正常と異常の寿司
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今まで、退屈を感じたことがあっただろうか。そんなことを考えながらバーの席に座る。

いや、恐らくなかったであろう。毎日が楽しかった。そう。私の生きがい、スシブレードがあったときは。

酒を飲む気分にもなれず、机に伏せ、横目で他の客を見る。店の奥がなにやら騒がしい。

机のあまりない比較的開けた場所。そこで行われていたのは紛れもなくスシブレードだった。しかし、それはきっとスシブレードとはいえない。

背の高いモヒカン頭の男と、ジャケットを羽織った男が寿司を構えており、その周りでは取り巻きのような男たちが騒いでいる。新入りだの歓迎だの言っていることなどからモヒカンの男の組織にジャケットの男が入ったのだろう。これから起こることを想像すると目をそらしたいが、かつての思い出が蘇ることへの少しの期待がそれを許さない。

お互い寿司に名前は付けていないようだった。かつてそれは闇寿司の手の物の証だったが、今は名前を付けているブレーダーと出会う方が難しい。

「3、2、1、へいらっしゃい!」

モヒカン頭の男が放ったのはサーモン。それに対しジャケットの男が放ったのはいなり寿司。相性的にはいなり寿司が有利、のはずだった。

いなりがサーモンの高速回転を弾き返し、サーモンのネタとシャリが分離する。

問題はそれからだった。分離したネタとシャリは再び結合し、いなり寿司に襲い掛かった。突然のことに対応できなかったジャケットの男はいなり寿司の操作を誤り、サーモンと正面衝突させてしまった。当然、防御に失敗したいなり寿司は分離どころか砕け散る。

モヒカンの男と取り巻きの男たちが笑うのが聞こえる。…ああ、やっぱりか。

御蓮寺恋治はバーを後にした。




4年前に発生した死の終焉事件。全ての生物が死を失ったその事件は世界を大きく変化させたが、我々スシブレーダーに大きく関与するとは思っていなかった。

しかし、寿司職人たち、特に闇寿司の職人たちは忘れていた。魚が生物であることを。死を忘れた魚たちは、寿司職人を嘲笑うかのように生を謳歌した。

それでも我々は寿司を握り続けた。時には魚以外のものを握って。時には寿死包丁と呼ばれるものを使って。

しかし、どんな手を使ってもかつてのスシブレードは帰ってこなかった。魚を使った握りは全て、砕かれたそばから再生してしまうのだ。現在のスシブレードは無知な奴に適当な非生物寿司を渡しゾンビ寿司でボコボコにするか、相手の寿司が再生できなくなるまで砕く荒くれ者たちの競技と化していた。

かつてはあんなに潰したかった回らない寿司協会の連中も、勝手に潰れてしまうとつまらない。自分は彼らとの戦いを楽しんでいたのかな、と考える。

ポケットに入れていた携帯が鳴りだした。鳴り続けているから通知ではなく電話だ。でも一体誰から。寿司関係の人間にしかアドレスを教えていないのに。その寿司関係の人間も、今となっては誰もいないのに。

「今からラボに来てくれないか。」

電話の主はそう言った。断る理由はなかった。




「久しぶりだな、ドクター。」

久しぶりに会ったドクター・トラヤーの見た目は、すっかりやつれた私とは違い前とあまり変わっていなかった。

「ああ、久しぶりだ。」

ドクターが笑みを浮かべる。しかし、私はそれ以上にあることが気になっていた。死の終焉事件の前から姿を消していた 彼が、なぜ今になって現れたのか。

「どうして急に私を呼んだ?」

「簡単だよ。連絡が取れたブレーダーが君しかいなかった、それだけのことさ。」

寿司界隈でも顔が広かったはずのドクターの連絡先で自分しか連絡の取れるブレーダーがいなかった、か。そこまでブレーダーが減っているとは思わなかった。

「それで、これからどうする?」

何故呼んだ、という質問より先にこの言葉が出たのはトラヤーのすることに大まかな見当がついているからか、それとも見当通りに行くことを望んでいるからか、自分でもわからない。

「決まっているだろう。スシブレードの復活さ。」

「一体どんな寿司を作る気なんだ?」

「目的はただ一つ。ゾンビ寿司をゾンビ寿司以外の方法で潰す。ゾンビではない魚の寿司を作るのには時間がかかるし、それもゾンビがある限り使われないからな。」

トラヤーはそう言うと実験用スシフィールド・丙を引っ張り出してきた。かつて使っていたものだ。

「話はここまで。早速開発しようか。何かアイデアはあるか?」

懐かしい。このフィールドでアイデアを自由に出し、それを寿司に組み上げていく。忘れかけていた感覚が、胸の高鳴りが蘇っていく。

「古くからゾンビには聖水と言われている。聖水を仕込んだ球を載せて、ゾンビ機能を消失させるのはどうだ?」

正直、不安だった。今までのように自由に寿司を作るのではなく、スシブレードの復活をかけた寿司作り。しかもブランクがある。もし何かの間違いで爆発でもしたら、二人とも寿司とともに砕け散って正しいスシブレードは完全に失われてしまう。

