To: 山茶研究助手
From: 安藤夏研究員
Subject: Re.Re.Re. 前期研究会について
そう。つまりそういうこと。
夏休みに母方の祖父母の家に帰省すると、どこまでも続くスイカ畑を見ることができた。幼い頃の私には、これが全てスイカであることが全く信じられなかった。家族の誰しもがこれだけの量のスイカを食べることはできないだろう。祖母は私たちにスイカを切って出してくれた。三角の可愛らしい形をした例の切り方でだ。しかし姉だけは特別で、彼女のスイカといえばまるまるひと玉を半分に切って、それをスプーンで掬って食べる。最後には皮を舐め回して綺麗さっぱり赤い部分を無くした。姉は私たち姉妹の中で一番スイカが好きだった。だが、その春姉でもこれだけの量のスイカを食べ尽くすことは不可能に等しい。なぜ、祖父母は家族の誰もが食べきれないスイカを作り出すのだろうか。今思えば、意味不明な疑問だ。資本主義の構造はそれなりに理解していたはずなのに、そのスイカが都会で卸されることに想像が至らなかった。
それも夏のことだった。その夏は嵐が早めにやってきて、祖父母の家の近くを襲った。珍しいことだった。横殴りのほとんど災害と言える酷い雨が続いて、約3日かけて畑を襲う。祖父母と従業員の人たちは、忙しくあたりを歩き回り、祖父などもう年も年だと言うのに、嵐の川縁を歩き回って畑を確認していた。私も雨がすっかり止んだ後で畑を見に行ったのだが、それは酷い有り様だった。今年のスイカは、私たちが食べるほども残っていないだろうと落胆した。
そのとき見てしまったのだ。まるで天罰のような虫たちを。割れたスイカは姉が今にも齧り付けそうに赤い果肉を丸出しにしていたが、赤黒い小さなアリが集っている。うどんこ病で萎縮した葉だろうか、黒ずんだ気持ちの悪い布のようなものが辺りに散らばっている。ダニが湧いていて、虫眼鏡で見ると蠢いている。ウリハムシは飛び、ネズミの群れは大地を大勢で歩いていた。さまざまな悪虫が畑に集まってきて、スイカを楽しそうに食んでいた。それがスイカをひとところに集めた祖父母に対する天罰に見えた。私はつい吐きそうになったqueasy。
天罰が、害虫を生み出した。そうなのだ。
左図、ドーナツボール・クリームの解体図。SCP-2864-JPの幼虫個体及び数個の虫卵が確認される。もっとも一般的な感染方法。右図、SCP-2864-JPの宿主店舗の画像。統計的に得られた個体の量データを可視化したプリンツィヒ図。
特別収容プロトコル: SCP-2864-JPはプロジェクト"IPMEGAP"(Integrated Pest Management of Extraordinary Group Animals Project, 異常生物総合的病害虫管理プロジェクト1)の管理下に置かれ、同プロジェクトの方針に従って駆除されています。IPMEGAPはSCP-2864-JPの宿主企業と緊密に連絡を取りながら、2030年までのSCP-2864-JP感染店舗の根絶を目指します。
駆除に際して、薬剤抵抗性害虫や魔法耐性害虫2の発生を防ぐため、使える薬品及び魔法技術は限定されています。
詳細な駆除作戦の展開については、別紙及び本報告書の補遺1を参照してください。
説明: SCP-2864-JPは、人間社会寄生性昆虫の1種であるオオパンミセコバチ(学名: Tabernarius pistrinus)です。分類学的には、ミセコバチ上科ミセコバチ科ミセコバチ属に属します。SCP-2864-JPはドーナツ販売店を主要な宿主店舗とし、その商品であるドーナツボールの内部に寄生する特徴を持ちます。SCP-2864-JPの分布域は、日本の主要な都市とアメリカの一部の州、カナダのオンタリオ、ケベックです。かつてはアメリカ全土に分布域を広げていましたが、宿主店舗がアメリカにおいて経営範囲を狭めた結果、日本国内とごく一部の海外店舗に生息が限られるようになりました。日本では、都市部の宿主店舗で一般的に見られる人間社会寄生性昆虫の代表的な種です。
SCP-2864-JPはドーナツ販売店を主要な宿主とします。成熟したSCP-2864-JPは、店内に侵入し内部で販売されているドーナツボール3にいくつかの卵を産卵します。SCP-2864-JPの卵は1〜5日で孵化し、蛹の期間を経たあと、ボール内部で成虫となります。成虫となったSCP-2864-JPは、同じドーナツボール内の個体と交尾を行って外部に脱出します(画像-1 左図)45。寄生の前後において、SCP-2864-JPは多くの排泄物を現場に残します。それによってSCP-2864-JPの個体数をある程度把握することができます(画像-1 右図)。多くの場合、SCP-2864-JPは店内に来訪する人間の身体に付着して自動ドアから入ってくる寄生方法を取ります。そのため、SCP-2864-JPを持ち込まなければ寄生は発生しません。
