特別収容プロトコル
SCP-2928-JP区画に侵入できる道中に、警察に偽装したエージェントの検問を敷いてください。また山間部からの侵入を考慮して区画内にエージェントを巡回させてください。各民家に小型監視カメラを設置及び一般社会にカバーストーリー”通過および立入禁止”を流布し、民間人の侵入を防いでください。
現在SCP-2928-JPに関連していると思われるインシデントが複数発生しています。SCP-2928-JPの特別収容プロトコルは一時見直しの状態に移行されました。SCP-2928-JP収容チームは新しい収容体制の早急な提案が求められます。
説明
SCP-2928-JPは一般に栃木県宇和仁多村と呼称される区画です。SCP-2928-JPの周辺は田園と山に囲まれており、発見時点で確認できる村民は114人です。
SCP-2928-JPの異常性は区画内に建築された計91の日本家屋にあります。これらの内訳は発見時点で住人が居住のため使用していた家屋が34、放棄されていた家屋が50であり、その内部構造全てに直径4mの大きな木製の柱が存在しています。この木製の柱には精巧な異形の姿をした存在が彫られており、柱の周囲には微弱~やや微弱なヒューム値の揺らぎが常に観測できます。
上記のヒューム値の揺らぎが大幅に乱れた場合、その柱の家屋に居住している住人が突如として変貌します。(以下「曝露者」と呼称)曝露者は全身が膨張と変色を始め体長が平均して2.5m程度になり、一般的観点において「棍棒」と呼称される形状の物体を出現させ周囲を破壊します。
曝露者が上述の状態になった場合、住人たちがどのようにして鎮圧してきたかは不明ですが、 補遺を参照してください。単体の脅威は、万全の状態で準備した財団の機動部隊1小隊でヴェールに考慮した隠蔽が必要なしに鎮圧できる程度です。
変貌した曝露者は一定時間経過すると通常の人間に戻ります。これは外傷の有無に関わらずあくまで時間経過によるものであると過去の事例より予想されます。
補遺1
インタビュー記録
日付: 2021/02/17
質問者: 雅灯博士
対象: 経夏 浩太氏
追記: 経夏氏はSCP-2928-JP区画内でインタビューに応じてくれた唯一の人間です。
インタビュー開始
雅灯博士: では、よろしくお願いします。
経夏氏: はい。私たちの村独自の文化についてということですよね。
雅灯博士: ええ、まず宇和仁多村に存在する鬼の文化が、一般的なものと若干の違いがあることはご存知でしたか?
経夏氏: はい。非常に閉鎖的な村ですが、独自のものであることは理解していました。私以外の村民に関しても同じ意識だと思います。
雅灯博士: なるほど。その宇和仁多独自の文化を、経夏さんのペースで構いませんので教えてください。
経夏氏: [数秒沈黙] この村には「鬼」と呼ばれる存在が跋扈していました。それはあなた達が思っているぼんやりした架空の存在ではなく、明確な脅威をもって今日まで伝えられてきました。
雅灯博士: 明確な脅威とは、村に被害をもたらす存在ということですか?
経夏氏 はい。実体を持たない彼らが何かを手にするには自分たちの手で盗み、傷つけ、奪うことしか選択肢がありません。そのような生態を持つ鬼が昔々のある日、この村に襲撃しました。
雅灯博士: 元々住んでいたのではなく、この村を襲うためにやってきたと?
経夏氏 まず彼らが奪ったのは、人間の心でした。鬼たちは村人の心を強奪しそこを住まいとし、素性を隠して潜入しました。
雅灯博士: 心…ですか?
経夏氏 具体的に申しますと「心身の記憶」と「人格」を足したものが心です。鬼はそれを乗っ取ることが出来ました。そうして鬼たちは人間が油断して自分を村に招き入れ、その隙を狙って村人の皮を脱ぎ強奪の限りを尽くしました。このままでは我々は蹂躙され、全てを奪われ、皆殺しにされると覚悟をしました。ですが、鬼たちはみな残らず家々の柱に封印されたのです。こうしてこの村は実体を持たない鬼が柱に封印された地として、よそ者を迎え入れることなく閉鎖的に過ごしてきました。
雅灯博士: なるほど…?よそ者がこの村に来た場合、鬼の封印が解かれるのですか?
経夏氏: それは、わかりません。断定はできませんが過去全く村への立ち入りを禁止できたわけがないと私は思いますし、現にあなた達がこうして訪れた。少なくとも今の所村に異常はありません。…他の村人たちは浮足立っているようですが。
雅灯博士: もう一つ質問があります。先ほどの話で鬼が各民家の柱に封印されたと聞きましたが、それはなぜか分かりますか?
