SCP-3000-JP - 群青之鳥
評価: -4+x
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アイテム番号: SCP-3000-JP

オブジェクトクラス: Thaumiel(調査中) Nagi1

特別収容プロトコル: SCP-3000-JPはサイト-8302の標準収容ロッカーに保管します。1時間毎に 日に3度、 毎日の業務終了後、 毎週月曜日 毎月第2月曜日に管理者による接触実験を行います。SCP-3000-JPの活性化が確認された場合は速やかにSCP-3000-JPとの対話を試み、特別調査チームによる検査の後に中断していた各種実験を随時再開します。

説明: 本稿は多数の改竄が確認されています。オブジェクトの特異性が消失しており、改竄者も死亡している事から正確な特異性を記すことが難しいため、改稿前の状態で記載している部分も存在しています。

SCP-3000-JPは自我を持っているかのように振る舞う財団製の小型無線通信機2です。SCP-3000-JPは付属の肩掛けストラップを含む一部が人の肌に接触した時に活性状態となります。活性状態時は電波の送受信は一切確認されず、電波暗室内でも正体不明の人物との対話が可能になる特異性を有しています。またSCP-3000-JPが接触者の視覚を共有している様な言動をすることからSCP-3000-JPの特異性は通信ではなくSCP-3000-JP自体が自我を持っていると本稿執筆時点で断定されており、接触者の視覚を介して外部を認識しコミュニケーションを取っていると推定されていますが、未知の方法による通信の可能性も示唆されています。

SCP-3000-JPはスピーカー部から様々な音を再現して流すことが可能です。対話時は主に10代から20代と思われる男声とも女声とも聞き取れる声域による日本語を用いてのコミュニケーションを取りますが、他にもサイレン等の機械音なども再現可能であり、SCP-████-JPの肉声を再現することで収容違反を防いだ事例もあります。

SCP-3000-JPは発見時の状況、その後の実験、自身の証言等から限定的な未来予知が可能であると推察されていますが、それがどのようなプロセスにより行われているかは不明であり、一部の研究者からは懐疑的な声も上がっています。SCP-3000-JPの各種特異性については発現経緯も含め異常性が確認できなくなった現在も調査を継続しています。

2001/10/23 収容違反を起こしたオブジェクト捜索の際、道留みちどまり総合病院への潜入捜査をしていたエージェント佐倉の無線通信機が正体不明の通信を始めたことでSCP-3000-JPの異常性が発覚しました。この時SCP-3000-JPはオブジェクトの行動を的確に予測したことにより他エージェント及び病院関係者に被害は無くオブジェクトの発見、早期確保を実現しました。その後SCP-3000-JPが割り当てられオブジェクトとしてサイト-8302への収容が決定しましたが、SCP-3000-JPが未来予知能力を持っていること、財団の理念を理解していることを研究者に申告し、自身の異常性がオブジェクト確保、収容、保護のいずれにおいても利用価値があることを主張してきました。その際に同サイト内でのオブジェクトの収容違反の発生を警告し、調査に向かった研究員が脱走寸前のオブジェクトを発見し収容違反は未遂に終わりました。以上のことから財団はSCP-3000-JPの有用性を認識し、今後の調査次第でオブジェクトクラスをThaumielとして登録し利用していくことが提案されましたが、自我を持つと推定されているオブジェクトの利用を反対する意見も多く見られたため長期に渡る調査と実験を行い、その結果によって今後のSCP-3000-JPの収容プロトコルを改定することが決定しました。実験により多人数が存在する閉所空間内では未来予知の精度が下がることが判明した事と、他要注意団体による情報収集を目的とした存在である可能性を否定できない事から少人数による屋外での未収容オブジェクト捜索への利用が理想的だと判断されました。屋外へのオブジェクト持ち出しによる実験を行うにあたり不慮の事態を想定し、SCP-3000-JPの予測により未収容オブジェクトの存在が予想される地点の近隣都市に調査チームの拠点を用意し、GPSを取り付けたSCP-3000-JPのストラップが首に直接触れ続けられるように固定したエージェントが単独で現地へ赴く方針が取られました。対応するエージェントにはサバイバル技能が高く、未収容オブジェクトの確保実績があり、SCP-3000-JPとの円滑なコミュニケーションが可能である事を考慮され無線機の本来の持ち主であるエージェント佐倉が選ばれました。

以降の記録はSCP-3000-JPの特異性の発現経緯、特異性の詳細の調査の参考にするためにSCP-3000-JPの発見から遠征調査の記録を抜粋しています。

抜粋記録1: 2001/10/23 日本 私立道留総合病院 収容違反を起こしたオブジェクトの追跡調査中のエージェント佐倉とSCP-3000-JPの初接触時の会話記録。

<記録開始>

(エージェント佐倉が病室から出てくる。周囲を確認してSCP-3000-JPに手をかける。後にオブジェクトへの変質に気付かず通信機として使用するつもりだったと供述。)

エージェント佐倉: こちら佐倉。集中治療室のフロアでは対象を確認できず。次の指示を求む。

(通信機からは返答無し。)

エージェント佐倉: ……こちら佐倉。指示を求む。

SCP-3000-JP: へい、チェリーちゃん。病院での携帯電話の使用はいけないんだぜ?

エージェント佐倉: ……誰だ貴様?

SCP-3000-JP: 誰だときたか。誰だと思う?

(通信機を床に叩き付けようと振りかぶるエージェント佐倉。後に要注意団体による通信傍受を疑い破壊して逆探知を防ごうとしていたと供述。)

SCP-3000-JP: 待て待て待て! すまなかった! チェリーちゃんの探し物なら屋上に向かってるぜ! だから壊すな!

エージェント佐倉: ……なぜ知っている? どこまで知っている? 改めて聞く。誰だ貴様?

SCP-3000-JP: あー、説明したいのは山々なんだが、今はチェリーちゃんの探し物止めないとマズイからなぁ。やっこさん、屋上で超能力を使ってこの病院まるごと氷付けにしてお前さん達を一網打尽にするつもりだぜ。そこが効率的に超能力を使える場所だからだろ? 違うかいチェリーちゃん?