SCP-2864-JPの体長は成虫で13mmほどに達します。これは遺伝的に類縁であるコバチ上科、ハエヤドリクロバチ科の種と比べても巨大です。4枚の翅と6本の脚を持つことは他のハチ目の種と同様ですが、翅基部には横帯があること、複眼と思わしき眼球は単眼であること、4枚の翅のうち2枚は外観上目立たないほど退化した形で存在することなどは特徴的です。
SCP-2864-JPは1978年にプリチャード学院教授の安藤忠雄博士によって発見されました。独自の進化を遂げていたため、安藤博士はSCP-2864-JPの系統学的な立ち位置を不明確としていました。しかしながら、後にファミレスミセコバチやコンビニミセコバチなどが発見されると研究が進み、系統樹として進化のプロセスが理解されるようになりました。最新の遺伝解析では、ミセコバチ上科はハチ目の中で1億9千万年前にコバチ科、ハエヤドリクロバチ科の共通祖先から分岐したと説明されます。一方で、1億9千万年前に宿主となるドーナツショップはおそらく存在せず、このような進化が生じた合理的な理由は未だに存在しません6。
SCP-2864-JPは実験室内で飼育が可能です。当初、異端生物の多くは固有の環境に依存するもので安定的に飼育することは不可能だと多くの学者らは考えていました。当時の異端生物にはわかっていないことも多く、飼育を試みた実験は失敗していました。実験室内での飼育が成立しない理由として「力場説」「共通器官説」「現実改変説」7などが唱えられてきましたが、現在では仮説は全て棄却されています。山茶らの実験では、SCP-2864-JPが寄生先を選ぶ方法について明らかにしており、SCP-2864-JPの選択メカニズムが超常的なものによらないことを証明しました。
山茶ら(1995) より抜粋要約した実験
概要: SCP-2864-JPがどのような要素で寄生先の店舗を選択しているのかを調べた。
手法: 性的に成熟し交尾を済ませたSCP-2864-JPにドーナツボールを入れた箱に寄生させその反応を見た。SCP-2864-JPが反応しなかったものを×、寄生したものを○と表記した。
実験番号 | 箱の種類 | 結果 |
---|---|---|
No.1 | 透明なプラスチック製ケース | ○ |
No.2 | 不透明な段ボール製ケース | × |
No.3 | 半透明なプラスチック製ケース | ○ |
No.4 | 実在の店舗を精巧に再現した模型 | × |
No.5 | 二重構造の透明なプラスチック製ケース | ○ |
No.6 | 二重構造の不透明な段ボール製ケース | × |
No.7 | 二重構造の半透明なプラスチック製ケース | ○ |
No.8 | むき出しのドーナツポップ | ○ |
No.9 | 中に何も入っていない透明のプラスチック製ケース | ○ |
No.10 | 中に何も入ってない不透明な段ボール製ケース | × |
No.11 | 中に何も入ってない半透明なプラスチック製ケース | ○ |
山茶らはこれを箱内部の明るさによって判断していると解釈しました。人の流れによって店内に侵入するSCP-2864-JPは、野生環境下では十分な光量のもと活動することになります。また、飼育環境下では自発的に箱を選択する行動が見られSCP-2864-JPの侵入方法には状況によって幅があることがわかりました。
前述の実験の後、新たにSCP-2864-JPのロゴマーク認識に関する実験8が行われたことによって、SCP-2864-JPの寄生方法が理解されました。
SCP-2864-JPはその特異な生態を除けば、通常の昆虫として十分に理解可能です。寄生先を選ぶメカニズム、ドーナツボールのみを寄生中に食べる食性、近縁の分類群の中ではやや大きい体躯など、注目すべき点は多く発見されましたが、それらは珍しさのバリエーションの1つとして捉えられています。
補遺-1: 総合的病害虫防除
SCP-2864-JPの発生は寄生宿主である店舗に経営的な影響を与えます。昆虫が混入していることによるクレームの増加、商品の廃棄の損失、店内の衛生環境の悪化によるブランドイメージの毀損は主要な問題となっています。1970年以降、IPMEGAPは収容を実施することでSCP-2864-JPの被害に対処してきました。依然として、SCP-2864-JPの被害を完全に失くすのは困難であり、いずれのSCP-2864-JP発生においても完全な対処に成功していません。
