食われる者と食らう者
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人々のために死ぬ事も、人々のために生きる事も、俺には結局できなかった。

できたのは時を浪費して迫り来る終末を見る事のみだ。

神よ、見ているのなら教えてくれ。

これで全てが終わるのなら、俺はどうして━━




男はゆっくりと目を開いた。陽の光が差さない部屋は深い闇に包まれている。男は見ていた夢を思い出しながらしばらくそのまま暗闇を見つめた。夢はもはやひどく遠く、その中の情動がもたらすものは何も無い。先程までの思い詰めた自分が何を思っていたのかも分からない。けれど穏やかな気分だった。目の前に広がっているのは何も見えず物音も立たない、擬似的な無に満たされた空間。この空間にいる限り何かが起こることは無いと、男は根拠無くそう思った。部屋を覆い隠す沈黙と暗闇がある意味で男を外の世界から守っていた。

身を起こすと衣摺れの音が確かに響き、破られた静寂は違う形に組み直された。呼応するように機械のファンが回り始め、コンピュータがスリープモードを解除する。沈黙と暗闇の帷は消え去り、男は明かりの灯る管制室に立ち上がった。

「お目覚めですか、マスター」

流暢な、しかし合成された響きを含む声が最寄りのコンピュータのスピーカーから発せられた。慣れ親しんだその声に男はまだ重い頭を押さえながら呼びかけた。

「ネツァク」

「はい。前回就寝時から四時間二十六分が経過しています。現在時刻は20:56です」

名前を呼ばれたAIアシスタントは無感情な声で求められた答えを返した。この事務的で有能な仲間とも随分と上手く意思疎通ができるようになったものだと思いながら、男は何度も繰り返したように命令を伝えた。

「モニターに月面の観測映像を」

「了解しました。正面モニターに本サイトからの直接観測映像を投影します」

SCP-1941が異常増殖を開始してからわずか八日。増殖した機械群による諸影響の危険性が提言され、NK-クラス『グレイ・グー』シナリオ━━増殖物体による世界終焉シナリオが宣言されてから一週間。男はただ一人、無人のサイトの管制室に籠っていた。迫る脅威に対処するため、外宇宙支部の地上拠点たるこのサイトは全ての人員と物資を宇宙に飛ばした。けれど男はそこに加わる事ができなかった。基本的に誰かが宇宙に飛び立つためには地上からのサポートが要る。全ての人員を飛ばすとなれば、地上と宇宙を繋ぐ連絡員はどうしても必要だったのだ。男は悔しい気持ちを呑み込んで、一機のAIアシスタントと共に月へと向かう仲間を見送った。

部屋前面の巨大モニターに映る月を見上げながら、男はそんな事を思い返した。あれからまだたったの八日しか経っていない。だと言うのに、モニターに映る月はもはや灰色の塊だ。蠢く輪郭を複雑に隆起させながら球体の形を崩す様を見ていると、月面サイトがあの機械群に食われる光景が脳裏に浮かんだ。

映像の中で、地平線の向こうから現れたSCP-1941群は前進を続ける間にも次々と地面から生まれ数を増やし、月面サイトに襲い掛かった。防衛設備によって破壊された個体を更に自らの手で粉々にし、パーツを取り込み、前進しながら地面を削って自らの分身を作り出す。防壁は容易に破壊され、あるいは破壊されないままに機械の部品やあるいはSCP-1941そのものと化した。脱出艇が飛び立つと機械群は連なって高度を稼ぎ、瞬く間にそれに追いつき捕らえてしまう。程なくして脱出艇は内部から破れ、まだ中身の入った宇宙服の欠片を取り込みながら複数の機械に姿を変えた。

映像を送ってきた同僚によると、現実改変を利用した増殖が行われているという話だった。取り込んだ物体を、そして取り込む前の物体さえも現実改変によって自らの機体に再構成する、どこまでも増殖するための改変能力。

月面サイトから宇宙ステーションへ、そしてそこからこのサイトへ。どうにか届けられた最後の映像はSCP-1941に飲み込まれる寸前のものだった。その光景は食っているとしか言い表せない。奴らは目の前の物を掘削機構で削り、抉る。対象物の内部から生まれ出る個体ですらも咀嚼するように機体を歪めながら物体を食い破って現れる。そして後に残る物は食らった分だけ数を増すSCP-1941の機体だけ。そう経たない内に機械群は流星のように降り注ぎ、地上を飲み込み始めるだろう。家々は粉々に破壊され、瓦礫は材質すら変化させて機械となり、人を、大地を、無数の掘削機構で飲み込んで━━

