延命の年
二幕構成のアマチュア演劇
作:
タローラン研究員
Copyright © 452381, by Researcher Talloran
登場人物
タローラン研究員: | 年齢不詳の財団研究員。永遠に処罰を受け続ける。 |
例の存在: | 正しき者。 |
ヒカリ・ヤマダ博士_: | サイト-??の医療職員。"ナース"と呼ばれることを嫌う。 |
サイモン・グラス博士: | 心理部門のトップ。タローランと二回の面談を行っている。 |
ポール・マッギャン: | 八代目のドクター。 |
舞台
浜辺に面したリゾート地。
時刻
データが見つかりません。
I-1-1
第1幕
第1場
背景: | 場所は、ビーチに面した立派な高級リゾートホテルの二階のバルコニー。気温は35℃(あるいは95℉)で、外でくつろぐには最適な気候である。この場所の新鮮な空気を吸わない理由は無い。風は、強めに見積もったとしても微かなものである。穏やかな海を横に、カモメが砂浜をうろついている。劇の主役であるタローラン研究員は、パラソルの下の柔らかな椅子に寝そべっている。その横で、ヒカリ・ヤマダ博士は自ら直射日光に当たっている。気候にも関わらず、二人は仕事着に身を包んでいる。状況を知らない者からすれば、実際よりも寒い場所に見えたことだろう。ビーチの方にいるポール・マッギャンは、横になって肌を焼いている。 |
開始: | 目を覚ましたタローラン研究員は、452,380年ぶりに暗闇に産み落とされることなく新たなサイクルが始まったことに驚く。そこは見覚えの無い場所だ。ビーチどころか、最後にタローランがホテルに類する場所を訪ねたのはいつのことだっただろうか?右にいる人物は十分すぎる程見知った顔だ: ヒカリ・ヤマダ博士である。ヤマダは間もなくタローランに気が付く。タローランは、冷や汗を垂らしながらバルコニーをさまよい歩く。彼女はWiredの2017年6月号から顔を上げ、ほくそ笑む。 |
ヤマダ
ようやく目覚めたのね。あんまり長く気絶していたものだから、"眠り姫"症候群かと思ったわ。
(タローランは変わらず歩きながら、必死な様子で辺りを見回す。)
タローラン
待て待て待て待て、こ-ここは一体どこだ?状況が違う。全然違う。君は…ちくしょう、君は ―
I-1-2
ヤマダ
落ち着いて。例の存在はここまで追ってこない。やっと息をつく暇ができたと言ったところよ。
(タローランは変わらず歩きながら、必死な様子で辺りを見回す。)
タローラン
で-でも、理解できない。何が ―
ヤマダ
ここで私が答えを分かっているなら、あなたも分かっている。
(ヤマダは椅子の下からランタンを取り出し、灯りを付け始める。タローランは変わらず歩きながら、必死な様子で辺りを見回す。)
今のところ、私はあなたの記憶と感情の延長に過ぎない。さては、前から私のことを高く買っていたのかもね。プレッシャーを受けても冷静沈着、たとえ本当に差し迫った状況でも。財団職員の理想。あなたは確かにそれを欲しがっていたはず。だから私がここにいるのかしらね?
タローラン
でも、でも…理解出来ない。ここは…こんなに明るくて、幸せな場所で、でもどうせ滅茶苦茶になるんだろう?
