ドッグマン
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僕は臆病者で、いつだって謝ることしかできなかった。こんなことを言っても仕方ないけど、本当に良くないことだと思っているし、違う方法ですればよかったのにと思ってしまう。でも僕は怖かったんだ。

簡単な経歴: 僕は中年で、結婚もしていて、そしてお尻がいたくなるほどの長い通勤をしている。皆が名前を知っているような超超大手の多国籍企業に勤め、日々の暮らしは安定している。戸締りを確認し、(時には文字通り)火を消し、そして基本的には誰かが働いているなか職場を後にする。給料はナイスで、働いているやつらは基本的にはろくでなしではないし、僕はそれを気に入っている。仕事に邪魔物があるとすれば通勤で、ほとんどどこだか分からない最悪の未開の地の中を片道2時間のドライブである。職場は巨大な工場で、工場から30分の距離にあるちっぽけな町を除くと周囲一帯のほとんどが未開発のエリアに意図的に建築されている。更に悪いことに、ここはミシガン北部なんだ。

君がミシガン北部の森に入ったことがないとしたら、アッパー半島1のドリームタイム23は言うまでも無く、それは原生の森だ。巨大な熊、シカの群れ、酔いどれが運転する荷積みトラック、そして厳重に武装した人間が黙々と作業をこなす姿を見かけることも全く不思議じゃない。道は暗く曲がりくねっていて誰かが通ることはめったになく、遅くまで働いている僕にとって夜の11:30に出発し、家までずっと車に乗っていることは全く珍しくない。そんな時間には他の車輛の1つを見かけることも無くて、それは孤独で、時々不気味に感じることもある。天気が悪くなったときには通行することがほぼできなくなる。ぶ厚い木々はレンガの壁のようにカーブの先の視界をふさいで、両サイドの森の中はなんとか20フィート見通すことができるぐらいだ。

つまり僕が言いたいのは、奇妙なものを見てしまったとしてもおかしなことじゃないってことだ。エンジンをつけてただ運転をする、少なくとも君が期待していたのはおそらくそういった話じゃないだろう。

とにかく。

夏の真っただ中で、その日も家まで運転していた。木に覆われてグリーンハウスと化した森ではちょっと暖かいだけでも不快だった。僕は基本的には窓を閉めて空調を利かしているけれど、政治やらなにやらの会合をいくつかした後には空気も吸いたくなった。速いスピードで車を走らせて、ラジオで流れる懐かしいロックの歌を半分聴きながら口ずさみ、頭の中はほとんど帰宅寸前…いたって普通の夜だ。小さな急カーブに続く長い2つの直線道路に差し掛かる。そのカーブは内側に約8インチの深さの溝と、外側に古い松の木々から成る壁があるので気を付ける必要がある。そこに嵌ったり激突したりした車を2、3台ほど見たことがあった。死の罠というほどではないけれど、注意しておかないといけない。僕は道路中央車線よりやや左側を通りながら、基本的には何の問題もなく簡単に通りぬけている。まぁ、誰もここを通らないということだよ。大したことじゃない。でもその日、カーブを曲がった先でそれを見てしまった。

正直最初は自分が見ているのが何か分からなかったよ。車に轢かれて道路の端で動けなくなっていた鹿か、もしくは何か狂った理由でもあって真夜中に道の端で木々を見つめている人か、そのどちらかと思った。轢かれてしまったのは…皮膚のせい?もしくは皮膚がなかったから?正直言って、僕にはまだ分からない。人のように何かを見ながらしゃがみ込みうずくまっているように見えたけど、それは人じゃなかった。身体は血で塗れていたか、皮膚が全くなく剥き出しだったか、少なくとも衣服の類は何も見当たらなかった。やつの背中はヤマアラシのような棘か、モジャモジャの体毛、もしくはその両方で覆われていた。ただその棘は2、3フィートの針のように見えた。その時は顔を見ていなかった。やつの腕と脚は、人のものではないようだった。言ってしまえば、まるで犬の足のように。臭いは錆びた硬貨や腐ったスカンクのようだった。

僕は一瞬やつを見ていたけれど、車が左レーンの端側付近を走っていたので、ホイールを戻さなければいけないことに気が付いた。僕が音を立ててしまったからか、それかおそらく急にハンドルを切ってしまったからか、その…物体は突然顔を上げ、僕は後部の窓からそれを見てしまった。

