私の故郷くにのものではない大地に寝転び、私の故郷のものではない鉛の空を見上げる。大事に至る傷は無いものの、ここに来るまでの精神的負荷と、小さな切り傷や打撲はある。だがもう頑張る必要はない、先程発布があった。
戦争に負けたのだ、我が国は。降伏し列強の属国となる。
その事自体に憤りはない。我が国をこれ以上絞っても出涸らし程の兵力しか出ないことは、前線で戦う私のような兵士でなくとも分かりきっていた。遅い気はするものの、もう戦争をしないと言ってくれたことには安堵すらある。今気がかりなのは、
「果たして故郷に、帰れるのか…」
「故郷に、帰りたいな…」
敵国で物を壊し、人を殺し、生活を壊してきた私の身柄。故郷から乗ってきた戦闘機は撃ち落とされた。船にせよ飛行機にせよこの国の人間の手引きが必要だ。私を死ぬほど憎んでいる、この国の。
「ああ…」
身体よ動けと問いかけど、糸が切れたように私の意思は通じない。ここに教官殿がいるなら「行動で示さぬのならお前の郷愁は嘘八百だ」と叱咤され、他の兵士からクスクス笑われるだろう。そもそもこの様な思い出が真っ先に出てくる時点で、故郷には良い思い出が無いのかもしれない。
「餓死か、敵国の人間に殺されるか…」
そうだ、故郷でなくても構わない。せめて安心して体を休め、安心して眠れ、安心して生活出来る場所に行きたい。爆撃や突貫に怯えることのない、ここではないどこかへ…
「よっしゃ、じゃあ探すか」
「え…?」
「我々と共に、果てなき試練と巡礼の先にある青い鳥だよ」
不意に男の声が母国語で話しかけた。ここには誰もいないはずなのにという私の思考が固まる前に、体が引っ張られるのを感じた。
意識の覚醒が半ばのまま、もぞと体を動かす。上に毛布、下に布団の気配を感じゆっくりと体を起き上がらせる。
「やあ、起きたね。私の言葉わかる?」
私が気絶する前に聞いたものとは違う声。寝台の横にいるのはぱっと見だと人間、しかしよく見ると人外の類であった。皮膚が結晶のような粗いさざ波を作っており、口は十字に大きく裂け話すたびに細長い舌と鋭利な歯を覗かせる。その様な見た目でありながら輪郭自体は人間のそれであり、言動は紳士的であった。
「あれ、反応なし。日本語で合ってるよな…ユニバース#058は言語が沢山あるんだよなあ…おーい、イドン!」
「何だあ!」
「君が連れて来たお客人、起きたけど日本語話者じゃないみたいなんだ」
開け放しの扉からもう1人出てきた。非常に大柄だがこちらはちゃんと人間だ。
「死に際に日本語で呟いていたが、俺の聞き間違いだったか?Hey, how you doing?」
「も、申し訳ない。日本語通じます。ボーっとしてただけで」
イドンと呼ばれた男はホッとため息をつき
「流石に早とちりすぎたな?」
と人外に返した。
「そりゃあ僕の姿を見たからびっくりしたんだろう…と思ったんだけどびっくりはしてなかったね」
「まあ、はい」
自身から出たのは生返事。どうやら空想でしか見たことのない人外が目の前にいる事よりも終戦の報が衝撃的だったらしい。我が身の振り方の方が。
「ジョノスの見た目でそれくらいの反応なら残り2人も連れてきていいな。イタム!エンガント!」
イドンが大きな声で呼びかけると奥からさらに人外が現れた。何やら黒く大きな箱を持ち、様々などぎつい色の触手を器用に操る。こちらはジョノスと呼ばれた男とは違い人型ですらなかった。
「起き、ました…?よかったあ…?」
「ユニバース#58、ヒト種、覚醒を確認。バイタルにブレはあるものの正常値の範囲です」
触手は外見とは裏腹にか細く、それでいて少女のような声だった。それに続いて持っている箱に幾何学模様の映像が途端に映り、無機質な声が箱の中から聞こえた。
「おおすげえ、日によっちゃ全員集まれるもんだな」
「最近はとっても忙しかったから、嬉しいです…!」
「肯定、最近は2人1組のバディすら作れずソロの跳躍ルーティンが続いていました。イドン、貴方の強行的…言葉を選ばず言うならば無茶苦茶なシフトを今1度見直すべきかと」
