喪死後の夢界
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2131/05/16 11:02 ルカフェ・デュ・シュルフェス

ここは本当に気分が良い。そのオネイロイはひっそりとした隠れ家的なルカフェ・デュ・シュルフェスで、ゆったりとコーヒーの香りを楽しんでいた。精神風は優しく店内を吹き抜け、風に運ばれてやってきた青い夢霊の蝶たちが優雅に飛び回る。その下で、ある客は静かに午前のひとときを楽しみ、ある客は他の誰かと上品に電話しており、ある客──もといある猫は割れた窓の向こうの塀の上で気持ち良さそうに寝転んでいる。これらの環境は、ここのホストであるジョナサン・コールマンが安定した精神の持ち主であることを物語っている。なんと素晴らしいことだろうか。

彼は今、有機ELのように柔らかいスクリーンを新聞紙のように持って、そこに映し出されたウェブサイトを閲覧している。彼はこのカフェで人を待っており、その間の暇をこうしてネットサーフィンに費やしている──少し聞こえは悪いが、このオネイロイ・ウェストでは当たり前に見られる光景だ。何よりこれは、ゲームだとかカートゥーンだとか、ウェストで流行りのものにあまり興味のない彼にとっての数少ない趣味の1つであった。

カフェ入り口のドア鈴が鳴る。今日は早いな、と彼は入り口に目をやるが、入ってきたのは待ち人ではなく1組のカップルだった──緑色の皮膚をしたタコと、青白く発光するゼリーの塊だ。彼らは──彼が見たものが本当に顔だったのであれば──笑みを浮かべながらカウンター席についた。

「いらっしゃい」の声と共に、店員がカップルの前にコーヒーを差し出す。そのコーヒーは、彼が今まさに飲んでいるものと同じ特製コーヒーだった。カップルはコーヒーを片手、いや片触手に、周囲の環境を邪魔しない程度の声で談笑し始める。その姿を見ていると、彼と待ち人──愛しの妻へイリアの姿を重ねてしまう。全く、年甲斐も無いな……。そう内心で自嘲する。

コーヒーを一口飲んだ後、再びくしゃくしゃのスクリーンに目をやる。そして、ふとその中にある掲示板サイトのスレッドに目が留まる。これは、懐かしいな……。そう思い、指でスクリーンをタップし、そのスレッドを拡大する。そう、スレッドの内容はこうだった──

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2131/05/16 11:02 ルカフェ・デュ・シュルフェス

ここは本当に気分が良い。そのオネイロイ半ば廃墟と化したボロボロのルカフェ・デュ・シュルフェスで、ゆったりと泥水の香りを楽しんでいた。精神風は激しく窓を叩き、風に運ばれてやってきた気色悪い色の夢霊の蛾たちが騒がしく飛び回る。その下で、ある客は椅子の上で泡を吹いて痙攣し、ある客は壊れた電話に叫んでおり、ある客──もといある肉塊は窓の向こうの塀の上で転がりながら蠕動している。これらの環境は、ここのホストであるジョナサン・コールマンの精神が非常に悪化していることを物語っている。なんと素晴らしいことだろうか。

彼は今、穴だらけで埃だらけのスクリーンを新聞紙のように持って、そこに映し出されたウェブサイトを閲覧している。彼はこのカフェで来るはずのない人を待っており、その間の暇をこうしてネットサーフィンに費やしている──今や、オネイロイ・ウェストでこれ以外の楽しみは存在しないと言っていいだろう。これは、かつてゲームだとかカートゥーンだとか、ウェストで流行りだったものにあまり興味のない彼にとっての数少ない趣味の1つであった。

カフェ入り口のドア鈴が鳴る。今日は早いな、と彼は入り口に目をやるが、入ってきたのは待ち人ではなく1組のオネイロイだった──2体の、おぞましく震え上がる何かの塊だ。彼らは──彼が見たものが本当に顔だったのであれば──苦悶の表情を浮かべながらカウンター席についた。

「はい」の声と共に、店員がオネイロイたちの前に黒いどろどろとした液体を差し出す。その液体は、彼が今まさに飲んでいるものと同じものだった。彼らは液体に触手を伸ばし、ずるずると汚い音を立てて啜り始める。その姿を見た彼は、彼と待ち人──愛しの妻へイリアの姿を重ねてしまう。全く、年甲斐も無いな……。そう内心で自嘲する。

