終末の過ごし方
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「財団の送ってきた協力要請について……どう考えているか聞かせてくれ」

寂れた廃劇場の観客席に腰掛けているスーツ姿の男が彼の共同出資者に尋ねる。

「とても奇妙な印象を受けたよ。財団が、ああも下手に出るというのは滅多にあることではない。何か裏があると考えた方が自然だろう」

車椅子に腰掛けた男は言葉を発する度に苦しそうに喘ぎ声を漏らしていた。ギシギシと軋んでいるのは車椅子ではないだろう──そんな音が出る安物は彼に似合わない。

「同意見だよ、ダーク。彼らが「お願い」してくるなんてのは普通じゃあない。警戒に値する。しかし、私はこの件は最近の出来事に関連付けられるとも思っているんだ」

スーツ姿の男は観客席から立ち上がると、車椅子の方へと歩みを進めた。

「機械仕掛けの林檎、預言者海豚オラクルドルフィン取引がおじゃんになった予言獣、全てが同じような壊れ方をしていることについてか?」

「そうだ。それらにはある点が共通している。それは……」

スーツ姿の男の発言は、車椅子に腰掛けた男が手で遮ったことで止まる。

「全てが未来予知に関する商品、そして共通するメッセージを発している。……君が何を言わんとしているのかわかったよ」

スーツ姿の男は車椅子の男の一列後ろで立ち止まった。

「相変わらずの察しの良さだな、ダーク。我々は備えるべきじゃないか?64日、余りにも短く、それ故に濃密な時間になるだろう」

「蟻どもは自分たちが助かるためなら金を惜しまないだろうな。ガラクタを金塊と偽ることも容易いはずだ。それに、64日後にはそんな事は些末な問題になる」

「世界が滅びても残ると保証できる金の保管場所、我らの為の完璧なシェルター。直ぐにでも手配できる。財団への返答はどうするかい?」

車椅子に腰掛けたしわがれた男は指を組み、より深く腰を沈めた。

「ふむ……無視してもいいが、彼らの足掻きを眺めた方が面白いだろう。適当に協力してやって、結果を見てみようじゃないか」

「そういうと思っていた。見せて貰おうか、正常の守護者が終末に抗う様を」

ゼーゼーとした笑い声が廃劇場に響いた。


巨大なモニターが部屋の中央に鎮座し、その周りには円形のテーブルと椅子が並ぶ。そこに座すは、かつて世界のパラテクノロジー市場を牛耳っていた複合パラテック企業兼研究機関"プロメテウス・ラボ"幹部職員たち。一度はその膨れ上がった体を維持できず、崩壊の危機に瀕していたものの、財団による多大な資金援助の結果、パラテックの巨人は再び立ち上がった。

「例の協力要請の件についてだが、私は受け入れようと思う」

恰幅の良い白髪の男が低い声で宣言した。

「賛成します。我々は財団によって助けられた結果、今こうしてここにいることが出来ます。もっとも、更迭された者もいますが、それは彼らの無能さに由来します」

水槽に浮かぶ脳味噌の付近のスピーカーが40代ほどの女性のような声で続いた。

「正直なところ、私はあまり賛成する気になれんがね。協力要請には、優秀な技術者及び研究者の派遣……それも複数の研究チーム規模での派遣が条件として記されている。そんなことをして財団に全員記憶処理されて持って行かれでもしたら我々にとって大打撃となる。財団より優れた記憶処理技術を持つものはいないのだからな」

スーツを着た梟のように見える人物がその顔をゆっくりと回転させながら冷静に反論を述べた。

「それは無いね。株式予想のための有機的コンピュータが発しているメッセージを考えれば、彼らは今切羽詰まっているんじゃないかな?あれはどう考えても只のエラーじゃない」

席に置かれている薄い円盤から浮かび上がるホログラムの少年が口を動かせば、円盤のスピーカーがその動きに合わせて音声を発した。

暫くの間、誰もが口を──一部の者はスピーカーをミュートにした──閉じた。会議室には水槽に浮かぶ脳味噌に付属している機械が発する駆動音のみが響いていた。

沈黙を破ったのは白髪の男だった。

「財団の要請だが、見返りとして多額の研究資金と多数の"被検体"を提供するという。それだけでかなりの数の凍結された研究を再開できる……そして研究者派遣の件だが、要請に記されている専門分野から推測するに、彼らがやろうとしていることが薄っすらとだが把握できた」

白髪の男はそこで一度言葉を切った。

「何をしようとしていると言うんだ?神の真似事か?」

スーツを着た梟は目を細めながら顔をある程度回すと、素早く元に戻しながら皮肉交じりに疑問をぶつけた。

「その通りだ。彼らは……財団は人間を創造するつもりだ」

白髪の男は答えた。

会議室の空気が凍り付く、誰もが口に出さずとも予想していたことだった。財団から要請された研究者と技術者は、そのほとんどがヒトの大量生産に関する研究の関係者だった。

白髪の男は再び静寂を破った。

「私はこれを利用できないか考えている」

「面白そうだね……教えてくれないかい?」

ホログラムの少年は興味津々な表情だ。

「わたくしも気になりますね」

水槽に浮かぶ脳味噌もそれに続く。

「……聞かせてくれ」

最後には梟も興味を抑えきれないようだった。


白髪の男はスーツの襟を正すと立ち上がって話し始めた。

「彼らはヒトの大量生産を目論んでいる。彼らが何故そんなことをする必要がある?実験体か?違う。彼らはそんなことの為に外部に頭を下げるような連中ではない」

男は机に置かれているコップの水を飲みほすと再び口を開いた。

「ここで先ほどの株式予想装置のエラーが関係してくる。あれが正常に作動していると考えよう。すると説明がつく、64日後から途切れるデータ。『汝の解を待つ』という謎のエラーメッセージ。彼らは終末イベントに備えるために躍起になっているのではないか?ヒトの大量死を乗り越えるためのヒトの大量生産。少々強引かもしれないが、間違ったアプローチとも言えない」