「しゃーねえだろ?ここが勝負所なんだからよ!少なくともまず100信徒くらいは入信させねえと始まんねえよ」
私が驚いたのは不可解な場所に連れてこられた事でも、化け物が現実にいる事でも、箱が喋る事でもなかった。この4人(便宜上数え方は人にする)は非常に親しく、常に笑顔と柔和な空気が周囲に漂っている。物語のように大袈裟に言ってしまえば「堅い絆で結ばれた」ような関係を見るのは本当に久しぶりなのだ。
常に故郷の国以外は敵だと認識せざるを得なく、故郷の中でも互いが互いを監視し合い、少しでも戦争に否定的な態度を見せれば密告、折檻が当たり前であった。私はかつて戦争を憎んでいた。攻撃する敵国を憎んでいた。他国に戦争をふっかけた故郷を憎んでいた。故郷の国に住む人たちを憎んでいた。
何よりも、そのような国でも私の故郷くにだと縋り付くしか拠り所のなかった、弱い私自身を何よりも憎んだ。故郷の存在を創り上げねば心を鬼にする事も、戦争で生き残る事も出来なかった。あのような、あのような地獄でも故郷なのだと。
故に、目の前で起こっている光景は何よりも夢物語に見えた。種族も違う、言語も違う、人ですらないものが混じってもなお話し合える彼らに驚愕と少しの羨望を抱いた。終戦の報を聞いた瞬間に全ての感情の糸がプッツリと切れた私はそれらを顔に出さず、厚い膜1枚越しに見ているような感覚でボーッと見ていた。
「ほらみんな、彼がついていけないって顔をしているから…まず自己紹介から行こうか?」
ジョノスと呼ばれた男が呼びかけると、4人は私に向き合い名前を告げた。
「イドン、老師イドンだ。敬虔なるエルマ外教の1信徒でいられるよう日々努力している」
「ジョノスと言います、役職は界拓者。君がエルマ外教に入るかは分かりませんが…仲良くしましょう」
「イタムって言います…跳画家の役職を賜っていて…えっと…います…!」
「S.エンガントとお呼びください、異邦の方。遍纂師の役職を担当しておりますので、宜しければ貴方のお話も是非」
これが私、██ ██とエルマ外教の「はじまりの四哲」との最初の出会いであった。
記憶と共に想起される感情はあの時と違えど、まるで…まるで、昨日のように、思い出せる。
私を看病してくれた4人はどうやらある宗教を共に信仰する同胞として強く繋がっていたようだ。名をエルマ外教と言い、その世界ではない別世界、異世界への跳躍を自らに課せられた試練と教義であると重んじている。それらを続けていると「女神エルマ」のおられる至上の場所へと、女神本人によって召し上げられると。
「それでな?実際に召し上げられたんだ。俺らにエルマ外教の色々を教えて下さった師匠みたいな人が。「教祖」って人なんだけど」
「教祖」はかつて無意識的に別の世界へ勝手に跳躍してしまう体質だったらしい。定まった場所にいられないその為非常に苦労していたがこれを自らに課せられた試練とみなしエルマの教義を創り上げた。その試練の道すがら、現地で出会った住民たちに教えを広めていった。
「その現地住民たちが俺ら4人ってわけ。まあ他にも色々教えを受けた奴らはいるだろうけど、あの人の教えを受け継ぎ広めようってほど感銘を受けたのは俺らだけだろうよ」
老師イドン、界拓者ジョノス、跳画師イタム、遍纂師S.エンガント。この4人は世界に「教祖」無き後も「教祖」の教えを守り広めようとあらゆる世界へと跳躍し信徒を確保している最中であり、4人で集まるのは久々だと言う話の詳細はこういうことらしい。
「教えって言い方じゃ締まらねえし、俺がエルマ外教って名前を付けたんだぜ?Eden leap Mutual AidでElMAだ」
「申し訳ない…そこまで難しい英語は、少し…」
「何だよ!…まああの時代の人間ならそうか、こっちこそすまん」
当初はそれと並行して「教祖」自身の足取りも追っていこうという方針だったが、そもそも「教祖」が存在したという痕跡すらほぼ集まらなかったらしい。
「あの方がいらっしゃった証拠は俺らの記憶だけっつーのも俺ら自身が納得できん。だからこうして遷教活動を行なっているわけだ」