液体を一口飲んだ後、再びくしゃくしゃのスクリーンに目をやる。そして、ふとその中にある掲示板サイトのスレッドに目が留まる。これは、懐かしいな……。そう思い、指でスクリーンをタップし、そのスレッドを拡大する。そう、スレッドの内容はこうだった──


File: mine.jpg (48kB, 400x300)
夜勤中に鉢の土を入れ替えて興奮してたら気孔が閉じなくなって救急車呼んだ話していい?

+ 92件の文章が省略されています……

>>
植物型のオネイロイって変態しかいないの?
>>
俺も我慢できなくて公園でした事はあるが飲食店でやるのはちょっとなあ……
>>
おしべの自撮りは?
>>
いやいや自宅でやれよ
しかもコイツ立ち入り禁止区域の土混ぜてんだぞ
あの毒を子供が吸い込んだらどうすんだ
>>
病院で治療より説教された時間の方が長かったのは笑うわ
>>
あー、肉体持ちの代わりにこいつが失踪すればよかったのに
OWもどうせならこういうやつを規制して欲しいよな

例の肉体持ちの失踪事件の情報交換しようぜ!
非オネイロイ世界で集団不眠症が起こったとかなんとか言われてるけどどう思うよ?

+ 2073件の文章が省略されています……

>>
久しぶりにこのスレ覗いたんだけどあれからもう8年か
もう肉体持ちの友達の顔もうろ覚えになっちまったよ
結局何も解決しなかったなあ
近所の公園の人探しの張り紙も邪魔だって剥がされてるの見たよ
>>
あの頃が懐かしいよ
治安も環境も今よりずっと良かった
ウチの近くの連絡用掲示板はこの前撤去されたな
>>
あれから8年か……
俺の彼女は肉体持ちだったんだが
笑うと明朝体にゴシック体が混じるのが可愛くてなあ
>>
おお、その彼女俺が追っかけてたアイドルとそっくりじゃないか
肉体持ちアイドルのワードブックちゃん懐かしいなあ
>>
もしかして:彼女じゃない
>>
8年経ったからって彼女を捏造すんなよ

File: Ruin.jpg (32kB, 400x267)
10年くらいの前の地図使って旅行してきたんだけど廃墟だらけだったわ
最近コレクティブ減りすぎじゃない?

+ 9件の文章が省略されています……

>>
File: iron rust.jpg (45kB, 300x450)

この前消滅したアイアンラストコレクティブを見に行ったんだけどさ
見てくれよこの無残な姿
>>
アイアンラスト今こんな事になってたのかよ
一面ピンクで綺麗な場所だったのに…
>>
噂には聞いてたがこりゃ酷い
この前ニュースでコレクティブ消滅の特集やってたんだけど
ホストの精神が安定しなくなってるんじゃないかって言ってたな
>>
悪夢実体が出るし毒性があるから行くなって言われてるだろ
OWに通報したわお前
ほんと素人はこれだから
>>
はいはい
いるよなこう言うつまんない奴
>>
はあー?つまるつまらないの話じゃなくて規則なんですけど?


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懐かしいスレッドを読み終えると、彼はスクリーンから目を離し、過去に思いを馳せる為に上を向く。

今でもありありと思い出せるくらい、あれは本当に酷い出来事だった。当時彼には、他のオネイロイたちがそうであったように、多くの肉体持ちの友人がいた。その全員が、ある日突如として目の前から消え失せたのだ。当然、彼もまた激しく混乱した。すぐにネット広告で友人を捜すチラシを出そうとしたが、それはできなかった──他のオネイロイたちもまた同じことをしようとしていた為に、ネット広告の依頼フォームは大混雑だったのである。

また、当然ながら様々なサイトで憶測が飛び交っていた。地球が爆発したというようなSFじみたものから、人類が睡眠欲を克服したというような突拍子も無いものまで、様々なものが超高速でネット回線を駆け巡った。あまりにも突然何の前触れも無しに起こった異常事態に対して、群衆は如何にどよめくものなのかというのを彼はこの時学んだ。