(振りかぶっていた手を下ろす。この時点で通信相手がオブジェクトの特異性を認知していることを把握し、情報漏洩を危惧し相手から情報を引き出すために通信の継続を自己判断したと供述。)

エージェント佐倉: ……情報提供は感謝する。だが、あんたの目的はなんだ?

SCP-3000-JP: そんなん後だぜチェリーちゃん。もうすぐ雨が降りだすぜ。

(目線を窓の外に向けるエージェント佐倉。)

エージェント佐倉: ……降るのか?

SCP-3000-JP: 雨音がどんどん近付いて来やがる。わかってんだろ? 雨にアイツの超能力は相性抜群だぜ? 時間がない。外へ連絡もできないからな。佐倉ちゃんが何とかするしかないんだ。

エージェント佐倉: 連絡できない?

SCP-3000-JP: アイツが電話線を切っちまったんだよ! 携帯電話を持ってる奴を探すか? 病院で? 時間が無い。それに、俺も試してみたけど俺には電話としての機能は無くなっちまったらしい。通信はできねぇ。

エージェント佐倉: ……何?

SCP-3000-JP: チェリーちゃん、俺以外に携帯電話は持っていないのかい? 外に連絡する手段は?

エージェント佐倉: 他のエージェントと合流できればそいつのトランシーバーを使えるが……別のフロアを捜索しているから合流には時間がかかる。俺と連絡できない事がわかればこっちに向かって来ると思うが……俺もトランシーバーが使えれば話は変わってくるんだが。

SCP-3000-JP: ……なんてこったい、俺はトランシーバーになっちまったのか。随分とゴツい携帯電話だと思ったら。ま、無い物ねだりはしょうがねぇさ。

エージェント佐倉: 誰のせいだ誰の。

SCP-3000-JP: 時間が無い。俺とアンタの2人でやるんだ。俺が情報提供。チェリーちゃんが作戦立案と実行担当。適材適所だ。

エージェント佐倉: ……いいだろう。そちらは何と呼べばいい?

SCP-3000-JP: あん?

エージェント佐倉: 呼び方だ。別に俺はアンタ呼びのままでも構わないが、一時的にでも作戦を共にするんだ。誰に向けた言葉なのかを判断しやすくしたい。それに、いい加減そのチェリーと呼ぶのはやめろ。不愉快だ。

SCP-3000-JP: あ、名字だったのか。いや、そういうもんだよな、名前でサクラは男にしちゃ珍しいよな。ああ、そうか、名前、名前か……何年ぶりかしら。ええっと……。

エージェント佐倉: 早くしろ。とりあえず屋上に向かうぞ。

SCP-3000-JP: ああ、なら……みち……いや、チルチルだ。チルチルと呼んでくれ。それがいい。

エージェント佐倉: ……お前、俺の名前まで知っているのか?

SCP-3000-JP: え?

エージェント佐倉: あ……何でもない。

(屋上に向かって走り出すエージェント佐倉。)

SCP-3000-JP: おいおい、もしかしてお前さん、ミチルって名前なのかい? サクラミチル? 本当か? 何て偶然なんだ! 漢字はどう書くんだ? 満開のミチルか?

エージェント佐倉: うるさい黙れ!その名前で呼ぶな! ジョークみたいで嫌なんだ!

SCP-3000-JP: 咲き誇る満開の桜とは良い名前じゃねぇか! 誇れよ! 桜だけに! 俺は神をはじめて信じたぜ! オーケー、ブラザー! チルチルとミチルで青い鳥を捕まえにいこうぜ!

<記録終了>

この後エージェント佐倉は収容違反オブジェクトの確保に成功。他エージェントとの合流時にSCP-3000-JPとのやり取りも報告されサイト-8302へと移送された。

抜粋記録2: 2001/11/25 サイト-8302 SCP-3000-JPの特異性の調査が一通り終了し、未収容オブジェクト捜索チームの顔合わせでの記録。

<記録開始>

SCP-3000-JP: いやあ、偶然? 運命? まさかアンタと組むことになるとはなぁミチルちゃん。……おっと、名前は嫌だったんだよな。すまねぇブラザー。

エージェント佐倉: ……上からの命令だ。

SCP-3000-JP: そんなに俺との旅が不満かい?

エージェント佐倉: お前の軽薄さが気に食わない。

SCP-3000-JP: 俺はブラザーの真面目さが気に入ってるぜ? 好感が持てる。きっと女にもモテるんだろうな。

エージェント佐倉: ……ジョークは好かん。

SCP-3000-JP: 拗ねるなよブラザー。これからは四六時中一緒なんだからな? おっと、トイレと風呂は別だぜ? プライベートも必要だもんな。

エージェント佐倉: ……改めて聞くが、お前の目的は何だ?

SCP-3000-JP: おいおいブラザー、その質問は何度目だ? 話のレパートリーは多くないと飽きられちゃうぜ色男。

エージェント佐倉: 俺からは2度目、全体を通して言えば25回目だ。

SCP-3000-JP: はい?

エージェント佐倉: お前が受けたインタビュー記録には全て目を通した。お前に対する実験記録も全てな。

SCP-3000-JP: おいおい、俺の事が好きなのかブラザー? 俺でもうんざりするほどのお喋りの記録を観たのかよ全部? まさか、お前さんのお父さんとのお話もかい?

エージェント佐倉: ……佐倉管理官と? 第4回合同接触実験の時か?

SCP-3000-JP: オーケー、それは真面目を通り越して恐怖だぜ? 堅物の怪物とは恐ろしい恐ろしい。俺の天敵だな。

エージェント佐倉: ……あの記録から解ったのは、お前が自分の特異性を財団に売り込もうとしていたように見えたという事だけだ。お前のジョークは健在だったが、どこか必死さを感じた。要注意団体がお前を送り込んだのならば財団施設外での運用に異を唱えるはず。なのにお前はそれを進んで受け入れた。それはつまり、収容されると困ることでもあるのか?

