加藤 大樹 著
2021/6/26~2021/11/23
自主練をするにはいい場所を見つけた。鍵を閉めたとたん静かになった。
うちの高校の図書室の横に部屋があるのは知ってたけど初めて入ったな。思ったよりほこりとかは多くない。
クーラーが無いのだけ気になるけど、今は練習に集中しよう。
2時間くらい練習したか?この部屋の時計は変だな。両方12時で止まってるし、2つも掛かっている。
そろそろ出てみんなと合わせ練習でもしよう。
おかしい。外が真っ暗だ。昼過ぎから2時間くらいしか練習してないはずだ。どういうことだ?
女性「誰?」
私「え?」
女性「制服、この学校の生徒?」
私「はい。えっと、あなたは?というかなんでこんなに暗いんですか」
女性「それは、わからないの。図書倉庫にいた?」
私「はい。自分軽音部でして、静かな場所で集中して練習できる場所を探していて。練習が終わって出てきたら急に暗くて。あ、加藤といいます。2年の加藤大樹です。」
女性「そうなんだ、3年の中野です。変な世界に迷い込んでしまったね。今日って何日?」
私「6月26日でした。」
中野「時間のあの時計以外の進み方は同じなんだ」
急に出会った中野美香という女性。目が潤んでおり、嬉しそうで安堵したような表情をしていた。どうやら同じ高校の1学年上級生である。
ここで今自分のいる状況について説明をしてもらった。衝撃的で絶望的だった。唐突に現実から非現実的な出来事が起こってしまうと理解が追い付かないのだと痛感した。中野さんも今からは自宅に戻るとのことで、連絡先を交換し、私も一度気持ちを整理するために自宅に戻ることにした。
すぐには眠れるはずもなく、散歩に出た。本当に世界から人間や動物が消え去り、現実味が帯びてきた。疲れるまで歩き、その間で家族のことや恋人のことを考えていた。現実世界に早く帰りたいと強く思った。
翌日、起床し世界が元に戻ったかと期待したが、外は暗いままだ。携帯電話の時間を確認したところ午前9時であった。現実世界に戻るための方法や、今自分にできることを考えてみようと思う。中野さんからの情報通り、睡眠欲以外の生理現象は起きず、飲食はしなくてもよさそうだ。
自身の自転車で少し遠い場所に行ってみて、他に生物がいないか調査しに行く行と決めた。中野さんも誘ってみたが、今回は行かないらしい。
調査に向かう途中、自動車屋が目に入り、興味本位で運転してみようかと考えた。もちろん運転免許は持っていないが、誰もいない世界ならいいだろうと感じ、運転を試みた。最初は難しいと感じたが、歩行者も他の自動車も存在しないため、すぐに運転できるようになった。2時間程かけ、海に到着した。やはり、海の中にも魚などの生物はいないようだ。
早く現実世界に戻りたいが、折角自分の足で遠出をしたため、ゆっくりしようと考えた。しかし、夜のように暗く、誰もいない世界で生きることは寂しいものであった。
2日後、一度自宅に戻り高校へ赴いた。東の空がほんのり明るくなっていることに気が付いた。そして、図書倉庫内の右側の壁掛け時計が4時過ぎを指していることに気が付いた。携帯電話の時刻は6月30日の午後8時ごろである。私は、中野さんへ電話をかけた。
私「あの、空が明るくなっている気がしませんか?」
中野「確かにそんな気がする」
私「そして、今高校の図書倉庫にいるんですが、右の時計が4時過ぎを指しています。」
中野「4時過ぎ?」
私「はい。」
中野「前は左の時計しか動いてなかったのに、」
私「もう少し色々見て回ってみます。」
中野「わかった。」
どういうことだろう。今日は一旦自宅に帰り寝ることにした。