ただ、と彼は思う。全てはもう過ぎ去ったことだ。肉体持ちは相変わらずどこにもいないものの、あれから何十年も経てば流石に社会は順応していく。誰がどうやってあの混乱を収束させたのか、という疑問の答えを知る者はいない。かのオネイロイ・コレクティブからやってきた夢匠だったのか、はたまた都市伝説で語られるような「MIB」コレクティブだったのか?様々な噂はあれど、結局のところ騒動は通り雨のように過ぎ去り、終わったということに変わり無いのだ。

何か不思議なことでも起こったのか、或いは単にラッキーなだけだったのか、そういった憶測は思考の彼方に追いやってしまおう。そう思い、彼はもう一度コーヒーカップに口をつけ、啜り、サイトに目をやる。

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懐かしいスレッドを読み終えると、彼はスクリーンから目を離し、過去に思いを馳せる為に上を向く。

今でもありありと思い出せるくらい、あれは本当に酷い出来事だった。当時彼には、他のオネイロイたちがそうであったように、多くの肉体持ちの友人がいた。その全員が、ある日突如として目の前から消え失せたのだ。当然、彼もまた激しく混乱した。すぐにネット広告で友人を捜すチラシを出そうとしたが、それはできなかった──他のオネイロイたちもまた同じことをしようとしていた為に、ネット広告の依頼フォームは大混雑だったのである。

また、当然ながら様々なサイトで憶測が飛び交っていた。地球が爆発したというようなSFじみたものから、人類が睡眠欲を克服したというような突拍子も無いものまで、様々なものが超高速でネット回線を駆け巡った。あまりにも突然何の前触れも無しに起こった異常事態に対して、群衆は如何にどよめくものなのかというのを彼はこの時学んだ。

ただ、と彼は思う。全てはもう過ぎ去ったことだ。肉体持ちは相変わらずどこにもいないものの、あれから何十年も経てば流石に社会は順応していく。誰がどうやってあの混乱を収束させたのか、という疑問の答えを知る者はいない。かのオネイロイ・コレクティブからやってきた夢匠だったのか、はたまた都市伝説で語られるような「MIB」コレクティブだったのか?様々な噂はあれど、結局のところ騒動は通り雨のように過ぎ去り、終わったということに変わり無いのだ。

何か不思議なことでも起こったのか、或いは単にラッキーなだけだったのか、そういった憶測は思考の彼方に追いやってしまおう。そう思い、彼はもう一度液体の入ったカップに口をつけ、サイトに目をやる。


レイス・"ボブ"・ドミネーター

OW大統領







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Tryp 21, 2032

ようこそ!

レイス・"ボブ"・ドミネーター氏は昨日行われたオネイロイウェスト中央政府大統領選挙において、対立候補のイーストキャピタル・ブラックリリー氏に大差で勝利した。

オネイロイウェスト中央政府の大統領、レイス・"ボブ"・ドミネーター

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“オネイロイウェスト活動領域制限政策への抗議運動について”からの引用。著者アレハンドロ・カップケーキ、2032

レイス・"ボブ"・ドミネーター: 最近オネイロイウェストで活発になっている中央政府への抗議活動だが、正直言って、あのような運動に本気で参加している者たちの気が知れない。

アレハンドロ・カップケーキ: 仕方のない事だと思います。本来自由で、広々とした空間であるはずの夢の中で、よもや活動領域を制限されるとは、誰も思っていなかったでしょうから。それに、肉体持ちの消失や凶暴なエルドリッチ、夢界実体の出現など、様々な脅威に晒されて、住民たちも怯えています。抗議活動はそれらを紛らわすためという側面もあるのではないでしょうか?

レイス・"ボブ"・ドミネーター: 確かにそうかもしれない。しかし、あれらの"抗議運動"はあまりに過激だ。省庁にテロを仕掛けるなどという行為が、果たして好ましい抗議活動と言えるのかどうか。彼らに襲われ、焼き討ちされたという商店の話も聞いているよ。

アレハンドロ・カップケーキ: 一部の過激派の活動を、全体の傾向のように語るのは好ましくありませんよ。それに、それを言うならば中央政府も、デモ行進に対して抽象的攻撃を行っているらしいじゃあないですか。不可視のドローンは隠密攻撃の手段としては少々時代遅れでしたね。この件についてはどうお考えですか?

