Info
タイトル: 死んだ方がマシやぞ
翻訳責任者: C-Dives
翻訳年: 2026
原題: Dig U Better Dead
著作権者: ch00bakka
作成年: 2026
初訳時参照リビジョン: 3
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/dig-u-better-dead
招死治療タナトセラピーは、プロメテウス研究所の数多い子会社の1つ、プロメテウス・メディカルによって1960年代に開発された。特定の癌に対する画期的治療法と謳われたタナトセラピー技術は、癌組織に的を絞って招死性タナティックエネルギー (“オメガ放射線”という名称で売り込まれた) を照射するというものだった。電離放射線とは違って、招死性エネルギーは経験豊富な招死術師タナタージや死霊術師ネクロマンサーさえいれば、健康な身体組織を傷つけることなく癌細胞だけを破壊するように調整できたのだ。プロメテウス・メディカルは臨床試験において数十名の末期患者を快癒させ、'72年には本格的な商業展開の態勢を整えつつあった。
やがて最初の患者が死んだ。そして蘇かえってきた。
タナトセラピーはその後すぐにお蔵入りとなった。死体の自然復活は見苦しく、ごく普通の放射線腫瘍学が駆け足で追い付こうとしていた。研究室が閉鎖され、装置は倉庫に収められた。超常工学パラテック市場の崩壊とそれに続くプロメテウス研究所の解体さえなければ、その装置は安全に保管されたままだったろう。
“身元不明線源”とは、通常は紛失、盗難、または廃棄されたせいで、もはや規制管理下にない放射線源を指す。一般史上で最も深刻な身元不明線源絡みの事件と見做されているのは、ブラジルの放射線治療クリニック跡地からセシウム137の格納容器が盗み出されたゴイアニア被曝事故だ。この事故では4人が死亡し、250人が重大な放射線被曝を受けた。
チャンハッセン惨事では最初の30秒でそれ以上の命が奪われた。
電離放射線源は、ざっくばらんに言ってしまえばどれもこれも同じである。放射線同位体が要るし、それを保管する容器が要るし、その容器の周りには遮蔽が要る。ところが、招死性エネルギーの源はことごとく異なる。それらは悲劇から、つまり同じ時間や場所で発生した数百、数千という死から生じる。その創出を体系化する取り組みは、いずれも人道に対する罪として裁かれてきた。
それらは、望まれているほど希少ではない。
第二次世界大戦におけるほぼ全ての戦闘は、特定のトーテムの周囲に凝縮した死のエネルギー、招死力源を発生させた。将校の家に先祖代々受け継がれてきた日本刀、戦車搭乗員の幸運のお守り、或いは格別に血に飢えた将軍のコーンパイプ。第一次世界大戦にも同じことが言える。爆風に晒された中間地帯の木、最初の犠牲者の風穴が空いた頭蓋骨。その前にはアヘン戦争、ナポレオン戦争、宗教改革戦争があり、その後には朝鮮戦争、ベトナム戦争、コンゴ戦争があった。人間は殺し合いに長けている。
現代の奇跡論研究者が知る限りで最も強力な招死力源は (アトランティスの“死せる精神”デッド・マインドのような神話時代の産物を除けば) 、スターリングラードの戦いの後に赤き十月製鉄所の廃墟から回収された、漠然と頭蓋骨のような形をした溶銑スラグ片、通称“ヴォルガ・コア”である。被曝しようものなら健康な生者も15秒未満で歩く屍に変わってしまう。本来はソビエト連邦の超常兵器備蓄の一部として、KGB特殊現象部門が管理していたのだが、現在は所在不明となっており、犯罪組織“緋色の鎚”の手中にあるとも言われている。
チャンハッセン惨事を引き起こした招死力源の威力は、ヴォルガ・コアには程遠かった。アメリカ南北戦争におけるストーンズリバーの戦いの跡地から回収されたチャンハッセン力源は、北軍中尉ジェレミア・ハックウェルの死体に由来するヒトの大腿骨だった。19世紀の科学者にして死霊術師、プロメテウス研究所の創設者の1人でもあるアーチボルド・グレイヴストーンによって集束用の印章が数多く彫り込まれており、プロメテウス・メディカル所属の招死術師たちが更なる改造のために銀製回路を埋め込んでいる。この種の事物にしては、近寄っても安全な部類だった。無傷のチャンハッセン力源が健康な成人を死に至らしめるには1週間以上の受動被曝が必要だろう。
最後の一文に含まれる4つの変数にお気づきの方もいらっしゃるはずだ。“無傷”、“健康”、“成人”、“受動”。これらについては後ほど改めて触れよう。