(ヤマダは微笑み、灯りを付け終わる。彼女は立ち上がり、ホテルのドアをジェスチャーで示す。)
ヤマダ
落ち着いてみよう。ここは暗くなるから、とにかく私を信じてついてきて。迷子にならないように、私の傍を離れないで。あの中を早く通り抜けないといけない。
(タローランは立ち止まり、ホテルの中を覗き込む。言われてみれば、中は途方もなく暗い。タローランに混乱する隙も与えず、ヤマダはタローランの腕を掴んでドアへ歩み寄る。意味の通らない世界の中にいながらも固い意志を持ち続ける彼女を前に、タローランの顔には、微かながらも確かな安堵の表情が浮かぶ。)
タローラン
うん…分かった。とにかく、一体何が起こっているのか後で説明してほしい。
I-1-3
ヤマダ
もちろんよ。一つだけお願い。私がドアを開けた瞬間、目を閉じてここがサイト-118だとイメージして。どうしても目を開く必要があったとしても、私の方を見上げないで。
(タローランが返事を返す間もなく、ヤマダはドアを開く。暗闇と液体の感覚にすぐさま圧倒され、タローランは目を瞑らざるを得ない。サイト-118が脳裏に浮かぶ。あれは████████が最後に働いていた場所だったと、タローランは思い出す。ちくしょう、例の存在が爪で瞼をひっかいている。サイト-118。エリアの全体を思い浮かべることが出来る程度には小さなサイトだった。そうだ…階段を降りて。二回左に曲がる。もう一本階段を下りる。爪は角膜に届いている。階段の後ろに回り込んで、目の前のドアを開く。もう一度右に曲がって、その先には…)
ヤマダ
外に出たわ。目を開けて。
(タローランの目が開かれる。頭上には星空が広がっている。)
(暗転)
(第1場・終)
I-2-4
第1幕
第2場
背景: | 星の輝く澄んだ空である。リゾートはタローラン研究員とヒカリ・ヤマダ博士の背後に移り、薄い林に囲まれた土道が遠方へ伸びている。 |
開始: | タローランは茫然と周囲を眺める。これほどまでに平穏な時を過ごしたのは久しぶりであった。控え目に言って、現実が存在していた頃までに遡る話だった。ヤマダはタローランが場に馴染むまで数秒待ってから、歩き出し、ランタンを片手にタローランを引きずっていく。 |
ヤマダ
ね、大丈夫でしょう?
タローラン
うん… そうだね。ここは。凄い。本当に、とても気持ち良い場所だ。ここもまだ罠の中なのか?
ヤマダ
いいえ。罠だとすれば、私たちは既に捕まっている。あなたに見せたいものがある場所まで少し歩くから、何か話をしましょう。
タローラン
そうだね。君は例の存在とは違うとして、じゃあ誰なんだ?どうしてここはこんなに安全で居心地が良いんだ?どうして ―
タローラン | ヤマダ |
まだ君を覚えていたんだ? | まだ私を覚えていたの? |
ヤマダ
そう言うと思った!そうね、私はあなたの延長に過ぎないことを頭に残しておいた方がいいわ。私がここにいるなら、私のことは十分に思い出せているでしょうけど。
タローラン
つまり君は…本物のヤマダ博士というわけでは無いのか。どうしても。
ヤマダ
そう。でも必ずしも悪いことじゃないはずよ。私が本当に本物のヤマダ博士なら、この立場にいることを大層嫌がったでしょうね。
タローラン
でも待ってくれ!
(タローランはヤマダの手を振りほどき、不思議そうに彼女を見つめる。)
君の振る舞いは、ヤマダと完全には同じじゃない。あの人は、ああ。正確には思い出せない。でもあの人はそこまでドライな人じゃなかった。
(ヤマダは暫く考え込む。コオロギの鳴き声が周囲を漂う。彼女は肩をすくめることしかしない。)
I-2-5
ヤマダ
分からないわね!おそらくは、私の性格を完全に再現する程には私のことを覚えていないということかしら。あの時の私はどんな人だった?
タローラン
もっと、ううん…遊び心のある?はじけた?うん。多分そうだと思う。
ヤマダ
分かった。こんな ―
(突然、ヤマダは踵を軸にして、くるりと振り返る。)
― 風に ―
(回り終えた彼女は両足で着地して、タローランを顔前から指さす。)
― ね?
(タローランは鼻を鳴らす。)
タローラン
元気すぎるきらいはあるけど、方向性はあっているよ。
(二人は談笑しながら歩みを進める。会話は下火になっていく。タローランが口を開くまでに1分の間が空く。)
I-2-6
どうしてここは安全なんだ?例の存在に捕まった他の時とは何が違うんだ?
ヤマダ
なら、ここ数年間で何が変わったかを考えるべきね。何か考えはあるんでしょう、タローラン研究員さん?
タローラン
でもそれだけなんだ。君が覚えていないのは私も覚えていないからだ。例の存在が自分を見逃す理由が分からない、今までそんなことは無かった。少なくとも、無かったと思う。前にも同じようなことがあって、思い出せないのか?ちくしょう、どうしてこんなことに?
