面倒ごとは朝やってきて、面白いことは夜やってくるものだが、どちらでもない頼み事は昼舞い込んでくる。
「失礼します。今仁主任はおられますか?」
木管楽器を思わせる深く美しいテノールボイス。やってきたのは烏匣。外来連絡調整担当室の職員で、日本生類創研にしては珍しい、荒事、実務担当者である。
「え?主任スか?あぁー、今、手が離せないっス。というか当分戻ってこられない感じス」
所謂若者言葉が抜けず、もう矯正するのも面倒ということで言葉遣いが一向に定まらずに返答しているのは、第2次認識生物部次席研究員の木目心像である。
「というか烏匣さんスか。なんか珍しいっスね。何か用事っスよね。ままま、とりあえず中入ってください」
そういわれてしまっては、烏匣もそのまま引き返すわけにはいかず、研究室内に入る。
「いえ、大したことじゃあないんですが…まぁいいです。もしかしたら木目さんの方がいいかもしれないですし、ちょっと失礼します」
冷蔵庫から木目はペットボトルのお茶を出し、まず自分が一杯飲んでからまた自分のコップにお茶を注ぎ、それから烏匣にお茶を差し出した。
「それで、烏匣さんがウチになんの用スか?ぶっちゃけ、今割とキャパ的に余裕があるんで、頼み事なんてホイホイ引き受けるっスよ」
「そうですか…余裕があるのは良いことでしょう。では、とりあえず端的にいうと、そちらで保管している鬼についての資料にアクセスしたいのです」
烏匣は、その匣に隠れて表情の見えない顔で、外来連絡調整担当室とはおよそ関係なさそうな頼み事をした。
「鬼スか?まぁ、ありますけど…一応聴ける範囲で理由、聴いていいっスか?」
木目は若干不審なものを感じているようだ。
烏匣はそれを感じ取りつつ返す。
「ご存じの通り、我々の一派には、鬼の肉体を狙っているところがあるのです。といっても、とりあえず現存する鬼は如月工務店の連中だけですから、平たく言うと如月を追いかけている、いや、追いかけていたグループですね。ですが、最近別なアプローチをとりたいということで、伝説上の生き物を扱うあなたたち第2次認識生物部なら、なにか持っているんじゃないかと」
「そういうことっスか。まぁ、別にいいっスけどね」
ゴクゴクとお茶を飲み、ちょっと思案してから木目が尋ねる。
「でも一つ気になるのは、なんでお願いしに来たのが烏匣さんなんスか?その一派とやらが来るのが、一応スジってもんじゃないスか」
「…まぁ、それはそうなのですが、私もその、「個人的に」如月について、鬼について興味関心がありますので、積極的に鬼関連の任務についているのです」
木目は手をポンと叩き、ちょっとニヤつきながらいう。
「あぁ、「私的利用」スか。烏匣さん、謎な人間だと思ってたんスけど、意外とフツーの人間ぽいこというんスね」
烏匣は、表情が見えないことをいいことに、淡々と答える
「えぇ、私的利用。そうとられても仕方ない依頼です。あまり推奨されない行為ではありますが」
さえぎって木目はいう。
「いいんスいいんス。大丈夫ス。取りあえずそういう理由だってことだけわかってりゃOKス。「私的利用」をマジで咎め始めたら、多分ウチが今仁さんの執着の私的利用だっていわれかねないっスからね。…いや、ここ笑うとこスよ?」
確かに、第2次認識生物部の今仁主任はよく「執念」の人だと言われる。この部自体が彼の「執念」を達成するための部だというのも、その通りだが、それを仮にも次席の研究員が言うのはどうなのか。
「とりあえず、蒐集した伝承やら伝説やらのデータは全部テキスト書き起こして、音声と画像付けてサーバーにしまってあるんスけど、そこのアクセス権、烏匣さんをゲストでログインできるようにしておきます。これで、所内の端末ならどこからでもアクセス可能っス。ただ、一応セキュリティ問題もあるので、ローカルに保存するのだけはやめておいて欲しいっスね…あ、もうアクセスできるように設定したっス。いつでもどうぞ」
「こんなに素早く、申し訳ないです。」
「いや、いいんスいいんス。どうせ今主任がダメになってるんで、俺、暇スから」
そういった木目は、自分で言ってから何かに気づいたように一瞬黙る。