イドンが笑いながら目の前の獣道と呼ぶ事すらおこがましい密林を歩いている。そう、私はイドンに連れられて別世界に来ているのだ。私がエルマの信徒になるかははっきりとした返事を出していないが、このままだと私のいた世界、私の故郷へ帰ることになるらしい。自分の心情がある程度言語化できた今、心の拠り所であったあの故郷へ帰ろうとする足は何故か動かなかった。そして4人はそんな私の考えを見透かしていた。
「えっと…異世界、今いる所ではないどこかへと向かおうとすることはエルマ外教では試練として推奨されます…だ、だからあなたが帰りたくなかったら帰らなくてもいいんです、故郷だと思いたくなかったら拒んで良いんです!ここではそれが許されますから…!」
イタムという触手の信徒が言った言葉を頭の中で反芻する。そんなことがあって良いのだろうか。嫌な場所から逃げ、そうすれば救われるなど、そんな天国があるのだろうか。ある意味では、それを確かめる為にも同行している。
「██、いるぞ」
イドンが私を呼びかけ密林の大きな木の上を顎で示す。そこには手長猿のような、しかし手足の表面積は明らかに人間の倍以上ある種族がいた。この世界の現地住民だ。
「さあ、どう遷教するか…ジェスチャーか絵あたりは通じる知性は持っていそうだが」
ここまで来て理解してくれたと思うが、このイドンという人間は相当無茶を強いる。自分にも他人にも。私も最初から全く行ったことのない世界に飛ばされて現地住民の情報0で勧誘してこいなどと言われるとは思わなかった。なので事前にどのような方法で意思疎通を図るかという計画すら立てていない、というより立てられない。
30分ほど木下から現地住民の動きを観察する。私の腹ほどの背丈の雑草と、蒸し暑い気候。虫と言って良いかわからない生命体もいる中、現地住民たちは蔓で編んだボールのようなものを回したり、相手にぶつけたり、時にはその上に立ったりし始めた。
「遊んでいるのか?」
「そのようだな、突破口は球技か…よし」
私の呟きにイドンは理解を示し、何がよしかは分からないままものすごい勢いで木登りを始めた。私は困惑と驚きを隠せぬまま、子供の頃ぶりであろう木登りで続く。
結局、遷教が出来たのはそこから何時間も後のことだ。散々走り回り落ちないよう踏ん張り、やっと彼らに私たちが敵ではないことを理解させることが出来た。その信頼の上で伝えられた事といえば、「こいつらは女神というよくわからないものを信仰している」くらいだ。教義の全ては伝えられたわけではない。
「ははは、まあこんなもんだ。次ここに来る時はより良いコミニュケーションが取れるさ」
ヘトヘトになりながら帰りの支度をするイドンが、お前が思っているほど甘くはないと言いたげな、しかし嫌味は感じない雰囲気で笑う。
「それでどうだ?我々と行かないか?」
「いや、どうし…え?」
私の裾を引っ張る存在に気づき振り返ると、現地住民の1人が私に球を差し出していた。両手で持てる程度の大きさで、彼の顔が隠れそうだが、確かに笑っている。私にも分かる。
少し震える手でそれを持つ。現地住民の大きな手と私の手が少し触れ合い、彼の顔が明確に見えるようになり、満面の笑顔をこちらに向けてどこかへ行ってしまった。
気づかぬうちに、私は泣いていた。私と世界を隔てていた薄い膜が溶け、温度が体に染み込んでいく。性別、国、文化、果ては種族すら違う他人と分かり合えるなど出来るはずがないと心のどこかで軽蔑していたのに。その結果私は兵士にさせられたのに。相互理解とはこんなにも難しく、こんなにも簡単だと思わなかった。その美しさとなにより、エルマが掲げる理想は絵空事ではないという事実に私の心は震え、気づけば涙を流していた。
これが、私がエルマ外教に入信しようと思い立ったきっかけ。その時の球は、いくらか外見が変わってはいるが大切に持っている。
それから私はエルマ外教の信徒となり、遷教活動に勤しんだ。カタカナ語も覚えたし、それ以外の文化も学んでいった。例えばエルマ外教では「宣教」という文字を「遷教」と呼ぶなど、この宗教独自の言葉もある。そういうものは翻訳の都合上のものもあるが大抵はユニバース#58、私と同じユニバース出身のイドンが考案した名前だ。そんな彼が名付けたもので最も偉大なものといえば、
