまうことだってあるわけだからな。そして――その突拍子の無い行動が収容違反に繋がる可能性だってあるわけだ。

 第二に、一回一回反応してたら業務が停滞してしまう。俺達の仕事は世界を守るものだ。一瞬のミスが命取りになることだってありえるわけだ。仕事に私情を挟む暇なんて一瞬たりとも存在していない。バッドニュースを噛みしめる暇があればデスクに向かって仕事を続ける方が有意義だ。

 きっと君は「疲れたら休んでるから大丈夫」とか「バッドニュースを噛みしめて次につなげる」とか考えているだろう。ただ――そんな考えは即刻捨てるべきだ。精神的な疲労は想像以上に気付きにくいものだし、バッドニュースを噛みしめることはそこまで意味をなさないからな。

 振り返りしようか。今回の話で大事なことは「一部例外を除いてバッドニュースはスルーするべき」ということだ。人の心ってのはかなり脆いから簡単に壊れてしまう。バッドニュースがその壊れるきっかけになる可能性だってあるんだ。

 だから、さっきから繰り返してるけど一部例外を除いてスルーしろ。それが財団で心の平穏を保ち、健全かつ正常に仕事を続ける為の第一歩だ。わかったかい? この発言は記録してあるから、忘れそうになったら見返してくれても構わないぞ。

 さて、これにてこの「バッドニュースについての個人的オリエンテーション」は終わりだ。直接は君に伝えることはできなかったけど――まあいいだろう。さて、そんじゃ早速実践してみてくれ。俺の死というバッドニュースをスルーするんだ。

 そして、いつもみたいに明るい表情で仕事に戻ってくれ。それだけが俺の願いだ。

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