そして
「あっ、そうか。烏匣さん、折角なんで、俺も鬼調査、手伝いますよ」
暇だからとはいえ、「私的利用」の為に本来無関係の研究員の手を煩わせてしまうことや、それ以上にあまりこの件に深入りされることは良くないと烏匣は考える。
「いや、それはありがたいですが…本当にそんなことしてよろしいのですか?」
やんわりと断りの意味を込めて烏匣はいうのだが、木目はあまり気にしていないようだった。
「いいじゃないスか。その代わり、これは烏匣さんと俺の秘密作戦ス。それに、多分烏匣さんが取る方法とは別アプローチでやってみるっス。そのほうが、烏匣さんにとっても都合がいいっスよね?」
ここで下手に断ったりすると面倒かもしれないし、あくまで「秘密」と言っていて、協力してくれるならそれもいいかと考え、烏匣はこの提案を受けることにした。
「では、お言葉に甘えまして、ご協力いただくことにします…ただ、一つ気になっているのですが、先ほどから「主任が今ダメ」とおっしゃりますが、その…今仁主任は今どうなっているのですか?」
「今仁さんはこないだ無意識の世界に飛び立ってまだ戻って来ないっス。いや、別にトリップしてるとかじゃなくて、フツーに研究の一環ス。詳しいことはまだ言えないんスけど、こないだ開発した装置が当たった感じス。今年の研究報告、楽しみにしてほしいスね」
第2次認識生物部は一体何をやっているのだろうか。烏匣は一抹の不安を覚えたが、そこに首を突っ込むのは自分の料分ではないと思い、期待してますね、と流すだけにしておいた。
この巨大な鉄とコンクリートの都市に、一体どれだけ、我らが生産した鉄が使われているのだろうか。この都市は悠久に持つことはないだろうが、この摩天楼の文字通り土台になった人々は、繁栄の礎となっているだろう。
丁度、新しい建築の話がまとまった後だ。非常に気持ちのいい昼下がりとなった。
今度の建築ではどの技法を使おうか、あの手法を使えばより効率的だろうか、そんなことが頭の中を駆け回る。そのように考え事をしていたせいか、珍しく人とぶつかってしまった。
「おぉ、これは失礼したしました」
浅ましい人の世では、大抵こういう時には舌打やら罵倒やら、良くて無視されるのだが、ぶつかった相手はそのどれでもなく、話しかけてきた。
「あなた、大竹さんスよね?如月工務店の」
ぶつかってきたその男ー若者と言っていい年代だろうーの顔をみる。客だっただろうか、いや記憶にない。
ということは我々と「同業者」か?襟元のバッチに目をやる。赤地に二重螺旋。
「貴様、ニッソか。ワシになんのようだ」
「おぉ、こわ。大竹って爺さんは短気だから殺されないように気を付けろって言われたんスけど、これマジっスね」
軽薄な話し方に寒気さえ覚える。不愉快極まりない
「どけ。貴様らに用はない。どかねばどうなるか、わかっておるだろう?」
「まっさかぁ。街中で何かやらかしたらお互い危ない身の上じゃないっスか。人混みで会うってことは、とりあえず今は危害を加えるつもりはないってアピールに決まってるじゃないスか」
ヘラヘラした態度をとりつつも、交渉事をするつもりであることを示している。ここで一方的にこの軽薄な若者をどうにかすれば、面倒をこうむるのは確かに自分たちか。だが、それを認めては下手に出ることになる。
「だからなんだ。人一人ぐらいどうにかしてから立ち去ることぐらい、ワシにはできるぞ」
「まぁ、そういわずに話だけでも聞いて欲しいっス。大竹さん、これはあなたたちにとってだって悪い話じゃあないと思うんスよ」
目的だけは聞いておこう。上手く立ち回れば情報を引き出せるかもしれない。
「いってみろ」
若者は、ニンマリと笑って言った。
「「鬼」の頂点に君臨した酒呑童子を再創造するんス」
酒呑童子。今から約1000年前に武士によって滅ぼされた伝説の「鬼」。
人々を恐怖のどん底に突き落とした希代の英雄を再構成すると?それをワシらにわざわざ伝えにくる?一体どういう了見なのか。
「この件だけ、手ぇ組みませんかね、大竹さん?我々第2次認識生物部と」
そのうえでワシらに協力を要請する?この若者の思考回路がわからない。
