財団メシ番外編: 魅惑のスイーツ食べ歩き
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「・・・・・・どうですかね、申請は降りそうですか・・・・・・?」

ある女性が外出手続きを行っている。申請受け付けセンターで外出許可申請証に自分の名前をサインし、申請許可の判子が押されるのを固唾をのんで待つ。

外出を許可するか否かの話し合いが終わり、受け付けの奥から一人の男が歩いてくる。やってきた男は手に判子を持っており、申請証に判子を押す。しかし、判子を押したあと、険しい顔で

「一応言っておきますけど、監視状態に無いからと言ってお菓子食べないでくださいね、あと、てるてる坊主。これじゃ違和感あります。外出するならヴェールにも一応気を使ってください」

と注意される。てるてる坊主は、いつもの癖で両肩に乗せたままになっていた。確かにこれじゃ不審に思われてしまうかもしれないな、と言いながら持っているカバンの持ち手部分にそれをくくりつける。てるてる坊主はくるくると回っており、それは女性の外出を心待ちにしていたという心情を表しているかの様だった。

異常性を持つ全ての職員の外出には申請が必要になる。その申請回数は人毎に年に何回と決まっており、しかも申請のすべてが受理されるわけではないのだ。外出が許可された今日一日は監視されず、自由を満喫することが出来るのだ。

女性は外出許可証を手持ちのカバンの中に押し込み、サイトの外へ出る。

その足取りは軽く、女性はスキップ混じりに街へと繰り出す。


スイーツ、それは人々を惑わせる魅惑の嗜好品。そんなスイーツを求め、外出許可を得た双雨 照は鼻歌混じりに軽い足取りでサイト近辺の街にあるクレープ屋に向かっていた。わたしは後天性の異常性保持職員で財団に雇用されている。異常性の内容は付近にてるてる坊主が2個出現することというかわいらしいものであるが一般に異常が露見しないように、普段は外出許可が降りない。しかし、今回は連勤明けということもあってか外出許可が降りたのである。といっても異常の露見を防ぐため外出時は予め発生したてるてる坊主をストラップとして身につけることで異常性の発生を抑制していた。いつもは大人しくて落ち着いた性格であるが、浮かれていたのか普段とは違いテンションはやや高めてあった。

「今月は期間限定のスペシャルいちごクレープ〜」

と、冬の寒い風の中を歩きながら独り言を言う。わたしは以前菓子類の食べ過ぎで血糖値が高くなり倒れた時以来、サイト内外での菓子類の飲食を禁止されていた。そして今日は連勤明けの休日であり、久々の個人的外出。こっそり禁止されている菓子類  それもとびきり甘いスイーツを食べる気でいたわたしにとっては待ちに待った日であった。

しばらく歩き、お目当てのクレープ屋に到着する。自動ドアの開閉と共に軽快な音楽が流れる。わたしは、展示されている食品サンプルを見ただけでも我慢できなくなっていた。

「この、期間限定のスペシャルいちごクレープ1つください……!」

今にも溢れそうなよだれを唾ごと飲み込み、店員に伝え、先に料金を支払う。クレープが出来上がるまでの間は実際は1分ちょっとだったが、わたしにはそれが何時間かのように感じていた。

「お待たせしました!こちらスペシャルいちごクレープです!」

店員がわたしにそう言いながら沢山のいちごとホイップクリーム、ソース、そしてチョコスプレーの乗っかったクレープを手渡す。まさにそれにはスペシャルの名にふさわしい、そう思わせるだけの風格があった。

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まさにスペシャル。

渡されると同時に仄かな酸味と甘みが味蕾を通して脳の快楽中枢に電撃を送る。目に入ってくるのは一口欠けたクレープと薄いピンク色をした壁に店員の顔、そしてカウンター。わたしはそのままカウンターの近くの白を基調としたテーブルに向かう。着席と同時に再び口の中に優しい味わいが広がる。

「しあわせぇ……」

そう言って席を立とうとした時にカウンターの店員と目が合う。店員は目を見開いて驚いた様な顔をしていた。わたしはその意味をすぐには理解出来なかった。頭の中にクエスチョンマークが浮かび、少し考える。

(なんで店員さん驚いてるんだろう・・・・・・あれ?もしかしてわたし味わって食べてるはずが急いでガッついてた?!)