レイス・"ボブ"・ドミネーター: オネイロイ・ポリスたちの命を守るための当然の行為だと思っている。暴力的な群衆は、言葉だけでは止まらない。時には、暴力こそが最善の対応策となることもあるということだ。

アレハンドロ・カップケーキ: それが果たして正しい対応策だったかどうかは、次のオネイロイウェスト中央選挙が明らかにしてくれるでしょう。現在の中央政府の支持率は、前年度と比べて90%低下しています。これは現在の中央政府が失策を続けているからに他ならないのではないでしょうか?

レイス・"ボブ"・ドミネーター: 支持率の低下は一時的な出来事に過ぎない。我々は現状を打開し、抗議活動を抑えられる画期的な"新政策"を用意している。現時点ではお伝え出来ないのが残念だ。

レイス・"ボブ"・ドミネーター: そろそろ次の会議があるので失礼させてもらう。

レイス・"ボブ"・ドミネーターがLogoutしました。

アレハンドロ・カップケーキがLogoutしました。

チャットを終了します。

このページの著作権はオネイロイウェスト・ドリームタイムズ紙にあります、2032

デモ参加者たちの声
第51回目のデモ行進より抜粋

“私の友達がポリ公に連れていかれちゃった……。あの子はただ、他のオネイロイより体が大きかっただけなのに!規制対象にするなんて信じられない!”

“デモに参加していた息子は、ドローンからの抽象的攻撃で死んだ。いや、意識はまだあるとお医者さんは言っていた、体はグチャグチャになっているのに。

“楽しそうなので参加しました!”

レジスタンス達はこんな生っちょろいデモ行進よりも、ずっとヤバいことをやってるらしい。”

“ニュースでちらちらと出てくる"新政策"って何なのかしら。私たちを助けてくれるならなんでもいいんだけど。それにしても一昨日から売られ始めた栄養ドリンクはアタリね♪疲れがあっという間に取れて、幸せな気分~♪"

"何で反政府デモなんかに参加してるんだろ。最初は腐った政府を倒したいと思ってたけど、よくよく考えれば政府がやってることは仕方ないと思えてきちゃったな。ドローンで栄養剤を撒くのは見栄えが悪いからやめた方がいいとは思うけどね。"

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ふと、彼は右手のコーヒーカップをソーサーに下ろして思いを巡らせる。圧政?そんなものが起こっていたなんて聞いたことも無いぞ。現に、ここにはそんな雰囲気なんて微塵も無いじゃないか。改めて自分の記憶を探ってみるが、やはり彼はそんな政策のことなど全く知らなかった。そうだ、あり得ない。肉体があった頃でさえ無かった圧政が、この夢界であるわけが──

『また難しい顔して。一体何を読んでいるの?』

身に覚えの無い記事への混乱の中で、ふと背後から聞き覚えのある声がする。その可憐で温かい声を聞いたことで、彼は冷静さを取り戻す。それは、彼の待ち人たるへイリアの声だった。「いや何、ちょっと古い記事を読んでいたものでね」そう言って、彼はへイリアに手元のスクリーンを見せる。

『それ、ここからずっと離れた場所での出来事みたいよ』

くすくすと鈴を転がすような声でへイリアは笑う。それを聞いて、彼は合点する。そうか、これは私の住む地域での出来事じゃなかったのか。通りで聞いたことも無いわけだ。彼は安心して、スクリーンを自分の手前に戻す。すると、へイリアの儚げに感じるほど華奢で美しい指がスクリーンに触れる。

『そういえば、他にもこんなことがあったみたいよ』

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ふと、彼は右手のカップ割れたソーサーに下ろして思いを巡らせる。圧政?そんなものが起こっていたなんて聞いたことも無いぞ。現に、ここにはそんな雰囲気なんて微塵も無いじゃないか。改めて自分の記憶を探ってみるが、やはり彼はそんな政策のことなど全く知らなかった。そうだ、あり得ない。肉体があった頃でさえ無かった圧政が、この夢界であるわけが──