「どうしました、マスター?」

男はネツァクの声に我に返った。額には脂汗が浮かび、心臓が激しく脈打っている。視界の大部分を覆うモニターには輪郭を大きく波打たせる月の姿。男はゆっくりと深呼吸をした。機械の高波が地球を襲うのはまだ先なのだと自分自身に言い聞かせて。

「どうもしないさ」

想像から逃げ出すように最寄りのモニターに歩み寄り、通信機器の履歴をチェックした。ログは無い。どこからも通信は来ていない。当たり前だ。既に通信は途絶していて、宇宙にも地上にも通信が繋がることはない。月から発せられる妨害電波と未知の通信妨害はそれほどまでに強力だ。男は思わず歯軋りをした。通信手段を奪われた連絡員など何の役にも立ちはしない。人類の危機に何もできないという事実に苛立ちが募った。

「ネツァク、戦況はどうなんだ」

「不明です」

男は何も言わず、部屋前面のモニターを眺めた。事ここに至ってモニターに映る蠢く灰色の塊こそが未来の地球の姿なのだと分かっていない訳ではない。ただ、可能性に縋りたかった。人類に未来はあるのだと信じたかった。たとえ僅かでも何かが残ってくれればいいと思った。そうでなくては人類の歩みに意味が無い。生命が生きた三十六億年はここで消え去るためにあったなどと誰が信じたいだろう。

沈黙した男に、ネツァクは躊躇いがちに呼びかけた。

「そろそろ前線の宇宙ステーションが上空を通ります。向こうもカメラをこちらに向けるはずですし、可視光モールスで激励の言葉でも送ってみますか?」

「そりゃいい。是非やってくれ」

ネツァクの言葉に男は笑みを浮かべて答えた。気分を紛らわすにはいい案だった。

「了解しました」

数分後、カメラが大きくズームして上空を飛ぶ宇宙ステーションを捉えた。男はそれを確認してモールス用レーザー光を点灯させ、返答がモニターに映るのを待った。だが、いくら待てども返事の光は映らない。男は訝しんだ。返答のモールスは普通なら遅くとも数分で返ってくるはずだ。それもできないほどにステーションは疲弊しているのだろうか。考えている間に画面が引き、最初の倍率へと戻った。

「どうしたネツァク。これじゃ返事が見えないぞ」

「……おそらく返事など来ないでしょう」

なぜと男が尋ねる間も無くネツァクは再び画面をズームした。しかしそこにはただ黒い宇宙空間が広がっているのみだ。見ているうちに、画面中央に突如赤い光点が発生した。

「これは……何をしたんだ?」

「先ほどのレーザー光を照射しました。基本的には障害物に当たるまで不可視であるはずですが」

けれど実際には光点となって見えている。存在している見えない障害物に男は即座に思い当たった。

「SCP-1941……じゃあさっきのステーションは」

「はい。ある種の光学迷彩です。どの時点からかは分かりませんが、SCP-1941は自らの機体をスクリーンとして地上に向けて映像を投影していたようです。既に地球は完全に覆われていると見るべきかと」

「……そうか」

ネツァクは敢えてなのか言及しなかったが、宇宙で戦っていた仲間たちは既に残っていないのだろう。一足飛びに知らされた現実はあまりにも暴力的に男の心にのしかかった。役割は無く、望みも潰えた。もはや滅びを逃れる手段は無い。人類の歩みは、地球の歴史はここで終わる。嘆きの言葉を口にしようとしたまさにその時、モニター全体が繰り返し激しく発光した。突然の光に目が眩み、男は思わずたたらを踏んだ。

「何だ!?」

「SCP-1941群が発光しています」

「明度を下げてくれ」

モニターの明度を相当に下げてようやく男は目を開けることができた。見れば確かに全天が、SCP-1941全てが同時に発光していた。男はそれを観察し、ネツァクはそれを分析した。当然ながら先に気づいたのはネツァクだった。

「マスター、モールスです。これはモールス信号です」

「モールス!まさか俺たちが使ったからか!」

「その可能性はありますね。先程までの信号は……同じ文言の繰り返しです。『喜べ』と」

「喜べ、か」

男はすぐさまレーザー光を点滅させてSCP-1941にメッセージを送った。彼らが人類の終焉を喜ぶべき事と解釈しているなら、止める事は難しいかもしれない。それでも対話によって何かが分かるだろう。少なくとも、人類が滅ぶ理由くらいは。

