死刑、死臭、死刑囚
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 日本における死刑は、絞首によって行われる。そう、定められている。

 今日は、かつて二桁の死者を出した凶悪犯罪者が死ぬ日だ。そう、定められている。

 だから刑務官として、僕は今、執行室の前にいる。


 執行室の重たい扉が閉じたのを確認して、僕を含む5人の刑務官はボタン室に向かう。誰も何も言わなかった。それは意味のある沈黙ではなく、ただ本当に、誰も何も言う必要がないだけ。

 僕が刑務官になってから5年は経つが、この拘置所で死刑が執り行われた回数は二桁に及ばない。赦されることはなく、ただ死を望まれる者のみに行われる極刑、それが死刑。この刑罰を行うことには、最上級の刑罰が「ある」という抑止力の意味もある。そう、自分に言い聞かせる。大丈夫。僕のやっていることは間違っていない。この行為に意味はある。

 誰が死刑囚を殺したのかわからないように、ボタンは複数ある。そんなことをしても全員同じ気持ちなだけで、何も変わらないというのに。僕の指先と心は冷たいまま。この部屋には暖房がないのを、今更ながら思い出した。とはいえ、死刑は呆気ないほどにすぐ終わる。暖房がないことを気にするほどではない。

 空気が冷たい。

「        」

 執行責任者である上司の一言で、僕たちはボタンに手を伸ばす。これを押すだけで、僕の仕事はあっけなく終わる。むしろ大変なのはここから、死刑囚の遺族やマスコミなんかへの対応だ。そう考えてから、その二つを同列に見ている自分が少し嫌になる。

「        」

 ボタンを押す。音もせずに、すっ、と執行室の床が開く。死刑は執行された。ぶら下がったロープは揺れもしない。ボタンを押しても、光景は何も変わらなかった。

 執行室の中には、何もなかった。

「お疲れ様でした」

 そう、財団から派遣された上司が言う。誰も返事はしなかったし、彼も返答を期待しているわけではなかった。

 部屋を出る。執行室はとうの昔に役割を無くし、得体の知れない組織がその場所の代わりを担っていた。

 ボタンを押した感触、ぶら下がったままのロープ、冷え込んだ空気、自分。役割を失ったものが、いつまでも、いつまでも、ひどく無機質な死臭を放っていた。

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