クレジット
タイトル: 体には気をつけて、グリーン
著者: ©︎OthellotheCat
翻訳: Aoicha
査読協力: YS_GPCR
原記事: Eat Your Greenes
作成年: 2018
軍事仕様の財団の輸送車がサイト01に入ってきた。装甲を身につけた重装備の護衛達が中からどっと流れ出る。彼らの黒い制服は、護衛対象の煌めくローズゴールド色のドレスと鮮やかな対比をなしていた。彼女は背が高かった。ほとんどの護衛達より背が高かった。胡散臭い組織のトラックの後ろではなく、ランウェイを歩いているように見える。素晴らしい見た目とは裏腹に、彼女の顔は醜く歪み、怒りに満ちていた。
彼女は正面玄関に踏み込んだ。そして、どんな人物よりも毛嫌いしている女性と会うために、護衛達を見下すように押し退けた。ドアを力任せに開け、自分がどう見えているかを気にも留めず、ロビーを見渡した。
「メスムルは一体どこなのよ!?」
あらん限りの大声で彼女は叫んだ。
護衛達が彼女を制止しようと位置に戻ると、反対側の壁にあるエレベーターから音が鳴り、扉が開いた。背が高く、がっちりとした女性の姿が明らかになる。肌は黒く、巻いた髪が後ろで緩く束ねられていた。彼女の左には、いくつかのファイルを抱えた背の低い少女がいた。20歳は超えていないように見える。髪はまるで藁のようで、ヨーロッパ人の特徴を色濃く有していた。隣の権力者の女性とは正反対のように感じられたが、彼女は女性の傍で落ち着いているように見えた。
一流ファッションモデルはマニキュアの塗られた鋭い指で、黒人女性をなじるように指さした。
「私たちは今すぐ早急に話す必要があるのよ!」
メスムル博士はため息をつき、エレベーターから下りた。腕の中の書類をきつく握り締めたまま、小柄な少女が後をついて行く。少女はつま先立ちになり、メスムル博士に何かを囁いた。博士はそれに応えて頷いた。少女は感情を表に出さずに任務についているものの、彼女の表情は微妙な恐怖を含んだものへと変わった。
「そうですね。貴方は私と話がしたいと強くお望みでしたよね。これが私が貴方に車を手配した理由です。」
平坦な声でメスムル博士は言った。
「話を続ける前に、今回はどんな名前と代名詞がお好みで?」
モデルの顔が緩み、野性的な笑みを浮かべたかと思えば、すぐに狼狽えたような笑い声をあげた。
「野暮な質問ね。」
メスムル博士は眉をつりあげた。
「ですが、私は貴方の名前を知っているとは言えません。」
「デジレー。ディディと呼んでちょうだい。」
メスムル博士は無表情のままだった。
「素敵な名前。私が20代で抱えていたような実存的危機を、あなたはその年になっても楽しめているようで何よりです。」
ディディは咳き込んだかのような笑い声を短く漏らした。
メスムル博士は護衛達に身振り手振りで伝えた。
「彼女は私が連れていくわ。貴方達は解散して。」
ディディを取り巻く護衛達の側近は、部下達を下がらせ、彼女の側に踏み出した。 ディディは憤慨し、ドレスを真っ直ぐに整えた後、メスムル博士に向かって歩いて行った。彼女の踵がリノリウムのタイルを叩く。
「その子は?」
ディディは尋ねた。
「助手です。」
メスムル博士は答えた。
ディディは少女を見下ろした。
「名前はある?」
少女が口を開こうとするが、メスムル博士はそれを遮った。
「ええ。でも貴方が知る必要はありません。手短に終わらせましょう。」
ディディはメスムル博士を見つめ、少女に向き直った。少女はディディから後ずさり、上司の後ろに隠れようとした。この少女をどこかで見たことがある…彼女はそう感じた。きっと過去の体か何かで少女と寝たことがあったのだろう。何かを思い出す努力をしたくなかったため、ディディは思考を放棄した。メスムル博士のオフィスでの会話の方が他人の名前よりも重要だったのだ。
