彼の名前はジャンゴ。婚約者を殺した男を探しさすらいの旅をしながら、このトヨス地下街の荒野にやってきた。
ここ最近ここらの界隈で闇寿司とかいう連中が幅を利かせているらしく、噂を聞きつけ彼はこの地へとやってきたのであった。ここではどんな寿司が見られるのだろうか、そう思いながら彼は寿司屋へと入店した。
しかし、入店後すぐさまジャンゴは目を疑った。店主が倒れてやがる。ジーザスなんてことだ!これじゃ寿司を握る職人がいないじゃないか。そこへ店主を倒したと思われる人物が声をかけてきた。
「よお、よそ者さんよ、墓から迷い出やがったか、棺桶屋ならいいタイミングだぜ」
引きずっている棺桶が目に入ったようだ。これだけ目立つものだし仕方がないだろう。
「祭りの準備か?」
すかさずジャンゴは答える。
「邪魔するようならお前が棺桶に入ることになるぞ」
ジャンゴはその言葉を聞いてプッチンときちまった。こいつらに恨みはないが店主に恩を売っておいて損はないだろう。6人の敵を見据える。
一瞬の出来事。瞬きすら許さないそれはまさに神業であった。
腰からスシブレードを5基抜いて飛ばす。
あっという間に5人の男を倒してしまった。
「ボスに伝えな、次は全員連れてくるんだなってよ」
残った1人にそう伝え、逃がしてやる。おっとそうだそうだ。
「やっぱり自分で伝えることにするぜ」
逃げだす男の背後からエビで撃ち抜く。これでゆっくり寿司を食うことができる環境が整った。
「闇寿司って連中が勝手に戦争おっぱじめちまって今じゃ閑古鳥さ」
さっきの連中が噂に聞く闇寿司という連中だったらしい。しかし聞いていたよりも遥かに弱い。これなら奴らのボスも大したことはないだろう。
「油断しちゃいけねえ。さっきは不意打ちだったし、それに今度は部下たちみんなつれてくるだろうよ」
「安心しなおやっさん。あんたは殺されるこたあないだろう。みかじめ料払ってる間はな」
「気づいてたのか…」
噂には聞いていた。闇寿司に支配されたこの地域のことは。子分をみんなつれてくるとはいい度胸だ。久々にブツの出番があるのかもしれない。
「今晩は泊っていきな。助けてもらった礼もあるしな。明日の朝には出てってくれよ」
「せっかちな爺さんだ」
翌日、ジャンゴは店の前にある道のど真ん中に陣取った。周辺の店には一歩も外に出るなと言ってある。これで被害も及ばないだろう。
そうこうしているうちにぞろぞろと集まってきたがった。あれが闇寿司か。手にはハンバーグ、うどん、ラーメンまでも…寿司を捨てた外道どもめ目にものを見せてやる。
さて、久々にお前の出番だ。棺桶を蹴り開ける。
中から姿を現したのは…これは巨大な軍艦である!前方にはイクラを射出するための複数の穴が空いている!言うならばイクライフル!
「ハチの巣にしてやるぜ!」
勢いよくクランクを回す回す!そのたびに射出されていくイクラたち!なんと毎秒10発を超える勢いである!トヨスを支配しているヤミ・マスター1であるアンヘル・ダグラスもこれにはひとたまりもない!ヤミ・アプレンティス2である部下をも置いて逃げ出す!
「とんだ腰抜けやろうだぜ」
逃げ出す背中を後目にそう吐き捨てた。
「明日からは普通の客相手に寿司を握りな」
「まさか、闇寿司全員やっちまったのか…?」
「ボスは逃がした。これであんたらも安心して商売ができるだろうよ」
「ありがてえ、今日は奢るよ。一杯やっていってくれ」
「出てけだの一杯奢るだの、コロコロ変わるなおやっさん」
「そいつは言いっこなしよ」
その日は店をあげてのお祭り騒ぎだった。みな思い思いに派手に飲んで、派手に暴れた。ジャンゴはというとそうそうに部屋に引っ込みその時を待っていた。
コンコンと2回ノックの音が鳴り響く。
来たか!そう思った。
「なあ、お前さんももうちょっとやらないか──」
違う!しまった!
背後のガラスを突き破り、アンヘル・ダグラスが飛び込んでくる!それと同時にダグラスはハンバーグを懐から射出していた!しかし、早撃ちのジャンゴである。たやすくマグロで撃ち落とす!しかしダグラスの猛攻は止まらない!生ハム、カルビ、次々と撃ちだしてくる!ジャンゴもそれを冷静にサーモンやタイで撃ち落としていく!まさに伯仲の間である!
