日本岩手県のドリームランド
rating: +72+x
blank.png

イーハトーブ

イーハトーブ合区 (遠野妖怪保護区),
LoI-8128-b (看守たち),
ドリームランドイワテ,
Ihatov

概観

日本には「噓から出たまこと」という言葉がある。我々のような超常と身近に生きる者は特に、虚構と真実の境界がいとも簡単に揺らいでしまうことを良く知っているはずだ。さて、その点において非常に興味深い地域が東北地方に存在する。ある一人の作家の脳内が風景として出力された空間であり、空想と現実の区別が極度に曖昧な場所だ。

我々青大将は、日本国内において"手"の運動とその理念を広め、この国と図書館との橋渡しになる事を望んでいる。そのために、超常を取り巻く国内の環境を知らねばならない。手始めとして国内に点在する特殊な地域について調査することにした。この記録はその記念すべき第一弾だ。

イラストレーション

ihatov.jpg

イーハトーブの風景写真。森や山が遠くに見えるが、遠くにあるとは限らない。

知識

外観: イーハトーブは岩手県に位置する異空間"遠野妖怪保護区"の西側を占める地域だ。南部の平野には田園と牧草地が広がり、中心部には小さな町(住民たちはモリーオ市と呼ぶ)が存在する。建築様式は明治〜昭和初期に見られたような和洋折衷スタイルで、保護区の大部分で純和風な古民家がスタンダードであることとは対照的だ。街の周囲には森林地帯がある。北部は山地になっており、岩手山を縮小したような形状の山が最もよく目立って見える。

住民は人間、知性を有する動物や植物、鉱物、妖怪/精霊の類、そしてクラムボン12で構成されている。しかしながら、後述する地域の特殊な性質によって、イーハトーブ住民の「人間」が外部の「人間」と同じような存在であると断言することは出来ない。動植物やその他の存在についても同様だ。

性質: 岩手出身の作家、宮沢賢治氏の心象世界が現れている地域とされている。形而上学的/空想科学的な影響を常に受けていて、いつでも奇妙な現象が発生する。要するに、この地域は物理法則とも魔法その他オカルト的法則とも異なる理論で成り立っているということだ3

内部の地理的状況はそれを如実に表しており、見かけの距離と実際の距離が全く一致しない45。見渡す限りの牧草地にいるようでも、少し歩くと森に出たりする6。従って、その地形は"北側に山、南側に畑"のように、ざっくりとした方位で考えるべきだ。特定の施設に行く際は、その場所に向かおうとする意志を抱いていると比較的容易にたどり着く7

歴史と関連組織: この世界がいつ生じたのかは不明だが、宮沢賢治氏の生前には既に存在していたらしい。転機が訪れたのは1933年。賢治氏の死去により徐々に崩壊を始めた世界をそこから切り離し、"寒戸郷"へ繋ぎ留めたのが、遠野妖怪保護区区長の日奉薮氏だ891011。以降イーハトーブは寒戸郷の一部となり、現在では妖怪保護区内の「イーハトーブ合区」として存続している。

そもそも居住に適した地で無く、そしてすぐ隣に比較的居住に適した地があることから、外部からの物理的な移住者はあまりいない。しかし戦後になって、土地の有する空想科学的性質に親和性のある存在が訪問・定着したようだ。例としてはアンブローズ系列のレストランである「アンブローズ・山猫軒」12がある。

接触: この場所自体には遠野妖怪保護区を通じて安全にアクセスできる。保護区へ入るには区の役所に連絡を取らねばならない。幸いなことに、区長は現在のところ我々に好意的だ。また、これ以外にも我々の知らない道がいくつかあるらしい。

前のセクションにも書いたように、内部では奇妙な現象ばかり起こる。何が起きても驚かないこと。常識を持ち込まないのがここで過ごすコツだ。それから、足元の小動物や草花、石ころにも気をつけること。踏み潰してしまわないように13

住民への接触は十分に注意して、そして相手への敬意を持って行えば何の問題も無い14。心理学については素人だが、彼らの精神構造が現代日本に暮らす人々の一般的なそれと異なることは容易に分かった15。純粋さと利他的な自己犠牲精神を持ち、支配や抑圧を嫌う。好奇心旺盛で、向こうから声をかけてくることも多い。このような閉鎖環境に暮らしながら、排外思想を有さないのは珍しい事だ。

観察と物語

"イーハトヴは一つの地名である。強て、その地点を求むるならばそれは、大小クラウスたちの耕してゐた、野原や、少女アリスが辿つた鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考へられる。実にこれは著者の心象中にこの様な状景をもつて実在したドリームランドとしての日本岩手県である。
そこでは、あらゆる事が可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従へて北に旅する事もあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語ることもできる。
罪や、かなしみでさへそこでは聖くきれいにかゞやいてゐる。"

これは、他にも類似した形而上の領域が存在することを意味するかもしれないし161718、単なる広告文を文字通りに解釈しない方がいいかもしれない。少なくとも当時の"倉庫番"1920はこの文書を回収していないから、そうするとこれが直接に異常な領域を指し示しているということは無いんじゃないだろうかと思う21 — K.K.

