アイテム番号: SCP-3964-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-3964-JPはサイト-8145の標準人型実体収容チャンバーに収容されています。素行と態度の関係により、SCP-3964-JPは週2日で行われる人格矯正プログラムの対象となっている他、監視システムによるネットワーク監視の対象にもなっています。
説明: SCP-3964-JPは██ ██という10代後半の日本人男性です。やや内向的かつ穏和な性格を特徴としていますが、匿名の場、特にネットなどにおいて意見を表明する際は、論調が攻撃的になる事があります。
SCP-3964-JPの異常性は、自身の意見をいかなる物理的制約もなく任意の他者に表明できるという点にあります。例えばSCP-3964-JPは、ある人物やコミュニティに意見を表明したい場合、集中を向けて念じることで、該当する人物のメールや、その人物がよく使用するSNSのDMやYoutubeコメント、掲示板等で意見を表明することができます。
以下はSCP-3964-JPが異常性を用いて表明した意見の一部抜粋です。
Twitterにおけるユーザー"bornhyuro"へのDM
bornhyuro
お前がこの前投稿した作品、あれ████さんの「畏殖鈔」のパクリだろ?有名になりたいからって大物の作品をパクったって己の力にならないばかりか相手側にも迷惑になるし、何にもいいことないからな?
物語のクオリティを高くしたいんだったらSave the catの法則なり何なり、本を読んでみりゃいいんじゃねぇのか?そうでもしねぇと読者にいつか失望されんぞ(笑)
Youtubeにおける「新進気鋭のネット小説家"█"の作品紹介」のコメント欄
@user-ss72bb97j█3・1時間前
この作家いっつもクオリティの低いミステリーもどき書いてるよな
見るたびに呆れるからさっさと削除してほしい その方が界隈のためになるでしょ
匿名掲示板「グリンフェル音楽コンテストについて語るスレ」のスレッド
71 名無しのピアニストさん 2020/03/02(月) 11:10:22
今回のコンテスト結果にはガッカリ。ハッキリ言って演奏者も審査員もセンスがない。
バロック派の曲をロマン派っぽく弾いたヤツはマジで音楽の何たるかを理解してねぇし、それを銀賞に持ってくる審査員も何なんだ?これを時代の変遷だのなんだの言うやつもいるけど俺にとっちゃ歴史を蔑ろにしてるようにしか見えないね(´・∀・`)ヘッ
音楽界隈も地に墜ちたな もっと古典を大事にする審査員でも採用すりゃいいのに
以上のように、SCP-3964-JPの表明する意見は攻撃的なものであり、往々にして意見の送られた人物やコミュニティを不快にさせるものです。このため、大抵の場合SCP-3964-JPは排他されます。
現在は、SCP-3964-JPが異常性を発動する際に固有の奇跡論的波長が周囲で発生することが判明しているため、波長妨害のジャミング機器を収容チャンバー内に設置することで異常性の発動を封じることができています。ただし、収容から2年の間、以上の対処手段は発見されていなかったため、その間はSCP-3964-JPによる異常性の発動を許した状態になっていました。
異常性の発動を許していた間、SCP-3964-JPはしばしば異常性を用いて、財団の批判をネット掲示板に投稿する事や、特定の作家に対する粘着行為を行っていたようです。これらの記録は確認され次第、財団の自動消去システムによって逐一削除されていました。しかしながら、これらの事象に対処するため、当初はSCP-3964-JPの異常性を封じるだけでなく、人格矯正により自発的にその行為をやめさせるよう勧める取組も進められていました。
補遺: 特筆すべき対話
以下はSCP-3964-JPの心情や思想を推し量る上で重要と判断された、業務中のアデライト研究員とSCP-3964-JPの間で交わされた対話のログ抜粋です。
序: アデライト研究員はSCP-3964-JPの異常性遮断に関わる機器の検査を行うために収容チャンバーに立ち入った。
[抜粋開始]
(アデライト研究員は機器の調査中、奇跡論的波長が変動したことを検出する。アデライト研究員はそれがSCP-3964-JPが異常性を発動している証拠であると気付く。)
アデライト研究員: 貴方…また能力を使ってますね。今度は誰にどんなメッセージを送ろうとしてるんですか?
SCP-3964-JP: …貴女には関係ないのでは?
アデライト研究員: 大いに関係があります。とにかくそのような行為はやめてください、こちらとしても余計な事後処理が必要になりますから。
(沈黙。)
アデライト研究員: …貴方は別にリアルでは素行が悪いわけじゃないのに、ネットになると人格が変わったかのようになりますよね。なぜ攻撃的なメッセージを送るのですか?見返りを得られるわけでもないのに。
SCP-3964-JP: 別に大した意味はないですよ。ネットにはいっぱい居るでしょ、俺みたいなのが。それこそ、ネットで悪口書く人はごまんといるし、俺もその中の一員だってだけです。ただ他と違うのは、実際にスマホを弄らなくてもメッセを投稿できる事くらいかな。
アデライト研究員: 本当にそうですか?貴方はそれ以外の点でも他と違うような気がしてならないのですが。貴方はネットで活動する他の人とはどこか違います。
SCP-3964-JP: 何も違いませんから。それに、ネットの何が分かるんですか?