と考え、わたしは顔を赤らめる。恥ずかしい。こんなところを店員にな見られるなんて。ただ、1つの救いとしては知り合いに見られなかったこと  

そう思いながら店を出ようとした時だった、ドアに向かって歩き出したとき、ドアの開閉と共に軽快な音楽が流れる。わたしは目を疑った。厚着のコートとニット帽で身を隠している私より少し小さい女の子が立っている。周りからはその格好により少し変な目で見られているが、わたしはその女の子が誰か分かっていた。わたしと同じスイーツ好き財団職員である集姫 鈴呼ちゃんだった。

鈴呼ちゃんもわたしと同じく異常性保持職員であり、身体の一部がカメレオンのものになっているという異常性を持っているのである。流石にカメレオン部分を隠さない格好のまま外出なんてしたら怪しまれるに決まっているので、外出時は夏場はキャップとやや長袖のパーカー、冬場は厚着のコートとニット帽を付けることが義務付けられているのであるが、夏場に長袖のパーカーを着て外出したことによって変な目で見られることもあるそうだ。性格は明るく、よくおどけているようにわたしは思っていたが、仕事熱心なその様子を目の当たりにしたときは普段見ない側面を見て驚いたものだ。でも、わたしにとって、今はそんなことはどうでも良かった。スイーツはおろか菓子類ですら血糖値の関係で完全に禁止されてるのに身内といっても過言でない財団職員にバレたらまずい  と思ったのも束の間、鈴呼ちゃんの方から

「あれ?双雨さん?」

と声を掛けられてしまった。背中が冷える、額に脂汗が浮かび、心臓はバクバク鼓動している。身につけていたてるてる坊主がポトリ、と地面に落ちるほど動揺していたのだった。

「あ、てるてる坊主落ちましたよ。はい」

と言って鈴呼がわたしに落としたてるてる坊主を渡す。わたしは「あ、ありがと。」とギクシャクしながらそれを受け取り、震える手でカバンに付け直していた。しかし、そんなことより、サイト外で身内と言っても過言でない鈴呼ちゃんに会ってしまい、心の中では泣き出しそうだった。そして、何がいけなかったのか考えていた。

(折角の個人的外出だし、財団サイトの近場でスイーツを食べ歩こうとしてたのがいけなかったのか?)

などと考えている刹那、

「奇遇だね、ここの期間限定クレープ食べに来たの?」

と更に追い打ちを掛けるように話しかけられる。わたしは内心「終わった」と思いながら相槌を打っていた。しかし、そんなことも気にせず鈴呼ちゃんはこう言った。

「もし良ければ、一緒にスイーツ食べ歩きしない?」

「いやいやいやいや  って、え?」

「だから、もし良ければ一緒にスイーツ食べ歩きしない?」

「でもわたし甘いもの禁止されてるし・・・・・・」

「この前あった時黙っておくって言ったじゃない!大丈夫、他の職員に見つかったりしないよ!」

と言われる。まるでそれは悪魔の囁きのように感じるほど魅力的な言葉だった。それに、楽しみで浮かれ過ぎてこの前会ったことを忘れていたことを申し訳ないと心の中で思っていた。でも、もしバレたら・・・・・・と思ったが、囁きに負けてしまったのである。

「いいよ、スイーツ食べ歩き、行こう!」

言ってしまった。本来禁止されているけど、今回は、と思ってしまったのである。そして言葉を聞いた鈴呼ちゃんの顔がパァァァ、と笑顔になる。

「良いの?!こうしてスイーツ好き仲間の方と一緒に食べ歩きとか、そういったこと初めてなのでとても嬉しいよ!」

かくして、わたしと鈴呼ちゃん、スイーツ好き財団職員二人組によるスイーツ食べ歩きが始まった。食べ歩きの手順は、お互いに1つずつ、好きなスイーツショップとおすすめのスイーツを紹介する、というものだ。本来であれば日が暮れるまで食べ歩きたいものだが、伊達にも乙女。体型を気にしてか無意識にストッパーがかかったのか、このような食べ歩きスケジュールとなった。


「まずは双雨さんのおすすめからだよ!」

「わたしのおすすめか〜迷うな〜」

わたしはわくわくした面持ちをしながら考えていた。財団加入直後はここらのスイーツを沢山食べたものだ、と思い出す。「過去に食べたスイーツでおすすめなものが多過ぎる」などと言ったあとに答える。