しかし同時に、正直なところ、「酒呑童子」の名を出されると、少しだけこの若者のいうことに興味が出てきた。
「あ、その感じ、これ話聞いてくれるタイプのやつですね。興味アリって事スね。じゃ、とりあえず話せるとこいきましょうよ。あー、この辺にスタバあったから、スタバ行きましょう大竹さん。てか、大竹さんてスタバ行ったことあります?」
なぜスターバックスにワシが行ったことがないと思っているのか。
なぜスターバックスなのか。
見た目以上にワシとこの若者の相性は悪いようだ。
スターバックスのテラス席
老人
若者
お茶
呪文のような派手な飲物
写真をとり、ゴクゴクと飲み物を飲む若者からは、やはり軽薄さがにじみ出ておりどうしても嫌悪感がある。
いつまでも本題に入らないので、こちらから話を進めることにした。
「で、貴様らはなぜ酒吞童子を蘇生すると?理由と方法を答えろ」
スマホをしまい、若者はようやくこちらに向き直った。
「っはぁ~高圧的!マジ商売向いて無くないっスか。まぁいいっス。とりあえず、改めて自己紹介っスね。俺は、日本生類創研の第2次認識生物部次席、木目心像ス。第2次認識生物部ってのは、わりと最近できた部署なんスけど、平たく言うと、伝説上の生物とか、言い伝えに出てくる生物を研究したり、作り出したり、解剖したりする部署なんス」
第2次認識生物部。そのような部署が新設されたという情報はつかんでいなかった。
「ほう、つまり、古の絵巻や物語に伝わる酒吞童子を再現しよう、そのために儂らをどうにかしよう、という魂胆か」
「まぁ、どうにかしようとは思わないっスけど、それに近いことを考えてはいる感じス」
そしてこの木目という若者は、その軽薄さにたがわず、口が軽いようだ。となれば、話をうまく運べば情報を得ることができそうだ。利用価値がある。
「なら勝手にやればよかろう。どうせ貴様らに酒吞童子をどうこうすることはできぬ。ましてや、直接ワシらに取り入ろうなどとは笑止千万。やはり時間の無駄だったようだな」
「いや~、でもねぇ、これはアンタたちにとっても絶対に悪い取引じゃないと思うんスよね~」
やはりそうだ。ここで「なぜ悪い取引ではないか」を説明させられれば、また1つ有益な情報を得ることができる。なんと浅い、簡単な駆け引きだろうか。
「帰る」
「本当に、いいんスか?」
若者は、儂の目を見て、そして軽薄に、思いもよらないことを言った。
「あんたたち、如月工務店は、本質的には「鬼」じゃない。違うっスか?」
思考がとまる。
「俺たちだってバカじゃないっス。さっき俺、言いましたよね?『第2次認識生物部は伝説上の生物を創る』って。伝説で語られる「鬼」という生物種と、あんたたち如月工務店は生物学的に全く異なる生物、スよね?」
なぜこの若者がそれを知ったのか。情報の出所はどこなのか。
「アンタたちは、その出自はそれぞれなんでしょうけど、本質的には「ヒト」に近い存在ス。各地に残る神話や伝承そして歴史学の最新の成果によれば、大和政権、いわゆる神武天皇の政治勢力に従わない連中がこの日本列島各地に存在してたはずっス」
聴いてもいないのに、若者は説明をはじめる。
「俺たちは、といっても第2次認識生物部だけスけど、神武天皇ってのは強力な現実改変能力者だったと想定してるっス。そして、それと戦えた部族の長たちもまた、強力な、しかし神武には及ばない程度の現実改変能力者だったはずス。その神武に従わない民は恐らく、領土を奪われた後逃げ、山林に潜み生きてきた。神武に従った連中は、中には裏切り者もいたかもしれないっスけど、そいつらが光の中で生きる間、従わない民は闇の中に生き、暗闇に潜んで耐えていたんスねぇ」
「そして、その古代の山林には生物種として根本的にヒトとは異なる「鬼」が生きていた」
なるほど。「伝説上の生物を創る」ために、古代の歴史や民俗を調べたのか。その過程で我らのことを調べ上げ、そしてその情報をもとにして生物を作ろうというのか。まさしく、墓荒らしだ。
若者はまだ続ける。
