ドアは泣いています

「……というわけなんです。お願いします、██博士!」
「それってつまり、今日一日、監視カメラを背負って過ごせってこと?」
「ええまあ……背後を自動追尾するドローンですから、重くはありませんよ」
「重さの問題じゃなくて、プライバシーの問題だよ」
「でも、今度の調査対象と博士の眠ると記録が消えるという特異体質には共通項があると思うんです。なので、実際に使う前に、まず博士でテストさせていただきたいんです」
「お断りします」
「ああ、そんな。待って、待ってください、博士! ……参ったな。せめてドローンの動作テストだけでもしたいのに。でも、監視装置付きドローンを背後に浮かばせても気にしないような人、このサイトにはいな……いるな」

ドアは泣いています


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2011年に自動調査システムによるドローン探査のテストが行われました。ドローンはサイト-81██内を移動する███博士を自動追尾で飛行し、観測した内容はアブリ-アルゴリズムによって解析され、逐次文章化されました。

ドローンは最初に男性の周囲を探査しました。身長は193cm、体重は104kg。特にトップスは観測されていません。全身の筋肉はすべて隆々と鍛えられています。後方の筋肉には一般のボディービルダーにもみられる僧帽筋や広背筋、脊柱起立筋が肥大されていました。

ドローン地下整備場の出口は開放されていました。男性はここからサイト一階へ進入します。廊下には飲料、タバコ、スナック菓子のものと想像される自動販売機が丁寧に並べられています。特に異常は観測されていません。男性は廊下を過ぎ、カフェテリアに突入しました。ドアは泣いています。カフェテリアの壁にポスターを掲示しようとしていた人物が、驚いた表情でこちらを向いたことは特筆すべき点です。

キッチンから料理長が飛び出してきました。あらゆる注意を男性は聞き入れないため、料理長のお小言は功を奏しません。部屋の隅では3人の施設スタッフがいくつかの工具、一組の予備のドアを用いて修繕が始まっています。また、男性がサイト-81██に赴任してから数か月が経過しているにも関わらず、ここまでのドアはよく清掃された清潔な状態のまま保たれていたことは特筆すべき点です。

カフェテリアの外に進入しようとすると強い筋力が発生し、修繕が完了することはできませんでした。ドアは泣いています。男性は一度来た道を引き返します。大きく開けた荷物検査所を通り過ぎ、サイト外に出ようとしたところで男性は目に入っていなかった検査員に衝突しました。男性の荷物を検査する試みは失敗しました。男性は何かを思い出し、二階への進入を試みます。検査員の髪は毛先まできれいな紅色でした。

ドローンは二階の廊下に進入しました。左方には警告の書かれたポスターが掲示されています。右方には三つのドアがあります。手前の部屋より探査を継続します。

ドアは泣いています。最初の部屋は女性の部屋と思われます。部屋の中は整っており、道着を丁寧に着た女性が「チェスト!」という掛け声とともに積まれた瓦を割っています。本棚には段位を示す免状があり、あまり一貫性なく記念の品を飾っているように見えます。いくつかの瓦を割ると比較的疲労した跡が確認できますが、特に異常は観測されていません。しかし、実験器具もなければパソコンもなく、職員が研究しているような物品の痕跡は発見できませんでした。私にはわかりません。

真っ白な廊下を過ぎ、二番目の部屋に進入しました。入り口の扉は開いたままになっています。この部屋は男性の部屋に見えます。机上にドア修理の請求書があり、周囲にはドアの残骸や施設スタッフからの苦情の手紙が積み上げられています。ドアは泣いています。机上の写真立には家族三人、夫婦と娘の写真が飾られています。背景の海は美しく、画面一杯を覆う広大な青空が特徴的です。この部屋にも器具もなければ電源もなく、いったい男性はどのように研究していたのでしょうか。

ドアは泣いています。男性の目にはドアは見えていません。何もない空間を過ぎると、ドローンは三番目の部屋にいました。ここは施設スタッフの部屋です。暖かい。部屋には絨毯がひかれ、壁紙は明るいパステルカラーのものです。机の上には、工具とスタッフの拾い集めた残骸の数々。隅にある四角い容器には、蝶番、ドアノブ、電子式のセキュリティ錠、木材や金属の板。たくさんのドアの予備部品が入っていました。施設スタッフがずっと整備してきた予備部品達です。でも、もう部品箱には何も入っていません。何もない部屋は床も無機質で、壁も白すぎるほど白くなってしまいました。

施設スタッフは泣いています。このサイトには予備部品は豊富ではありませんでした。スタッフが好きだったドアストッパーはなく、スタッフたちが一緒に使ったサムターンとデッドボルトももうありません。私にはわかりません。和室を隔ててきた障子戸もありません。男性は今日ドローン地下整備場からどこに向かっていたのでしょうか。私にはわかりません。

ドローンは男性の後ろを飛んでいます。ドアは実在しません。ドアはもうありません。ドアはまだ泣いています。

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