事例2864-JP-Aは財団が対処したSCP-2864-JP防除の中で代表的なものです。大阪府のある地域(以下、区画Aと呼称)はSCP-2864-JP宿主店舗の出店が日本でもっとも多い地域です。2010年、大阪府麦原店の商品陳列売り場で該当商品の5割を廃棄する事案が起きました。財団は全てのドーナツボールに対して調査を行い、2割のドーナツボールからはSCP-2864-JPの幼虫を、3割からはSCP-2864-JPの排泄物を確認しました9。ドーナツボールを購入したことによるクレームが32件起き、財団はその関係者全てに記憶処理を行いました。
サイト-81Q2安藤研究班(夏)の調査は、麦原店以外の宿主店舗にも寄生の痕跡が見られることを明らかにしています。これは水平感染が起きていることを示しました。SCP-2864-JPの排泄物が確認されたドーナツボールは区画Aで販売されている商品の総量の3割が該当し、経済的な損失は看過できないレベルに達したと考えられました。安藤研究班(夏)の調査には店主への状況調査インタビューが含まれていました。以下にその一部を記載します。
インタビュー記録2864-JP
サイト-81E9記録部門作成
概要: 大阪市麦原店。SCP-2864-JPの発生が確認され、事情把握のために行われたインタビュー。害虫防除では、当地の地勢や管理者の状況を把握することが重要である。
対象: 古部 早秀
インタビュアー: 宇利喰ミ
[途中略]
古部: 私どもが清潔にしていないなんてとんでもない!昆虫が発生するような環境でドーナツを作ってなどいません。本社基準の清潔感、ガイドラインに則ってやっていますし、保健所からも……。
宇利: ええ、まず今回の昆虫についての偏見があるようなので述べておきますが、不清潔さが必ずしも害虫を呼び込むとは限りません。それに……。まだ見てなかったんですね。
[SCP-2864-JPの寄生するドーナツボールを半分に割る。内部にはSCP-2864-JPの排泄物が詰まっている]
宇利: これが清潔なわけありませんからね。
古部: [沈黙]
宇利: 大事なのは、オオパンミセコバチを持ち込まない、そして持ち込ませないことです。この辺りは店舗の密集している地域ですので仕方ありません。
古部: つまり、どこかの店舗が害虫を持ち込んだということですか!?お客様に紛れて、ということですかね。それは許せません。こないだビジネスランドショップが出来てからというもの売り上げが低迷しておりまして。
宇利: 大丈夫です。古部さん。心配に及びません。ちょっとの間だけ閉鎖をしていただければ、またお店を再開することができますよ。
古部: ちょっと?どのくらいの時間ですか。
宇利: 半年ほど時間があれば、当局でも完全な防疫を確立できます。
古部: は、は、半年も!私はここの店主なんです、そんなことできるわけないじゃないですか。考えてみてください、あなたが半分収入を絶たれた状態を。
宇利: 一応補助金があるのでそれはこちらのパンフレットを見ていただければと。
古部: そちらも精一杯なのかもしれませんが、それでも足りんのですよ。よしんばもらえたとしても、返済するアテもなし、半年の間に客が忘れればさらにダメです。害虫のイメージをすぐさま忘れてもらって、平然と再開しないとダメなんですよ。
宇利: 食べ物なんです、虫がつくのなんて当たり前でしょう。今後の害虫対策にはこちらをご覧ください。
オオパンミセコバチの対処方法
- 入口に粘着カーペットクリーナーを設置する。
人間社会寄生性害虫であるオオパンミセコバチは人の体に付着して入ってきます。入口にそれを取り除くものを備えましょう。物理的防除はもっとも重要です。
- ドーナツボールの販売数を減らす。
徐々にドーナツボールの販売数を減らして行きましょう。規制される作物の性質を変えていくことで防除をする手法を耕種的防除と言います。
- 認識性の低いロゴを採用する。
IPMEGAPは最新のロゴを作成しています。こちらを採用し、オオパンミセコバチを誘引しないようにしましょう。
古部: これで、防除が成功するんですか。
宇利: それはわかりません。結局、店舗が密集しているという究極の要因がなくならなければ、水平感染は起こり続けると考えられますからね。それがオオパンミセコバチの、いや、害虫の性質です。
古部: ああ、気持ち悪い。ゾッとしますよ。
SCP-2864-JPの生息域は、SCP-2864-JPが初めて生じた1地点から拡散していくことで広がっていきました。「最初の1地点」は直接記録されていませんでしたが、後の研究によってある程度正確に推測されています。もっとも有力な説は、その地点を1973年の東京都渋谷店として説明しています10。東京での生態ニッチを確定させたSCP-2864-JPは、宿主店舗が経営的に成功することに便乗して生息域を広げ、南進していきました。