この世界に来てから、24日が経った。今日は現実世界では7月20日で明日から夏休みだ。元の世界にいる間に恋人といろんな場所に行こうと色々考えてはいたが、叶わなさそうだ。この世界があまりにも寂しく、あまりにも自由に感じ、乗れるようになった自動車で色んな場所へ行った。恋人と行けたらよかったとどれだけ思ったか。いや、これは中野さんに失礼か。
あれから中野さんが、図書倉庫の時計とこの世界の時間軸が連動していて、倉庫の時計が2周する間に、この世界が、元の世界で言う24時間と同じ動きを地球がするのだと言っていた。気温や天気の変化はなかったが、携帯の時計で1時間経つと太陽が元の世界の1時間分動いているようで、この世界に来て6日目には日の出を、18日目には日没をゆっくり体験し、今はまた真っ暗な世界だ。
今僕は学校の図書室の前に来ている。何の根拠もないが、何故か今日この図書室で何か起こる気がしてきてしまった。特に連絡を取っていなかったが、中野さんも来ていたようだ。
中野「二人とも、なんでこの場所にいるんだろうね」
私「わかりません。でも、なぜかここにきてしまいました。」
中野「私も。なんだか、元の世界には戻れない気がする。」
それを言われ、また何の根拠もないが、自分もそう思ってしまった。
それと同時に、次にこの世界で孤独となるのは自分だと感じた。
私「、、、」
中野「かえりたい」
私「僕らが見ているのは悪夢です。もうすぐ覚めますよ。」
もう消えてしまうかもしれない中野さんにかける言葉がほかに見当たらなかった。
中野「だといいな。」
中野「ばいばい」
そういって中野さんは倉庫内へ入った。
鍵がかかった音がした。
自分がこの世界で一人になった。
そう思った瞬間、閉じたはずの図書倉庫が開いた。
そこには思いもよらない人物がいた。
私「結衣?なんで?」
そこには約1か月ぶりに出会う恋人の姿があった。クラスメイトで名前は児玉結衣。
児玉「よかった、いた。探したよ」
私「ごめん。急に変な世界に来てしまって。戻れなかった。」
彼女は嬉しそうで、どこか安堵したような表情でいた。
私「どうやってここへ?」
児玉「えっと、大樹が消えてから色んなことを調べて、6月26日の昼頃まではいたとか、他の軽音部の部員には別の場所で練習しているとか聞いて。やっと見つけた」
私「そうだったんだ」
児玉「それで少し前にも上級生の図書委員の女子生徒も消えたって噂を聞いて、図書室に何かあるんじゃないかと思って、今日の終業式が終わってからの時間で色々調べてたら、見つけた。あれ、急に外が暗いね」
私「今結衣に会えてとてもうれしい。でも話さないといけないことが多いから、聞いてほしい。」
児玉「わかった」
私はこの世界に来てからの分かっているすべてを結衣に話した。
この世界には自分たち以外の人は誰もおらず、生理現象に関して睡眠以外とる必要がないことについて。ついさっきまでこの世界にいた中野さんについて。この世界の時間の流れ方、図書倉庫にある壁掛け時計の関係の予想について。そして、もうこの世界から元の世界に戻ることはできず、おそらく次にこの世界を去るのは自分自身であるということについて。
結衣は確かに困惑してはいたが、私に会いにこの世界へ来たことに、後悔はないと語った。
私は結衣と二人であれば、この世界で永遠に生きていけると本気で思った。
そして現実世界と時間の進みは変わっておらず、やはりこちらの世界の太陽の進み方は、図書倉庫内の時計とリンクしているのだと考えた。
二人しかいないこの世界で、これまで結衣と過ごせなかった時間を埋め合わせるように充実した時間を過ごした。インターネットは接続していないが、幸い電気は使用でき、店に合った商品は置いてあるままのため、二人で映画を見て過ごしたり、テレビゲームをしたりと退屈はしていない。