(道の終わりには美しく立派な門があり、暫しの沈黙が生じる。)
ヤマダ
もしかしたらそれは、あなたが何かの理解に至ったからかもしれない。この数十万年は無意味じゃなかった。何を理解したのかは確信が持てないけど、何かあったはずでしょう?他には思いつかないわ。だから私たちはここに来ているのかもしれない。今なら思い出せる?この場所が何なのか。
(ヤマダはランタンを地面に下ろし、門を両手で開く。彼女はタローランへ門をくぐるように促す。)
タローラン
この門を一度でも見ていれば、記憶に残っていたと思う。森と歩道には見覚えがあるかもしれない…こういう時はレディーファーストであるべきじゃないか?
(ヤマダはにこりと笑い、動作を続ける。タローランは深く息を吸い、同じだけの強さで吐き出す。タローランは溜息をつき、体を強張らせ、門をくぐる。)
I-2-7
(土道はすぐに石造りの歩道に変わる。中を歩き続けるタローランの目は見開かれ、既視感と驚きが顔に表れる。ヤマダは後ろから続き、速いペースを保っている。二人は目的地にたどり着く。静穏な池を目にして、タローランは駆け寄る。)
おお…驚いた。何て静かな。まだここにあったなんて…
ヤマダ
んんん―!爽やかな場所だと思わない?アヒルたちがいないのは残念だけど。もっと頻繁に来てくれれば良いのに。偶にじゃ十分とは言えないものね。
I-2-8
タローラン
その通りだ。うん。ああ!ここには一度、二人で仕事で来たんだ。それで丸一週間を過ごした。ここは…すごく良い場所だった。どうして一度しか割り当てられなかったんだろう?
ヤマダ
分からないわね。あなたはいつもストレスを抱えていたし、もっとここに来てもよかったはず。それに、正確には ―
タローラン
そのことは思い出させないでくれ。今は喜びを噛みしめていたいんだ。
(タローランは溜息をつきながら、池の水を撥ねさせる。)
門の説明もつく。一度君が見せてくれたのを思い出したよ。
(ヤマダはタローランの隣に座り、足を水に浸す。)
ヤマダ
それは嬉しいことね。私と一緒に働いていたことを思い出したんでしょう?患者たちが私の仕事ぶりに感謝するのを聞かされたはず…それに、あなたの周りでは私のことを随分大げさに語る人もいた。覚えているでしょう?
タローラン
そうだね。"私の太陽"。何て微笑ましい。君は何人かの人にとっての生きる理由だった。それ自体、とても素晴らしいことだ。
I-2-9
どうしてか、忘れていた…こんな所で池を見つけるとは思いもしなかった。でもここにいた時は、誰かと面談を…あれは…
ヤマダ
グラス博士、でしょう?
タローラン
そうだ、でもここに入った時には見なかった。この場所で、知っている人の二人以上と会うことが出来るのかも分からない。
(タローランはヤマダを見上げ、彼女の背後のベンチに誰かが座っていることに気付く。その人影は皆に背を向けている。人影は手を振り、こちらに呼びかける。
グラス
やあ!久しぶりじゃないか、タローラン。
(暗転)
(閉幕)
(第2場・終)
(第1幕・終)
II-1-10
第2幕
第1場
背景: | 鴨池。 |
開始: | タローラン、ヤマダ、グラスはベンチに座って池を眺めている。光景は変化して、三人が池を眺めやすいように、ベンチ以外の全てが移動している。グラスとタローランの二人ははっきりと視認されるものの、ヤマダは徐々に不明瞭かつ透明になっていく。 |
グラス
君がヤマダよりも私の方をよく覚えていたとは、妙な話だ。彼女がここにいたなら、さぞかし不快に思ったことだろう。なあ?
(グラスはりんごを一口齧る。グラスと手の中のりんごは中身の詰まっているように見えるが、グラスの身体はりんごをすり抜ける。動く口に合わせてカリカリという咀嚼音が聞こえ、グラスはりんごを鴨にやる為に池に投げ入れる。)
ヤマダ
今も不愉快に思ってますよ、ええ!まあ、理由は察しが付くけれど。
タローラン
え?
グラス
人というものは、ポジティブな出来事よりもネガティブな出来事をずっとよく記憶しているものだ。生存の為に脳が適応進化していった結果だ。君はヤマダ博士とは良い友人だったかもしれないが、私と過ごした時間の方が具体的な事柄を覚えておくのは容易かろう。私たちが話した内容は、必ずしも楽しいものばかりじゃなかっただろう?