『████████████████████』

身に覚えの無い記事への混乱の中で、ふと彼は何かを聞く。それを聞いたことで、彼は冷静さを取り戻す。彼はそれを、彼の待ち人たる、存在しない妻へイリアの声と認識した。「いや何、ちょっと古い記事を読んでいたものでね」そう言って、彼は彼女に見せるように手元のスクリーンを動かす──店員がそれを見て顔をしかめる。

『████████████████████████』

再び何かを聞いて、彼は合点する。そうか、これは私の住む地域での出来事じゃなかったのか。通りで聞いたことも無いわけだ。彼は安心して、スクリーンを自分の手前に戻す。すると、彼は自分の指をスクリーンの上で動かし、それがまるで自身の妻のものであるかのように誤認する。

『██████████████████████』


Oneiroi Archive

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"反政府デモ", "コレクティブ政策", "偽死", "モルグ"
上記のタグを内包する可能性がある文章の抜粋をリストアップしています……


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偽死者多発; 情勢悪化が原因か (deep-peed.psy)

コレクティブの集合意識が発案した新政策により、過激化の一途を辿っていたデモも今は陰りを見せている。その一方で、住民たちの集団不安感情は、より一層の悪化を深めているようにも見受けられる。この状況に関し、一部有識者は上述した新政策の施行と、デモ隊の強制解散がオネイロイたちのフラストレーションを回帰させたとも解析を行っている。

さらに最近では、偽死によって意識を一時的に霧散させ、スリープ状態となるオネイロイが多発し始めた。これらの多くは、現状に強く悲観したか、あるいは酷く怠惰な者たちで構成されており、情勢悪化による意外な影響を垣間見ることとなった。



偽死ブーム到来; コレクティブ政府は黙認の構え [リンク切れ]

なんと現在、コレクティブの多くの領域で偽死ブームの旋風が巻き起こっている。一時は嫌忌された偽死だが、「辛苦の現状から一時離脱し、蘇生後に全ての問題が解決されていることを願って、自らを潜在意識の一構造体へと置換する」という精神性が、著名なオプティミストに好評価を受けたことで展開は激変。貧困層のみならず、一部の中枢層にまで波及した。

この異常心理が招いた怪状況に、政府からは何らかの罰則や、禁止条例の新制が為されると誰もが考えていた。しかしながら、偽死者の大半が非生産階級や反政府主義者で占められていたことも関係してか、政府はこの偽死ブームを黙認。



溢れ返る偽死体の群れ; モルグ建造開始 (on-eirow-raiths-fan.net)

時間場所を問わない相次ぐ偽死行為により、領域内では彼方此方に偽死体が散乱する事態となった。ただでさえ縮小化している貴重な居住区域の一部を偽死体が埋めている現状に、住民たちからは苦情が出始めているようだ。

この状況を受け、コレクティブ中枢の構造学者は、各地に散逸する偽死体を一ヶ所に収監するため、モルグの建設を立案した。このモルグはコレクティブ内の一部領域を丸ごと使用して建造され、最終的にモルグだけが存在する街となる模様。なお、偽死体の収監許容量を超える場合に備え、各地に小規模なモルグ拠点を設けるとも発表された。

Tips: 偽死(ぎし)

純粋なオネイロイ(非肉体者)が為ることの出来る、偽りの死の状態。

少なくとも、13世紀後半には概念が確立されていたとされるが、立案者は不明。

偽死化した者は半永続的なコールドスリープ状態に置かれ、その間の意識は完全に途絶する。外的要因による蘇生は不可能であり、自動的な蘇生のタイミングも解明されていないか、あるいはそもそも存在しない。

偽死体の多くは、一般的に奇妙な要素を持たない、非生物的な構造体の形態を取る。その概観は、ホストの潜在意識環境に合致・適応した性質の形状や構造となる(例:使い古された家具、壊れた電化製品、動物を模したオブジェ等)。

Goto, A. The Studies of Oneilic Death.
OW Research Press, 2(8), (2007), P101-104.