しかし、結衣がこの世界に来て5日ほど経つが、空は明るくならない。私がこの世界に来て4日ほど経ったとき、ほんのりと空が明るくなったはずだ。
ここで結衣と二人で図書倉庫の時計を確認しに来た。
私「あまりここには来たくないな」
児玉「そうだよね」
倉庫の扉を開ける。
私「ん?時計、全然進んでないな。」
児玉「本当だ。丁度1時だね」
私「ああ」
今回は、5日で1時間程度ということか。なら、あと15日ほど待ち、この時計が4時を過ぎるころ、少しづつ明るくなったら本当にリンクしているんだろうな。
8月21日。結衣がこの世界に来てから丁度1か月だ。そして、私たちは朝を迎えた。以前時計を見に行った際の仮説は合っていたらしい。ということは私がこの世界に居なくなるかもしれない日もわかる。元の世界の時間での1か月で、この世界では6時間。あの時計で24時間がタイムリミットなら私は残り3ヶ月くらいで中野さんの時と同じように、この世界にはいられないのだろう。それを結衣に話すと、悟っていたかのような笑顔で、どこか寂しそうにこう言った。
児玉「じゃあ、せっかく二人なんだし、日本中色んなとこ行こう!こんなにも自由なんだからいっぱい思い出を作ろう!車運転できるようになったんでしょ」
私「そうだね」
それから、いつこの世界を去るのかなど考えず、結衣と日本中色んな場所へ行った。もうこれ以上作れないほどの思い出を作った。今、私たちは大阪湾が一望できる舞洲にいる。もう日没は過ぎている。もう少しでまた真っ暗になる。結衣と二人で過ごせるのもあと1か月もない。
私「きれいだね」
結衣「うん。あたりまえだけど、ずっと静かだね。」
私「このまま、二人でずっと居れたらいいのに。」
私は無意識にそう呟いた。
結衣「私もそう思うよ。」
私「、、、」
結衣「、、、」
私「僕がいなくなったらどうする?」
結衣「それは、聞かないでよ」
私「ごめん」
結衣「大樹が居なくなったら他の人が来るんだよね?」
私「たぶんそうだと思う」
結衣「嫌だな」
本気で寂しそうな表情をする結衣を見て、言葉が出なかった。
結衣「これまでの一緒に行った景色とか、忘れちゃだめだよ」
私「もちろん。絶対忘れないよ。」
私「暗くなってきたね」
結衣「うん。帰ってゆっくりしよ」
ゆっくりと暗くなっていく夕日を背にして、私たちは他愛もない話をしながら自宅に帰った。
寿命が決まっている人はこんな気持ちなのだろうか。愛している人と二人きりでずっと過ごし、何にも縛られることなく自由に生きた。この世界から消えてしまい、結衣と会えなくなってしまうのなら、この世界でずっと居たいと感じた。
この時ふと中野さんと最後に話した会話を思い出した。中野さんは帰りたくなさそうだったな。それはそうか。今私は好きな人と一緒に過ごせているが、あの図書倉庫に誰が入ってくるかなんて分からないもんな。というか誰がこんな世界を作ったんだろう。最後の時間が近づいているが、その時までこんなことを考えるばかりだった。
今は現実世界で言うところの11月23日の朝8時だ。たぶんもう少しで私はこの世界かに居られなくなる。結衣は隣にいる。
私「行こうか」
結衣「、、、」
私たちは学校へ向かう。
結衣「楽しかったね」
私「うん」
本当に楽しかった。
私「帰りたくない」
本当に帰りたくない。
結衣「帰らないでほしいよ」
この時計が回り終わるまでの世界は本当に永遠に感じた。
私の次に、誰がこの世界に来るのだろうか。心配ではあるが、私はこの世界にはいられない。
私「時間だ」
結衣「忘れないでね」
私「忘れるもんか。この世界で君と過ごしたすべてを」
私はこの世界を作った人を呪い、感謝する。
そして倉庫へ入り、鍵を閉めた。