古き強情者
評価: -9+x
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前作: 恐怖の体現者


「なんだよその遠野妖怪保護区ってのは」

収容室でそう聞き返す尻目に、警備職員は答える。

「遠野にある妖怪の保護区だ。」

「それで説明になるんなら一々聞かねえんだよ。」

「悪い悪い。まあなんだ、悪い話じゃあ無いと思うぞ?俺の立場で言うのもなんだが、こうやって収容されてるよりはのびのび出来ると思うしな。」

「いやだから、その保護区ってのが何なのかってのを聞いてんだよこっちは。」

雑談好きの警備職員は余計な話をたっぷり盛り込みながら、ちまちまと遠野妖怪保護区について説明をした。

遠野妖怪保護区はその名の通り、岩手県の遠野にある妖怪の自治区だ。

科学全盛期のこの時代にだいぶ生きづらくなった妖怪が、この保護区には大勢暮らしている。

収容されているよりのびのびというのは事実で、保護区ならば"普通の"生活が送れる。

「で、たまに収容してることがバレた妖怪を保護区に送って茶ぁ濁してるってこと。」

「つまり俺はバレたってことか。ここはお前以外もバカ揃いなんだな。」

「まあそう言ってくれるな、さっきも言ったがこれは良いことなんだって。お前は自由になる、保護区は妖怪を守れる、俺らは手間が減る。な?」

「あーあー分かったよ。行きゃいいんだろ行きゃ。ま、ここじゃあバケモンとしての本分も果たせねえし、せいせいするわ。」

「俺はちょっと寂しいけどな、お前面白いしもっと話したかったよ。今度そっち遊びに行くから、お土産期待しといてな。」

「言ってろバカ。」

*

所変わって遠路はるばる保護区へと辿り着いた尻目。

妖怪の同志を迎え入れる温かい目をガン無視して、尻目は開始一発その尻にある目を見せつけた。

もちろんめちゃくちゃ怒られた。

初犯だったから暴力こそ無かったものの、第一印象が最悪になってしまったおかげで初手要注意妖怪へとなった。

尻目が主にいるのは保護区の中でも寒戸という、多くの人間や妖怪が住むエリアである。

尻目はとにかく人を驚かせたくて仕方のないやつのため、その驚かせる対象のいる所を選んだのは当然の結果である。

一つ誤算があるとすれば、人間や妖怪とは言うものの、ここは妖怪の保護区であるためそのほとんどが妖怪であるというところか。

そのため尻目は数少ない人間や、比較的近年に産まれた付喪神を相手に尻を見せていた。

そして毎回警防団のお世話になっていた。

いくら締め付けても反省の"は"の字も無い尻目に、警防団を始めとした保護区の面々はもはや限界と言っても差し支えの無いものとなる。

*

「いい加減にしろよてめぇ!その変態行為やめろって何度言やあ分かんだ!」

そうブチ切れるのは警防団の腕っぷし担当の河童だ。

ちなみに遠野の河童は緑ではなく赤である。

周りにいる他の妖怪もそうだそうだ、言ってやれとやんややんやの大騒ぎだ。

そんな面々の中心にいるのはもちろん我らが尻目。

すでに何発か殴られてところどころが赤くなっている。

「いい加減もクソもあるかボケが。バケモンが人怖がらせて何が悪い。」

「それがみんなの迷惑なんだってんだよ!お前にはみんな苦情しかねえ。」

「そんなの知らねえよ。お前らだって好きにすりゃいいんだ。お前河童だろ、さっさと尻子玉の一つでも取ってこいよ。」

「言わせておけばあっ!」

河童はより強く尻目を殴る。

それでも尻目は口を止めない。

「大体なんだお前ら、保護区だかなんだか知らねえけどみんなで仲良しこよしか?人襲えよ、物盗めよ、いたずらでもしろよ。外には人なんざごまんと居るんだ。いくらでもやりたい放題だろうが。」

「っ!それが出来たら苦労しねえんだよ!もう今の人間は強い、何かあれば俺たちはすぐにでも退治される。だから俺たちは生きる道を選んだんだ。」

「知らねえよだから!俺はお前と違って怖がらせてるだけだろ。」

「それが迷惑だって言ってんだろが!ここで生きるんなら周りのことをよく見ろよ!」

「俺が来たくて来たわけじゃねえよ!そもそもお前らが俺を連れてきたんだろうが!」

尻目の言う事は暴論である。

もう誰も妖怪のことなんて信じない。

暴れ出てきたら財団やGOCが即座に現れてすべてを無かったことにする。

尻目の言うような振る舞いが出来る妖怪なんて、もはや数えるぐらいしか居るまい。

そしてそんなことは、今この場にいる尻目以外全員分かっていることなのだ。

だからこそ、保護区を守るべく河童はこう言った。

「じゃあ、いい。もうお前出てけ。」

もちろんそんな権限が彼にあるわけではない。

しかしそれに併せるかのように出てけ出てけと怒号が聞こえ始め、そしてすぐにその場の全員に伝播する。

もはや総意であった。

「ああ、言われなくてもそうしてやるよ。」

尻目は売り言葉に買い言葉、とは言っても願ったり叶ったりでもあった。

*

尻目がどこにも見当たらない。

当然ながら保護区の運営では問題となった。

わざわざ自分達がよこせと言った妖怪が居なくなったのだがら。

あんなやつを探すことに手助け出来るかと、住民にほとんど協力を得られない中の捜索というものあり、芳しい結果は得られないまま打ち切りとなった。

やつが今何をしているのか。

やつ自身の言う妖怪としての生き方をしているのか。

それは誰も知らないかもしれない。

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