「まつろわぬ民は「鬼」に従い、場合によっては「鬼」と混血し、強靭な肉体と能力を受け継いでいったんスよね?しかし、理由は不明スけど、生物種としての「鬼」は最強と謳われた酒吞童子とその部下、いわゆる四天王を源頼光に討たれて以来、消滅してしまった…まぁ、調べた感じ、頼光も相当な超越的な存在だったんじゃないかと思うスけど…まぁこれが第2次認識生物部の見立てス」
「いずれにせよ、アンタたち如月の一派は、本質的には「鬼」じゃない。生物種としての「鬼」は絶滅してしまい、まさに神話と伝説の中に消えてしまった。そしてアンタたちはまた、暗闇の中に生きることになった」
若者はだんだん興奮してきたのか、少しづつ早口になりながら説明を続ける。
「そこで、俺たちの出番ス。これまで収集したデータをもとに、酒吞童子を再構成…分かりやすく言えば蘇生するってのが俺たちのやりたい事ス。とはいっても、データが伝聞だとか言い伝えとかだけだと、どうしても精度が高くない。再構成できたとしても超ザコしか創れないス。でも、データの精度を上げていけば、限りなく当時のモノに近い酒吞童子を再構成できるはずス。だから、大竹さん。あんたに接触したってわけス。あんたたちに酒吞童子のデータをなんでもいいっスから、貸して欲しいんス」
「再構成できた時には、それはそれで使い道はウチにはないんで、各種データ取らせてもらったら、アンタたちに酒吞童子は差し上げますわ。アンタたちから取り出したデータでアンタたちのシンボルともいえる存在を創る。これ、ベストじゃないスかね。いや、これは絶対乗るべきス」
若者はふぅ、と一息ついた。どうやら、ワシに話したかった内容はこれで終わりのようだ。
こやつのいうことをまとめれば、酒吞童子を再構成するための情報提供と、見返りとしての成果物の引き渡し、ということになろう。
「貴様のいう「データ」とは何を指す?まさか、そのために我らの体を差し出せなどとはいうまいな?」
「あぁ、別に俺たちは肉体のデータに固執してないっス。だから…そうスねぇ…情報が欲しいス。一般の歴史には伝わっていないエピソードとか、行動パターンとか、食べ物の好き嫌いから口癖まで。そういう細かいデータが細部に宿るはずっス。あ、もし当時からの生存者がいたらめっちゃ助かりますねぇ!チョクに脳をスキャンさせてもらうと一番効率いいっス」
なるほど。こやつらは情報から肉体を構成する技術を開発したということだろうか。いつぞや我々に襲撃を仕掛けてきた奴らとは別な派閥と見てよいだろう。
しかし、やはり違和感があるのは、利益と代償の差だ。
享受する利益に対して、我らが支払う代償があまりにも軽い。死した者を蘇らせるという「心理的な嫌悪感をのぞけば」こやつの言う通り、「乗る」べきなのかもしれない。
今でさえ、酩酊から抜け出したとはいうものの、我が日の本に土足で入っているいくつかの組織や、こやつらのような贋作者、我らの技術の簒奪者が跳梁跋扈しており、我らが自由に「永遠」を残すことはできてはいない。暗闇とは言わないまでも、夕闇に押し込まれているようなものだ。
そこに、「鬼」を、酒吞童子を蘇らせ、戦う力を得られ、我らの誇りを取り戻せたなら、我らはまた日の下を歩むことができるのではないか。それだけの可能性がこの若者のいう計画には含まれているはずだ。
ならばこそ、ワシは聞かねばならぬ。この若者が受け取る利益と、その意味を。
これだけではあまりにも我らに都合がよすぎる。
「それで、貴様らはそうまでしてなぜ酒吞童子を再構成しようとするのだ?貴様らに利が無さ過ぎるだろう」
若者は心底困ったような顔をした。
「理由スか。それ聞かれんの一番困るんスけどね」
うーん、と若者は考えを巡らせ、答える。
「まぁ、まずはウチのある人の頼みス。鬼に関する情報を得たいっていうんスね。だから、じゃあ折角なら研究の実用化がてら酒吞童子を再構成したいなっていう気持ちス」
「ほう。つまり、頼まれたから、危険を顧みずに儂に接触し、酒吞童子を蘇らせる、というわけだな。実に、「人の好い」人であることよ」
「でも、マジの本音をいうと、俺は鬼、喰ってみたいんス」
今、なんと?
ワシでさえ全く予想できない言葉がでてきた。
何を言っているのか?
鬼が人を喰らうのではなく、人が鬼を喰らう?