「本拠地の移転、ですか?」
「我々の遷教活動が実を結び今はエルマ外教の信徒が爆発的に増えている最中です。エルマ外教についていくと決めた人数は1000に到達しようとし、それぞれのユニバースに留まっていながら信仰する信徒も含めればデータで確認できるだけでも倍以上は確定事項かと」
「僕とイドンで場所の目星はつけてある話はしてあると思う。それがここなんだけど…どうかな?」
「広いですけど…何もないですね。私たちを害する存在どころか、文明の痕すら」
「それを俺たちがこれから作るんだ。エルマという宗教を土台とした法治国家、信徒が安心して暮らせる治安と跳躍能力のない者でも試練へと気軽に挑めるような設備。これらをここに集約させる」
私は自然と姿勢を正す。その治安も設備も受け取ってきた側の私が、まだ見ぬ世界のまだ見ぬ信徒の為に提供する側になる。
「四哲がお決めになった事ならば、██はそれについていくだけです」
私の発言にはじまりの四哲は少し笑みを浮かべて、しかし毅然とした態度で私に言った。
「俺たちはここで本拠地の繫栄に注力するため、しばらくは異世界跳躍を辞める。██、これからはお前1人で世界を渡り歩け」
「はい…」
「██君は元々素養があった。体力やとっさの閃き、そして何よりその素養を「分かり合う」為に使おうとする心が。僕らがいなくてもやっていけるさ」
いつかは来ると思っていた。四哲にとって私はあくまでもいち信徒、他の耳を傾けるべき信徒は山のようにいる。私だけの四哲じゃあダメなのだ。
「分かりました、当然のご判断かと思います」
むしろこの人生の中で1秒でも多く、彼らと共に歩めたことに感謝するべきだ。
「どれだけユニバースを隔て離れていても我々は同胞を見捨てません。それにこの地がエルマ外教の本国ならば、いつでも帰ってきてよいのですから」
「そ、そういえばここのユニバースの名前は決めてあるの?こういうのは率先してイドンがやりたそうだったから…」
跳画師イタムがイドン老師に問いかける。老師は待っていましたと言わんばかりの笑みで饒舌に話し始めた。
「そうだ。エンガントに無理言って異世界跳躍先候補ファイルの001を開けて貰った。"アトラル"と命名する」
いいんじゃないかと他の3人が同調する。イドン老師が名付けたのならば地球の言語に基づいたものだろうが私には分からなかった。わかるのは、ここが遍くエルマの天国アトラルになる事だ。
「それでだな、もう1つ名付けておきたいものがある。██、お前の洗礼名だ」
「わ、私のですか?」
「ああ、それ本名だろ?いかした奴つけてやるよ」
「待ちなさいイドン、私の蓄積データベースから最も相応しい洗礼名を今はじき出します」
「おお?珍しいね。エンガントがイドンに張り合うなんて」
「わ、私も参加する…!」
「イタムもかい?これは…僕も考える流れかな」
こうして私の名は改められた。全く、最高にいかしてて、最高にクソッタレな素晴らしいお名前だ。
「█████同志、老師イドンがお呼びです」
それからとても、とても時が経った。界拓者ジョノスが司祭になり、跳画師イタムが画仙と呼ばれるようになり、遍纂師S.エンガントの遍纂した跳躍先候補の情報が4桁を超えて、「初代」老師イドンが老師イドンという役職を襲名性にして…
そして今回はその老師イドンに関する話だろう。エルマ本部"メザ城"の東塔にある仕事場で、老師イドンは眼下に広がるメザ城に架かった橋を、周囲に漂う霧を、遠くに煌めくエルメスの街並みを見ていた。
「信徒█████、参上致しました。お話があるとのことですが」
老師イドンは初めて会ったあの日の姿のままだった。私と彼は同じユニバース#58の生物、人間である。死という結末からは普通は逃れられない。だが老師イドンは不老不死になり、終わりなき試練へとその身を投じようとしている。寿命という問題から生物を開放するほどにこの天国アトラルは繁栄し、現在進行形で無限に巨大化している。