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幾つかのアーカイブに目を通した後、ふと視線を窓の外に移す。いつの間にか天気は曇りになってきており、風が窓を揺らしている。猫は塀の上から既にいなくなっており、店内に目を向ければ蝶たちもいつの間にか消え失せている。気ままな奴らだ、そう彼は思う。風が強く窓を叩き、思わず彼の身体は跳ね上がる。得も言われぬ不安感が、彼の心を包み始める。

『大丈夫?』

へイリアが心配そうに尋ねる。「ああ、疲れが溜まってるんだろう」と彼は笑って答え、しかしあまり余裕無さげにコーヒーを飲み干す。空になったカップを見て、彼は店員を呼んでコーヒーのお代わりを注文する。店員は笑顔で了承し、カウンターの方へ向かう。

そういえば、と彼は思い、「すっかり忘れていたけど、君も何か頼まないのかい?」と彼女に語りかける。

『私は大丈夫よ。それより、記事の続きが気になるわね』

彼女がこう言ったので、「そうだね」と返答して彼はスクリーンに目を向ける。手元で、カタカタと陶器の震える音がする。

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幾つかのアーカイブに目を通した後、ふと視線を割れた窓の外に移す。天気は相変わらず曇っており、風が窓を激しくたたいている。肉塊は塀の上からどろどろと零れ落ち、店内に目を向ければ蛾たちも床にぼとぼとと転がっている。気ままな奴らだ、そう彼は思う。風が強く窓を叩き、思わず彼の身体は跳ね上がる。得も言われぬ不安感が、彼の心を包み始める。

『████』

虚無に向かって彼は「ああ、疲れが溜まってるんだろう」と笑って答え、しかしあまり余裕無さげにコーヒーを飲み干す。空になったカップを見て、彼は店員を呼んでコーヒーのお代わりを注文する。店員は苦々しい顔で了承し、カウンターの方へ向かう。

そういえば、と彼は思い、「すっかり忘れていたけど、君も何か頼まないのかい?」と虚無に語りかける。

『████████████████████████』

「そうだね」と返答して彼はスクリーンに目を向ける。手元で、カタカタと陶器の震える音がする。


このページは更新が必要とされています。
古い情報が掲載されています。新しい情報を記事に反映してください。(2130年6月)

デストルドー(Destrudo) — あるいはトーデストリープ(Todestrieb)、もしくは形式張ってデストルドー・コレクティブ(DesCo)とも — は、オネイロイの偽死体より現出する敵性的な夢霊及び悪夢実体のハイブリッド群を指した呼称です。その外観的情報からは、一般的な幽霊や怪物、もしくは原始的な稲光や黒い波、炎の渦等を象徴とする構造要素を部分的に見出せます。また、それらに対する抽象的攻撃の大半は、概ね効果を示さないか、もしくは与える被害が軽微であると考えられています。

いずれの個体も、自らの発生源となった偽死体から遠く[どれくらい?]離れられないようであり、基本的には偽死体周囲を当ても無く徘徊している姿を観察できます。その様子からは、生物学的な意識や精神性、情動的反応が希薄であると推測できます。その一方で、自らの活動範囲に侵入したオネイロイを襲撃し、偽死させるという共通行動からは、明らかな目的意識の存在が見て取れるのも事実です。

構造学者の解析より[要出典]、その出自は偽死ブーム後期と判明しています。調査報告によると、デストルドー発生に先んじて、ホスト群の"死の欲求"に纏わる集合的無意識がオネイロイ・ネットワーク上に履歴蓄積されたことで、新たな元型が形成されていたと解明されました。そして、ブーム後期にモルグ・シティへと偽死化オネイロイたちが集められ、集合知の一点集中が生じたことで、上記元型を基礎・下地としたデストルドー喚起がネットワーク全体に波及した、と考えられています。

その性質と出自のため、モルグを内包していたあらゆる領域は、初期発生から僅か数日で崩壊したか、居住区の放棄を余儀無くされました。さらに初期発生以降、新たに偽死体化したオネイロイからも、少なくとも48時間の経過後にデストルドーが湧き始める事実が判明しました[独自研究?]。つまり、偽死体が存在する/発生した領域は、常にデストルドーの脅威に曝される危険性を孕むことになったのです。

