始まりから三番目に生まれた人間の終焉(記録用: scp-wiki-cn.wikidot.com/the-end-of-the-third-person-in-the-world)
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監視室で当番をしている日々は、千の奇妙で恐ろしい怪物がいる部屋の外をパトロールするよりも安全で退屈な仕事だった。かつて、哀れな研究者が、まるで神に見捨てられたかのように腐敗し歪んだ卑劣な生き物に引き裂かれるのを目撃した。その時、彼は皮膚の半分を剥ぎ取られた自分の両腕で力いっぱい前進し、まるで死体から這い出て来たばかりの肥大した蛆虫の様だった。逃げ出そうとする現実改変者達があらゆる物を破壊し、無数の血と肉がコンクリートの中から悲鳴を上げながら押し寄せるのを見たことがあるだろうか。地獄の門の中の光景以外に、この破壊と歪みを表現出来る物はないだろう。この監視室の人々はVIP席に座っている観客であり、恐怖、痛み、狂乱を見る事を出来るが、画面の向こうにいる人々よりも無力で頼りない存在だ。

壁一面を鱗のように覆っているスクリーンを見つめる。過ぎ去った幾多の日々に比べ今日は特別な日ではなかった。あるいは、常人には想像も出来ない様な歪んだ演目を見た後でも、特別な事だと感じなくなっていた。だが、ある場所を拡大した時、高度な技術によってあまりにも鮮明に映し出されたそこを注視してしまった。収容能力が低下したり、外敵が侵入したりする可能性を考慮に入れていなかった事は自覚はしている。 見張りを怠ると処分を受けるかもしれないし、何か別の事があるかもしれないし、とにかく何かいい事があるとは思えなかった。それなのに、忌まわしい好奇心と、ほとんど価値のない第六感から、そんな事をしてしまった。

彼を見たのは初めてではない。この褐色の男は酷く長い時間を生きている。ここでは殆どの人間が彼をSCP-073、またはカインと呼んでいる。画面は彼を隔絶し、彼は視線を認識せず、または彼はそのような監視カメラの視線に慣れていた。ふと、彼とその周りの空間が、彼の孤独で底なしの青い瞳の様に、とても虚しい物だと感じた。

カメラは彼を忠実に映し出してくれる。とても鮮明で美しく、全知全能で、それゆえに非現実的に。ここに座って退屈し、制服越しに足の毛を引っ掻いて長い物を抜こうとさえしている間に、彼は少なくとも二千三百回は目の前を通り過ぎていたが、彼に注意を払った事がなかった。 ガランとした廊下を土作りの小人が揺れているのに比べれば、遊園地から飛び出てきた海賊船の船長が走り回っているのに比べれば、目立つこともなければ特異な存在でもなかった。

しかし、彼は視線の先にいた。

彼の艶やかで癖のある黒髪が色褪せていくのを目にした次の瞬間、彼の黒髪はチタンの様な白に染まっていた。最も純粋な白は、何が起こっているのかさえ理解出来ないほど速く、穢れた黒を覆った。こんな事には慣れているはずなのに、何をしたらいいのか分からないまま、ただただ緊張し荒い呼吸を繰り返した。何らかの命令や神託を受けているかの様に体が動かなくなり、彼の姿に思考を支配された。建物の中の偽りの光が彼を包んでいる。明るいが、偽りの光だった。畏怖の千分の一も荒涼としていなかった。

永遠に呪われた人がいつものように穏やかで優しい表情を浮かべ、立っている。 目が離せなかった。この追放された男は、時と世界にようやく再び受け入れられたのだ。死神の時計の針は再び動き出し、カチカチと音を立てながら普通の人間には想像もつかない速度で回転していく。一万年の刻の重さがこの一瞬のうちに彼に刻まれ、古代のシュメールの刻印は色褪せ、最後には消えた。朝焼けの中の星の様な幾億もの悲しみが空から落ちる様に、彼の体に波紋を刻んだのは、彼に相応しい物、追求した物、しかし手に入れる事が出来なかった物だった。その悲しい権利は、彼を休息へと導く物は、ついにこの瞬間、彼へと戻った。