SCP-3000-JP: ……本当に俺の事が大好きなんだなブラザー。よく見てるぜ俺の事。見すぎてて気持ち悪い。

エージェント佐倉: 答えろ。

SCP-3000-JP: ……好奇心だよ、好奇心。昔から世界の果てに興味があったんだ。

エージェント佐倉: 世界の果て?

SCP-3000-JP: 三千世界って知ってるかい? 仏教用語で俺達が住んでいる世界なんだそうだ。世界は広いと言うけれど、実際に数字で言われるとさ、なんだか思っていたより狭いように感じないか? だから世界の果てまで行ってみて、俺の生きる世界はどれくらい狭くてちっぽけだったのかを確認したい。それだけのためにあんたら財団とやらを利用する。それだけさ。

エージェント佐倉: ……財団を旅行代理店か何かと勘違いしていないか?

SCP-3000-JP: ……おや、違ったのかい添乗員さん?

エージェント佐倉: 結果を残せなければお前は低危険度物品収容ロッカー行きだ。旅行がしたいならば職務を果たせ。

SCP-3000-JP: 仕事はやりますよ。ええ全力で。暗闇はもうまっぴらだ。

エージェント佐倉: 今後の運用でお前の有用性を認めさせれば上層部もお前の継続的な運用を検討するだろう。なに、オブジェクトが財団に協力している事例は多数ある。お前がヘマをしてロッカーに行くまでの短い間の付き合いになるだろうが、それまではサポートしてやろう。ようこそ財団へ。

SCP-3000-JP: 末長くよろしく頼むぜブラザー。

<記録終了>

抜粋記録3: 2001/12/01 日本 富士山頂 第一回遠征調査で山頂に到着時の記録。

<記録開始>

SCP-3000-JP: ヤァァァァッホォォォォォッ!

エージェント佐倉: うるさいっ! オブジェクトに気付かれるだろ!

SCP-3000-JP: ……返ってこないな山彦。

エージェント佐倉: 山彦は音の反響による現象だ。近くに音を反射させるような山肌がなければ音は返ってこない。

SCP-3000-JP: そういうもんかい?

エージェント佐倉: それより、オブジェクトはどこにいる? 山頂にいるんだろ? 予知はどうなった?

SCP-3000-JP: あー……ゆっくりと周囲を見渡してくれないか?

エージェント佐倉: (首だけを動かして周囲を警戒する。)

SCP-3000-JP: ……すげぇな。雲海って言うのか? 本当に海みたいだな。見たこと無いけど。それに、足元の雪と色が同じで……どこまでも続いていくみたいだ……。

エージェント佐倉: 馬鹿言ってないで状況を教えろ!

SCP-3000-JP: ……逃げたなこりゃ。

エージェント佐倉: なに!

SCP-3000-JP: あー……北だな北。そっちの方で何かが起こる気がするぜ。奴さんは空を飛べるみたいだ。残念無念だね。

エージェント佐倉: 飛行能力を有したオブジェクト……待機チームに連絡、航空レーダーに不審な飛行物体が検知されてないか付近の管制塔と連携をとって……。

SCP-3000-JP: おい! まさかもう下山するのか!?

エージェント佐倉: 当たり前だ! ここにもう用は無い。

SCP-3000-JP: せめてもう少しだけ景色を見せてくれよ! どっちが静岡でどっちが山梨なんだ!

エージェント佐倉: ダメだ。ここでオブジェクトを逃がせば一般人に被害が出る可能性がある。立ち止まっている暇は無い。

SCP-3000-JP: そんな……こんな冬の富士山を何時間かけて登ってきたと思ってんだよ! それに、お前が降りたところでまた何時間もかかるだろ! 間に合わないって! 連絡だけしてゆっくりしてようぜ! もっと見ていたいよ!

エージェント佐倉: お前の予知が何かの役に立つかもしれない。有用性を売り込むチャンスだぞ!

SCP-3000-JP: ああ……うあぁ……。こんなの予想外よ……。

<記録終了>

補遺 その後、オブジェクトの追跡を行いましたが足取りは掴めず、第一回遠征調査は失敗に終わりました。

抜粋記録4: 2002/04/19 ケニア アンボセリ国立公園 第八回遠征調査にてエージェント佐倉がブチハイエナ(Crocuta crocuta)の群れに追われマウンテンバイクに乗って逃走中の記録。

<記録開始>

エージェント佐倉: なんで接近に気付かなかった!

SCP-3000-JP: 気付いてたよ! 遠くに何匹かいるなって思ったら足音がグングン近付いて来てさ! 尋常じゃねぇスピードでこの状況になっちまった! すげぇな野性動物!

エージェント佐倉: 予知はどうしたと聞いている!

SCP-3000-JP: それより知ってるかブラザー! ハイエナのアゴは骨まで砕いて食べるから出てくるアレが白いんだとさ!

エージェント佐倉: 俺もそうなるって言いたいのか! いいよなお前は消化されずにそのまま出てこれるだろうしな!

SCP-3000-JP: 財団製の強化プラスチックの体はハイエナのアゴに勝てんのか!? 例え無事だったとしてもアレまみれになるなんざごめんだぜ!

エージェント佐倉: だったら安全なルートを予知しろ! もしくはハイエナが嫌がる音でも出しておけ!

SCP-3000-JP: ハイエナの嫌がる音ってなんだよ!?

エージェント佐倉: えっと……とりあえず大きな音!

SCP-3000-JP: 大きな音で嫌がるような……あ。

エージェント佐倉: くそっ! こいつが大きな音が出るからって嫌がらなければ大型バイクの使用が認められたのに……。

SCP-3000-JP: (110 db相当のサイレン音。)

エージェント佐倉: うわっ!

SCP-3000-JP: きゃっ!