「オゥ…お前も随分なカッコになったよな~、司祭の役職も不老不死の提案も受け入れちまったら良かったのに」
私はジジイと言われる年齢になった。昇進もしていない。果てない世界へと飛んでいくには重しになりかねない。
「私は後悔してませんよ」
「ふっ、そうかよ…じゃあ本題だ。今から俺は異世界跳躍による修行に行く。もう2度とここに戻んないからそのつもりで」
「…予想してましたけど、流石に急すぎますって」
「流石に昔みたいなリアクションはもう取れないか、老師イドンの襲名性の話は理解しているよな?」
そもそも「初代」老師イドンと私が言ったのは「エルマ教徒である以上イドンも試練と救済である異世界跳躍からは逃れられない。しかしアトラルにおいてほぼ最高位である老師は簡単にエルマ本国を飛び出せない。故に異世界跳躍した老師イドンはもはやイドンではない、老師と共にその名を新たな教徒に譲る。」というエルマ外教教義を目の前の本人が作成したからだ。今まさにその教義が始めて実現しようとしている。
「式とかやらないんですか?仮にもエルマ外教の実質的な最高職の1つなのに」
「2代目老師イドンに話はついている。もう最初期からの同胞はお前だけになったからお前にも別れの挨拶くらいはな」
司祭ジョノスは跳躍先での殉職のち、エルマ正教式の異葬により葬られた。
画仙イタムはある日急に錯乱し、「真実の神を描く」とだけ残して姿を消した。
遍纂師S.エンガントは後続の遍纂師に情報の全てを託し、実体を持たない情報知性体としてその寿命を終えた。
他の同胞ももういない。
「そうですか、では私から渡すものがあります」
「お前が?俺に贈り物?」
こんな日が来ると思い、私は常に老師イドンへの贈り物を鞄に忍ばせていた。
「これは…地球儀か?いや待て、この素材って」
「ええ、覚えていてくれていたんですか?」
「当ったり前よ、一番弟子の最初の修行だったんだから」
あの日、老師イドンに連れられて初めて訪れた異世界で私が譲り受けた球。それを司祭ジョノスと共同で補強して、遍纂師S.エンガントに頼み懐かしい地球のデータを貰い、画仙イタムから精巧な世界地図を球体に描けるように指導された。
「同じ地球ふるさとを持つ私から貴方へ、どうか遠く離れて私のことは忘れても、故郷のことは覚えていてほしいのです」
私は地球儀を老師イドンに差し出す。老師イドンは───私に問いかけた。
「お前は、未だにあのユニバース#58に存在する地球という惑星が故郷だと思っているのか?」
「え?」
「アトラルではなく、か?」
「…!」
何故だか、自分でも全く分からない寒気が全身に走った。老師イドンからは問い詰めようとも、非難しようともする雰囲気は一切ないのに。
「…私にとってアトラルも地球も故郷です。ですがアトラルは、全ての信徒を迎える天国の側面が強いです」
「くくっ、あははは!そうかそうか、アトラルは天国か!」
老師イドンはいつものように豪快に笑う、初めてあった日と何1つ変わらない容姿で。
嫌な予感が止まらない。
「悪いな、それはお前に渡されたものだ。俺がそれを託される資格はねえよ」
そう言って、老師イドンはその名前を捨てて天国から去っていった。私が差し出した手と球儀は、彼の手と触れ合うことはなかった。
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
「█████同志、今お時間の方はよろしいでしょうか?」
「…歳を1000から先は数えていない一般信徒のジジイに何の用かな?エルマ外教上級司祭、ガロスベクラウ=ヌグラスイアとスゥルツォキン=マーデューロ」
「我々の名前、覚えていてくださったんですね〜光栄です」
「バカ、そんな事言ってる場合じゃないだろ。█████同志に至急目を通して貰いたい資料がございまして」
「異世界跳躍先候補だな。天文台エヴォリィーナ…」
「先日発見された実質的終焉宇宙です。特に目を通して欲しいのは…エルマ星教の項でして」
「なんだこれは…エルマ外教の内部分派か?にしては聞いたことがない、何より…このように効率的かつ残虐に星を壊す者がのさばっているだと?」
