EKクラス-エレベーター世界終焉シナリオ
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美しい街並み、"それ"はここで起きた

日本のとあるビル街にて、多くのビルが建ち並ぶ中、"それ"はとある30階建てのビルで起きた。そのビルにはたくさんのフロント企業と数多くの社員、雑音、書類、金銭、そしてエレベーターがあった。

以下に述べるは"それ"の少し前の出来事。







6階にて、そこのビルの社員たちはやってきたエレベーターに次々と乗り込み、それ続いて客や清掃員なんかも乗り込んでいく。エレベーターはあっというまにぎゅうぎゅう詰めになった。そして彼らは好き勝手に各々が望む階のボタンを押していき、エレベーターは押されたボタンの通りに建物を上下に動いていった。そしてとある社員はボタンを押し間違えてしまったようだった。彼は8階にあるレストランで残業に備えて小腹を満たそうと早めの夕食を取ろうとしていたのだが、エレベーターはそんなことは気にせず彼の望む階を通り過ぎていってしまった。彼はそのことに気づき、少し苛立ち、そしてもう一度、今度は確かに8階のボタンを押した。


10階

エレベーターは10階に着く。その社員の上司と同僚はそこで降りた。そして何人かが新しくエレベーターに乗り込み、エレベーターがぎしりと揺れる。その中には香水の匂いがきつい乗客がおり、食事前にこんな目にあうなんてついてないと彼はうんざりした。


11階

エレベーターは11階に着いた。扉が開くと同時に雑音が大きくなる。そこには保険会社があり、ニコニコとした顔の社員が客と話していた。彼は知り合いに半ば無理矢理保険を買わされたことを思い出し、同時に保険会社に対するほんの少しの不信感も思い出した。そして何人かがその階で降りた。11階には新しく乗ろうとしている人がいないことを確認した後、彼は急かすように閉ボタンを押した。


12階

12階はそのまま通り過ぎる。誰もその階のボタンは押さなかったようだ。彼は少し喜んだ。


13階

13階。彼以外の人は皆そこで降りた。そういえば何か講演会のようなものがここで開かれるんだっけと彼は思った。見ると胡散臭いスーツを着たおじさんが、何やらその講演会の参加者らしき人たちと会話していた。彼は特になんの興味も湧かず、というより興味を持ちたくなかったのでさっさと閉ボタンを押した。

扉が閉まる。

それより上の階には誰もエレベーターに乗ろうとしている人はいなかったようで、エレベーターは彼が望む階、すなわち8階へと向かい始めた。


12階



11階



10階



9階



早くエレベーターを降りたかったのだろう、彼は開ボタンをエレベーターが着く前に押した。カチカチと押しまくった。そしてエレベーターは8階にたどり着く。

条件が揃った。


8階


扉が開く。


本来ならばエレベーター側とエレベーターホール側に対となって現れるはずだった2つのポータル。その片方、エレベーターのカゴ側のポータルは出現位置座標を正常に指定できなくなったことに気づいた。エレベーターホール側のポータルは通常通りエレベーターホールとピッタリ同じ位置に座標を決められたようなのだが。なぜだか解が定まらない。0を0で割っているかのようだ。ポータルを用意できないまま、時間はどんどんと過ぎていってしまう。どこにポータルを置いたらいいのか決定できないというのに、もうすぐエレベーターの扉は開かれる。

仕方がないのでエレベーター側に現れるはずだったポータルは適当に座標を決め、その座標位置に出現することにした。

この広い宇宙、そして外宇宙の中でランダムに場所が選ばれるとしたら、そこが地球である確率はどれくらいだろうか。いや、そこがこの基底宇宙である可能性ですら極めて低い。宇宙は文字通り数えきれないほどあるのだから。

当然の帰結としてその片方のポータル、本来ならばエレベーターと同じ位置に現れるはずだったポータルは別宇宙に出現した。そして、通常通りエレベーターホールに出現したポータルを通して、そのビルの8階は別宇宙と接続した。











その宇宙にはこの宇宙にあるものは何もなかった。そこには未知の素粒子と不明な量子場と誰も知らない物理法則があった。その宇宙は「閉じた」宇宙であり、放っておけばビッグ・クランチで滅ぶような半径2km程度の極めて小さい宇宙だった。しかしながら、その宇宙の体積 ──これは正確な表現ではない。そして超球形と仮定している── は604.8km7にまで及んだ。