実際にはそれは顔ですらなかった、目を除いては。

歯だった。犬が皮を剥がれ、その下の筋肉を見えなくなるまであらゆる方向から歯を押し込んだような密集した歯がそこにあった。少なくともそれっぽく開く口もあった。そこから人間のものではなく、しかし同じぐらいの音量で、ウサギやキツネの断末魔のような恐ろしい金切り音を発していた。でも目は、あぁ神様。歯よりも叫び声よりも、やつのフック状の手に吊り下げられていたものよりも、やつの両目がまるで人間みたいだったことが恐ろしかったんだ。歯が密集したあの顔の真ん中に、明るく青い目が2つあったんだ、君が望むものに手を重ねて誓うよ。腕は長くてフック状で、何か先端にかけて裂かれたものをつかんでいた。やつはまた、ヘビがそうするようにガタガタと音を発していた。たぶんそれは針の音だったんだと思う。肋骨は扇のように開かれたりたたまれていたりしていた。だけどやつの目、僕は鏡越しでそれを覗き込んでしまった。やつのことは見当がつかないけど怒っていることは、僕に対して怒っていることは分かったよ。やつが叫んだときにやつの目とフック状の指が僕を指していたんだ、違いない。

僕が叫んで、やつが叫んだ。エンジンを点けて、45マイル制限の道を88マイルのスピードで森の中をすっ飛ばした。車を一度も止めなかったのは奇跡だったよ、止めたくなかったんだ。ただ正直、あの時は何を言うべきか分からなかったけど、辺りの誰か、特に銃を持っている人を頼れたのならそれが良かっただろうね。僕は全ての出来事を処理しきれなかったし、家に着くまではそれらは全部夢で、運転中の眠気やその類のせいだと確信していたよ。運転中にうとうとしたことは以前にも1度か2度あったし、疲労というのは人におかしな現象をおこすものだし。いずれにしてもひどく動転してしまった僕は数日ほど休暇をとることにした。休日の理由は何かしら伝えておいたので、それについては問題なかった。僕はとにかく…家にいたんだ。だから月曜になるまで車窓のヒビが分からなかった。

ヒビとは言っても小さなものだったよ。前を走る砂利を載せたトラックから、ちょうど銀ドルのコインより少し大きいぐらいのサイズの石が降ってきた時のようなものだった。ただそれが前ではなく後ろの窓にぶつかってきて、厚い安全ガラスにほとんど穴があいてしまいそうなほど深い亀裂を作っていた。僕はいつどうやってそれが起きたのかを考えながら、その一方で思い出さないようにしていた。そして窓の底部に何かの小さな突起を見つけて、まるでやっていなかった学校の宿題を思い出すように、全ての出来事が蘇ってきたんだ。
車のフレームの底の隙間に入っていたのは10インチほどの針だった。その先端は砕けているように見えた。


僕が臆病者だって言ったのはこういうことだよ。僕は棒でその針を払い落とし、私道のわきの茂みに蹴飛ばし、あれは棒か何かだったんだと自分に言い聞かせた。僕が見たのは、せいぜい怪我をした動物かばらばらになった木の一部で、半分寝ていた僕の頭が残りの部分を作り出したんだ。僕の後頭部ど真ん中めがけて針を投げつける、顔が歯みたいな腫瘍まみれのモンスターなんていないんだ。ただのばかな夢で、それ以外の何でもない。今日までの6カ月と少しの間、僕はそう信じてきた。割り切ることができずに”ミシガン モンスター”と調べたことも一度あったし、ミュータントや犬人間についての情報もいくつか出てきたけど、僕が見たものとは全く別のものだった。だから忘れることにしたんだ。起こったことは起こったことで、今はもう過去のことだ。そしたら数日前、リーがいなくなった。

リーも僕に似たような労働者だったけど、僕よりも職場からだいぶ短い距離に住んでいた。どうやら彼は家に帰る途中に僕と同じ道路を通り、そして何か起こったようだ。会社のやつらは、彼が運転を誤って車が転覆して車から投げ出されたか、朦朧状態で道に迷ってしまったのではないかと考えていた。今では彼らはもっと不安がっているよ。木の高いところで、彼の着ていた衣類と同じ繊維がズタボロの状態で見つかったんだ。血も見つかった、それも多量。だけどそれはリーのものではなかった。もはや事故だと考える人はいなかったよ。彼のトラックの側面にはいくつかの穴が開けられていた。誰かがマシンガンで撃ち込んだかのように見えたけど、その穴は弾丸で開けるには少し大きすぎた。どちらかというと銀ドルの大きさだった。

どうしたらいいのか分からない。リーの身に起こったであろうことを考えるのが怖いんだ。僕も見つけたあの針が一斉射撃されると車がどうなってしまうのか。人がどうなってしまうのか。ここ数日ごみ入れの辺りから聞こえている音について考えるのが怖いんだ。前にそのガタガタという音を聞いた場所のことを思い出してしまうのが怖いんだ。僕はとにかく怖くて、そして臆病者なんだ。

僕は臆病者だから、明日で仕事を辞める。僕は臆病者だから、最近倉庫からする何かを引っ掻くような音の正体を突き止めようとはしない。

僕は臆病者だから、とにかく在宅で働ける仕事を探そう。

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