アデライト研究員: おっと。昔はYoutubeでピアノ演奏動画を投稿したり創作に打ち込んでいた時期があるんですよ。ネットの色んな人を見てきたので、ある程度は分かっているつもりです。
SCP-3964-JP: そうですか。それで、俺と他の何が違うっていうんです?
アデライト研究員: 貴方がこれまで能力を用いて掲示板やらメールやらに書いてきたメッセージは全て記録されています。私も見てますが、どうも貴方のそれは他と違う。
アデライト研究員: 普通、何かの批判や中傷をするとしても、書かれるメッセージにはそれ"だけ"が含まれる場合がほとんどです。批判するだけ、煽るだけ、中傷するだけ。でも貴方のメッセージをよく見ると、煽りや批判の下に、自分の「主張」が書いてある。
SCP-3964-JP: そんなの珍しくないのでは?
アデライト研究員: ええ。ですが貴方のは不自然です。"bornhyuro"さんに送ったメッセージなんかは特に。普通、活動者への批判ってただのお気持ちだったり文句だったりに留まるんですが、貴方のそれは明らかに「助言」をしている。自分が嫌いな人をあえて成長させてしまうような助言なんて、普通しませんよ。
アデライト研究員: それに、貴方の主張にはどれも界隈、つまりコミュニティを匂わせる発言がある。これも無視できない、特徴的な面だと思います。
SCP-3964-JP: つまり、何が言いたいんですか?
アデライト研究員: 貴方は単に人に文句を言ったり批判をしたい訳ではなく、人に自分の意見を伝えたいと思っている。更に言えば、界隈、コミュニティをより良いものにしたいという意志も汲み取れる。
SCP-3964-JP: (笑い) 確かに、間違いではないかもしれないですね。
アデライト研究員: それならコミュニティに属して直接意見を言えばいいのでは?と思うのですが ― しかし私は貴方の過去も知っていますよ。貴方は過去、音楽や小説に関連する創作コミュニティで精力的に活動していましたね。その時から既に、貴方が"意見"の範疇をやや超えた発言を繰り返していた事も知っています。ネットでの活動は記録が残るんですよ。
SCP-3964-JP: ストーカーみたいだ。ですが、はい、事実ですよ。自分は界隈のことを真剣に考えて真摯な意見を述べてると思ってたんですが、そのせいでコミュニティから蹴り出されて自分の居場所が無くなった。
アデライト研究員: その一件以来、貴方は腐り、コミュニティの外から過激な意見を述べるようになった。やがて、異常性を発現させてからは更にその活動に拍車がかかった。そして今に至る、と。
SCP-3964-JP: ええ。ま、そういう事です。という訳で、俺はこれからもこんな活動を続けてくつもりですよ。
アデライト研究員: (沈黙) 本当は貴方も薄々気付いているんじゃないですか?こんな活動には限界があるという事に。
SCP-3964-JP: …どういう事ですか。
アデライト研究員: 観測できる限り、貴方が能力を使って送ったメッセージが対象や界隈に何か影響を与えたことは一度もありません。ただの一度もです。貴方のメッセージは無視されるだけです。ポジティブな影響も、ネガティブな影響も、何一つ与えていません。
(沈黙。)
アデライト研究員: 能力の都合上、その事はご存じなかったようですね?しかし、人に意見を伝えたい ― 言い換えるなら、意見を聞いてもらいたいのに、貴方の意見は無視されるだけ。そしてそれはこれからも変わらないでしょう。貴方はそれでいいんですか?
(SCP-3964-JPは目に見えて動揺する。)
アデライト研究員: 分かりました。話をしましょう。言葉の力と価値についての話を。数学のベクトルはもう習ってますよね?
SCP-3964-JP: …言葉の力と価値は、それぞれ別のベクトル ― つまり作用力を持つ、という事ですか。
アデライト研究員: 優秀で助かります。言葉には「力」と「価値」という、2つの作用があります。言葉の力とは、純粋にその言葉が持つ力を指します。「好き」、「嫌い」、そういった言葉には一定の力があります。「好き」よりも「大好き」がより強い愛情を示すように、言葉には表現によってその力の強さに差が存在するのです。
アデライト研究員: では、一方で言葉の価値とは。これは、その言葉が発される「背景」を指します。背景には色々ありますが、例えば「場」があります。好きという言葉も、家で言われるのと観覧車の頂点で言われるのでは得られる感情にも差が生じますよね。
アデライト研究員: そして、言葉の価値を変動させる最大の背景とは、何だと思いますか?
SCP-3964-JP: な…名前、とか?
アデライト研究員: (笑って) その通り。恋人から夜に言われる「好き」は高い価値を持つでしょうが、道端で出会った見知らぬ不潔なおじさんから突然言われる「好き」は怖いだけで価値を持たないでしょう。…少々この例は差別的ですが。
アデライト研究員: とにかく、名前は言葉に価値を持たせる最も重要な変数である、という事です。これは、意見についても同じことが言えます。例えば、ポッと出の新人が言う創作論と、数々の実績を持つベテランが言う創作論、どちらを聞きたいと思いますか?