タローラン
そうですね。心理部門のトップに会っている以上、楽しい状況ではないでしょう。
ヤマダ
それで、あなたたちは何を話したわけ?落ち着いた、冷静な時のあなたを相手にしていたとは思えないけれど。
タローラン
一回目の面談は覚えているよ。確か…アノマリーに対処する仕事がいかに大変だったかについてだ。最初に入る時は誰も教えてくれないことだけど、トラウマを抱えて滅茶苦茶になるのがどんなに簡単なことか。最初の数年をなんとかやり過ごしたと思ったら、どこかの人型房で精神崩壊を起こしてしまったらしい。
II-1-11
グラス
アノマリーが何だったかは覚えているか?
タローラン
それは大事なことでしょうか?
グラス
通りで私にもそれが分からなかったわけだ。二回目の面談は?
タローラン
いや待って…私が覚えているなら、あなたも知っているはずです。あなたの方から言えば良いじゃないですか?
(タローランは地面の一点を見つめて、苛立ちを見せる。グラスは近くの木からりんごをもう一つもぎ取る。)
グラス
サイコセラピーを受けている患者にとって、出来事を自分の口から説明し、感情を表現することは、心の整理をつける助けになるものだ。投影には違いないが、君は君だ。自分の口から言うべきだろう。
タローラン
あなたはつまらない人です。
グラス
私がつまらなくないのは、オフの時だけだ。
(グラスはりんごを齧る。)
タローラン
それは…私の思春期からまだ若い頃についての話でした。財団に拾われるまでは、生き延びるのに苦労しました。大変でした。でも、細かいことを思い出すのは難しいです。ただ、その殆どが自分のやらかしたことだったのを覚えているだけです。
II-1-12
グラス
例えば?
タローラン
それも、思い出すのが難しいですが…経済的に可能なのに引っ越しをしなかったり、仕事が続けられたであろう時に自分を意見を主張しなかったり。そんなことです。
グラス
もしかしたら、例の存在が君の負の感情を食い荒らしているのかもしれない。現時点の君がストレスを解消して十分にここでの時間を楽しめているとすれば、ありえる話かもしれない。つまり、その頃と比べた時にだ。
タローラン
はあ、気に入らない話ですね。こんなに長い間痛めつけられたのがポジティブだったとでも!
グラス
君にとっては、全くもってネガティブな事柄だ。そう ―
タローラン
そうですよ、ええ!ヤマダ、君はまだそこにいるのか?
(タローランはあたりを見渡すが、ヤマダは完全に消失している。)
グラス
あらら。不運なことだ。
タローラン
何…何?まだ思い出せるのに。どうしてここにいないんだ?
グラス
件の存在が、君を見つけつつあるようだね。
(二人は暫く沈黙する。観客は徐々に騒々しくなる。世界は再び形を変える。グラスは空を見上げる。)
II-1-13
グラス
さて…面談はそろそろ終わりだ。ただ一つ聞かせて欲しい。以前、君は財団がいかに恐ろしい所だったか、若年期がいかに辛いものだったかを語ったわけだ。しかし君は、それが自分のせいで無いのに自分のせいにされたことがあったとは言わなかった。逆も然り。違うか?
(タローランは20秒あまり沈黙する。)
グラス
しばしば、悪い出来事は自分のせいでは無いのだということを、君は受け入れていたか?それが本当に君のせいだった時に、それを自覚して受け入れることが出来たか?
(タローランはさらに1分あまり沈黙する。観客は暴れ始める。)
II-1-14
グラス
時々、視点を変えてみれば、自分を、その行動を、より深く知ることが出来る。現実の私は、そこまで君に教える程の時間を持たなかったが、ここに来てようやく君はそれを理解したようだ。
タローラン
私は…
(タローランが立ち上がると共に、物理的な形は徐々に崩れ、燃焼する。体の部位が外れ、タローランは震えながら、驚くグラスを見つめる。)
グラス
次に平和な場所で会えるのはいつになることやら。もしその時が来るとしたら、その途中で君が学んだことをどうか忘れないでくれ。
(観客は例の存在の形に変化し、壇上に押し寄せ、世界は砕け散る。タローランは躊躇いがちに頷き、グラスの方へ手を伸ばす。体は完全に壊れ、光は残らず消え去る。)
(暗転)
(閉幕)
(第2幕・終)
(劇終)