死者 -Exanimis-

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まさか失敗するはずないよな?

当たり障りのない要求に思えた。上流階級のサークル円環1に所属し、男が世界の神秘に対する飽くなき渇望を抱いていると知っていた旧友から招待状を受け取った。勿論、男は、最近あらゆる者が口にする、クラブの悪評には聞き及んでいた…しかし友人のことは分かっていたし、自分自身のこともそうだった。内心は思っていた。まさか失敗するはずないよな?

内心はどうであれ、擦り傷が身体に付くほどの拘束具を解こうとして身を捩ると、男は痛みの余り呻き声を漏らした。それと同時に声が聞こえてきた。

「被験者アルファを捕獲、対象男性を鎮圧せよ。余計な交戦は儀式に悪影響を及ぼす。」

無数の腕が現れ、男をテーブルの上に押さえつけた。3人の女性と2人の男性という、いつものメンバーだった。7日間の内の最後の1日が来るまで、連中は観察、記録、そして男の常識では理解できない難解な計測についての討論を交わすに留まっていた。時折、第三者らが来訪した。連中はどんな時もその人物らを恐れていた。顔のない男女が何者なのかは見当がつかなかった。だが、来訪者らは男のことは知っているかのようだった。

7日目。

メスがまたしても肉体を切り刻み、男は悲鳴を上げた。連中は男を嫌っても、恐れてもいなかった。連中にとって男はもう一人の人間として扱われないだけだった。男は連中が満足する形態をとった、カンバスとして扱われた。

まさか失敗するはずないよな?

元々は志願して参加し、いまや数え切れぬ月日が過ぎ去ったように感じた。所属するサークル円環の立てた計画に誰が参加しないというのか?男は自分が生きたる神になるのだろうと思ったが、実際に男がなったのは奴隷だった。連中は男を歓迎する間もなく、直ぐに男の期待を裏切ったのだ。

男は一度、自分の鏡に映る姿を一瞥した。もはや人ではなく、腱のおかげで形を維持でき、湾曲した傷痕だらけの哀れな異形の肉塊になり果てていた。連中の行いで何が変わったかを見て、内心思いめぐらすとあらゆる意欲が自分の身体から抜けているのに気付いた。いまや男は抗うのも、乞うのも、捕らえし者を呪うのも出来なかった。ただ存在している。それだけだった。

一度は、根拠もなく希望を抱いた。走る音と叫び声が聞こえ、孤独なる闇の夢から目覚めた。次に発砲音が、爆発音が、悲鳴が響いた。何かが起きたのか。誰かが助けにやって来たというのか?

男は襲撃者たちの顔に見覚えが無く、これら黒い外観の兵士たちの口からは"アノマリー"や"機動部隊"や"被験者アルファ"といった語が聞こえた。それでも連中は親切であり、男の負った怪我の手当てを行い、慎重にヘリコプターに運び込んだ。驚いたことに、男が栄養バーを口にしようとすると、一人の男性兵が出来る限りサポートをしてくれた。男は泣くところだった。もう長らく実際に食べ物を口にしていなかった。

だが連中は部屋を後にし、医者たちがやって来た。医者たちは見慣れない部屋へと男を運び込み、男の細部に至るまでを測定した。かつての仲間が身体に付けた傷痕を調べ上げ、理解しがたい本の数々に目を通し、次から次へと見慣れぬ顔の者を招いては観察を行い、穏やかな口調で意見を述べつつ、書類を書き上げた。

そして医者たちはメスを手に取り、男の肉体を刻み始めた。

男はまたも叫び声を上げた。男は最早何者であったかも、自分の顔の有り様までも思い出せなかった。メスを使った切除しか頭になかった。今この瞬間に感じる痛みしか頭になかった。男が望んだのは医者たちの行いの終焉、ただそれだけだった。

男が望んだのは永久の安息、ただそれだけだった。

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