「そうだねぇ、駅前の"じぇら〜とふみや"っていうジェラート屋さんのバニラジェラートはオススメだよ!」

「ジェラートですか!いいですね!早速行こう!楽しみだな〜ジェラート」

そう言って2人は駅前に向かう。駅に向かう間も好きなジェラートのフレーバーについてやスイーツトークに花を咲かす。そして歩き続けること15分後、わたしが言っていた"じぇら〜とふみや"に到着した。店の外観はレトロかつノスタルジックで、ところどころ苔むしたレンガや木の看板などといった装飾が見た目の味をより一層引き立てている。

カランカラン、という乾いたベルの音と共に扉が開く。内装は外観と打って変わって白と黒を基調としたモダンな作りになっており、間接照明などによってスッキリした印象になっていて、外観と内装のこの違いによりよりオシャレさが引き立っているように感じる。

「すいません、バニラジェラート2つお願いします」

鈴呼が内装に気を取られている間にわたしがジェラートの注文をする。店員は慣れた手つきで冷凍ケースに入っているジェラートをカップに盛りつけていく。その様子は洗練されていて、素人目にも無駄な動きが無いことが分かるほどだった。

「バニラジェラート二人分です!」

店員の活気ある声と共にわたしに手渡す。わたしは「ありがとうございます」と言ってジェラートを受け取り、鈴呼ちゃんに手渡す。盛りつけられたジェラートはまるで積もった雪の様な白色をしていて、視覚情報だけでも美味しさが伝わってくる程だった。

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バニラジェラート、美味しい……

「鈴呼ちゃん、ここのバニラジェラートはその日の朝に採れたしぼりたてのミルクを使ったジェラートで有名でね、素朴できめ細やかだけど濃厚でリッチな味わい深さがあるんだ。ほら、ぜひ召し上がれ」

わたしが軽くジェラートについての説明を終えると鈴呼ちゃんは「あ〜」と大きく口を開けてジェラートを口の中に入れるのだった。そしてその直後、鈴呼ちゃんの顔の表情がふわっと緩み、「ん〜」といった感嘆の声を漏らす。

「素朴だけど本当にとても濃厚でリッチな味だね!しぼりたてを使うからこそこの味わい深さを醸し出していると思うよ!」

「でしょ〜財団に勤め始めた頃は休日よく来てたものだよ、この照ちゃんのオススメに狂いなし!冬のジェラートも乙なものでしょ〜」

「確かに夏に食べるジェラートも格別ですが、冬に食べるのもなかなかありだね・・・・・・!サイトでは冬場にアイスとか冷たいものなんてあまり売ってないから、もしかしたら初めてかもしれないよ!流石スイーツ好きだね・・・・・・!でも、覚悟しておいてください・・・・・・もっと美味しいスイーツを教えてあげるから・・・・・・!それにしても冷たいなぁ・・・・・・」

「あれ、そういえば鈴呼ちゃんって寒いの駄目じゃ・・・・・・」

「あ。」

はっとしたかのように鈴呼が動かなくなる。その時わたしは鈴呼ちゃんの人事ファイルに書かれていた異常性を思い出していた  

異常性は  「異様に暗示にかかり易く、またその暗示の影響が身体にも表れる」というものであり  カメレオンの持つ "変温動物であり寒さに弱い" というイメージが強く反映された結果低温に弱く、この体質から強い冷房の効いたサーバールームでの作業を行う事はできません。

この異常性の影響により、寒さに弱く、冬場はしばしば固まって動かなくなることもあるというのだ。しかし、そんな中にジェラートという冷たいものをわたしが食べさせたせいか、鈴呼ちゃんは完全に動きを止めてしまっていた。

「鈴呼ちゃん?!大丈夫?!」

そう言いながら手持ちのカイロを鈴呼ちゃんに渡す。暫くして、鈴呼が再び動き出す。そうだった。鈴呼ちゃんは暗示に掛かりやすくて、カメレオンだから寒さに弱いという暗示が掛かっちゃってたんだった。これはマズイことをしてしまったと思い、すぐに謝る。鈴呼ちゃんは大丈夫だよと言っていたが身体はまだ少し震えているようだった。ホントにごめん、と心の中で謝った。