時間はほんの一瞬しか流れていないのに、目の前を千年の時間が流れ過ぎていく様な気がした。白い仔馬の影の欠片すら掴めない。その時、彼が何世紀をも生きた悪魔であり、誰も彼を傷つける事が出来なかった事を、たとえ時の神であっても彼を少しも苦しめる事は出来なかった事を思い出した。 しかし、時間はついに勝利を納めたのだ。それは果てしなく果てしなく、疲れた魂は不老不死の肉体に囚われ、悲哀と懺悔のうちに長く生き続け、ついには運命が修正されるまでになった。

無数の異常が消え去り、彼と弟はついに安らかに眠ることが出来た。

彼の青い目は輝きを失い、ベリリウム青銅の手は朽ち果て腐敗し、背骨はもはや彼の形を支えられなくなるまで崩れ、古代の神々の遺物は崩壊した。彼が犯した数多の罪を贖罪するかの様に。不安になった。しかし、この感情は同情や憐憫からではない。美しい芸術品が灰になってしまうのを目撃した時と同種の深い悲しみが湧き起こってくる。一瞬、彼の生命の一部との繋がりを感じた。だが、その繋がりもまた一瞬にして崩れた。 世界はこんな不公平な物ではなく、もっと平和な死を彼に与えるべきだった。

彼の身体は、象牙の塔が一瞬にして崩れ落ちたかの様に粉々に砕け散った。彼の皮膚はひび割れ、破壊された。まるで、悠久の間に死んだ全ての霊や猛犬から、絶えず引き裂かれ、噛み千切られているかの様に。彼の残された骨格は彼が彷徨ってきた荒凉とした霞んだ砂漠の砂の様に一斉に粉々になった。髪は剥がれ落ち、皮膚と筋肉はたるみ、目は虚を彷徨い、疲れ果て、心臓は止まりかけているのに、彼は黙って微笑んでいた。彼はもうこの世を彷徨う罰から解放されたのだ。万年に渡って消える事のなかった記憶が、烙印を押される前のあどけない時代の思い出と共に消えていく。

そして、彼が急速に老いていくのが分かった。白昼の夢の様に。闇夜の真実の様に。

彼は、ついに目を閉じた。

この賢者の最後の想いを想像する事は出来ない。だが、彼が苦痛を感じたとは思えず、これが彼にとって最上の最期だったのかもしれないとさえ思った。それまで彼は彷徨い歩き、永遠の時の中に閉じ込められながら観察し、考え、あらゆる物を追い求め、あらゆる物の中に佇み、果てしない道を歩き、一瞬たりとも休む事がなかった。

残光で照らされる廊下の向こう側から逃げて来る灰色の猫の下半身が突如として現れ、何が起こっているのか気づくまでに更にニ秒掛かった。仕事を失うかもしれないし、世界は異常から解放されるかもしれない。

無から生まれた世界で三番目の人間。彼の揺蕩う胴体はとうとう消え去り、布を支えていたベリリウムの青銅が小さな音を立てている。悔い改めた背徳者の脊椎と肩甲骨の形が見える。その美しい造形は最も歪んだ美術品、退廃的芸術作品の様だった。そしてその金属はもはや生命力を失い、彼の手足としての形を失い、ただの幾つかの高貴な芸術作品へと成り果てた。だが、その芸術作品も今では錆びつき、内側から朽ち果て、彼の遺体の灰と溶け合い、共にこの世界から縁を切った。

彼はついに世界に還ったのだ。原初の弟殺しが最後に指差した先には、今ではこの場で唯一の生物となった廊下の隅にある鉢植えがあった。手術室の無影燈が放つ様な青白い光が、彼が遺した衣類と、その下に包まれた残滓を照らしている。それは彼が存在した最後の痕跡であり、彼が最後の最期にようやく赦され、贖罪を終えた事を示す様だった。

唇が震慄いた。喉に何かが詰まっているのを感じ、乾いた咳が口の中に広がっている事に気づき、それが酷く冷たく感じられる。

カイン。

彼の名前を何度も何度も暗唱し、それからもう一度彼の番号を繰り返した。しかし、それらはもはや意味を成さない。

数秒後、緊張し固まった身体をほぐし、椅子にもたれかかった。 数分間、彼の葬儀に白い花束を捧げることを夢想し、それが無意味だと思った。財団が収容者のために葬儀を行うことは滅多にない。たとえ遺灰があってもだ。

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