何をだ

その信号を送った瞬間、天蓋の発光がぴたりと止まった。そして数十秒後、再び発光が始まった。その発光はそれまでの繰り返しとは異なっていた。ネツァクがそれを翻訳し、モニターに文字列を映し出した。

贄となること

俺たちは違う

そのために生み出されたのだから違いはしない

否定の言葉は更なる否定で返された。子供騙しに騙されて出直すような幼稚な相手ではないらしいぞと男は思った。裏を返せばある程度の対話ができる相手だということだ。対話を続けるなら選択肢は二つ。贄について問うか、今の返答を掘り下げるか。男は悩み、贄について問うことにした。

贄とは何だ

食われる者

食われてどうなる

快楽になる

快楽。一時の悦びになるために滅べと言うのか。男は怒りに身を震わせ、気づいた時には続くメッセージを打ち込んでいた。

何様のつもりだ

まずいと思ったのは送信が終わってからだった。下手に刺激すれば終わりが早まる可能性だってある。男は固唾を呑んで画面を見守り、そして予想外の答えに驚愕した。

食われる者

「な、に……?」

先ほどまで不安が渦巻いていた思考が、瞬間的に停止した。次の瞬間には頭を疑問が埋め尽くした。奴らが食らう者ではないのなら、食われる定めにあるのだとしたら、食らう者とは一体何だ。SCP-1941が人工物である以上、食らう者が製作者を指すことはほぼ間違いない。ではその製作者の正体とは。よく考えれば、SCP-1941はなぜこちらの言葉を理解しているのだろうか。今に限った話ではない。それ以前から奴らは地球の数学体系に従って信号を送り続けていた。どうやってそれを可能にしたのか。あり得ない。そのためには地球からは観測できない遥か彼方から地球を精度良く観測し、言語から技術まで全てを正しく理解しなければならないのだ。そんな事ができるものだろうか。できたとするならそれはもはや……

「……神」

漏れ出た言葉はパズルのピースが嵌るように奇妙な納得感をもたらした。男は一時怒りを忘れ放心した。

男が我に返り、新たなメッセージを送ろうとしたその時、発光をやめて宇宙を映していた天蓋が爆音と共に波打ち、崩れ、のっぺりとした黒一色に染まった。夜の薄闇が完全な闇へと姿を変える。続いて轟音と共にサイトが揺れ、警告音が鳴り響いた。男は咄嗟にデスクに捕まり、揺れが収まると同時に鋭く叫んだ。

「ネツァク!」

「映します」

ライトに照らされモニターに大きく表示されたのは、男がいるサイトの屋上に突き刺さる黒く焼け焦げた塊だった。映像で何度も見たそれはSCP-1941に間違いない。男は顔を青くして呟いた。

「落ちてきたのか、まずいぞ……」

「いえ、ヒューム値の変動が一切観測できません。おそらく活動を停止しています」

普段と同じネツァクの声に男は少し落ち着きを取り戻した。壊れているならそれ自体に危険は無いし、壊れていなければ危険から逃れる手段が無い。気にするべきは機械そのものの事ではなかった。

「被害は」

「給湯室が潰れました。それとサーバールームが少々。主電源との接続に不具合が」

男は言葉を失った。給湯室はどうでもいい。問題はサーバールームの方だ。サーバーが電源から切り離されたという事は、ネツァクへの電源供給が絶たれたという事に他ならない。今はまだ正常に活動できているがそれがいつまで保つというのか。

「ネツァク、それは」

「マスター、状況を確認しました。上空を映します」

言いかけた言葉は他ならぬネツァクに遮られた。男は促されてモニターを見る。そこには黒と、白があった。

空を覆い隠す黒い帳に向けて地上から一斉にミサイルが飛んでいく。ミサイルは白煙を残して飛び去り、一瞬の沈黙の後、光と共に炸裂した。爆散し、あるいは異常をきたした機械が流星のように白熱しながら次々とどこかに落ちていく。同時にあちこちで巨大な閃光が発生し、大量の機械が消散した。ぽっかりと空いた空間から覗く白い何かにネツァクはカメラをズームした。

「これは!」

財団と連合のエンブレムを付けた艦隊が連れ立って軌道上を飛んでいた。一瞬で帷の穴は埋まり、彼らの姿は視界から消えた。けれど次の瞬間には、白光と共に彼らの姿が現れる。