「しまった・・・・・・ジェラートが美味しすぎて冷たいもの食べすぎると動けなくなるの忘れてた・・・・・・」

という。おっちょこちょいだね、と言い軽く笑った後、わたしは普通に、鈴呼はカイロを身につけて固まらないようにしてジェラートを食べていた。2人はゆっくり、じっくり口の中で味と匂いを転がしながらジェラートを堪能する。口の中には、濃厚なハーモニーが広まっていく。その美味しさからわたしたちの口からは時々感嘆の声が漏れたりした。鈴呼ちゃんは頬を手で押さえたりしながらもジェラートを食べ進める。

「ごちそうさま」

2人はそう言って会計を済ませる。会計は割り勘にしようと鈴呼ちゃんが提案するけど、固まらせてしまったこともあったため、わたしが払うと言ってわたしが全額負担した。鈴呼ちゃんはやや申し訳なさそうだったが、その表情はどこか明るくも感じた。店員が仲のいい姉妹ですね、とにこやかと笑っている。そっか、わたしたちを知らない人には姉妹としても見えるのか、そう思いながら2人は"じぇら〜とふみや"を後にする。

「美味しかったね!外出許可なんて1年に一度出るかどうかみたいなところなので楽しみなんだ!沢山楽しみましょう!」

同じスイーツ好きな職員との外食を楽しみつつ、先月の外出時に買ってきたマフラーに垂らさないように、との思考をしていたわたしの意識の中央を、その言葉が貫通していった。一瞬この言葉が何故そんなに強く通り抜けたのか分からなかった後、少し遅れて理解する・・・・・・

(そっか・・・・・・鈴呼ちゃんの特異性って、パッチワークなカメレオン肌の他にも大変なのが……)

出現済みのてるてる坊主を手元に持っていればそれ以上の出現を抑制できるわたしとは、外出許可の難易度の高さが段違いなのだ。

(そうだ、だからあの時も・・・・・・)


一ヶ月ほど前、サイト内に存在する広報掲示板に先程行ったクレープ屋のチラシが貼られていた。その前には数人のスイーツ好きな女性職員が集まっていて、美味しそうだね、なんてことを言っていたのであった。ちょうど何事か、と通りかかったわたしがその人だかりを見たとき、ある光景が目に映る。

そこには、じっとチラシを眺めている身体の一部がカメレオンのものになっている女性がいた。彼女については人事ファイルに目を通しているから誰かあらかた分かっているが、実際に会ったことは無かった。かの大規模収容違反の後にオブジェクト指定を解除され、システムエンジニアとして財団に雇用されたという経歴を持つ集姫 鈴呼SEだろう。彼女はスイーツ好きとしても知られており、人事ファイルを閲覧したときに気が合いそうだな、と思っていたのを覚えている。しかし、彼女が大好きであろうスイーツのポスターを眺めている様子は、どこか儚く、そして何かを欲しているかのように映っていた。はじめましての意味も込めて、わたしは鈴呼SEに声を掛ける。

「あの、集姫 鈴呼さんですよね?」

「ふぇ?あ、双雨博士?どうしたんです?」

と言われてわたしは目を見開いて驚く。こんな財団内でもかなり末端の研究員であるわたしの事を初対面の人が知るわけ無いと思っていたからだ。わたしは思わず、なぜ知っているのか、と問うた。

「え、なんでわたしの事を知ってるか、ですか?あたし、スイーツ好きな人を調べてた時に偶々双雨博士の人事ファイルにアクセスささって、その時に知ったんです」

なるほど。と心の中で頷く。そして次は、鈴呼さんから「なぜ双雨博士こそあたしの事を知っているのか」、と聞いてきたのである。確かにそうだ。お互いに初対面  それにサイト内ではさほど有名では無いだろうわたし達の事を知っていること自体まず少ないからだ。わたしの研究助手である霧首研究員だって、今や知り合いであるが、初めて会った時は名前すら覚えてもらっていなかったからだ。そう思いながら、わたしは鈴呼さんにこう答える。

「確か、このサイトの食料全部無くなったときに食料庫に確か鈴呼さんが居たって聞いて、人事ファイル見た時には華奢だったのにあんなに食べ物食べるんだ、って印象に残ってて」