「ええ、そして彼らはとある名義を使い現地住民との交流を容易に進めようとした痕跡があります」
「…この、名前は」
「そしてこれが我々の入手したエルマ星教の指導者と思しき実体の潜入写真です、天文台エヴォリィーナとは別のユニバースです」
「僕らが█████同志に確認してほしいのはこれです。最後の生き証人である貴方は、この4人は見覚えがございますか?」
「……」
「█████同志…どうか、どうか我々にお答えください」
「ガロハミィ、デューロ。この写真の位置所在を私に送れ。」
「…!分かりました」
「それと私はこれから試練跳躍へと向かう、厳しいものになると思う。伴をする者はいるか?」
私の後ろに何人かの教徒が付いている。私と共に真実を確かめに来たという役割と、私が変な気を起こした時のために。
小高い丘の上、藍色の草原と目に優しくない黄色の空に、彼らはいた。
「ほら見ろ、アイツは来るんだよな!」
「マジかあ…僕は全然█████のことわかってないなあ」
「…ぅ」
「追跡が難しくないユニバース情報を掴ませたのですから当然でしょう。それよりも私が驚いているのは…彼は不老不死を受け入れたのですか?」
浅い呼吸、視界が揺れる。だがそれでも1歩ずつ近づく。彼らと対話を試みるために。
「お久しぶりです、はじまりの四哲よ。死亡記録があったはずでは…」
「あーそれね、ごめん噓」
「虚偽報告の作成と流布は私が担当しました。私たちに盲目なあなたを騙せても他はどうか分からないけど、成功でいいのかしら」
「何故、どうしてなのですか」
「そりゃあ俺らが元々エルマ星教のメンバーだって知ったら卒倒しそうな奴がいるからな」
「イドン、皮肉もほどほどにしておきなよ…彼はもう情報量でパンクしそうだ」
「元々、最初から…?」
「そう解釈してくれて構わねえ、「エルマの興り」に関する異説知ってるか?」
「エルマは元々教祖を中心人物に据えた団体だったが外神エルマの洗脳能力によって信仰体系そのものを乗っ取られ、教祖も名前を失い現在のエルマ外教になった。この異説が実は本当だったのです」
「知らない…外神、エルマ…?」
「数百年かけてやっと星教メンバーの俺らにかけられた洗脳に綻びが出てな、どれだけ小さくても綻びがあればあとは技術と根性でどうにかするさ」
「分かりやすく言うとね、僕らは余計な神格存在のせいで存在しない教義と存在しない信仰をさせられたってわけだ」
「…そんなの、私だって同じだ」
「何が同じだ?聞こえねえよ」
「私は!どんなしがらみや壁も跳んで行って何とでも仲良くする貴方達の背を見て!ちぐはぐな貴方達4人が談笑する輪を外側から見て!私だって!もう1度会えると信じて…きたのに…」
「…随分と、僕らも信仰されて来たものだね」
「全くです、ただ私たちに会いたいから不老不死に?死んでいると言われた者たちに?あまりにも希望観測的で感情的ですね」
「ぁ…ぎ…」
「貴方達、4人の目的は何ですか。エルマ星教とは、何の宗教ですか」
「星神ティアマトだよ」
「イドン、貴方…」
「…いいのかい?教えちゃって」
「ああ、どうせ文献も碌に残ってない。俺らが独占しているもん以外に新しく掘り起こされたらびっくりだぜ」
「星神、ティアマト…」
「覚えておけ。俺たちが欲しいものは、目に見えないものだ。アトラルの超技術、高位の役職、不老不死!それを投げ捨てても欲しいんだ…ああそうだ」
「…?」
「前にお前が「アトラルは天国だ」って言ったときに俺笑ったよな。理由言っておくわ」
「アトラルって名前は俺がつけたんだ。意味は古代エジプト語で「廃墟」って意味…アッハッハ!」
ああ、
「ハハハ…わりい無理だこれ!だってお前、真剣な顔であそこを天国だって…フッ!」
ああ。最初からそのつもりだったのか。
私が信じていた神は噓つきで。
私が信じていた人達は別のものを信じていて。
私が愛した天国アトラルは廃墟アトラルでしかなかった。
私が、バカだったんだ。
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
ここまでが、私の話。









