目覚めるとそこは道端だった。昨日は飲みすぎたか?それにしては気分はあまり悪くねえけど。少し、肌寒い。今って冬か?思い出せない。というかここはどこだ?住み慣れた街ではなさそうだけど。これは家に帰るのが大変そうだな。財布すら持ってねえ。
さっきまで悪夢を見ていた。どこかの研究室で何かを喋らされて、次の瞬間には黒い影みたいな大男……いや、アレの性別はわからねえし、人間かもわからねえけど、そんなものに連れ去られる夢だった。生々しい夢だった。
その夢しか思い出すことは出来なかった。
「やはり、いくらDクラス職員が足りないといっても、ホームレスに手を出すというのは如何なものかと……」
下っ端の研究員は眉間に皺を寄せながら、上級研究員に訴えかける。
「倫理委員会もそれには納得しているから問題ないよ。それに、このことはだいぶ前に決定したわけで。」
「まあそうですが、少なくともほぼ被験者が消失することがわかっている実験に何の罪も犯していない人間を徴用する必要はないのでしょうか……あの実体はまだ未解明な点が多いですし実験自体が無意味であるとは思いませんが……」
「無意味ではないよ。GPSと小型端末を使ってやつに連れ去られた先を解明することがメインの目的ということは計画書にも書いてある。それに人体にやつの入れ墨を彫るというのに関しても前例は見られないんじゃないかな?」
「そうですが……」
上級研究員は席を立ち上がり、ドアへと向かっていった。
「大多数を守るには多少の不道徳にも目を瞑るべきだよ」
そう言って上級研究員は部屋を後にした。
目が覚めてから、街を歩きまわっていると警察に連れてかれてしまった。事情を話すと一時的な寝食が可能な施設に送ると言われ、その時はほっとした。しかし、そこは思っていたような場所ではなかった。
そこは実験を行うような場所で、自分が寝泊りをする場所も宿泊施設というよりは刑務所に近い。生活を共にする人々もそのような者ばかりだった。また時折、彼らの内の何人かがどこかへ連れていかれる。そして大体はのやつらは帰ってこない。故に抵抗をする者も少なくなかった。
そして、俺はここで”D-53162”と呼ばれていた。
実験室に2人のDクラス職員が投入された。隣の部屋では二人の研究員が待機をしている。
「片方は殺人犯だが、タトゥーの心得があるらしい。もう片方は住む場所だけでなく、戸籍も記憶も失くしたホームレスだってさ。ただでさえ気の毒な経歴なのに、ここで死んじゃうとはねえ」
不真面目そうな研究員が隣に座っている研究員に話している。
「実験中の私語は慎め。それに姿が消えた後だって死ぬかどうかはわからない」
「どうだか」
「そろそろ始めよう。マイクのスイッチを入れてくれ」
研究員が手元のスイッチを入れるとDクラス職員のいる実験室のスピーカーが薄くボーっと音を立てて鳴り始めた。そして、不真面目そうな研究員がマイクに向かって話し始める。
「只今より、実験を開始する。こちらから指示を出すから、D-12891はD-53162にそこにある道具を使って指示通りの特徴のタトゥーを彫ってくれ。そちらから要求があれば、既に言った指示をもう一度言うことも可能だ。では、実験を開始する」
スピーカーから聞こえる指示の通りにタトゥーがD-53162に彫られていった。
部屋から連行されて実験が始まったが、内容はよくわからないタトゥーを彫られるというものだ。これは魔術的なものなのだろうか?これからどうなるかの予想がまるでつかねえ。
タトゥーの全貌が見えてきた。これは……人か?黒い人影のようで、大量の毛のようなものが生えていて、どこかで見覚えがある。
それを認識して、それを思い出した瞬間、それは突然現れた。
とある場所のとある駅の前。仕事前のサラリーマンがごった返す。彼は誰にも気付かれずにそこに現れた。
彼は周囲を見渡し、突如として喚きだした。
「誰か……!俺を助けようなんてしなくていい!化け物が……!やつはどこにでも現れるんだ!姿は暗くてとても大きくて髪の切れ端みたいなのがたくさん......」
その瞬間、"それ"は彼の前に姿を現した。