「あぁ、あのときの事ですか。あの時はサイトの食料全部食べちゃってすいません・・・・・・、たくさん食べようとしたら無意識の内にホントにたくさん食べちゃったみたいで・・・・・・異常性のせいかも知れません・・・・・・ホントにすいません・・・・・・」

鈴呼さんは申し訳なさそうに話す。どうやら、食べ物をたくさん食べてしまったのは異常性の影響もあったらしい。大丈夫だよ、異常性のせいならしょうがないね。と言い話題を変える。

「そういえば、鈴呼さん掲示板をさっきから結構な時間眺めてたけど何見てたの?」

「そんなに眺めてめしたか・・・・・・?」

「うん。30分くらいは眺めてたよ」

「うぅ・・・・・・そんなに見てたなんて・・・・・・」

とちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめる。まあ、わたしも気になる広告があったときはそんなこともあるけど、と言って鈴呼さんを慰めた。

「あ、何を見てたかですけど、あのクレープ屋のチラシ見てたんです。期間限定のスペシャルいちごクレープってクレープ、美味しそうだな〜って」

「わあ、確かに美味しそうだね!今度食べに行こうかな・・・・・・」

鈴呼さんの表情が曇る。まるで、何かいやなことがあった時のような、そんな顔色。わたしが「大丈夫?」と声を掛けようとした刹那、顔色は元に戻る。

「そうだね、いっぱい味わって来てね。ていうか、双雨さん甘いもの食べちゃ駄目なんじゃ・・・・・・」

「あ、やっぱり気付いた?」

「一応、双雨さんには甘いものを食べさせるな、って人事部門の人とかサイト管理官にしつこく言われてるんだよ〜。」

「やっぱり皆に知られてる・・・・・・」

「でも、たまには息抜きも必要だしね。このことは黙っておいてあげようと思うから、思う存分食べて来てね」

「鈴呼ちゃんありがとう・・・・・・」

「そういえば双雨さんって何で甘いもの食べちゃ駄目なんだっけ?ちょっと忘れちゃってて・・・・・・」

お菓子が食べれなくなった理由。それは昔起こしたとある事件にあった。わたしは思い出したくなさげに話を始める。

「昔、ちょうど博士に昇格した頃かな。お菓子のたべ過ぎで担当してた実験中に倒れちゃったことがあって、実験は中止されたんだけどオブジェクトが収容違反しちゃって・・・・・・」

「そうだったんだ・・・・・・。その後、オブジェクトはどうなったの?」

「無事収容スペシャリストによって再収容されたけど実験に参加してた人がオブジェクトに暴露しちゃったりしたらしくて・・・・・・」

と言いながら、研究助手の霧首研究員だってそのせいで今の異常性があるんだし・・・・・・と考える。霧首研究員には悪いことしちゃったな・・・・・・と思考していた。暫くの間沈黙が続いていたが、それを破ったのは鈴呼さんの方だった。

「そうだったんだ。でも、だからと言ってお菓子を禁止するのもお門違いな感じもするなぁ。せめて食べる量を減らすように注意する位でもよかったと思うなぁ」

「だよねだよね」

「まあ、普段我慢してるんですから沢山楽しんできてね!あ、あたしはまた仕事があるので、これにて失礼します〜」

「あ、ちょっと待って!」

わたしは鈴呼さんを引き止める。そして急いでメモ帳を取り出し、文字列を書いていく。文字列を書いたメモ帳を鈴呼さんにはい、これ!と言って渡す。鈴呼さんは、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらこういった。

「あの、これは・・・・・・?」

「それはわたしの個人的な連絡先だよ!スイーツ好きとして気が合いそうだからさ、暇な時とかお話しようよ!」

鈴呼さんの顔がみるみる明るくなっていく。その表情は誕生日プレゼントをもらって無邪気に喜ぶ子供のようだったことを覚えている。

「ありがとうございます!わたし、スイーツ好きな仲間がいなかったので、嬉しいです!今日の仕事終わりにでも話しましょう!」

「いいよ!わたしも周りにお菓子好きがいなかったからさ、わたしとしてもうれしいよ!じゃ、仕事頑張ろうね!」

そう言って鈴呼ちゃんはオフィスに向かって歩いて行った。そして、昼休み終わりのアラームが鳴る。アラームが鳴ったのを聴いたわたしは鈴呼さんのオフィスの反対側にある自分のオフィスへと向かっていった。