男は一度言葉を切り、周囲を眺めた。誰もかれもが続きを待ち望んでいるようだった。

「そこで私は考えた。終末イベントの後に生まれてくる新たな人類に我々の理想を受け継がせられないかとね」

「勿論、我々が生き延びるに越したことはないのだが、あいにく現状の技術では終末イベントを生き延びるのは非
常に難しい。いや、ハッキリ言わせてもらえば無理だ。我々の研究はそのような事態を全く想定していない」

部屋の中の全ての人物が男の言葉に耳を傾けていた。

「ならばどうするか?新世代の人類に我々の理想を受け継いでもらう。『超常を恐れ封じ込めるだけでは、人類の歩みは遅々として進まない。未知を既知へ、奇跡を科学へ、異常を人類の糧とせよ!』」

白髪の男は言い終えると押し黙り。反応を待ち始めた。


最初に声を上げたのは水槽に浮かぶ脳味噌だった。

「素晴らしい……ですが、一筋縄ではいきませんね。財団は細工を見逃さないでしょう」

ホログラムの少年もそれに続いた。

「それを今から詰めていくのが面白いんじゃないか!財団を出し抜けるのかどうか、失敗したら……まあ資金援助が無かった場合と大差ない。成功すれば全人類が僕たちの理想を受け継いでくれる。分の悪い賭けじゃない」

梟は最後まで黙っていたが、ようやく口を開いた。

「いいだろう。研究者たちの記憶を探られても問題ないように、深層心理レベルでこの使命を託す必要がある。なんせ私たちは彼らのしようとしていることに直接は関われないんだからな」

それらを聞き終えた白髪の男は満足そうな笑みを浮かべた。

「それでは始めようか。人類の揺るぎない進歩のために」


緊急報告: エージェント2000-SC4発 デルタコマンド宛

日付 特徴的な出来事 メモ
20██/██/██

財団内部で大規模な資産の移送を確認、移送先は上位クリアランス権限によって保護されている。

何らかの計画が発動された際にこのような事態はよく見られるが、移送先が閲覧できないなんてことは初めてだ。
20██/██/██

潜入中のサイトから上級研究員が複数移送されている。移送先は相変わらず不明。また、幾つかの優先度の低いプロジェクトが凍結されている。

何が起きているんだ?Keterクラスのオブジェクトが発見されでもしたかのような騒ぎだ。それにしても、連中は何かを急いでいるように感じる。
20██/██/██

上層部からの通達が下った。それによれば、財団は世界終焉を観測し、対抗するための計画を実行中とのこと。私も近日中に計画を主導している主要サイトへ異動させられる。

移送先が確認でき次第情報を発信する。
20██/██/██

移送先が判明。サイト-19。

セキュリティレベルの向上によって、これまで通りの報告を遂行できなくなる恐れあり。本報告をもって一度最終報告とし、追って報告が行われない場合「潜入作戦遂行中の捕縛、または失踪」ケースとして扱っていただきたい。以上

Δ13: 世界オカルト連合と財団の連携を示す情報及び、複数の類似報告から推察

財団は何らかの手段を用いて世界終焉の回避を目論んでいるとみて間違いない。よって、我々はその手段を奪取し、有効活用する。

その第一歩として、各地のサイトからサイト19へ移送されている資源の奪取、及びサイト19への襲撃作戦を立案、実行する。

計画書については通常通りエンジニアの手によって作成される。各クラスの職員は常時待機状態を維持せよ。


寂れた教会の礼拝堂。天井に開いた大穴から曇天を見ることができる。教会の壁には「黙示録」「神よ、我らを救いたまえ神は死んだ!みんなおしまいだ!」「死にたくない」といった文言の書かれた紙が貼られていたり、
一部は赤い文字で直接壁に描かれていた。

人っ子一人いない礼拝堂の講壇の左右に、その場所に似つかわしくないものが置かれていた。

4、5組の歯車が組み合わさった機械のようなものと、その反対側には人間のそれと同じ形状だが、腐臭を放つ異様に大きな心臓が置かれていた。機械はカチリ、カチリと、心臓はドクン、ドクンとそれぞれ僅かに動いている。

奇妙なことに、歯車は人間の男のような声を発した。

「世界の終わりが来るのはわかっているだろう?それでもまだ我らは争い続けるのか?我らは未だ壊れた存在ながら、組み上げれば終焉をも乗り越えられように」

それに答えるように、心臓から人間のような、しかしどこか異質な響きの声が発せられる。

「機械や未発達の猿どもと交わる道理はない。我らは自らの力でもって終焉をも超えてみせよう。脆弱な機械仕掛けの神には、そのようなことはとても出来まい」

歯車と心臓が奇妙なやり取りを終えると、教会は再び静寂に包まれた。

暫くすると、突然歯車から血液のような赤黒い液体と、膿のような黄色い肉が湧きだし、機械を壊し始めた。同時に、心臓からは様々な機械部品──とりわけ歯車がその大半を占めていた──が飛び出し、心臓を蝕み抉る。

瞬く間にすべてが終わり、そこには何も残っていなかった。

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