(突然の大音量に驚いてマウンテンバイクごとエージェント佐倉が転倒。ブチハイエナの群れは逃走。)

エージェント佐倉: 痛……って……。

SCP-3000-JP: ああ……五感を共有して大きな音を出すとこうなるんだ……。痛い……痛いってこんな感じなんだ……。

エージェント佐倉: 耳鳴りが……とりあえず……怪我は無い……安全地帯までこのまま移動するぞ……。

SCP-3000-JP: あ、ごめんなさい! 大丈夫!?

エージェント佐倉: なにか言ってるのは解るが……聞こえづらいな。こうなるとお前の予知だけが頼りだからな。

SCP-3000-JP: ごめんね、本当にごめんね!

エージェント佐倉: ……聞こえねぇよ……何も……。

<記録終了>

補遺: その後、オブジェクト出現予想ポイントに到達するもオブジェクトの存在は確認できず、第八回遠征調査は失敗に終わりました。

抜粋記録5: 2002/09/31 イギリス ソールズベリー近郊 第十五回遠征調査からの帰還中に偶然にも要注意団体の拠点を発見し、施設外周を目視による観察をした時の記録。

<記録開始>

エージェント佐倉: 帰還が第一優先だ。

SCP-3000-JP: いいや突入するべきだ。

エージェント佐倉: ……我々が拠点に帰還するまでが任務だ。

SCP-3000-JP: それじゃ遅いんだって! ブラザーも見ただろ? 女の子が連れてかれてる所をさ!

エージェント佐倉: だからどうした。助けろとでも言うつもりか?

SCP-3000-JP: 助けようぜ!

エージェント佐倉: ヒーローにでもなりたいのか? どの道、俺達だけで何とかできる施設の規模じゃないだろう?

SCP-3000-JP: それでも!

エージェント佐倉: 別に見捨てるとは言っていない。急いでここから離脱して拠点に連絡すれば特殊部隊が数時間もしない内に派遣されるだろう。

SCP-3000-JP: だからそれじゃ遅いんだよ!

エージェント佐倉: 何が遅い!はっきり答えろ! 自分の特異性の詳細も話せないような奴の話なぞ信用されるものか!

SCP-3000-JP: それは……。

エージェント佐倉: 財団はお前が思っているような義憤で正義を振りかざすような組織ではない。場合によっては多大な犠牲を払う事にも躊躇しない。世界の均衡を保つためならば、さっきの少女の命ぐらい平気で見逃す。割り切れよ。

SCP-3000-JP: ……笑ってるの。

エージェント佐倉: ……なに?

SCP-3000-JP: 笑ってるの。何十人の子供の悲鳴と、大人達の笑い声。それと、地面の下で大きな何かが這いずり回っているような音が聞こえてくるの。

エージェント佐倉: さっきの子供だけじゃないのか?

SCP-3000-JP: 数で命の重さを決めてるわけじゃない。どうしようもない犠牲が必要なことも、この半年間財団と関わって来て理解してる。でもね、それを嬉々として笑って実行することは世界の均衡を保つためでないことも理解してるつもり。この施設の中にいる人達の態度は世界のためでも人のためでもない。自分のために人の命を弄んでいる。これを止めないで世界の均衡もへったくれもないでしょう? 違う? エージェント佐倉?

エージェント佐倉: ……地面の下の存在の詳細は?

SCP-3000-JP: くぐもっていて上手く聞き取れないけど、施設内に入ればわかると思う。

エージェント佐倉: 施設内の人員配置は?

SCP-3000-JP: 全員把握済み。反響音で間取りもある程度想定できる。

エージェント佐倉: それは……予知の範疇を超えているぞ。

SCP-3000-JP: ええ、そうね。

エージェント佐倉: お前の発言は既に装置に記録されてしまっている。俺には詳細の報告義務が生まれたぞ。

SCP-3000-JP: 理解してる。

エージェント佐倉: ……いいんだな?

SCP-3000-JP: 構わない。私の特異性が何かの役に立つのなら。

エージェント佐倉: ……まずは施設内の偵察と地下にいるであろう推定未収容オブジェクトの調査からだ。危険度によってはその場で戦闘行為に移る。財団への緊急連絡もギリギリまで行わないが、特殊部隊の到着まで持ちこたえればそれでいい。それまでは全力でサポートしろよチルチル。

SCP-3000-JP: ……最高だぜブラザー。やっぱり、アンタが相棒でよかったぜ! 任せろブラザー! どんな音も聞き逃さねぇさ!

<記録終了>

補遺: その後、特殊部隊が施設に突入し要注意団体は壊滅、未収容オブジェクトはイギリス支部での収容が決定し引き渡されました。保護した民間人42名については記憶処理を施した後にそれぞれの保護者の元に帰されました。また第十五回遠征調査についてですが、要注意団体及び未収容オブジェクトの発見は偶発的なものであり、遠征調査自体は失敗に終わりました。SCP-3000-JPの特異性に不明な点が確認されたため、遠征調査の一時凍結になりましたが、エージェント佐倉が未確認の特異性を明らかにするための追加調査を自身が行うことを進言したため、1ヶ月後に遠征調査は再開されました。

抜粋記録6: 2002/11/29 アメリカ コールドフット近郊 第十七回遠征調査中の記録。

<記録開始>

エージェント佐倉: (SCP-3000-JPが懇願したため財団製消音エンジン搭載のキャンピングカーから出て夜間上空の警戒を行っている。)

SCP-3000-JP: 綺麗……。

エージェント佐倉: ……すごいなオーロラって。こんなにはっきり見えるもんなんだな。テレビで見るのとは大違いだな。

SCP-3000-JP: 光が揺らめいて、雪が音を消し去って、ここだけ世界から切り取られたみたいで……現実なのに、まるで幻想の世界にいるみたい。……自分の目で見れないことだけが残念だけど。

エージェント佐倉: ……ああ、俺の五感を使ってるんだもんな。そこまで目は悪くないつもりなんだが。

SCP-3000-JP: いえ、これは心の持ちようだから。確かに素敵な光景なのだけれど、人の目を介して見ているものはテレビを見ていることと変わりがないのではないかと考えてしまったの。このトランシーバーにカメラが付いていたら話は違ったのかもしれないけど。

エージェント佐倉: ……そういうもんかね。

SCP-3000-JP: ……なんだかんだで1年が経っちまったんだぜブラザー。

エージェント佐倉: 何がだ?