この状況に、当初は偽死を黙認していたコレクティブ政府も一変して、"死に準ずるあらゆる行為"の完全禁止宣言を流布するに至りました。しかしながら、依然として政府中枢は、領域内で生じる可能性が拭えない偽死体の早期発見と即時処理の必要性に、頭を悩まされ続けています。これほどの過剰な監視体制は、かつての手痛い経験に依るところが大きく、一部の過激な反政府主義者反集団主義者によって、偽死体が秘密裏に都市部へと設置されたことで生じたデストルドー・テロがその代表例でしょう。この事件では、コレクティブによる偽死体発見が遅れたことで、多くの犠牲者と偽死体が発生し、主要都市の1つは機能不全に陥りました。

なお現在、コレクティブの集合意識はデストルドー対策としてより堅牢な政策を試案しており、いずれあらゆるオネイロイは不死性を獲得し、夢の中ですら死ぬことが許されなくなることでしょう[誰?]

destrudo_icon.jpg

デストルドー/トーデストリープ
(Destrudo/Todestrieb)

生息区域:
モルグ・シティ
偽死体周辺

個体総数(2051):
不明、情報求ム

使用言語:
変ロ短調
もごもごした囁き

構成要素:
64.8% 敵性的夢霊
34.5% 悪夢実体
0.7% 未解明

政府・中枢:
未報告

活動期間:
偽死体が蘇生するまで

心理学:
原始的/短絡的


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octopus.jpg

突然、彼は肩を掴まれる。彼の素っ頓狂な声が店内に響き、何人かの客が彼の方を見る。

「大丈夫ですか、お客様?」

そう、彼の肩に手を置いた本人──コーヒーのポットを持ってきた店員が心配そうに訊いてくる。「あ、ああ。すまない」そう謝りつつ、彼は店員にチップを渡しながら注がれたコーヒーを即座に啜る。

『大丈夫?』

余裕無さげな彼の様子を見て、へイリアも同じように訊いてくる。「な、なあ、今何か変なものを見なかったか?」動転気味の彼は、目をひん剥きながら彼女に尋ねる。しかし、

『え……いいえ、何も?』

そう、きょとんとした声が返ってくる。その答えに少し戸惑いつつも、彼は「すまない、どうやらかなり疲れているらしい」と苦笑する。

さっき彼が驚いたのは、不意に肩に手を置かれたからではない。店員の奥に座るあのカップルが、別の何かに見えてしまったからだ。だが、当然ながら、今の彼の視界には正常なカフェの光景が映っている。

『さあ、次の記事よ。これで最後ね』

彼は鼓動の高鳴りを強く感じつつも、へイリアの声に突き動かされてスクリーンを操作し、サイトを開く。気が付けば、外は真っ暗な黒で塗りつぶされ、窓辺には蛾の死骸が散らばっていたが、彼がそれに気が付く様子は無い。

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突然、彼は肩を掴まれる。彼の素っ頓狂な声が店内に響き、何人かの客が彼の方を見る。

「おい、静かにしてくれよ、あんた」

そう、彼の肩に手を置いた本人──コーヒーのポットを持ってきた店員が苛立ちながら言う。「あ、ああ。すまない」そう謝りつつ、彼は店員にチップを渡しながら注がれたコーヒーを即座に啜る。

『████』

余裕無さげな彼は、また何かを聞いたような素振りを見せる。「な、なあ、今何か変なものを見なかったか?」動転気味の彼は、目をひん剥きながら虚無に尋ねる。

『██████████』

彼は何故か戸惑う様子を見せた後、「すまない、どうやらかなり疲れているらしい」と苦笑する。

さっき彼が驚いたのは、不意に肩に手を置かれたからではない。店員の奥に座るあのカップルが、別の何かに見えてしまったからだ。だが、今の彼の視界には「正常な」カフェの光景が映っている。

『███████████████』

彼は鼓動の高鳴りを強く感じつつも、何かに突き動かされてスクリーンを操作し、サイトを開く。気が付けば、外は真っ暗な黒で塗りつぶされ、窓辺には蛾の死骸が散らばっていたが、彼がそれに気が付く様子は無い。


