時は元禄、場所は江戸、長屋の路地を一人の男が駆けていた。
「てぇへんだ、てぇへんだー、ご隠居ー!てぇへんだー!」
「なんだいなんだい騒々しいね、この忙しい大晦日の日に。おや、誰かと思えば熊公かい。どうしたってんだいそんなにあわてて」
「てぇへんなんです、ご隠居」
「だからなにがだい」
ぜぇぜぇと息をつく熊、丁稚どんが差し出した柄杓の水を飲み、ようやく事の仔細を話し出した。
「あの、SCP-682が、江戸に来るんです!」
「・・・え?なんだって?」
「だから、SCP-682が江戸に来るんです!」
「あー、熊よ、落ち着いて、まず順を追って話してくれんかね。いったいどこからそんな話を聞いたんだね?」
あわてる熊をなだめながらご隠居は、額にいやな汗がにじむのを感じていた。
「へぇ、あのー、あのですね、今しがたニューヨーク支部のエージェント・エイベルから早馬で文が届きまして、それによるとSCP-682を日本に海上輸送するから、美味しい蕎麦屋と、その店に蕎麦を大量に用意しておけってことなんでさあ」
「また急だね。しかしあのクソトカゲを海上輸送?そんなことができるとは、私も聞いたことがないよ」
「それがですねご隠居、トカゲのほうから、えー、"日本で年越しそばとやらを食べて穏やかに新年を迎えてみたい。かなえてくれたら向こう100年間は人間を食わないと約束する"という提案があったそうなんでさあ」
「ニューヨーク支部の連中はそれを信じたのかね? あっきれたねえ、SCiPと真面目に対話できると思ってるのかね」
「へぇ、あっしも最初はそんな馬鹿なと思ったんですが、なんと文にはO5の血判状がついておりまして」
「なんかの認識災害にでもやられたんじゃないのかね。おい、ハチ、ハチ公はいるか。」
「へーい、なんでしょうご隠居」
「おい熊、文にはどこの港につくと書いてある。ふんふん。ハチ、ちょいとここに行って、財団の輸送船が到着するはずだから、入港前に海上検査でSCP-682が乗っているか、本当におとなしく収容されているか、職員に認識災害の疑いがないか確認してきてくれ」
「合点承知の助でさぁ」
飛び出したエージェント・ハチ、機動部隊-への五"牛の首"を連れて港へやってきた。
「ははあ、あれだな。おい、乗り込むぞ」
言うが早いか監視艇から輸送船に乗り込んだハチたち一行は、船員に連れられてSCP-682の檻の前へやってきた。
「・・・はぁー、驚いたね。本当におとなしくしてるよ。どういうことだろうね。」
「ナンダキサマ」
「あー、なんだ。案内役というか、おまえさんの面倒を見るためにきたハチってんだ」
「デハヨロシクタノム」
「いやいや待て待て、よろしくと言われても"はいこちらこそ"と簡単に言うわけにいはいかんよ。」
「キョカハデテイルノダロウ」
「そうなんだけどな。えーと、書類によると、年越しそばを満足いくまで食べて、こたつでミカンを食べて、紅白を見て、ゆく年くる年を見ながらウトウトして、除夜の鐘をききながら寝る、というのをクリアできたら、向こう100年は暴れない、ということだが、あってるかね」
「アア」
「うーん、にわかには信じがたいが。まあ確かにおとなしくしているようだし、ちょっと隠居と相談してくらぁ」
こうして江戸の町に降り立つ許可を得たSCP-682。そばといえばこの店と誰もが名を知る浅草の名店を貸し切り、年越しそばを振る舞う運びとなった。
しかしこのクソトカゲ、食うわ食うわ、店内のそばはおろか、町中のそばの在庫を食べつくしても「マダタリナイ」とご立腹。しかも満足させられなかったらその場で暴れてやるぞと言い出す始末。
さて困ったエージェント・ハチ。O5の指示通りとはいえ任務を完遂できなかったとなりゃあ今後の昇進に響くことは間違いない。
そこで一計を案じ、近所のラーメン屋からも麺を集め、「ちょっと変わってはいるが、最近流行っている黄金そばというものだ」とのたまってSCP-682に食わせようとした。
ところがSCP-682、ラーメンについても食通だったためこれに激怒。
怒り狂って浅草の街を滅ぼし、東京タワーを倒壊させ、ついに█████人の町民が犠牲になったところで財団の収容スペシャリストに確保された。
硫酸漬けのSCP-682を乗せて帰っていく輸送船を見送りながら、ハチはひどく陰気な顔をしていた。
「ご隠居、今回のこと、日本支部理事はさぞかしおかんむりでしょうねぇ。」
「あたりまえだ。ハチ、謹慎くらいで済むとは思わないほうがいいぞ。いったいなんでこんなことになったんだ。」
「へぇ、SCP-682に、いっぱい食わせそこねました」
おあとがよろしいようで