西塔は自室で目を覚ました。悪い夢を見ていた気がする。伸びをして新品の輸入紅茶を淹れる、財団エージェントの貴重で優雅な自由時間。テーブルに脱ぎ散らかした下着を押しのけ、ウェッジウッドのカップに紅茶を注いだ。…香りがしない。口にしても味がしない。湯気はたつのに熱さを感じない。西塔は立ち上がろうとしたがぐにゃりと床に崩れ、そのまま目を閉じた。
西塔は財団の医務室で目を覚ました。医療部員が言うには、ヒューム異常が全身に発生し意識が不安定になっているらしい。ドクターの声は遥かから聞こえる。すぐ近くにいるのにどんどん離れていく。西塔は体感で2kmほど離れた医者の白衣を掴むと、そのままベッドからずり落ちた。
西塔は手術台で目を覚ました。扉が開く音がしたが、首を傾けることさえできない。西塔と天井の間に割り込んだシワだらけの老人の顔を見て「負号部隊」という単語を思い浮かべたが、思考はすぐに掻き消えた。やがて老人はメスを取り出し、西塔の胸にスルリと滑り込ませた。
西塔は自室で目を覚ました。じっとりと汗をかいている。カチャリという陶器の音に目を向けると、男がカップに紅茶を注いでいた。起き上がろうとした西塔を見て、まだ熱は下がってないだろ、と男は言った。保井、なぜおまえがここに、という言葉は声にならず、抗いがたい眠気に襲われた西塔は再び目を閉じた。
西塔は教会の控え室で目を覚ました。こんなときに居眠りする奴があるか、と言われた西塔は、タキシード姿の男を見て顔をしかめ、すぐに自分の姿にも気がついた。ありえない。何かがおかしい。西塔は純白のドレスの裾を掴むと、目の前の扉をバンと開け放った。見知った面々が正装して座っている。喝采の中、西塔は花のようなドレスに包まれ気を失った。
西塔はドスンという衝撃を受け目を覚ました。おかーさんおはよ!女の子がにっこりと笑いかけてくる。続いて小さな男の子がヨチヨチと歩いてきた。女の子が早く起きてと手を引く。居間に連れられてきた西塔は「お母さん誕生日おめでとう」と書かれた横断幕と折り紙の輪の飾りを見るなり、キッチンの洗いカゴから包丁を取って自身の胸に突き立てた。
─ なぜそんなことを?
おまえらのゲームに付き合う義理はない
─ あれが何か理解できたのか?
平行宇宙。あれは全て私の可能性だ
─ 概ね正解だ
なぜ
─ 君は近く一つの遺物を回収し、破壊する。それは時空連続体にとって非常に重要なものだ。破壊すれば君が今見てきた世界は全て失われるだろう
やめろというのか
─ そうだ
その場合、私の属する宇宙は?
─ おそらく滅ぶが、安心してくれ、それを糧に枝葉の世界が大いに繁栄するだろう
では私は、予定通り任務を遂行しよう
─ 多元宇宙を救いたくないのか
ひとつ、お前の話は信用ならない
─ 君の子供達も見捨てるのか
…ふたつ、私は、財団のエージェントだ
─ 残念だ
ああ…残念だ
西塔は自室で目を覚ました。悪い夢を見ていた気がする。