チャンハッセンは、ミネアポリス・セントポール都市圏の南端に位置する郊外地域である。人口は約2万5千人で、ミネソタ景観樹木園や、ニューエイジ宗教運動エッカンカーの本部であるエック寺院や、今は亡き歌手プリンスの旧邸宅にして現在はレコーディングスタジオ/博物館であるペイズリー・パークなどがある。そしてまた、1970年代には、タナトセラピーの臨床試験を実施したプロメテウス・メディカルの子会社、アタナシア放射線診療所の本拠地でもあった。
アタナシア放射線診療所はパラテック・バブルの破綻を乗り切ること能わず、1997年に廃業した。ごく普通の放射線源は、会社の清算時に全て撤去された。ハックウェル中尉の大腿骨は置き去りにされた。それは四半世紀もの間、地下の保管室に放置され、施設跡地に棲み付いたネズミの平均寿命をちょっと縮めたり、たまに昆虫の死骸を復活させたりしていた。地元の10代の若者たちが介入しなければ、恐らくそのまま埃を被っていたはずである。
2023年10月31日、午後10:30頃、チャンハッセン高等学校の3年生6人組が肝試しと称してアタナシア放射線診療所の施設に侵入した。若者たちはいずれも若干酩酊しており、そのうち2人は少量ながらも大麻を吸っていた。更にその片方、キース・ダールはサイロシビンを含有するマジックマッシュルームまでも摂取していた。本人の自覚こそなかったものの、このサイケデリックな体験がダール氏の潜在的な奇跡術の才能を開花させていた。
主導者のマイク・ネルソンは、交霊会を開くつもりで一同を地下室へと導いた。チャンハッセン力源の保管室が“一番薄気味悪いバイブス”を感じるという理由で選ばれると、若者たちはすぐに力源を見つけ、交霊会の小道具として使うことにした。彼らは蝋燭を灯し、死者の霊を呼び起こそうとしながら大腿骨を順に回し始めた。そして、キース・ダールが大腿骨を受け取り、そのかつての持ち主の霊に呼びかけた時、チャンハッセン惨事は始まったのである。
統一奇跡論学の枠組みにおいて、あらゆる奇跡術的作用 (平たく言えば呪文) は3つの構成要素から成る。エネルギー、行動、そして意思だ。エネルギーは術者の意志によって目的を与えられ、行動によって形態を与えられる。目的は形態を導き、変化をもたらす。キース・ダールが起こした偶発的な作用の場合、エネルギーはチャンハッセン力源の招死パワーであり、行動はハックウェル中尉の霊への呼びかけだった。そして意思は、ダール氏自身の言葉を借りるならば、“なんかいかにもハロウィンって感じの怪奇現象が見てえなっていう”欲求であった。この形成不良の呪文は案の定、悲惨な結果を招いた。
まず、召喚が成功した。ジェレミア・ハックウェルの残影は過去160年間滞在していた妖魔界の領域、要するに地獄から呼び出された。彼は混乱しており、半端な知性しか持ち合わせていなかった。この作用のアスペクト放射 (ARAD) 測定値は2.5キロキャスパー、サファイア、シャープ、ルーズ - 中程度の強さ、比較的露骨、建設的、お粗末な構成。これらのデータを基に、呪文のバックラッシュが逆算できる。
強度は低め、色相は反対、ピッチも反対、構成は同じ。構成がルーズである場合、バックラッシュは呪文自体の強度の75%程度なので、約1.8キロキャスパー。色相はサファイアからレモンとなり、効果の露骨さは弱められる。ピッチはシャープからフラットとなり、破壊的な影響をもたらす。埋め込まれた回路が急激に放射された熱で損傷した結果、チャンハッセン力源は積極的かつ制御不能に招死性エネルギーを放出し始め、6人の若者を殺してから死体を復活させた。
二次バックラッシュは約1.25キロキャスパーの強度で発生し、元の呪文と同じ色調とピッチを保っていた。それがジェレミア・ハックウェルの霊をチャンハッセン力源に、キース・ダールの霊を彼自身の復活した死体に束縛した。このため、ダール氏は再び自分の身体の制御を取り戻すことができた。他5人の若者の霊は束縛に耐えきれないほど脆弱であり、消散してしまった。
ほとんどの奇跡術師は、死霊術を十分に研究してさえいれば死後も知性を維持できるが、それはあまり望ましいことではない。最も強力な霊でさえエネルギー体としての存在に制約されており、魔法を使おうものなら、活動性の根源を不安定化させ、記憶を損なうことは避けられない。不幸なダール氏のような死体宿りレヴェナントは多少頑健で、外部のEVE供給源を用いて安全に呪文を唱えることが可能だが、それでも腐敗を食い止めるためには高価な化学処理と定期的な防腐処置が必要だ。大抵の魔法使いは後継者に遺産を託して大人しく死ぬのを選ぶ。
