Euclid任務
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地方都市から少し外れた農道、廃品回収業者に偽装されたトラックの座席に2人の男が座っていた。

「おい、五木……五木!聞いてるのか」

運転席に座る伊佐田が大声を上げた。意識の外からの攻撃に驚いた五木は慌てて返事を返した。

「えっ、あ、はい。聞いてますよもちろん!問題ありません!」
「どうだかな……よし、じゃあ俺の言った内容を纏めてみろ。」
「は、はい!えっと、オブジェクトの概要と、異常性発現事例、それに対する対応の例示ですか……?」

五木がおそるおそる回答する。その様子を見てトラックを運転するドライバー、伊佐田は小さくため息をついた。

「……正解だ。正解だが、もっと自信をもって解答しろ。」

苛立っているような伊佐田の様子を見た五木は委縮した様子で返答した。

「はい、すみません……」
「これから業務につく相方がこの様子だと不安になるだろ。もっと胸張って仕事してろ。」

伊佐田がこめかみを掻く。

「そうは言っても先輩、俺Euclidを担当するのは初めてで……」
「いずれ経験しなくちゃいけないことだ。早いうちに経験できるだけ得かもな。」
「でも危険なオブジェクトですよ!?」
「報告書には目を通しただろ。今回のオブジェクトに大きな傷害案件は報告されてない。Euclidの中でもまぁ安全な方に分類できる。」
「そうは言っても先輩、俺Euclidを担当するのは初めてで……」
「話が最初に戻ってる……」

最初よりも大きなため息をつく伊佐田。これからともに仕事をする後輩に不安を覚えたのか、少し低い声で諭す。

「どんなオブジェクトでも収容の基本は変わらない。収容のイロハが急にABCに変わるわけじゃないんだ。」

伊佐田は前を見つめたまま話を続ける。

「お前が今日持ってきた装備を覚えてるか?」
「はい。」
「それで、いつもと比べて何か特別なものは持ち込んだか?」
「それは……ないです。」

そうだろ、と伊佐田は小さくつぶやくと、

「さっきも言ったが、何も特別なことをしなくちゃいけないわけじゃあない。むしろお前は余計な物に気を取られないようにする努力をするべきだな。」

時速40Km制限区間を抜け、伊佐田がアクセルを踏み込む、ガタガタと荷台が音を立てた。原は二台の方を振り返る。宅配物に偽装された段ボールの中には使い慣れた装備品が詰まっている。

「でも、Keter任務って奴があるみたいじゃないですか。今回まさかそういうのじゃないですよね?」

心配そうな様子で尋ねる五木。その内容に伊佐田は回答せず、むしろ怪訝な声で質問を返した。

「……お前、それ誰から聞いたんだ。」
「えっと、宇陽さんです。」
「あいつ……」

お調子者の顔を思い浮かべる。どうやら懲りもせずまだ後輩をからかって遊んでいるらしい。伊佐田は呆れ顔で五木に説明する。

「お前、宇陽に担がれてるぞ。」
「えっ!そうなんですか?」
「いいか、Keterクラスのオブジェクトなんかめったに存在しない。あんなもんがいくつもあってたまるか。世界が明日には滅びるぞ。」
「確かに……」

深く頷く五木。その様子を見て、伊佐田は説明を続ける。

「そもそもそんな危険なオブジェクトに適当な人材をあてがってどうする。仮に何も使えない馬鹿をKeterにあてがったとして、そいつが自棄を起こして収容違反の手伝いでも起こしたら洒落にならん。」
「なるほど……」
「少し考えればわかると思うんだがなぁ。」

五木の様子にため息をつく伊佐田。時間がある時にもう少し話をしておかなければいけないようだ。

やがてカーナビが軽い音を鳴らした。短く周囲を確認した伊佐田が右のウィンカーを上げる。女性の声が、目的地までの残り時間を告げた。

「まったく、いつになったらお前は深く物事を考えられるようになるんだかな……」

伊佐田は小さく頭を掻いた。

(まぁ、入りたての頃に比べたらよっぽど大人になったか──)


6年前、伊佐田は収容担当ではなく、現場に直接赴いて処理を行うフィールドエージェントとして働いていた。当時の伊佐田は新潟の警察に潜入しており、異常物品の報告がないか調査を行っていた。

ある日、河川で小規模な爆発が発生したとの通報を受け調査に向かった伊佐田はある一つの異常物品──AO-████の収容を行った。収容自体は問題なく行えたが、一つ問題だったのは、それを利用したのが少年ということだった。

最寄りのサイトにオブジェクトを移送した伊佐田は少年への聴取を担当することになった。マジックミラーの張られた小さな小部屋で、机を挟んで向かい合う二人。先に口を開いたのは伊佐田だった。