その後は、鈴呼さん  いや、鈴呼ちゃんとは時々会ってお菓子やスイーツの話をしたり、収容設計についての議論といった仕事関係の話を交わしたものだ。ただ、昨日、外出許可の申請をしたときに、「いいなぁ」と言っていたが、わたしはその意味がわからなかった。だけど、それは心の奥を抉るように突き抜けていったのだった。


しかし今、さっきの発言を聞いて鈴呼ちゃんが言っていた言葉の意味をようやくわたしは理解したのだった。

(鈴呼ちゃんは比較的簡単に外出許可が受理されるわたしと違って中々外出許可が出ないんだ・・・・・・。だからあの時・・・・・・悪いことしちゃったな・・・・・・)

そしてわたしは何かを心に決めたように鈴呼ちゃんに向かって喋りだす。

「うん、そうだね!せっかくの自由外出だし、いっぱい楽しんじゃおう!」

「はい!」

2人は次の店へと歩き出したのだった。その時である。目の前に見覚えのあるマークの付いたスーツ姿の男の人が歩いているのを目撃する。

「双雨ちゃん隠れて、財団エージェント!」

と鈴呼ちゃんがわたしに言う。「嘘でしょ?!」と言いながら急いでわたしは近くの建物の影に隠れた。バレたら怒られる、そう思いながら。

「あれ、鈴呼さんじゃないですか?どうしたんですか?」

「久々に外出許可が出たからちょっとスイーツを食べててね、そういうあなたこそどうしたたの?」

「いや、ちょっとね。書店に新しい画集が入荷したとのタレコミがあって、その画集を買いに行こうかと」

「へぇ、画集ですか。絵とか好きなの?」

「はい。画集は個人的にコレクションしてるので・・・・・・あっ、そろそろ行かないといけないのでここいらで失礼します。スイーツ、是非堪能してください!」

「ありがとう。じゃ、あとで画集見せてくたさいね」

「はい」

そういって足音が遠ざかっていく。チラッとわたしが様子を見た時には男の姿はもうなかった。それを見て緊張がほどけ、安堵のため息をつく。危機を回避したこともあってか、その顔ほ緩んでいた。

「ふぅ、他にも外出してる人がいたなんて!・・・・・・危なかったね。でもバレなくて安心したよ!」

「うん、ホントに心臓バクバクいってたよ・・・・・・バレたらなんて言い訳しようって考えてたもん・・・・・・」

「まあ、見つからなくて良かったじゃん!」

「そうだね、じゃ、次の店行こうか」

そういってわたしは次の店に行くことを促す。正直なところ、わたしの中では鈴呼ちゃんのオススメは何なのかと気になっていて堪らなかったのである。鈴呼ちゃんは勢いよく頷いて「うん」と言うのであった。鈴呼ちゃんが子供っぽく「レッツゴー!」と言いながら2人はその場から立ち去り、次の店へと向かった。


「次はあたしですね……、あたしがオススメするスイーツ屋さんはここから歩いて5分くらいのところにある"青林檎"というお店で、オススメするスイーツは"レアチーズアップルパイ"!」

レアチーズアップルパイ、なんと美味しそうな響きのスイーツなのだろうか。そう思考したわたしは生唾を飲み込む。期待と喜び、そして楽しみといった感情がわたしの中で交わる。

歩く事5分。道中、鈴呼ちゃんとジェラートについての感想を語り合っていたらあっという間についていた。店自体は木目を基調とした昔の小屋をイメージしたような小さな建物であり、木目には漆が塗られておりツヤと輝きを放っていた。

シックで簡素な作り、これだけでもうわたしは魅力されてしまいそうだった。店主は優しそうなおばあちゃんであり、微笑んでこちらを見ている。

「レアチーズアップルパイ2人分ください」

鈴呼ちゃんが元気な声で店主に伝える。

「いいタイミングで来たねぇ。丁度今レアチーズアップルパイが焼き上がったところだったんだよ。ほら、お食べ」

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アツアツで美味しい

店主がわたしと鈴呼ちゃんに焼き立てアツアツのレアチーズアップルパイを包みに入れて手渡す。お代金を払い、2人は嬉しそうにレアチーズアップルパイに齧りつく。

「甘過ぎず丁度いい塩梅にレアチーズの若干の塩っぽさ、ジューシーな林檎……!そして出来立てアツアツという食べるには最高の状態……!」

「ね、美味しいでしょ?普段はあまり外出できないから出来立てをあまり食べれないけど、だからこそ出来立ての美味しさが際立つんだ。前に外出したときにここのアップルパイ食べて印象に残っててさ」