2010年の時点では、SCP-2864-JPの生息域は南限が大阪府の高槻市にある阪急尼紙駅店にありました。財団が行った1980年から1990年の末期にかけてまでの大規模な薬物処理計画は、室内生態系の悪化によるリサージェンス現象、薬物による室内の汚染、顧客イメージの悪化を招き、大きなダメージを宿主店舗の経営部門に与えました。しかしながら、実質的にSCP-2864-JPの数を大きく減らし、南進を阻止することには成功していました。事例2864-JP-AはSCP-2864-JPの生息域の拡大を防ぐための収容行です。大阪府は宿主店舗の一号店が開業した地域であり、多くの宿主店舗がまとまった形で存在しています。安藤研究班の目的は可能であれば大阪府での被害を最小限に減らし、さらなるSCP-2864-JPの生息域拡大を阻止することでもありました。2011年にIPMEGAPは大阪府における拡大状況について報告をしました。それによれば、大阪市では56%の宿主店舗が寄生された経験を持ち、うち5%が看過できない経営的なリスクを抱えているとの統計結果でした。
SCP-2864-JPの対応に成功した店舗も存在します。それらの店舗の中には、SCP-2864-JPの排泄物を定期的に調査することで発生予察を行なうなどの防除方法を実施した店舗も存在しました。安藤研究班は店舗のロゴマークを変えるなどの耕種的防除、薬剤を用いてSCP-2864-JPの数を減らす化学的防除などの方法を指示し、IPMEGAPはその方針に従って防除の活動を実施しました。
大阪府は宿主店舗の密度が高い地域であり、SCP-2864-JPの水平感染が比較的に容易でした。外部環境におけるSCP-2864-JPは鳥類やヒトの活動に弱いため11、本事例の拡大は人口密集地における特異なものとして見なすことができます。逆に地理的に孤立している宿主店舗ではSCP-2864-JPは少ない傾向にあります。
2022年現在、SCP-2864-JPは北限は北海道、南限は鹿児島県にまでに生息域を拡大しています。沖縄県、奈良県、高知県、山梨県では未確認です。
補遺-3: 進化概念歪曲現象
SCP-2864-JPは異端生物研究の最初期に発見された異端生物の1つです。1960年代後半から1970年代に発生したと言われるイベント・ハートフォードは、SCP-2864-JPや他のミセコバチ上科の生物種、及びそのほかの異端生物を生じさせました。この異常現象連続イベントは進化を促進する何らかの作用力が発揮された結果であると結論つけられています。財団はこれを進化概念歪曲現象と呼称しています。進化概念歪曲現象の影響を受けた生物種は、人間社会に存在する巨大なニッチ間隙に生息をするように適応し、進化史に類を見ない性質を持つようになりました。
安藤忠雄博士は、異端生物の分類研究に大きく寄与した財団の人物です。SCP-2864-JPの発見は1971年にイベント・ハートフォードの前段階で生じた東京奇形生物事件の調査にあたっていた安藤博士の手によってなされました。安藤博士はオオパンミセコバチをコバチ科の生物の近縁であると考えました(安藤予想)。後の遺伝解析技術の進歩によって、これは正しかったことが証明されています。
安藤予想に基づいた分類群
ミセコバチ上科
オオパンミセコバチ科
オオパンミセコバチ属
オオパンミセコバチ
コパンミセコバチ
ファミレスミセコバチ科
ニクノミセコバチ
ベントウミセコバチ
コンビニミセコバチ科
ミドリミセコバチ
アオイロミセコバチ
ムカシミセコバチ科*(未発見)12
安藤予想と現代の分類の相違点
- ムカシミセコバチ科は2003年にミセコバチ上科から独立して再分類された。
- ファミレスミセコバチ科の一部の種は発見されなかった。
- コパンミセコバチはSCP-2864-JPの亜種として分類する研究が存在する。
懸念事項
分子解析技術が未発達だった1970年代に安藤博士がここまで正確な分類群を作成できた合理的な理由が存在しない。フレデリック・サンガーが財団の研究所でDNAの配列解析方法を発見したのが1975年、安藤博士が安藤予想を発表したのは1973年である。
安藤博士は1990年に突如行方不明となりました。彼の寝室の机の上には書き置きが残されており、財産を初孫である安藤春13に与えること、安藤予想には重大な間違いがあったこと、進化の真髄を独自に掴んでおりこれから"あちら側"に向かうことが記されていました。