助手が最後に部屋に入り、3人の後ろのドアを注意深く閉めた。メスムル博士は、前の世紀から使用していた快適な回転式オフィスチェアに座り、ディディはしぶしぶ机の前の安価な金属製の椅子に座った。メスムル博士の助手は急いで上司の隣に行き、机の上にファイルを置くと、博士の後ろに立った。助手はディディを一瞥した。ディディは彼女をあざ笑った。
「ブテオ・スーツの件で?」
机の上に手を置き、メスムル博士は言った。
「私が折角金を払ったものを貴方が用意してくれなかったからよ。」
ディディは言った。
「貴方とピョンヤン—」
「やめてくださいますか?スーユンさんはマーシャル・カーター&ダークに資金を投入するよう説得して、私を助けてくれた。」
メスムル博士は要求した。
「やめないわよ。貴方が私に嘘をついたから!」
助手は顔を歪めた。観察力のある人間ならメスムル博士の手が震えているのが見えるだろう。
「私の要求はひとつよ。それが本物のように感じられる時だけ契約すると言ったわ!」
ディディは嘆いた。
「貴方の優先順位は不可欠とは見なされていません。他の要素と比較すると—」
「1番肝心なところでしょう!」
ディディは息を切らし、音を立てて机を叩いた。拳がさらにきつく握り締められていく。彼女の憎らしげな視線が、メスムル博士の冷たく無感情な視線と絡み合った。もしディディが静脈を持っていたら、膨張していただろう。
メスムル博士は咳払いをした。
「ええ。あなたの言葉を正確に引用すれば、ブテオ・スーツの美的側面を扱いたかっただけ。まるで本物の人間のようで、感度ダイヤルと外見を変化させる機能もよくできています。良い仕事です。」
ディディは睨み続けている。
「私が理解できないのは、貴方が欲しいものを手に入れたというのに、どうして私が嘘をついたと主張するのかということです。」
ディディは拳を握り締め、机に叩きつけた。喉から声を出し、彼女は吠えた。
「どうしてヤっちゃいけないの!?」
メスムル博士は薄ら笑いを浮かべた。ついに彼女が感情の片鱗を見せたのだ。
「することはできます。ただ、医師の許可が必要です。ドーパミン限界値を超えるのは良くないことです。」
「そもそもどうしてドーパミン限界値なんてものがあるの?なにか利点はあるの!?」
「ええ、非常に多くの技術的進歩と魔法的なアノマリーを1つの製品に組み合わせた場合、何かを諦めなくてはなりません。カスタマイズ可能な外観、耐久性、脳の快適な収容……ちょっとした幸福は、こういったより高いクオリティーの人生のためならば、価値ある犠牲と言えるでしょう。」
メスムル博士は説明した。
「馬鹿馬鹿しい、あなたがなぜこんなことをしたのかわかってるわ。ロイヤル・ホテルでこのことを話し合ったときから、あなたは私のことが嫌いだったのね。隠れてこそこそ、アンダーソンやMCD…私達のライバルと良くやって、取引していた。」
メスムル博士は手で口を覆い、ディディが怒るさまを見て楽しんでいたという事実を隠そうとした。彼女は、このように幸せにふけるのは良くないということを知っていたが、それは少し価値があるとも感じていた。
「信頼するより先に知っておくべきだったわ。『バイオレット・メスムル博士』…くだらないスパイ映画の悪役みたいな名前ね。」
「貴方は立派なスパイだと私は思っていたのですがね。自惚れるのは良くないですよ、ディディ。」
メスムル博士は手を下げながら言った。依然として笑みを浮かべたままだ。
「貴方はヒーローではありません。貴方は人々から脳をすくい出すために外に出て、その死体とセックスしている、そんな人だ。」
ディディの表情が野性的な笑みに変貌した。
「貴方もその死体だったのよ、忘れないで。貴方が望むなら、私はヤングにやったみたいに、簡単にその体がどこから来たのか見つけることができる。」