「大竹さん、知ってるスか?古代の戦士は、倒した猛獣や敵の戦士を喰ってたんス。そうすることでその猛獣や戦士を征服し、その力を手に入れられる。そういう信仰があったんスね」
「生物学的に考えれば、生命活動の維持に食事は必要なだけス。それ以上でも以下でもないスね。でも、恐らく人類だけが、その生命維持のために必要な行為に「意味」を見出してるんス。俺は、それこそが「ヒト」という種族のめちゃ面白いところだと思うんスよね」
「だから、俺は鬼を創りだし、自分の手で捌き、喰うんス。それが、鬼史上最強の酒吞童子なら超いいじゃないスか!多分世界で初めて俺が酒吞童子を喰うんスよ!これ、超ロマンだと思うんスよね!さっきの例でいうなら、喰うことで俺は真の意味で酒吞童子を超え、その力を手に入れられるんス!」
「俺が第2次認識生物部に所属する理由もソレなんス。日本の伝承や神話だと、八岐大蛇とか喰いたいんスよね。あとは…神様とかも最終的には喰いたいっス。誰も見たことない生物を生み出し、喰って、それらを征服し、力を継承する。こうしてあらゆる生物を喰いつくした時、きっと俺は史上最強の個体になれる。そう信じてるス」
「なんで酒吞童子を再構成したいかっていう理由ス。ほら、俺の理由は答えたっスよ。協力頼むス」
鬼は人を喰らう。人は鬼に喰われる。これは節理だ。
牛が草を食い、草が牛を食うことがないように。
鳥が魚を食い、魚が鳥を食うことがないように。
こやつは、その節理を捻じ曲げようとしている。
人の分をわきまえず、それに逆らう。
やはりこやつらは
己の利益のために、己の欲のために墓をあらし、ツギハギの偽物を生み出していたあの頃から何も変わらぬ。
「小童が!貴様らは、墓荒らしの見世物屋だ。その中でも貴様は最も愚劣でおぞましい生き物だ!!儂らは「鬼」だ。「鬼」に横道は無し!街中だろうが構わん、ここで貴様は殺す」
ワシは椅子をけって立ち上がり、小童の首に手を伸ばす。
小童は立ち上がり、身をかわした。
そして
「交渉決裂は想像もできなかったっス。でもまぁ、今回はこれで引くっスから、気が変わったらそこの名刺の連絡先に連絡よろしくス」
そういうと小童はパチン、と手をたたき、そして消えた。
ニッソの遁走術か。追いきれぬ。
「取り逃がしたか…」
机のうえに残された飲物と「第2次認識生物部次席研究員 木目心像」と書かれている名刺を見る
「おぞましい人間もいたものだ…まさか鬼をもてあそぶだけではなく、喰らおうとは」
大竹は少しだけ残っていたお茶を一気に飲み干した
「烏匣さん、例の「鬼」の件なんスけど」
訓練から戻った烏匣は、木目に呼び止められた。
「すげーいい方法思いついて、試そうとしたんスけど、まぁ失敗しました。すません。なんで、地道に調べていくしかないス」
意外と律儀に時間を割いて頼み事を手伝ってくれているとは、ありがたいと烏匣は思う。言葉遣いはめちゃくちゃで、軽薄な男に見えるが、意外と根は真面目でいい人なのかもしれない。ついでに、意外と扱いやすいタイプの人かもしれない。
「そうですか。以前お話しした一派も最近は別なことに力を入れているようですし、急がずちょっとずつやっていきましょう」
「いやー烏匣さん、優しくって助かるスねぇ~。あ、そうだ。烏匣さん、今度メシ、どうスか?俺、こないだめちゃいいとこ見つけたんスよ」
「ほう。どこでしょう。私は大抵食堂と、たまにUFOラーメンで済ましてしまうので、外食事情に疎いのです」
「新宿にある店、ワニの素揚げとか、サソリの唐揚げとかあるんスよ。強い生物、ちょっと喰ってみません?」
軽薄そうな感じで、人が良く、真面目で、ゲテモノ好き。
あぁ、やっぱりこの人も我らが日本生類創研の研究員だった。
「…いえ、今回は遠慮しておきましょう。代わりといってはなんですが、今日はUFOラーメンを食べようと思っていたので、お昼、一緒に行きませんか?」
「あざます!!やっぱメシは生命の基本スからね!いいもの喰って、強くなりましょう!」