経夏氏: 当時の村の家の建築を全て引き受けた大工、鎖丹の家の者が不思議な力を持っていた、としかわかりません。その大工は腕が良い代わりに家の真ん中に大きな柱を立てるという変なこだわりを持っていたらしいのですが、鬼の襲撃を想定していたのか、はたまた別の用途があったのかはわかりません。ですが鎖丹の家の者が鬼を封印できる力があったのは確かであり、その柱を壊さずに管理しなくてはならないという理由と同時にその大工への敬意を込めて、この村の家は代々柱を残しながら修理されてきました。
インタビュー終了
補遺2
補遺1のインタビューを受けて、財団は村の大工であるという旧鎖丹家を調査しました。現在は放棄された廃屋になっており、上述の柱が存在しない点は特筆すべき点です。これに関して住人から聞き取り調査を行いましたが理由は不明です。以下は調査の際発見されたとりわけ有用であると思われる文書、「鎖丹家の家訓」という題で一枚の和紙に書かれた内容です。
鎖丹家の家訓
八百万の神々は人の供物を欲すもの、鬼とは弱った心を奪うもの
心の支えとなる柱、支柱が逞しく大きいほど鬼が付け入る隙はない
だが心が揺らぎ、弱ってしまえばたちまち付け入る
この村に人を入れるな、そのものは我らのように鬼に強い心を持っていない
村のものも、外部からの来訪者は襲撃の日を思い出してしまい、弱ってしまうだろう
我らは鬼の住まいを造る者、鬼が奪った心なら、鬼から取り返すしかない
鬼はうち々々、人はそと
この紙の裏側に大きな筆文字で「願いを食う神々」、「人の心に住まう鬼」「████(塗りつぶされており判読不明)」と書かれていました。
この1日後、SCP-2928-JP内部の住人が全員曝露者に変貌する大規模的インシデントが発生しました。全員が一斉に曝露するのではなく20人単位かつ長時間のペースに分配され変貌が行われたため、財団はこのインシデントを人材の損失なく鎮圧できました。曝露が終了した村民は現在複数の財団医療サイトにて治療を行っています。
雅灯博士による見解
正直に申します。SCP-2928-JPの村民たちはもうまともな生活を行うことは出来ないと思って良いでしょう。彼らの言う「鬼」は人の心を奪う、すなわち「心身の記憶」と「人格」を喪失すると経夏氏は答えました。
我々はそれがどういうことなのかを実際に知らされました。村民は1人残らず抜け殻のようになり、自分が何者かすら思い出せません。それだけならまだよかった、問題は「肉体に染みついた記憶すら喪失してしまった」ということです。
我々はものを食べる、歩行をする、言葉を発するという生きていくうえで当たり前にしている行動は肉体の成熟により体に染みついてきます。ですがそれすらも忘れてしまっている。立ち方を忘れ、咀嚼の仕方を忘れ、排せつの仕方を忘れてしまっています。しかも、これはまだ初期調査の段階での推測ですが、それは不可逆的なものです。財団がどのような手を使っても記憶と人格の修復は行えません。
「鬼が奪った心なら、鬼から取り返すしかない」というのが本当ならば、私たちは彼らの心を蘇らせることが不可能のように感じ、ただただ歯がゆいばかりです。
補遺3
補遺2に記載されたインシデントから3日後、複数の財団医療サイト勤務者に上記の曝露者と同等の事例が発生しました。財団は当該インシデントの防止策を思案した結果、SCP-2928-JP区画内の柱の解析に着手しました。透視調査の結果として、柱の内部に人間の死骸が埋め込まれていることが判明しました。以下はSCP-2928-JP収容担当チーム主任である雅灯博士による提言の全文です。
雅灯博士による提言
SCP-2928-JP区画に存在する柱と同等のもの、すなわち現在医療サイトにて保護されている曝露者を生き埋めにした柱をSCP-2928-JP区画に建設することを提言します。
盲点だったとまでは行きませんが、正直この真相にたどり着くにはもう少し時間が欲しかったと言わざるを得ません。柱周辺のヒューム値の揺らぎがあったのは鬼を生み出すためではなく、柱内部の人間の延命に使用されていたのです。柱内部にいる人間はSCP-2928-JPの異常性に曝露されたそれと特徴が合致しており、少なくとも「当時の村社会で使い物にならなくなった人間が選出された」ことは明白です。
収容チーム全体の相違かはともかく、私個人としては同じ柱を作ることが唯一の手段であると考えています。ですが我々は柱の封印の理屈を完全に理解していません。どこまでが封印に必要な条件で、どこまでが必要ない要素かの判別がついていません。SCP-2928-JP外に作れば効果がないかもしれないし、曝露済の人間でなければ効果がないかもしれない。柱自体の素材は異常性のない木材でしたが、それ自体も必要な条件の一つで柱は木造ではないといけないのかもしれない。完全な柱を作るまで複数の死亡者を出させるでしょう。
完成したとしても、木造の柱に生き埋めにされた人間を延命させる方法も私たちは理解していません。もし私の提言が受理されるなら、財団はこれからSCP-2928-JP収容のために曝露者を消耗し続けるでしょう。
そしてもう一つ調べなくてはいけないことがあります。鎖丹家の出自です。彼らは柱の内部に人間を生き埋めにしたことを村人に隠していただけでなく、柱に埋め込む人間をどこから調達してきたのかも不明です。そもそも、鎖丹はどのようにして鬼と対抗する手段を確立させたのか。
私は鬼を封じてきたあの建築家達が鬼と同等の何かなのか、あるいは鬼そのものなのかという気がしてなりません。
報告書現在、雅灯博士による提言は日本支部理事会と倫理委員会でそれぞれ議論中です。結果が発表され次第当該報告書は改訂されます。