SCP-3000-JP: 俺達が出会ってからさ。

エージェント佐倉: ……もうそんなに経つのか。

SCP-3000-JP: 俺はこの1年で世界の広さを知ったよ。世界の果てが見たいとかさ、無謀な夢だったぜ。全然回りきれねぇよ世界! 俺が夢見た現実の世界は、俺の知らない幻想的な光景に溢れているんだ!

エージェント佐倉: いや、勝手に遠征調査を終りにするな。せっかく調査を続けられるようになったんだから、これからもっと色んな所に行けばいいじゃないか。

SCP-3000-JP: いや、これが最後の調査になるんだ。チルチル様の最初で最後の未来予知さ。絶対当たるぜこれは。

エージェント佐倉: ……何を言っている。

SCP-3000-JP: 俺に未来予知なんて特異性は無い。そんなのとっくに気付いてんだろ?

エージェント佐倉: それは……。

SCP-3000-JP: 上の人達もとっくに気付いてる。それに、管理官も庇いきれなくなってるみたいだしさ。

エージェント佐倉: ……そうか。

SCP-3000-JP: だからさ、ブラザーに頼みがある。

エージェント佐倉: なんだ?

SCP-3000-JP: 日本に帰ったらさ、サイトに戻る前に寄ってもらいたい場所があるんだ。

エージェント佐倉: どこだ?

SCP-3000-JP: それは着いてのお楽しみってことで。ただ……。

エージェント佐倉: ……どうした?

SCP-3000-JP: ……いや、何でもない。そろそろ車の中に入ろうぜ。ブラザーの体、冷えきってるじゃねぇか。

エージェント佐倉: いや、まだ大丈夫だ。

SCP-3000-JP: あのなぁ、俺はお前の五感を共有してんだぜ? これ以上はトランシーバーでも風邪引いちまうよ。

エージェント佐倉: いや、もう少しだけ……この極光を目に焼き付けたいんだ。

SCP-3000-JP: ……そうかい。……ありがとう、ブラザー。

<記録終了>

補遺: その後、オブジェクト出現予想ポイントに到達するもオブジェクトの存在は確認できず、第十七回遠征調査は失敗に終わりました。これまでの遠征調査でのSCP-3000-JPによる未収容オブジェクトの発見が3件、要注意団体の拠点発見が1件(第十五回遠征調査は含まず。)であり、予知の精度が低い点とSCP-3000-JPの特異性が未来予知ではない可能性が高い点を踏まえ、遠征調査の完全凍結及び最終調査後の収容プロトコル改定が決定しました。

事案記録: SCP-3000-JPの報告書に改竄の痕跡が発見されました。報告書に記載されている記録が少なく曖昧で、特異性の解明が終わっていないオブジェクトの使用許可が簡単に降りている事から不信感を覚えた遠征調査チーム内の複数名が独自に捜査を始め、抜粋記録6から佐倉管理官による報告書の改竄が示唆されたため他の管理官へと報告しました。佐倉管理官への聴取中、SCP-3000-JPの特異性が消失したとの報告が入りました。

以下の記録はSCP-3000-JPの特異性が消失した際の事案記録です。第十七回遠征調査から日本に帰国した際にエージェント佐倉は他の調査チームメンバーに無断で単独行動を行いました。しかしエージェント佐倉の様子に不信感を覚えたメンバーが気付かれないように装着させた音声記録装置からの抜粋です。

音声記録: 2002/12/03 日本 私立道留総合病院

<記録開始>

(病室の扉を開ける音。)

SCP-3000-JP: その人に俺を持たせてくれ。

エージェント佐倉: ……大丈夫なのか?

SCP-3000-JP: 大丈夫。俺を信じろよブラザー。

(連続した布擦れの音。エージェント佐倉がベッド下の椅子を引き出し座る音。)

SCP-3000-JP: 初めまして……でいいのかな?

エージェント佐倉: いや、最初にお前と通信した時この病室で調査していた。その時にお会いしている。

SCP-3000-JP: 覚えてたんだ……。でも、ブラザーも驚いただろ? なんせ、未来予知の超能力を持つスーパートランシーバーであるチルチル様の正体が……こんな寝たきりのおばあちゃんなんだからさ。これが深窓の令嬢だったらロマンスに溢れた物語になるんだけどな!

エージェント佐倉: いや、気付いていたよ。

SCP-3000-JP: 嘘つけよ! 確かに、時々しゃべり方が素に戻ってたから女だってのは気付かれていたかもだけど、 80過ぎのおばあちゃんなのは気付かないって!

エージェント佐倉: ……ハイエナに追われてた時のサイレン音。あれ、空襲警報だろ?

SCP-3000-JP: あー……なるほど?

エージェント佐倉: 俺の任務はお前と一緒に未収容オブジェクトを捜索するだけじゃない。お前の特異性……いや、お前という存在が生まれた経緯の調査も含まれる。お前の言動には人一倍気を遣っていたさ。空襲警報をあの音量で再現できたのは、あの警報を直接聞くしかできないだろうと考えてな。

SCP-3000-JP: なーんだ。せっかくブラザーを脅かせると思ってたのに。演技してて損した!

エージェント佐倉: 演技……何で男の振りをしていたんだ?

SCP-3000-JP: ……女だからって嘗められたら話を聞いてくれないかと思って。あの時は氷漬けになるかならないかの瀬戸際だったから。

エージェント佐倉: 時代錯誤な考え方だが……無理もないか。今は女性の社会的地位は高くなっている。むしろ、あんな軽薄なしゃべり方のせいで俺はお前に対して不信感を覚えていたがな。

SCP-3000-JP: でも、あれだけ演技で自分を偽ることができたから、初めてのおしゃべりも緊張せずに楽しくできたわ?

エージェント佐倉: ……初めてのおしゃべり?

SCP-3000-JP: そうね。今まで騙してきたことの種明かしをしなくちゃね。ブラザーは私の特異性をどこまで理解してる?