そうして不意打ちは失敗に終わり、お互い鍔迫り合いが始まった。どちらが先に抜くか、それだけで勝負が決まりそうな緊張感である。静寂を打ち破ったのはジャンゴの方であった。
「お前…マリアという女を知っているか」
「マリア…だと?」
「ああ、闇寿司に殺された俺の婚約者だった女だ」
「ああ、あのマリアか。よく知っているぞ。俺たちがツキジを支配するときに歯向かってきやがった女だな」
「やはり貴様だったか…!」
「だったらどうする?」
「早撃ち3勝負だ…!」
こうして2人の男の早撃ち勝負が始まった。敗北しては命はないであろうこの勝負一体どちらに軍配が上がるのか。
3…
男たちは背中合わせに歩き出す。
2…
緊張が走る。
1…
その刹那──
「……へいらっしゃいッ!!」
先に抜いたのはジャンゴの方だ。掛け声とともにイクラの軍艦を抜く。普通イクラは醤油漬けされたものが一般的だがこのイクラは塩漬けされたものだ。一粒一粒は小さいがその分その中に力が凝縮されている。その一粒から射出されるエネルギーは通常のイクラ軍艦のなんと3倍のエネルギー量となる。このイクラで屠ってきた相手は数知れず。まさにジャンゴ必殺の武器である。
対してダグラスが繰り出したのはラーメンである。なぜこの土壇場で普通のラーメンを?そう思うかもしれない。しかしヤミ・マスターであるダグラス。準備は怠らない。
「こいつは千葉のご当地ラーメンの竹岡式ラーメンよ」
そう!繰り出してきたのは竹岡式ラーメン!スープは出汁はつかわず醤油ダレのみで味付けされているラーメンでトッピングとして玉ねぎが乗せられているのが特徴である!その黒いスープから覗く漆黒の闇はまさにヤミ・マスターに相応しいと言えよう!
イクラから粒が次々と射出されていく!しかし全てちぢれ麺に防がれてしまう!また、黒々としたスープの色とは裏腹にあっさりとした醤油ダレの味わいが濃厚なスープがイクラに降り注ぐ!玉ねぎもシャキシャキで瑞々しい!ああ、ジャンゴはここで終わってしまうのか!
「クソ!こうなったら奥の手を使うしかないのか!」
「おっと、あの巨大軍艦ならつかわせないぜ」
「なんだと!」
背後から現れる人影。
「すまんな…」
その手には破壊されたイクライフルが!
「お、おやっさん!」
「娘を人質にとられてしかたなかったんだ」
「どこまでも卑怯な連中め!」
ジャンゴ、絶体絶命のピンチである!イクラの残弾数は残り5発!ここからどうやって逆転するのか!これまでかと思われたそのとき!
盛大な音が鳴り響く!
「なにィ!」
そこには穴が空いた丼の姿が!あふれ出るスープ!自らのスープによって機動力を失うラーメン!
「なぜイクラごときにラーメンが!」
「ククク…1粒混ぜておいたのさ」
「一体なにを…!」
「鋼鉄製のイクラさ…」
「卑怯だぞ…!」
「闇寿司に言われたかないね」
しかし、スープをもろともせず回転し続けるラーメン!さすがヤミ・マスターのラーメンだけあって耐久力は目を見張るものがある。そして何より、スープ自体がサラサラであったためそれほど足をとられていないのだ。逆にイクラはスープに落ちては回転力を失ってしまう。自らの足場を減らす結果となってしまったジャンゴ!果たしてここからどう切り抜けるのか!
「ここまではお見通しよ」
なんとスープの中に飛び込む軍艦!こうなってはコメが汁を吸って回転が止まってしまう!しかしこれは!
「水分をはじいてるだと!?」
「ラーメンがくるのはわかっていたさ」
「どうなってやがる!」
「牛乳寒天だよ」
そう!コメの代わりに牛乳寒天が使われていたのだ!これではスープは効かない!
「貴様こそ闇寿司ではないのか…!」
「俺はただのさすらいスシブレーダーさ…」
「どうやら俺も奥の手を使わざるをえないようだな」
「何?」
麺が軍艦に襲い掛かる。しかし高速で回転しているスシブレードに対し、通常の麺はあまりに無力。引きちぎられてしまうのが関の山である、はずであった。
「麺が絡みついているだと!」
「そうさ、麺にこんにゃくを混ぜて耐久性を増しておいたんだよ!」
これでは麺を引きちぎることも敵わない!ジャンゴ、絶体絶命のピンチ!
「それだけじゃないぜ」
丼の底から出現したそれはなんと、おみくじである!加えてその運勢はなんと大吉となっている!ああ無常、これにより丼の回転力はおよそ2倍から3倍に跳ね上がる!4
このままではイクラの回転が終わる!そう思われた瞬間!
乾いた音が鳴り響く。
「…危ないところだった」
「貴様…それは、一体…」
「リボルバーだ」
そう、腰のホルスターから抜かれたのはリボルバーである。
ダグラスは最後の言葉を発する間もなく倒れた。イクラのなくなったスープ付きの牛乳寒天寿司を食べながらジャンゴは語る。
「ウッオエッ本当の奥の手ってやつは最後まで取っておくもんだぜ」
「ジャンゴ!大丈夫だったのか本当にすまな──」
乾いた音が鳴り響く。
「1度裏切ったやつは信用ならん」
ジャンゴ、お前は生きなければならない。お前の愛は終わった。お前が愛した女はもはやこの世にはいない。どしゃぶりの雨でもいつかは晴れるさ。ジャンゴ、お前のさすらいの旅は果てしなく続く。
~完~