「俺の名前は伊佐田だ。よろしく。」
「……」

沈黙する少年。それを見た伊佐田は小さく唸る。

「あー、そんな緊張しないでくれ。何も警察に突き出そうとか学校の先生に言いつけようとかそんなつもりはない。ただ質問に答えてくれればいいから。」
「……」

沈黙する少年。明らかな拒絶の意思があるよりは幾分かマシだろうと伊佐田は質問を始めた。

「えーと、君の名前は『いつき たもつ』君だな?」
「……はい。」
「よし、じゃあ質問していくから。」

少年がようやく返答をしたのを見た伊佐田は既定の質問を重ねていった。

「じゃあ、あのおもちゃはたまたま拾ったものだったってことだな?」
「はい。」
「なるほどな……」

いくつかの質問をした後、伊佐田は腕時計に偽装した受信機に目をやった。どの質問にも呼吸数や心拍数に異常は見られない。

「うん、まあこんなところだな。」

伊佐田は少年が嘘をついていないと判断した。聴取を行う前に採取した血液からも少年が何らかの異常性を発現させた可能性は低い。問題なしと判断し、伊佐田が少年を帰宅させようと机に手を突いたその時だった。
「あ、あの!僕を仲間に入れてください!」

と、少年がそう言った。

「な、仲間?」
「はい!僕を伊佐田さんの仲間に入れてください!」

突然のことに声が出せなくなる伊佐田。畳みかけるように少年は続ける。

「伊佐田さん達って、こういうすごい物を調査してるんですよね!僕も、一緒にそういうことがしてみたいです!」
「待て待て……遊びじゃないんだ。仕事だぞ。危険な仕事だ。大体君はまだ中学2年生だろ。学校はどうするんだ」
「止めて、ここで働きます!」

強情な少年に気圧されながらも、伊佐田は質問を重ねた。

「親御さんになんて説明するつもりだ。人に言える仕事じゃないんだぞ。中学校辞めて失踪なんて洒落になんないぞ。」
「で、でも!このまま地元で生きてくんだったら普通にサラリーマンになって終わりです!そんなの絶対詰まんないです!ここなら、それより絶対すごいことができると思うんです!お願いします。」

少年は伊佐田の諫めにも応じず、懇願を続ける。伊佐田は応援を呼ぼうとマジックミラーの向こうに目をやったが、誰も入ってこない。どうやらマジックミラーの向こうではこの状況を楽しんでいるようだ。

「分かった、分かったから!顔上げろ!」

少年が土下座までしようかというところでついに伊佐田が折れた。

「お前の熱意は分かった。だからまず落ち着け。働くにしても流石に中学生は雇えない。今はいろんなことがあって興奮してるんだ。とりあえず今日は帰れ。帰って頭を冷やすんだ。」

「その上で……本当にここで働きたいと思ったら高校を卒業して、またここに来い。そん時は本当に雇ってやる。」
「ほ、本当ですか!」
「男に二言はねぇよ。その時までに勉強と体力作りでもして立派な大人になってこい。」

そう言って伊佐田は少年に向かって笑って見せた。ついに折れた伊佐田の様子を見て喜ぶ少年。その様子を見て一息ついた伊佐田は部屋の外に少年を誘導した。そして──


「えー!先輩あの中学生記憶処理して帰しちゃったんすか?」

サイトの職員食堂。伊佐田は後輩の一人と向かい合って食事をしていた。

「声がでけぇんだよ馬鹿。」
「面白い中学生だったじゃないですか。もったいないなぁ。聴取室の様子見てましたけど馬鹿ウケでしたよ。」

ニヤニヤと笑う宇陽。やはり入ってこなかったのはあの状況を楽しんでいたからのようだ。

「中学生なんかどうやって仕事させんだ。宇陽、お前が責任取るのか?」
「嫌ですけどぉ、面白そうだったじゃないですかぁ。つまんないなぁ。」

そう言いながら食器を叩く宇陽。伊佐田はその手をつかんで即興の音楽会を止めさせる。

「お前はどうしてこうなんだかなぁ。」
「先輩の新人教育の賜物ですよ。」

深いため息をつく伊佐田。大概の新人は伊佐田の教育で無駄口一つ叩かないソルジャーになるはずだが、宇陽はどこでどう間違ったのか。恐らくは本人の資質だろう。伊佐田が渋い顔をして頬杖をついた時、タイミングよくチャイム音が鳴った。