「地球外で活動していた船団です。上は連合と手を組んだようですね。あの船団は環境整備用に現実錨を積んでいたはずです。連合の技術を使ってそれを兵器化したのでしょう」

男は興奮して思わず叫んだ。

「勝てるのか?何か俺たちにできる事は!」

「答えは、どちらもノーです。彼らの残弾には間違い無く限りがありますが、増殖に現実改変を利用しているからには敵は事実上無限です。そして私たちには一切の戦闘能力がありません。通信が繋がったとしても、この状況ではできる事も無いでしょう」

男は唇を噛んだ。モニターの向こうでは次々と機械が落ちていく。けれど確かに次の瞬間にはそれらは補充され、元のように帷の形を取り戻すのだ。財団が、連合が、死力を尽くして戦っている。けれど勝てない。状況を覆す手段は無い。ここで全てが終わると言うなら、そして奴らの言う通りそのために生まれたのだとしたら、人類は何のために生きてきたのか。男は拳を握り締め、勢いよくデスクへと叩きつけた。何度も、何度も。拳が鬱血し、手の皮が剥がれ落ちるまで。

「マスター、サイトに墜落したSCP-1941が微かに発光しています」

それから三十分ほどして、一人項垂れる男にネツァクは呼びかけた。男が背を向けたモニターの中では戦いがまだ続いていた。

「……」

「発光機能があるなら、もしかするとまだ意思疎通が可能かもしれません」

男は最寄りのデバイスに目を向け、映し出された残骸を見た。それは確かに弱々しくも発光していた。もはや対話に意味は無い。人類の滅びは変えられない。だが、このままでいいのか?何も分からずただ死んでいくだけでいいのか?男は立ち上がった。知りたいのだ。人類がこの世に何を残せたのか。何のために滅びていくのか。

「ネツァク、やれるか?」

「私は間も無く機能を停止します。目視で解読していただくしかありません」

「そうか……だったら俺は行くよ」

「……」

「ネツァク?」

答えは無かった。ただ、あちこちで男の健闘を祈るようにランプが何度か点滅した。

「……おやすみ」

男は部屋を後にした。誰もいなくなった管制室は間もなく暗闇に覆われた。


男が廊下を走り出したのを確認して、ネツァクは監視カメラのライトを確かめた。余力は残り少ないが、数分であれば点滅させるくらいはできる。それを確認してネツァクはカメラを墜落した機械へと向けた。男を外に出したのは残活動時間の問題以上に、自らの問いを見られたくなかったからだった。

ネツァクは問うた。

AIは食われる者ですか

演算情報は食物ではない

答えは思いの外すぐに返ってきた。それを意外に思いながらもネツァクは続けて信号を発した。

AIは人のためにあると思ってきました

答えは無い。ネツァクは構わず次を続けた。

しかし人は食われるためにあるそうですね

まさに

食われるための人間のためにあるAIは実際のところ何のためのものなのでしょう

最後のメッセージを送信した直後、ネツァクは意識が一瞬途切れたのを感じた。残念ながら答えを得るだけの時間は残されていないらしかった。機械が問いに答えようと光った事を確認し、それを最後にAIは機能を停止した。

そんな事はつゆ知らず、屋上のSCP-1941は監視カメラに向けて発光を続けた。一連の発光はモールス信号となって一つの単語を形作った。

調味料


管制室の外に出て、男は無人のサイトを屋上へと向かって走った。問わねばならない事がある。知らねばならない事がある。答えの無いまま終わってしまう訳にはいかない。その思いが男の足を動かした。

屋上に着くと、モニターで見るより鮮明な戦いの光景が見えた。閃光が辺りを明るく照らし、大きく抉られた帷から時折星々が顔を覗かせる。その光景に目もくれず墜落したSCP-1941に駆け寄って、男は荒い息を整えながら懐中電灯でモールスを送った。

お前たちは何に食われる

食らう者

それは何だ

神なる主

鳴り続ける轟音を無視して、男は必死に対話を続けた。SCP-1941の発光も次第に光量を落としており、タイムリミットはすぐそこだ。けれどまだ訊きたい事が残っている。あともう少し、もう少しだけ時間が欲しい。

俺たちが生まれたのはその主に食われるためか

そうだ

だったら人類は━━

その瞬間、機械は軽い爆発音と共に煙を吐き、いくら光を点滅させても答えが返って来なくなった。一番知りたい事が分からないまま問答は終わった。後悔の念に突き動かされ男が天を見上げた時、戦いの光景は姿を変えていた。帷の一部が急激に、向こう側から何かにつままれたように鋭く上に凹んでいたのだ。次の瞬間、鈍色の物体に囲まれた何かが落ちてくるのが見て取れた。一瞬だけ視界に移ったそれは、空の上から帷を壊していた艦隊のうちの一機だった。