SCP-3964-JP: 当然後者ですね。確かにそちらの方が、その意見に耳を傾けようという意志を持てます。
アデライト研究員: ええ。となると必然的に、無名の言葉の価値というものが ― 名前という面だけで言うなら ― 0であるという事もお分かりかと思います。
SCP-3964-JP: ですが、匿名の誹謗中傷や批判に絆されて活動をやめたり、作品を消してしまう人は数多くいます。匿名の言葉の価値が真に0なら、そういう事は起こらないはずでは?
アデライト研究員: ええ。先程言葉の価値が0だと言いましたが、それは人によって違います。なぜなら、無名と匿名は異なるからです。匿名は、名が見えないというだけで、その背景には確かに名が存在している。私達は、匿名の意見の背景に、ニートを想像することもできれば、プロの編集者を想像することも出来てしまいます。価値が変動する訳です。
アデライト研究員: ここからが本題です。貴方が能力を用いて批判や中傷を行ったのは ― いずれも、"成熟した"活動者でした。何年も活動を続け、成熟して物事の価値について己で解釈することが出来るようになった人ほど、自分の中に"基軸"を確立しています。即ち、ブレが生じない。絆されない。
アデライト研究員: 多数の意見から瞬時に有用なものを見分け、不必要なものを遮断する。貴方が関わったのは、それが出来る人達です。そんな人達にとって、貴方の意見は最後まで見られることなく無視されるものの典型でしかない。
(沈黙。)
アデライト研究員: これがもし、活動したての人間や、価値について自分で解釈できない、基軸を確立していない、ブレる人間であったなら、貴方の意見は動揺を誘い、影響を与えられたでしょうね。
SCP-3964-JP: …凄いですね…貴方はどうして価値についての独自の論理を、そこまで組み立てられたんですか?
アデライト研究員: 私も、自分の書いた音楽が「パクリ」と言われたり、匿名の言葉に絆されたりした経験がありますから。そういう経験から、私は言葉の価値について考え抜いて、そして今言ったような論理を組み立てる事ができるようになりました。大事なのは、その論理が正しいかではなく、その論理で己が納得できるかどうかです。
アデライト研究員: 私は、論理が完成してから、言葉に安易に絆されず、言及せず、見ようとせず、堂々とする事の大切さを自覚しました。言葉に絆されず、不安定にならず、確固たる基軸と態度を持って活動に挑み、コミュニティに貢献する。これこそが、他者から信頼される活動者像であると、私はそう思っています。
アデライト研究員: そして、貴方の関わった活動者もまた、似たような意識を持っているはずですよ。仔細こそ違えど、何かしらの形で彼らはとにかく"ブレない"のです。
(沈黙。)
SCP-3964-JP: …なるほど、ええ…とても…とても自分の価値観が変わっていくのを感じます。
アデライト研究員: 貴方の行動は、無意味なものでした。貴方のメッセージには彼らにとって価値が無かった。ですから、こんな事はもうやめにしたらどうでしょう?
SCP-3964-JP: …ですが…ですが、だからといって俺は何をすればいいんでしょうか?今回の話を受けたところで、俺にできるのは匿名で誰かに意見を表明することだけです。言葉遣いをよくして真摯に意見を述べたとしても、価値が0ならば、意味がないのではないでしょうか。
アデライト研究員: (笑い) 能力者にありがちな思考です。能力者は、その特別性から、強迫的にその能力を「使わなければならない」と思ってしまう事がある。別にその必要はありませんよ。貴方はただ、面と向かって誰かに自分の意見を述べればよいのです。
SCP-3964-JP: しかし…俺にそんな権利はありません。ネットの世界と違って、ここには意見を述べる場もなければ、俺の話を必要としてくれる人もいない。…どうしようもないのでは?
アデライト研究員: 数日前に貴方に送られたパンフレット、どうやら見てないようですね?『より快適な居住スペースの提供のための意見交換会』。ここで暮らす皆さんのために、職員が直接意見を聞く事を予定してるんですよ。まだ募集してます、貴方も参加しますか?
SCP-3964-JP: …俺の言葉なんて ―
アデライト研究員: 大丈夫、その場で意見を述べる貴方には██ ██という名前が、価値があります。無視される事はありません、みんな耳を傾けてくれますよ。
(沈黙。)
アデライト研究員: (パンフレットを机に置いて) 参加したいなら、下の欄に名前と部屋番号を書いて投函してください。少し…5分ほど席を外します。ぜひ前向きにご検討くださいね。
(アデライト研究員は収容チャンバーから出る。)
(長い沈黙。)
(SCP-3964-JPはやがてペンを取り、わずかに躊躇ってから手を動かし始める。)
[抜粋終了]
この対話以降、現在までSCP-3964-JPは一度も異常性を発動させていません。