そんな不安も、高ぶる感情の前に消えていった。




「出来たぞ!ついに完成した!」

布団から出る。まだ眠い脳と体が冴えていくのを感じる。ドクターの目元には隈が出来ていた。私は寝てしまったが、彼は3徹ほどしていたはずだから当たり前といえば当たり前だ。

フィールドの上の寿司は軍艦型で、球体の何かが複数乗っている。私が寝ていた間に、ずいぶんと形が変わっている。

「これは・・・タピオカ?」

「いや、キャビアだ。」

「この寿司は仏像の螺髪をイメージした形にキャビアを並べることで聖なる力を得てゾンビ寿司を粉砕する!名付けて聖寿司だ!」

ドクターは熱く語る。

「しかし、この寿司には一つだけ弱点があってな。ゾンビでない寿司にはめっぽう弱い。」

「それは確定で負けるということか?」

「ああ。おそらくゾンビには存在しない微弱なスシフィールドが聖力を吸収するものと考えている。どう頑張ってもこれだけは修正できなかった。」

確かにそれはゾンビを倒すものとしては素晴らしいスシブレードだった。しかし、これからのことを見据えると、私の中に一つの疑問が湧き上がってきた。

「それって、ジャンケンでよくないか?」

もし今存在するゾンビ寿司を全て潰し、かつてのスシブレードのような環境が戻ったとしよう。だがかつての寿司より、ゾンビ寿司の方が今は握ることが容易なのだ。

「ゾンビはかつての寿司に強く、かつての寿司は聖寿司に強く、聖寿司はゾンビに強い。そんな単調な3すくみ、スシブレードでやる意味あるのか?」

「だ、だが、寿司なら中身を偽ることも」

遮る。

「それもよくある「俺は必ずグーを出す」みたいなものだろう。そんな3すくみ、スシブレードである以前にゲームとして面白くなくないか?」

「…確かに。」

「ドクターの作ってくれた寿司は確かに素晴らしい。かつてのスシブレードを取り返すことが不可能だっただけのことだ。」

諦めたくはない。だが、そんな言葉が簡単に出てくる。

「そうか…」

当然だがドクターは落胆した様子を見せ、そのまま聖寿司を口に放り込んだ。

「え?」

何食わぬ顔で聖寿司を飲み込んでからドクターは言った。

「大丈夫。毒性はない。」

「いや、そういうことじゃないんだ。今…聖寿司を食べた?」

苦労の賜物を躊躇なく食べるとは誰も思えないだろう。

「ああ、失敗作は捨てるのももったいないからこうして処理している。データとかは記録してるしな。」

初めて知った。私が今まで回してきた寿司は、ドクターの食事の上に成り立っていたのか。このことを知って、寿司職人として聞きたいことは一つ。

「旨かったか?」

「いや、普通だ。」

やはり機能性を重視しすぎた寿司は味が少し落ちるらしい。

「なあ、ドクター。何か食わないか。」

「良いが、何を?」

「私が寿司を握る。」

なぜいきなり寿司を握ろうと思ったのかは分からない。自分の依頼で微妙な味の寿司ばかり食べさせてしまったことへの反省か、スシブレードが戻らないと分かったゆえのかつての回らない寿司への回帰か。

思えば闇寿司に入った後、当時はまだ少なかった構成員たちに闇親方が直々に教える寿司の中で最初に教えられたのは江戸前寿司の基本的なネタだった。慣らしの意味もあったのか、まだ闇になりきれていないものを判別するためかは分からない。分からないことだらけだな。

「ネタはあるか?」

「2階の冷蔵庫にあるはずだ。」

冷蔵庫の中にはたくさんの魚があった。どれもしっかり死んでいたから、握れる。

もはや懐かしさを通り越して新鮮である。だが、親方に教えてもらった握り方は忘れるはずがない。

「へいおまち。」

言うか迷ったが、言ってしまった。まっとうな寿司を握っているんだし、あの頃を思い出したっていいだろう。

「寿司屋みたいだな。」

「寿司屋だろ。」

顔を見合わせて笑った。笑ったのもいつぶりだったか。やはり私の人生には寿司が必要不可欠なようだ。

「飲み物もあるぞ。ビールとコーラ、どっちが良い?」

「もちろんコーラだ。」




どれくらい経っただろうか。楽しい時を過ごし酔いが回ってきたころに、ドクターが急に言った。

「今ならスシブレード関係なくあの言葉が言えるんじゃないか?」

「あの言葉、ってなんだ?」

「やればわかるさ。」

ドクターがドアを開け外に出る。その後すぐに戻ってきた。ああ、そういうことか。

「へいらっしゃい!」

スシブレードが無くても、寿司職人は滅びない。

希望の漠然さに不安を感じる前に、全ては笑いに溶けた。

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