ワールドニュース

シノダ・オオツカ地区で発生したデストルドー・コレクティブは自爆テロが原因と判明

政府はシノダ・オオツカ地区の迅速な再建に向け新たな都市計画を発表しました。


先日発見した反政府主義者のアジテーティング・ポイントでシノダ・オオツカ地区の自爆テロ計画の資料が発見されました。シノダ・オオツカ地区は都市の古さから機能の断片化が進んでおり、政府の監視体制の脆弱性を突いた犯行とみられています。


レイス・"ボブ"・ドミネーター大統領は会見を開き、被害に合った住民と遺族への謝罪と再発防止のための監視体制の強化を約束し、シノダ・オオツカ地区の住民への後追いの偽死を防ぐため、遺族への補償と幸福管理施設の増加計画を発表しました。
凍結中のシノダ・オオツカ地区の住民は不可逆圧縮処理後に埋め立て地に廃棄される予定です。


被害者の一覧は以下の通りです。
被害者の遺族の方には心よりのお悔やみを申し上げます。

イェノレーマ・マイオール/Ienoleima Maior
カール・N・K・アンナ/Karl N. K. Anna
ファイポ・ヴィーン/Fipo Veen
ワナ=グーシス/Wanna-Gouciss
へイリア/Hairia
トム・ヤム・クーン・モーニング/Tom Yum Goong Morning
ロジャー・ラジャー/Roger Roger


イェノレーマ・マイオール/Ienoleima Maior
カール・N・K・アンナ/Karl N. K. Anna
ファイポ・ヴィーン/Fipo Veen
ワナ=グーシス/Wanna-Gouciss
へイリア/Hairia
トム・ヤム・クーン・モーニング/Tom Yum Goong Morning
ロジャー・ラジャー/Roger Roger



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『やっ█と█思い出█し██た█████?█』

その声と共に、スクリーンから目を離した彼はハッと我に返り──仰天する。

長閑なカフェだったはずのこの場所は、最早廃墟としか言いようのない様子に変わってしまっている。カップルだと思っていた2体のオネイロイは、醜悪な吹き出物から黄色いガスを噴出しながら蠕動するおぞましい肉塊だった。彼らは、グラスに注がれたコーヒー……いや、泥水を恐らく口と思われる穴から伸びる管からずるずる不快な音を立てて啜りながら、何かぼそぼそと繰り返している。割れた窓ガラスの向こうでは、行き倒れたと思しきオネイロイたちが倒れこんでおり、そのすぐ上の誘蛾灯に蛾たちがたかっている。

な、何だこれは?息が荒くなっていくのを感じながら、彼は気づく。妻は?へイリアはどこに行ったんだ?辺りをいくら見回しても、彼は彼女のいた痕跡すら見つけることができない。鼓動が更に速くなっていき、視界のスノーノイズに吐き気すら催してくる。

ふと、彼は自分が両手で抱える割れたカップを見る。そこに入って、いやこびりついていたのはコーヒーなどではなく、油が浮いた得体のしれない泥水か何かだった。それを、さっきまで彼は躊躇無く飲み干し、舌を伸ばして残った水滴すら絡めとろうとしていた。

「お、おい!店員!」思わず荒っぽく店員を呼びつける。そうしてやってきた店員もまた、お洒落なカフェの店員などではなく、顔面が常に沸騰している何かだった。

「なあ、またかい?まあいい、んで金は?」呆れた様子で、ぶっきらぼうに店員から言葉を投げかけられる。彼は慌ててポケットから金を取り出し、料金のことなど考えず一気に渡す。店員はそれを仕舞って、ポットから慣れた手つきでカップに甘くもたれるような液体を注いでいく。

「せっかくここでイっちまってるときに、そんなサめちまうようなサイト見ねえほうが良いぜ」

そう言い残し、店員は去っていく。

そうだったんだ。これが事実。何も終わってなんか、過ぎ去ってなんか──

彼は、注がれたその液体を啜り、深呼吸をしながら目を閉じる。そして、目を覚ましたとき、

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彼は、再びあのカフェに戻ってきていた。

『ごめんなさい、待たせちゃったかしら』

彼の妻、へイリアの声だ。「いいや構わないさ、待つのは好きでね」彼は、さっきまで読んでいた記事のことなどすっかり忘れ、幸せそうに独り言ちた。

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