そしてその宇宙内部に満ちた未知の素粒子、電子の3.0×1035倍程度の質量を持つ高質量粒子がポータルを通ってこちらの世界に、まるで潜水艦の壁に空いた穴から入る水のように、とめどなく大量に侵入し始めた。しかしながら、この三次元の世界は七次元空間いっぱいに詰め込まれた粒子を収めるには狭過ぎたようだ。粒子は大量に、文字通りこの宇宙を埋め尽くす勢いで、狭いエレベーターホールの扉からこちらの世界に流入していく。その粒子は電磁的な相互作用を行わないため、その時エレベーターホールにいた何者もその粒子に"触れる"ことも"見る"こともなくその存在には気づかなかった。ビルの建築材もその粒子を無視し、粒子はビルを飛び出てあたり一面に拡散すると思われた。しかしその途中、物理法則の違いには逆らえなかったようで、その粒子は崩壊した。崩壊によるエネルギーからはさまざまな放射線が生まれ、別宇宙由来の大量の粒子たちは周囲に核爆弾数十発分ものエネルギーを撒き散らして、あたり一面をプラズマ化させた。

それと同時にこちらの宇宙からも一部のプラズマ化した空気や人や物が向こうの宇宙へと漏れ出していく。向こうの宇宙には電磁場が存在していない故に、向こうの宇宙にあるいかなる存在もその流入を阻めず、ただ"素通り"させていくだけだった。向こうの宇宙に流入した物質、正確にはその原子核は一瞬その形を保ったものの、やはりこちらの方も闖入した別宇宙の物理法則には従う他なく、強い力が働かなくなったことで、原子核はバラバラになり溜め込んでいた核エネルギーをすべて解き放った。そして陽子と中性子も同様に、この宇宙の物理法則に改宗するよう迫られ、崩壊した。また、その過程で発生したエネルギーの一部は基底宇宙にも逆流し、プラズマをさらに加熱させた。

地球上でも類を見ないその激しい破壊的なイベントの結果、あたり一面には鉄筋ビルの消しかす、太陽何千個分の眩しい光、プラズマの嵐、そしてぐつぐつと沸騰する大地が作られた。そしてその範囲はどんどんと拡大している。既に日本は赤と黒の焼け焦げた炭、焼いたマシュマロのように溶けてどろどろになった何かの死骸、蒸発してもはや何だったか分からなくなった灰色の霞で覆われている。その光景からは、もはや地球はその大量の放射線と大量の熱の炎の中で滅んでいってしまう定めのように思えた。

しかしある瞬間にその運命は変わった。こちらの宇宙の物質が向こうの宇宙に流入してエネルギーを撒き散らかしたことにより、向こうの宇宙にてある変化が起き始めていたのだ。

「真空崩壊」である。この宇宙もそうであるように、向こうの宇宙も偽の真空だったようだ。木が燃えて灰という安定した構造へと変化するように、熱せられ励起した向こうの宇宙は量子的変化を始めたのだ。

そしてそれはある一点から始まった。その点は光速 ──あくまでも向こう側の宇宙には光子は存在しない、向こう側の宇宙での最高速度であることを示すための便宜的な言い方をしただけである── で七次元方向に膨張し、その七次元の泡は接触したあらゆる存在をかつての古臭い物理法則から解き放ち、新しい物理法則が支配する真の真空へと引きずり込んでいった。そしてそれにより解放されたエネルギーはこちらの宇宙におけるビッグバンにも匹敵するレベル、つまるところのプランクスケールエネルギーにまで到達した。

そしてその莫大なエネルギーは、ポータルを通してこちらの宇宙にも流れ込む。それは地球を蒸発させるだけでは飽き足らず素粒子レベルまで分離させて吹き飛ばし、数秒後には月も塵芥に化した。

そうして地球もその上にいた人類も美しい自然も全て滅んだ、エレベーターによって。後数分もすれば太陽ですら跡形もなくなるだろう。もしかするとこのプランクスケールにも及ぶ巨大エネルギーはこの宇宙でも真空崩壊を誘発するかもしれない。だがそれを観測する者はもういない。

かつて地球があった位置には、別宇宙から噴水のように湧き出る超高エネルギー放射がキラキラと輝いていた。

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美しい輝き

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