『宇陽、宇陽 和樹職員。至急5階501号室へ来なさい。』

棟内アナウンスが流れ、伊佐田は視線を上げた。呼ばれたのは目の前の男だ。
 
「マズったって顔をしてるな。」
「いやぁ、覚えはないんですけど……」

視線を逸らす宇陽。その様子を見て有罪そうだと判断した伊佐田は入り口を指さす。

「早く行け。」
「はい。」

食堂から出ていく宇陽を見送る伊佐田。ようやく静かになったと、ほとんど進んでいなかったカレーに手を付けなおしたのだった。


それから4年後──

「聞き取り?」
「ああそうだ。よくわからんがお前に頼みたいんだと。」

廊下で同僚に話しかけられた伊佐田は首をかしげていた。伊佐田はこの時すでにフィールドエージェントの職を辞し、収容担当の職に移っていた。

「それ、俺の職掌じゃないと思うんだがなぁ……」
「なんでもお前が恐らく一番適任なんだと。今連れてきた参考人が暴れて大変なんだそうだ。」
「なんだそれ、腕っぷしってことか?」
「いや、違うらしい。ともかく行ってみてくれ。」

首を傾げながら手渡されたメモに記された部屋へ向かう。ドアの向こうからは何やら甲高い叫び声が聞こえていた。

「伊佐田さん。遅いですよ。」
「宇陽か。なんなんだ一体。」
「いいですから早く!中に入って事を収めちゃってください。」
「はいはい分かったよ。で、参考人の素性と事件は──」
「入ればわかりますから!ほら!」
「お、押すなって。」

宇陽に言われるがまま部屋の中に入れられる伊佐田。そこでは高校生ほどの少年が地面に頭を付けていて──

「僕を仲間に入れてください!」


隣にいる五木に目をやる。まさか本当にあの中学生を採用することになるとは思わなかった。幸か不幸か、複数回異常物品に巡り合う一般人は珍しい。記憶処理をしたのだから、関連する記憶はすべて消えているはずなのだが。当時と比べたら本当に大人になったものだ。

「まぁなんだ。危険な目に遭ったら俺が何とかしてやるからお前は落ち着いて任務を実行しろ。」
「先輩……」

いつもにも増して真剣な顔でこちらを見る五木。

「なんだ。」
「なんか今日いつもにも増して優しいですね。」
「ほざいてろ。」

五木の頭を叩く。それから伊佐田は時計に目をやった。どうやら話し込んでいたようで、思っていたより到着の時間が迫っているようだった。

「後20分で到着だ。大分話がそれたな……。担当オブジェクトの確認をしてたはずだったんだが。続き……いや、もう一度初めからやるぞ。」
「は、はい。」

アイテム番号: SCP-910-JP・・・・・・・・
オブジェクトクラス: Euclid・・・・……」

アイテム番号: SCP-910-JP

オブジェクトクラス: Euclid

説明: SCP-910-JPは████████から███████までに続く平地に敷かれた道路の傍らに存在します。通常は標識令に規定されている「一時停止」の道路標識の外見を維持しており、構成素材は今のところ不明です。標識部位は通常の手段で損傷を与えることが可能ですが、損傷は未知の方法によって即時に再生します。支柱部位は如何なる手段を用いても損傷を与えることができませんでした。SCP-910-JPの標識部分はあらゆる道路標識標識に変形することが可能で、各標識に関連する超常現象を発生させます。

記録された現象は全てSCP-910-JPの所在地点から半径50m以内の範囲で発生しており、発生した現象は全て物理的なものに限られ、精神的な影響を与えるものは確認されていません。
標識によって発生するものは無機物に限られ、生命体が発生した例は存在しません。また、発生する無機物も大きさが限られていると推測されます。推測されているおおよその最大サイズは20 cm×20 cm×20 cmです。

SCP-910-JPは知性と人格を有していると推測されています。過去の実験ではSCP-910-JPの性格は「悪戯好き」「人を囃したてる」などと報告されており、接近した人間に保有する能力を用いて怒らせたり困らせたりする行動傾向を見せています。人間が周辺に存在しない時は大人しくなり、能力の行使は確認されていません。現在、SCP-910-JPとの直接的なコミュニケーションは実現していません。

SCP-910-JPの標識部位に全体の20%以上の欠損を与えると、SCP-910-JPはハザードシンボルを用いて加害的な現象を発生させます。これまでに「低温注意」「スリップ注意」「立ち入り禁止」「障害物注意」「頭上注意」などが確認されています。


「どうだ。そんなビビるほどのもんじゃないだろう。」
「はい、まぁ……」

報告書の内容を読み上げても、あまり納得のいっていない様子を見せる五木。その様子を見て、伊佐田は薄く、心を許した仲間にしかわからないほど薄く微笑んだ。

「ま、慣れりゃ分かるよ。世界はそれほど危険じゃないんだ。」

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