エージェント佐倉: お前の特異性は通信と未来予知などではなく、意識の憑依と超聴覚。自分の意識を物体に憑依させコミュニケーションをとれることと、予知に関しては鋭すぎる聴覚で広範囲を感知することでその後の結果を予測していただけに過ぎない。通信であれば俺と五感を共有する意味がない。未来予知であればハイエナの接近を許すわけがない。

SCP-3000-JP: うーん、当たってるけど……満点とは言えないわ。

エージェント佐倉: どこが違う?

SCP-3000-JP: 私も知らなかったの。トランシーバーに意識を移すと会話できるようになるなんて。だから、人とおしゃべりするのはあの時、貴方としたのが本当に人生で初めてだった。

エージェント佐倉: 人生で?

SCP-3000-JP: 私の本体はね、物心つく前の事故のせいで脳死の状態。それから今に至るまでずっと意識不明のまま目覚めていないの。

エージェント佐倉: だが、こうして俺と会話している。物心つく前から植物状態ならその知識はどう得たんだ?

SCP-3000-JP: そこで私の特異性。長い眠りについた私はね、いつしか物に自分の魂を取り憑かせる超能力を持っていることに気が付いたの。財団の報告書には相応しくないわね。魂……魂魄?

エージェント佐倉: 別に、伝えやすい言葉のままで構わない。

SCP-3000-JP: あら、そう? なら続けるけど、長い間自分で試してみて気付いたことがあったの。それは、魂が取り憑けるのは人が手に持てる大きさに限られること。そして、その物体に誰かが触れている間だけ、私はその人の五感を通じて外の世界を認識することができたの。

エージェント佐倉: そうやって知識を得たということか。

SCP-3000-JP: 最初は私の様子を診に来たお医者の先生のペンとか、入院患者さんの本とかに取り憑いてね。色んな病室の色んな物に取り憑いて、色んな本を一緒に読ませてもらったわ。

エージェント佐倉: 喋り方が芝居がかっていると思ったら、お前のベースにあるのが架空の会話だったんだな。

SCP-3000-JP: ……そんなに変だった?

エージェント佐倉: 俺も文学少年で友達もいなかった。人の事は言えないさ。

SCP-3000-JP: 空襲警報を聞いたのもこの頃ね。戦後はラジオから色んな音楽が流れるようになってきて、小児科で院内学級が併設されてからは基本的な読み書きも学べて本を一緒に読んでても理解できることが増えていった。テレビが普及してからは本当に楽になったわ。目でも耳でも色んな情報が入ってきて、飽きることは全然なかった。

エージェント佐倉: ……嘘だな。

SCP-3000-JP: ……そうね、ごめんなさい。本当はどうしようもなくつまらなかった。どちらかと言えば、嫉妬の感情かしら? それと諦め。テレビの中で紹介される世界はとても美しくて、楽しげで……私では絶対に得ることの出来ない世界を体験している人が何万人も、何億人といると思うと……悔しくて仕方がなかった。

エージェント佐倉: 病院から出たことは?

SCP-3000-JP: 無理。絶対に無理。当時は、が頭に付くけどね。私が憑依している物を人が手放すと、私の意識は真っ暗になる。誰かの五感を共有していないから見えない、聞こえない。籠、檻、そんなものじゃない……息苦しい、真っ暗な箱の中に閉じ込められている感覚の中に落ちていくような。もし、病院の外で誰かが私を落としたら? 憑依した物にもよるでしょうけど、きっと雨風にさらされて誰にも気付かれずに朽ちて死んでいく。でも、病院の中でなら、落とされた私を誰かが必ず拾う。真っ暗な私の世界に光が射し込んで、私は次の宿り木に憑依する。真っ暗な箱と少し大きな病院という鳥籠。それだけが私の世界だった。それだけで良かった。籠の隙間から垣間見得る外の世界に憧れるけど、私には関係無い。鳥籠の中で静かに羽撃く青い鳥でいられるだけで私は良かったはずなのに……貴方が私の世界を壊してしまったの。

エージェント佐倉: 俺が?

SCP-3000-JP: そう、貴方よブラザー。1年前、貴方がオブジェクトの捜索中に、私が憑依していたテレビのリモコンに触れてしまった。そして、私は貴方を介してこのトランシーバーに憑依した。貴方が持ち込んだの。財団の技術によって作られた高性能な集音装置と多彩な音を再現する多機能スピーカーを内蔵した通信機を、人が手に取って持ち運べるサイズの今までの科学技術を凌駕する文明の利器を、あろうことか病院の中に持ち込んだ。

エージェント佐倉: それは……。

SCP-3000-JP: その時、私は理解した。私は憑依した物体の機能を五感に上乗せして共有することができる。財団の技術は素晴らしいわ。病院ぐらいの大きさの施設なら全域の音を集めることができるし、サイトの防音設備でも内部からなら微かな音を拾うことができた。それはさながら未来予知の超能力を手にしたようで……私は恐怖した。私の知らなかった特異性に、科学技術が追い付いてしまった。それ以上に病院には危険なオブジェクトと、貴方達財団エージェントが潜り込んで今にも暴れだそうとしている。だから私は、私の鳥籠を守ろうと貴方に話しかけるという私の命と人生を賭けた賭けに出た。

エージェント佐倉: それが……あの時なのか。

SCP-3000-JP: それからは知っての通り。私は予知能力者チルチルとして財団に……貴方の父親に売り込んで、憧れだった外の世界を堪能させてもらったわ。この1年、色んな所に行ったわね。本当に……最後の最後に最高の思い出ができたわ。

エージェント佐倉: だから……最後の調査だと。

SCP-3000-JP: ……ええ。世界の裏側にいようと、どこかで繋がっているんでしょうね。私の体の方が限界を向かえつつあったことは以前から薄々気付いていたの。だから、チルチルとミチルの旅はこれでおしまい。青い鳥は最初から鳥籠の中にいた。私はチルチルではなく、この道留総合病院の創始者の娘、道留 桜として死ぬことを最後の旅にしようと決めたの。

エージェント佐倉: ……そうか。

SCP-3000-JP: ……これも知ってた?