「これが美味しくないわけないでしょ!」

わたしの顔が蕩ける。頬は今にも落ちてしまいそうな程緩んでいて、一口、もう一口と食べ進めていく。口の中には、リンゴの甘み、そしてレアチーズの塩味が広がっていく。まるでそれは口の中に花畑があると錯覚してしまうくらいの風味の良さであった。

2人は無言でがっつくように食べ進めていく。わたしはクレープの時のことを思い出し店員の方を見たが、にこりと笑っていたのだった。それを見てわたしは再びがっつくようににしてレアチーズアップルパイを貪っていったのだった。

「ごちそうさまぁ・・・・・・」

わたしは満足げな顔をして息を漏らすかのように言った。今まで知らなかったのを後悔する位の美味しさ、風味。わたしは再びスイーツの素晴らしさを実感していた。

「美味しかった?」

「うん・・・・・・なんで今まで知らなかったんだろう・・・・・・こんなに美味しいのを知らなかったなんて罪だよ・・・・・・」

惚け顔のまま答える。その後、暫く店内で上司の愚痴を言ったり、オススメのコスメの話をしたりなどして過ごしていたのだった。こうしていると、アノマリーになってから久しぶりに人らしく、女の子らしく生きてるなぁと思う。その幸せは、限りあるものであったが長く続いているように感じた。

その後、帰るときにテイクアウトサービスがあるとの事だったので、サイトの皆への手土産としてレアチーズアップルパイを3ホール分購入し、2人は帰路についた。


帰る頃には辺りはすっかり夕暮れの橙色に染まっていた。街並みは学校や職場から帰宅する人で溢れかえっていた。そんななか、今日のスイーツ食べ歩きの感想や他のオススメのお店を紹介し合うなどして帰り道でスイーツ談議に興じていた。元々わたし1人で自由外出を申請して、1人でスイーツを食べる予定だったものが、鈴呼ちゃんにあったことによってお互いに知らなくて美味しいスイーツを紹介しあうことができたということだけでも今日の自由外出は有意義なものであっと感じる。

「いやー楽しかったね〜」

「そうだね〜あたし、誰かとこうやって外で食べ歩きするの初めてだったから、余計嬉しくて・・・・・・」

そうして、2人は貴重な"自由外出"の時間をお互いの好きなスイーツ食べ歩きという形で満喫したのであった。しかし、わたしの心の中には1つの謎があった。その謎の正体を確かめるべく、鈴呼ちゃんに向かって言葉を話す。

「・・・・・・そういえばさ、なんで一緒に食べ歩きしようと思ったの?」

「えーっと・・・・・・同じスイーツ好きなアノマリーガールとして親睦を深めたいな、思ってね。あとは普段からお菓子禁止されててちょっと心配だったからかな」

そして鈴呼ちゃんは、周りに聞こえないように「普段は外出なんてそうそう許可されないから、サイト外のお店の期間限定スイーツなんて逃しちゃうことの方が多くて」と少し悲しそうに、トーンを落として言った。

わたしは、これが鈴呼なりの気遣いだと気付いた。それに対してありがたい気持ちと、それに気付かなかった自分の不甲斐なさで一杯になっていた。

「ありがとね。そうだ!今度お礼に美味しいお菓子の作り方教えてあげるよ!」

「えっ、ホント?」

「ホントホント」

「もし良ければまた自由外出するときに一緒に材料買いに行かない?」

「え、いいの?!行く〜!」

アノマリーとして扱われてはいても、中身は普通の年頃の女の子であった。いつもサイトに閉じ込められてばかりで、常に謀反しないか見られていたが、今はそうでない。普通の女の子として2人はそこに居た。そして2人はスイーツについて話しながらサイトへの足取りを進めていく。

「そういえば、明日からまた仕事だね」

「そうだね、またいつか行けたらいいな〜」

そう2人は無邪気に会話する。

黄昏時の中、2人の楽しそうな声はどこまでも木霊した。


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