メスムル博士の笑みは消えた。
「体の本来の持ち主ならもう見つけました。ブテオスーツを手に入れたとき、私はプロメテウスから以前に購入したものを調べ、貴方が彼女の脳を捨てた場所を見つけるために人を送り込みました。私も彼女にスーツを与えるつもりでしたが…彼女の脳は腐りきっていました。互換性はありませんでした。」
「貴方だって私と同じように人の体を奪ったのよ。貴方が体を注文したから、彼女は今腐った灰白質の塊になってる。だから貴方も自分がヒーローだなんて思わないことね。」
ディディはメスムル博士に伝えた。
「そして今、貴方は彼らを幸せになれない体に縛り付けることによって、更に多くの命を台無しにしている。全部貴方のケチ臭い思考のせいよ。」
メスムル博士は前に乗り出した。目は真剣味を帯びている。
「ケチだからやった訳ではありませんよ、ディディ。ふたつの理由があります。ひとつ、人々は出来る限り早く代わりを欲している。完璧でなくとも。」
「で、ふたつめは?」
メスムル博士の眉は怒りで歪んだ。
「貴方のビジネスを利用している人々は、既に十分な量の幸福を他人から奪ったからです。貴方は無実な男性を、女性を、子供を狩った。ベッドの中で新しい体験ができる、ただそれだけの理由で。」
ディディは椅子にもたれかかり、目を芝居がかったように動かした。
「だから貴方は私にはケチなのね。そしてそれを正当に見せかけようとしている。倫理委員会の決定がどれだけそんな風に正当化されたのかしらねぇ。」
「違います。貴方は自分のビジネスがもう終わりになるのをもう認めなくてはいけない段階に来ています。人々は脳移植よりもブテオスーツを望んでいます。スーツは便利で、腐りません。もっと多くのことができるようになります。貴方が不死のビジネスで儲けられるのももう終わりです。」
メスムル博士はディディに伝えた。
少しの間、メスムル博士とディディは静寂のうちに座っていた。助手も同じように立っており、話に割って入るのを躊躇していた。ディディとメスムル博士の間にいると、誰がより疲れているのかを理解するのは困難なことだった。
「そうね…私の時間を無駄にしただけだったわ。貴方はスーツの改良を断った…私の一番の関心はそれだから……たくさん鎮静剤を飲んで、数日前に招待された乱交に行けるよう医者の診断書を偽造できないか試してみるわ。」
「良い一日を、ディディ。」
「失せろ、クソ女。」
ドアを開け、ディディは吐き捨てた。
去り際にディディはちらりと振り返った。彼女と助手は互いに顔を見つめあった。
「私、貴方には見覚えがあるわ。どこかで会ったことない?」
助手は頭を横に振った。ディディは溜息をつき、肩を竦めて出ていった。ドアが閉まった瞬間、メスムル博士は後ろのポケットに急いで手を伸ばした。数錠の鎮静剤を掴むと、それらを口に放り込み、飲み込んだ。ゆっくりと息を吐くと、彼女は椅子に戻り、座った。
「もっと長引いていたら過剰摂取になるところだったわ。あんな風に爆発してしまってごめんね、ミラ。」
助手は疲れた様子で笑い、返事をした。
「問題ありません。彼らは貴方が言ったすべての言葉に形容されるに値しますから。」
メスムル博士は机の上のファイルを拾い上げ、最後にそれらをパラパラとめくった。それは男性、女性、子供のリストで、その全員がプロメテウスに体を奪うために誘拐されていた。このリストにはグリーンがその変態的な行為のために利用した28人の人々全員が含まれており、メスムルは彼らを突き止める必要があった。少なくとも、彼女はすでにその1人を雇っていたので、残りは27人だった。
グリーンは終わった。グリーン自身がまだそれを知らないだけだ。それが自分を蝕んでいることを知っていたにもかかわらず、その考えは彼女を幸せにした。