エージェント佐倉: ……ああ、知っていた。あの時、病院の中にいた外来患者を含む関係者の中で、神を信じるほどの偶然を感じたのはアンタだけだった。サクラがミチル。本当に……嫌な偶然だよ。

SCP-3000-JP: 私も自分の名前が嫌いだった。道に留まって、儚く散る桜。そんなことはない。道を歩くことすらできず、ただただ生き汚いだけ。それが私。創始者の娘だからってだけで、親兄弟が亡くなって親類縁者が見舞いにすら来なくなってからも、何とか生き永らえさせてもらっている。病院の中では私より若い子供達が死んでいく。何も出来ない、夢を見ることすら許されなかった私が、夢を叶えて死んでいく。こんなに幸運なことはない。むしろ、夢を叶えられず死んでいったあの子達に申し訳ないくらいだわ。

エージェント佐倉: ……何とかならないのか?

SCP-3000-JP: ……ブラザー?

エージェント佐倉: 肉体は死んでしまうにしても、せめて魂だけはトランシーバーの中で生き永らえるなんてのは?

SCP-3000-JP: ブラザー……もしかして貴方、悲しんでくれているの?

エージェント佐倉: ……当たり前だ。

SCP-3000-JP: ……嬉しい。きっと、私が死んでも泣いてくれる人なんていないと思っていたから。

エージェント佐倉: ……初めてだったんだ。

SCP-3000-JP: ……初めて?

エージェント佐倉: 財団職員の両親の元に生まれて、ただ流れでなんとなく財団のエージェントになった。それが普通だと思っていたし、それ以外の道なんて考えもしなかった。エージェントになっても親父が裏から手を回して俺が現場に出ないように働きかけて内勤の書類整理ばかりだった。遠征調査だってそうだ。今にして思えば、遭遇したオブジェクトはどれも確保が随分と楽だったよな。俺が楽して安全にエージェントとしての経験を積めるように、危険の少ないオブジェクトと適度に遭遇するように親父から言われてたんだろ?

SCP-3000-JP: 確かに言われていたけれど、実際に近付いてみないと本当に危険かどうかはわからなかったわ。

エージェント佐倉: ……そんなんだから、世界のためだとか実感も無くて、口先だけで、なんとなく、生活するために仕事をこなすだけだった。

SCP-3000-JP: そんなことはないわ。貴方は立派なエージェントだった。

エージェント佐倉: 違う。最初の収容違反の時だって、人手が足りなかったから初めて現場に駆り出されただけで内心は震えていた。初めて自分の死を実感しても立ち向かえたのは……お前がいたからだ。お前があの時話しかけてきたから……お前が俺の背中を押してくれたから、俺は本当の財団エージェントになれたんだ。

SCP-3000-JP: ……私が?

エージェント佐倉: 誰かに見られてるって思ったら手は抜けなくてさ、エージェント養成機関で学んだ事を必死で実践してただけだ。それからも必死で取り繕って……そうしたら……そうしたらお前が行く先々で感動なんかするから! 俺は初めて……自分の仕事に誇りを持てたんだ……。財団がいるから、お前が感動できる幻想的な光景が守られているんだと、世界は滅んでいないんだと……それに、少しでも俺が貢献できているんだと、初めて……誇れた。財団エージェントになって良かったと、財団の仕事を好きになれたんだ。

SCP-3000-JP: ……そう、そうだったの。

エージェント佐倉: 楽しかった。楽しかったんだ! 惰性で生きてるだけの俺が、親の敷いたレールの上でしか生きられなかった俺が、要注意団体やオブジェクトに立ち向かえた! 誰かのためになっているんだと実感できたんだ! それはお前がいたからなんだ!だから、今度はお前を助けたい! 俺も協力する、だから!

SCP-3000-JP: きっと……このままトランシーバーに憑依したまま肉体が死ねば、私の魂は留まり続けると思う。なんとなくそんな気がするの。

エージェント佐倉: それなら!

SCP-3000-JP: でもね、それはできないわ。

エージェント佐倉: どうして……?

SCP-3000-JP: 私ね、夢ができたの。

エージェント佐倉: ……夢?

SCP-3000-JP: 私ね……旅に出たいの。

エージェント佐倉: ……なんだよそれ、今までも散々してきただろ?

SCP-3000-JP: 違うの、ブラザー。私はね……自分の足で世界を旅をしたいの。

エージェント佐倉: それって……。

SCP-3000-JP: 自分の目で、耳で、鼻で、肌で、世界を感じたい。貴方を通してではなく、自分の感覚で直接世界と繋がりたい。そして……。

エージェント佐倉: ……そして?

SCP-3000-JP: そして、貴方のように誰かのためになるような仕事がしてみたい。

エージェント佐倉: お前……。

SCP-3000-JP: それは寝たきりのおばあちゃんには決して叶えられない夢。違う?

エージェント佐倉: 今のままでも叶えられるような方法があるはずだ!

SCP-3000-JP: 貴方がそれを許しても、財団は決して許さない。私がこのままトランシーバーとして生きることを選択すれば、財団は私をロッカーの中に入れて厳重に保管するのでしょうね。そして私は財団製の頑丈なトランシーバーが朽ち落ちるまで、永遠に意識の奥底の暗闇で漂うことになる。

エージェント佐倉: そんなの……頼むよ、恩人なんだお前は。毎日毎日、同じことの繰り返しでつまらなかった人生に意味をくれたんだ。お前の言う三千世界はまだまだ広いよ。世界の果てなんか見えてすらいない。旅はまだ終わってない。きっと、方法はあるから……。

SCP-3000-JP: ねぇ、ブラザー。いえ、エージェント佐倉。私の命に意味はなかった。我が儘で貴方や財団を振り回して、迷惑をかけて。ずっとそう。自分のことしかできなくて、自分のことしか考えられなかった私の……最後の我が儘なの。お願い。死なせて。

エージェント佐倉: 馬鹿だよ、お前。何が夢だよ! 死んで生まれ変わりたい? そんなのただの幻想だ。死んだって生まれ変われる保証がどこにある? もしかしたら死体のまま意識が残ってて、腐っていく自分を実感していくことになるかもしれないぞ?