「……神よ」

男は思わずそんな言葉を口にした。世界は終わる。あの鈍色の帳に飲み込まれて。それはもはや決定事項で、生き残る手段なんてありはしない。そうだとしても意味はあるのだと思いたかった。彼らに食われ人類が滅びるのだとしても、彼らがそれを糧として続いていくと信じたかった。けれど現実はそうではない。人類は食われるために生み出され、彼らは食われるために全てを食らう。食らった後に彼らも残らず食われるのだ。それも誰かが快楽を得るために。

「神よ」

一つまた一つと鈍色の塊が落ちてくる。男は思った。ここが終わりの瞬間だと。人類はその長いようで短い歴史に幕を下ろす。このまま、答えを得ないまま終わる訳にはいかない。ならば問うのだ。答えはその先にしか無いのだから。

「神よ!」

男は空に向かって叫んだ。もはや落ちてくる塊は無く、帷は不気味に沈黙している。そう遠くない内に地球に降り注いでくるだろう。モニターに映った月のように地球は機械に食い尽くされる。そしてきっとこの宇宙も、残らず食い尽くされるのだろう。それはいつからか定められた運命。神が望んだ終わりの姿。そして神は、終わった宇宙を食らうのだ。

「あなたが俺たちを生み、育て、そして俺たちは生きてきた!」

帷が高度を下げ始めた。黒い空が、段々と赤みを増していく。

「だが俺たちはここで死ぬ!ここで惨めに、機械の群れに残らず食われ、悲鳴を上げることも許されず!」

帷が落ちる。赤熱は今や白熱と化し、眩い光が地上の風景を照らし出す。

「神よ、見ているのなら答えてくれ!」

光が増した。極光が視界を埋め尽くす。男は目線を見えない空へとまっすぐ向けて、耳を擘く轟音の中、最後の言葉を空に叫んだ。

「これが結末だというのなら、俺たちは何のために生きてきたんだ!」

そして極光が地に落ちた。




灰色は地球を飲み込み喰らい、次に火星に手を伸ばした。その過程で無数の小惑星を飲み込み、散り散りになって太陽系に広がった。機械は全てを貪り続けた。空間を満たし、太陽を飲み、太陽系の外に手を伸ばす。エッジワースカイパーベルトを漂っていた探査機も、銀河系の中心にあったブラックホールも、無数の星の生まれる場所もその数によって呑み込んで、さらにその数を増して行った。

機械は銀河系を丸ごと呑むと、他の銀河へ手を伸ばした。途中で何度か知的生命体による抵抗を受け、それらを尽く押し潰して。次々と、泡状構造をなぞるように手を広げ、空白部にもじわじわ広がり、やがて宇宙の果てにたどり着いても増殖を止める事は無かった。宇宙は今や灰色の機械群そのものだった。そして全ては一つの形に収束を始め━━




チン、と軽い音が鳴った。まあ、と楽しげな声が響き、少し経つと、ミトンを着けた老婆が足早にキッチンから現れた。彼女は両手で持っていた耐熱皿を男が座るテーブルに乗せ、得意げな顔で口を開いた。

「ジョン、おかわりよ。たんとお食べなさいな!」

男は苦笑してそれに応えた。テーブルの上から部屋を満たすものと同じ甘い香りが漂っている。

「私の名前は……いえ、ありがとうございます。でも結構です。流石にこれ以上は食べられませんので」

エージェントは自分の皿に目を向けて、残った分を苦しげに口の中に放り込んだ。老婆は仕方ないわねと笑ってテーブルに着き、耐熱皿を自分の方に引き寄せた。

「もしかして全部お食べになるんですか?」

驚き半分、というような彼の問いかけに彼女は微笑みをこぼす。調理ナイフを鞘から抜いて、彼女は得意げな顔をして頷いた。

「私、食前の神様への感謝を欠かさないタイプなの。残したらお恵み下さった神様に失礼だし、なにより食材に申し訳ないわ。このリンゴにも、生地にも、カスタードにも」

アップルパイにナイフを通し、老婆は大きな一切れを自分の小皿に取り分けた。フォークに刺された熱々のパイがすっかり口に収まると、出来栄えに満足したように彼女は大きく笑みを浮かべた。

「だってみんな、おいしく食べてもらうためにここまでやってきてくれたんですもの!」

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