あの夏の亡霊

あの夏の港。
鉄で覆われた船。
カラッと乾いたあの夏の。
海原を駆ける灰色の。
あの夏の港で。
鉄で覆われた船の。
夢だった、海原を駆けることが。
夢は夢のまま。そのままだけれど。
あの夏の港。
期待を一身に背負った船。
落陽と呼ばれたあの夏の。
擬装に身を隠す緑色の。
あの夏の港の。
砲弾を幾多も積み込んだあの船の。
夢だった、人を喜ばせることが。
夢は夢のまま。そのままだけれど。
あの夏の海。
国に縛り付けられた船。
行き場所も無く窮屈な。
海原を駆けたい灰色の。
あの夏の海の。
何も無くなった空っぽの。
夢だった、人を喜ばせることが。
乗っている人は泣いてたけれど。
あの夏の海。
何も積んでいない空っぽの。
その役割を失ったまま。
終わりゆく夏に葬られ。
あの夏の海で。
鉄で覆われた船の。
夢だった、人を喜ばせることが。
海原を駆けることが。
自分が船でいることが。
ずっと。ずうっと。
でも、叶わなかった。
みんな沈んだ。壊れた。壊された。
ああ、さようなら。船。
あの夏の亡霊。
鉄で覆われた船。
有無を言わさない黒色の。
あの夏の亡霊。
鉄で覆われた船。
どこまでも自由なその海で。
無限の海原を駆け巡る。
あの夏の亡霊。
その鉄で覆われた船は。
夢だった、人を喜ばせることが。
海原を駆けることが。
自分が船でいることが。
でももうどうでもよかった。
自分らが、砲弾の雨を降らせようが。
人から海原を奪おうが。
世界が黒色に朽ち果てようが。
ああ、さようなら。船。
左様なら。艦隊。
ページリビジョン: 3, 最終更新: 09 Sep 2023 12:06