SCP-3000-JP: 真っ暗闇よりずっとマシよ。腐りきって全てが風化したその先で、新しい私が構築されるかもしれない。

エージェント佐倉: 何百年後の話をしてるんだ。

SCP-3000-JP: それは死んでみなくちゃわからないわ。それにね、きっと私なら大丈夫。

エージェント佐倉: ……何だよ、その自信。

SCP-3000-JP: きっと私は忘れない。富士の雲海の白さを、ハイエナ達の遠吠えを、ラベンダー畑の風の匂いを、エーゲ海の潮騒を、水っぽいココナツジュースの味を、助けた子供達の笑顔を、あのオーロラの煌めきを……。

エージェント佐倉: あぁ……。

SCP-3000-JP: 貴方との日々が私に希望を与えてくれる。たとえ闇の中に落とされようと、貴方との眩しいくらいの思い出が暗闇を切り裂いて、きっといつか夜明けがやってくる……。そうしたら、私はまた……貴方と旅に出たい。

エージェント佐倉: ……あぁ……。

SCP-3000-JP: これは嘘偽りの無い、私の本当の夢。財団に収容されたら、きっと叶えられないでしょう?

エージェント佐倉: そうか……そうだよな。きっと無理だな。叶えられない。

SCP-3000-JP: ねえ、ブラザー。もし、もし本当に生まれ変われたら……また、私と旅をしてくれる?

エージェント佐倉: ……今更、お前みたいに死んでも生き方を変えられるほど器用じゃないんだ俺は。きっと、これからも財団エージェントとして生きていく。そこには今ほどの自由は無いだろう。だから……今度はお前が俺を連れ出してくれ。

SCP-3000-JP: ……そうね、それがいいわね。絶対に連れ出してあげるわ!

エージェント佐倉: なるべく早くしてくれよ。今度は俺がジジイになってるかもしれないんだからな。

SCP-3000-JP: どうしましょう、嬉しくてなんだか死ぬのが楽しみになってきちゃった。

エージェント佐倉: さすがに笑えないぞ。

SCP-3000-JP: ごめんなさい。でも、本当に運命だったんだわ。

エージェント佐倉: 何がだ?

SCP-3000-JP: 名前もそうだけど、私と貴方は本当にそっくりだった。

エージェント佐倉: どこがだよ。

SCP-3000-JP: 私達はチルチルとミチルで、それと同時に籠の中の鳥だった。

エージェント佐倉: ……俺は父親の用意してくれた安全な檻の中で生きてきただけの世間知らずだもんな。確かに、俺もお前も物知らずの青臭い籠の鳥か。

SCP-3000-JP: 私達は籠の中の青い鳥だけど、2人で力を合わせればどこへだって行ける。どこまででも行ける!

エージェント佐倉: 群れないと自由になれないなんて、随分とちっぽけな存在なんだな青い鳥ってのは。

SCP-3000-JP: 群れをなす……いいじゃない! 私達はただの小鳥じゃない、青い鳥なの。青の上に青を重ねたら、深い深い青になる。青よりも濃い青い鳥……さしずめ、群青の鳥ね。

エージェント佐倉: 詩的だな、相も変わらず。

SCP-3000-JP: それに私、群青って好きよ。だって……群青は夜明けを報せる色だもの。

エージェント佐倉: ……そうかい。

SCP-3000-JP: ……それじゃあ、そろそろ逝くわね。

エージェント佐倉: ……そうか。

SCP-3000-JP: 本当に、貴方に出会えたことが私の人生の最大の幸運で幸福だった。……ありがとう、佐倉 満さん。

エージェント佐倉: 貴女に出会えたことで、私は自分に向き合うことができました。本当にありがとう、道留 桜さん。早い再会を心待ちにしています。

SCP-3000-JP: ……さようなら、ブラザー。良い現実を。

エージェント佐倉: ……さようならじゃ……ねぇだろ……おやすみ、ブラザー。良い夢を……。

<記録終了>

この後、エージェント佐倉は遠征調査チームメンバーにより拘束されました。この時点でSCP-3000-JPの特異性は消失したと目されていますが、SCP-3000-JPの特異性が佐倉管理官による虚偽の報告である可能性が高く、発現経緯等の詳細が不明な点も多数存在することからオブジェクトクラスをNagiに分類し、経過観察を行いながら収容プロトコルを随時変更していく事が決定しました。経過次第でオブジェクトクラスはNeutralizedに変更される予定です。

エージェント佐倉は命令違反及びオブジェクトの特異性を変異させた疑いによりエージェントの権限を剥奪することになりましたが、遠征調査での経験を後進育成に利用できるよう、エージェント養成機関の教官として再雇用することが決定しました。及び、管理官権限の私的利用により佐倉管理官の降格処分が決定しました。後に佐倉管理官は自宅での死亡が確認されています。死亡時の状況と遺書の存在から自殺であると結論付けられています。

2022/12/19 サイト-8302においてSCP-3000-JPの収容違反が発生しました。当日は同サイトにてSCP-████-JPの収容違反が発生しており、事態鎮圧後に収容ロッカー前でSCP-3000-JPを握りしめたまま倒れているエージェント養成機関の佐倉校長が発見されました。佐倉校長は過去の経歴からSCP-3000-JPを保護しようとしてSCP-████-JPの特異性に巻き込まれ負傷したと目されていますが詳細は不明です。佐倉校長は財団傘下の病院への搬送後、死亡が確認されました。SCP-3000-JPはオブジェクトクラスの変更から20年が経過しており、特異性の発現も確認できない事からオブジェクトクラスをNeutralizedへと変更し、標準収容ロッカーへの保管後は定期確認を行わない収容プロトコルへの改定が決定しました。

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