Don't Be Shy
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——扉が閉まります。ご注意ください。


そんなアナウンスを聞き流して、車内に滑り込む。なに、誰もが一度はすることだ。それでも一応、あたりを見回す。誰もがスマホをいじるなどして、己のことを見ている者などいなかった。無関心社会だのなんだのと言われるが、生来人嫌いの己にとってはありがたいことこの上ない。

ふと、外人風の女性が映った吊り広告に気づく。自己啓発本の類いだろうか、Don’t Be Shyと大きく書かれたそれに、僅かな不快感を覚える。人との繋がりが何よりも重要だという主張には、その通りだと賛同するよりほかない。しかしそれに同意するからこそ、人との交わりが苦痛でしかない己が腹ただしいのだ。

それからくるストレスだろうか、それとも単に昼間の疲れからか、嫌な吐き気がしてきた。ここで吐くのはまずい。何よりも恐れたのは、吐くことそのものよりも、それが非常に注目を集めることだった。吐くならせめて駅のホームだと心の中で決心する。次の駅は繁華街のすぐそばだ。そこらにかがむ人間を気にかけたりする者はほとんどいないだろう。口元を汚しながらも必死に堪えつつ、到着を待った。ドアが開いた途端、ホームの端へと駆け寄り嘔吐する。群衆は自分のことなど見えていないかのように歩いていく。人だらけの都会は大嫌いだったが、これだけは幸運だった。だがそんな安堵も長く続かない。

「大丈夫ですか?」

ああ、”親切な”人だ。そして私のような人間の天敵でもある。擦れた喉で精一杯、大丈夫ですという意味の言葉を返す。

「でも、顔色がすごく悪いですよ。真っ青じゃないですか。」

「ですから、大丈夫ですって。」

声が届いた自信がなく、思わず振り払う。それ以上声はしなかった。存分に吐いた後、先程振り払った手がべとっと濡れていることに気づく。

——え?

見ると、そこには赤い斑点のついた白く、細長い腕。試しに指先を少し動かす。間違いなく己の腕だ。とっさに姿を確認できるものを探してあたりを見回す。そして、衆目が己に向けられていることに気づいた。恐怖に歪んだ無数の顔面が、己の異変を確証させる。変化した敏感な表皮から視線一つ一つが感じられた。そして——畜生、やっぱりだ。いくつものスマホがこちらに向けられている。その向こう側で起きることを嫌でも想像してしまう。激昂と絶望感に全身が支配されるのを感じた。



ああ、



くそ、



なに見てんだよ。


20██/██/██:事案:096-2-B
市街地に突如SCP-096と同様の異常存在が出現しました。(SCP-096-Bに指定)SCP-096-Bは目撃した一般人██名を虐殺しましたが、機動部隊到着時には顔を隠しうずくまっていた為、問題なく収容されました。特筆すべき点として、現場付近の撮影機器は全てSCP-096-Bによって破壊されており、2次被害が発生しませんでした。現在、SCP-096-Bに知性があるのかは確認されていません。

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