キース・ダールはほとんどのレヴェナントよりも運に恵まれていた。というのも、彼の死体はほぼ完璧な状態だったからだ。招死性エネルギーはシアン化物のように代謝過程を阻害して殺すので、身体組織を大きく損傷させずに細胞死を引き起こす。ダール氏はこの時点ではまだ、自分が死んでいるのに気付いていなかった。意識を取り戻し、友人たちの死体を目の当たりにした彼の最初の反応は911への通報だった。偶発的呪文の三次バックラッシュ (微妙だが破壊的) で彼自身の携帯電話は壊れていたが、友人のメアリー・アンダーソンの携帯はまだ使えた。救急車が研究所跡地へと派遣され、カーヴァー郡副保安官が後に続いた。
ダール氏は地下室を出ると、チャンハッセン力源を持ったままで緊急サービスの到着を待った。まず救急車が到着し、救急隊員のカルロス・グティエレスとジュリー・ヴァンは、ダール氏の完全なバイタルサインの欠如にすぐさま気が付いた。彼がそれでも動き続けていること、左手にしっかり握りしめた人骨、そして日付を考慮して、2人は“[自分たちも]ゾンビにされる前にとっとと逃げちまおうと”決断し、スペースブランケットと携帯カイロをダール氏に渡すと現場から逃走した。これが彼らの命を救うことになる。
イーライ・ヨハンセン副保安官はそれほど幸運ではなかった。救急隊員からダール氏のアンデッド化について警告を受けていた彼は、拳銃を構えてパトカーから降りた。生憎、カーヴァー郡の保安官制服は灰色で、大腿骨に束縛されたジェレミア・ハックウェルの霊を仰天させた。ヨハンセン副保安官を南軍兵だと勘違いしたハックウェルは、チャンハッセン力源への未熟な制御を振るい、招死性エネルギーの一点集中ビームを彼の心臓に照射して即死させた。
この時点で、ダール氏はチャンハッセン力源を携え、診療所の中へと逃げ戻った。町に赴いて医療支援や権威者を探す代わりに身を隠すという彼の判断は、恐らく多くの人命を救った。2時間以内に、地元法執行機関の無線通信からキーワードを拾った機動部隊プサイ-8 (“サイレンサー”) が現場に到着し、速やかにダール氏とチャンハッセン力源を収容した。
短いインタビューの後、ダール氏の霊は彼自身の要望に応じて祓われた。彼と友人たちの死体は不活発化された後、埋葬のために各々の家族へ引き渡された。標準カバーストーリーCO-3 “一酸化炭素の吸入” が報道機関に流布された。救急隊員のグティエレス氏とヴァン女史は記憶処理され、若者たちと副保安官の死体を診療所の地下室で見つけたという偽装記憶を移植された。チャンハッセン力源はSCP-█████と指定され、保管サイト-23にある鉛張りの収容ロッカーに封じ込められている。
チャンハッセン惨事から学ぶべき主な教訓は3つある。
その1、“超常技術は収容されなければならない”。仮にアタナシア放射線診療所がスリー・ポートランドなどの超常的な飛び地にあったなら、チャンハッセン力源はそもそも放置されなかった可能性が高い。もし放置されたとしても、発見者にはそれを危険なオカルト遺物だと識別する素養が備わっていたはずだ。ヴェールの外側の社会への超常技術の拡散は脅威であり、その拡散を防ぐことこそが財団の主目的の1つである。ネクサスやフリーポートの存在は、2つの悪のうちの小さな方に過ぎない。
その2、“奇跡術は本質的に危険である”。世界オカルト連合の工作員でさえ、時にはバックラッシュを十分に考慮し損ねる。世界最精鋭のオカルティストが制御不能の呪文で命を落とし得るのなら、独学で奇跡術を修めた民間人に勝算など無い。連合が奇跡術教育をほぼ独占していることは、少なくとも今のところ、害よりも益をもたらしているかもしれない。しかし、公共の安全と人類存続のためにも、財団にはGOCに属さない奇跡術師を収容または排除する義務がある。
そして最後に、“民間人の臆病さは命を救う”。ダール氏の体調が異常だと悟った救急隊員らはすぐに現場から逃走した。ヨハンセン副保安官の死後、ダール氏自身も人間との接触を避けた。どちらの行動も死者が増えるのを防いだが、ダール氏や友人たちが診療所の跡地に入るのを最初から怖がっていれば、救えた命はもっとあっただろう。冷戦終結以降の財団による社会工学プログラムは、アメリカ国民に高水準の恐怖と不安を定着させるという見事な成果を上げ、その有用性を一貫して証明している。思春期男性の虚勢を更に抑制できれば、民間人と異常現象との接触は最大15%削減可能と見積もられる。怯える民衆、これ即ち静かな民衆なり。