toyoho.png

"4月26日、イーハトーブ合区モリーオ市街の文化会館にて毎年恒例の演奏会が開催されました。設立から90年目を迎える「金星音楽団」は長い間区民に親しまれ、区内では数少ない西洋音楽との接点として活動を続けられています。今年の音楽祭では20年ぶりに襲名式が行われ、5代目ゴーシュを襲名したチェロ奏者のポールさん(18)が「印度の虎狩」を披露。演奏後には嬉しそうに連夜の練習の様子を語っていました。"

広報とよほ 2017年5月号

この記述から読み取れるのは、地域内では「賢治氏の作品の再現」が儀式/イベントとして継承されているらしいという点だ。つまり、"下手くそなチェロ奏者が動物に焚きつけられて腕を上げる"22という一連のストーリーを彼らは過去に5回も再演している。賢治氏の作品には「オツベルと象」「土神と狐」「グスコーブドリの伝記」のような死人が出る話もあることは頭に入れておいて良いかもしれない。 — AO

cat.png

"この度山猫軒では、お昼限定のランチメニューの販売を開始いたしました。地元遠野で大切に育てられたお米、お味噌、お野菜といった実存食材に加え、メインディッシュにはイーハトーブ特産の綺麗に透き通った風と桃色の美しい朝の日光を使用した、地産地消メニューとなっております。デザートには、吹き飛ばなかった花梨で丁寧に仕上げたコンポートをヨーグルトに添えてお召し上がりください。"

アンブローズ・山猫軒 ~RESTAURANT WILDCAT HOUSE~

ああ、この新メニューを目当てにもう一度行きたいね。何度行っても素晴らしい食体験ができる名店だよ。 — U.K.N.23242526

"火山局は新人職員を募集しています。初心者も歓迎。先輩局員と共に地質や鉱物について学びながら働きませんか。業務内容は火山の観測、観測機器の設置と整備、ガス抜き。希望者は火山局に直接お越しください。"

イーハトーブ火山局

火山局はイーハトーブ内で最も近代風の建物だ。中には計測機器らしき物がたくさん置いてあるが、あれが真の意味で科学的に何かを観測しているのかは分からない27。とは言え、火山局で働く技師や学者たちは何らか独自の理論に基づいて行動しているように見える。そもそも火山があそこにあるというのが驚きで28、大きな噴火が起きても、区内に逃げ場はないようだが大丈夫なのだろうか。しかし少なくとも火山局の局員を含め、住民に不安がっている者は全くいない29

それから、確か「グスコーブドリの伝記」では主人公が火山局の技師になって、最後には死んでしまうという話が描かれる。ゴーシュの件と合わせて、記憶には留めておこう。 — AO

"昔に向こうのお山が、何べんも噴火した。そん時に灰や煙といっしょに出てきて、今のところに落ちて来たのが俺なんだ。噴火が静まって、野原や丘に草が茂って、それから木も生え出して、それでここには森ができた。ずうっと見てきたよ俺は。草木も虫も獣も人も、ここの奴らは皆気のいい奴らだろう。仲良くしてやってくれよ。"

森の側の黒い大きな岩

いや、まさか岩と話す機会があるとは思わなかった3031。彼32の話によれば過去に噴火が起きたのは確からしい。と言ってもどの程度昔のことをなのかは分からない。この領域が発生してから噴火が起きたのか33、あるいはそれ以前の噴火34で出来た岩が領域の発生と共に自我を獲得したのか、彼の記憶が捏造されたものという線もありえなくは無い。見かけは明らかに玄武岩に見えたから、火山岩であることは間違いないと思うが、時間の感覚が俺たちと違うようで、年月については言及してくれなかった。削って成分を調べるわけにもいかないしな。 — Deck.

疑念

このような場所/存在はここ以外にもあるはずだ。全ての人間の精神それぞれにこのような場所が付随しているとは考えにくいが、著名な作家や芸術家に絞っても歴史上何人いたか分からない。例えば、看守たちがしばしば言及している"Andersen"と呼ばれる存在はデンマークの作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンと関連しているようだ。あるいは"神格"と一括りに呼ばれる存在の中にも、神霊的と言うよりは神話の登場人物として振る舞っているように見えるものがいる。物語と現実の関係性について知識を持っている読者がいたら、是非情報共有をお願いしたい。

それと、"疑念"と言えばこのファイルを図書館に持って行ってもいいのかという事で、なにせあそこは自分の想像の及ばないほどにあらゆる奇妙なものが集っているし、そこに集う知識は堂々たるもので、そんな中に自分の文章があって、別世界の住民なんかも見るかもしれないと思うと少々気恥ずかしくて。クオリティの面でも本棚に置くに足るものなのかどうか。前の計画書はともかく、こういうカタログみたいなのは初めて書くし。クリスマス、この部分は後で消しておいてくれ。気の迷いで変な事を書いてしまった。35

勇気を出してこのファイルを書いて下さったことに感謝します、極東の新たな友人よ。あまり心配することはありません。図書館にはありとあらゆる本がありますし、そこには書かれなかった本すら含まれます。図書館は望むものに知識を分け与える場ですから、どのように些細であっても分け与えられる知識には収蔵される価値があります。図書館は大層奇妙な場ですが、それは恐ろしい場という事を意味しません。私たちが受け入れられたように貴女たちも受け入れられます。

P.S. 日本文学の棚に、ケンジ・ミヤザワの未発表作品が収められています。参考になるかもしれません。是非覗いてみて。 — L.S.

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。