アイマン

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sgt.bones 11/06/12 (火) 05:28:52 #11322857


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プライベートフォーラムの某メンバーが作成した、アイマンのモックアップモデル。


映画“スター・ウォーズ”の最初の三部作は、史上最も献身的で情熱に溢れたファン層を生んだ — この特定のオタク軍団と他所の連中を隔てる特徴は、画面上に現れるエキストラや背景キャラまでも、1人残らず強迫的に記録・分類するところにある。全てのキャラクターは — 出演時間やプロットとの繋がりに関係なく — 名付けられ、架空のバックストーリーを与えられ、時には(もし十分に興味をそそる容姿なら)アクションフィギュアが作られる。ところが、Wookieepediaでページを探しても見つからず、コレクターズガイドで法外な高値が付いてもいなければ、背景にひっそり隠れているわけでもない1人のキャラクターが存在する。もし君が彼を見つけたのなら — お気の毒様。

アイマン。スター・ウォーズ界隈の一番博識な人々ですら聞きなれない名前だ。しかし、もしアイマンの非実在に気付いている小さな集まりで言及すれば — 君は彼らの顔が情熱、疲労、そして恐怖の混ざり合った独特の表情を浮かべて輝くのを見るだろう。それぞれの証言は他に負けず劣らず個人的なものだが、その全てが苦い自己不信で風味付けられ、同じ話の千回目を語る老いた語り部のような調子で伝えられる。

アイマンは、1983年の“ジェダイの帰還”のオリジナル劇場公開版に登場したとされる背景キャラに与えられた名前だ。彼の容姿は一貫している。体毛で覆われ、麻袋を所持している筋肉質な一つ目の巨人。ジャバ・ザ・ハットの宮殿に登場する他のエキストラと比較すると、アイマンは飛びぬけて単純だ。彼は着ぐるみや精巧なアニマトロニクスではなく、他の宮殿の住人たちのようにカラフルで想像力豊かなデザインモチーフを誇示することもない。どこをどう取ってもアイマンは場違いで、それも当然の話だ — 存在しないのだから。

アイマン目撃談の始まり方はどれも同じだ。5~9歳の幼い男の子が、何ヶ月も胸を膨らませて待ち続けていた“ジェダイの帰還”を劇場で鑑賞する。男の子は映画を楽しむが、ジャバの宮殿に住む様々なエイリアンや生物に強い関心を寄せ始める — とりわけサイクロプスに。アイマンが作中で果たしたとされる役割は証言ごとに大きく異なり、ますますこの都市伝説への興味を惹き付ける。ある者は、アイマンは他のエキストラと一緒に後ろに立っていただけで、画面に映ったのもごく短時間だったと主張する。ジャバ・ザ・ハットの通訳として行動するプロトコル・ドロイドのC-3POに、アイマンが襲い掛かるシーンを記憶している者もいる。アイマンはC-3POの手足を荒々しくむしり取り、ジャバや宮殿の住人たちは歓声を上げ、何人かは攻撃中に飛び散ったドロイドの外装の欠片を受け止める。一つ目エイリアンはC-3POの配線をじっくり噛んだ後、その頭部を無頓着に食い千切って呑み込む。このシーンは音楽無しで長時間続き、それ以降は決して言及されない。映画はごく普通に続き、C-3POは次のシーンで何事も無かったように再構築されている。

その後の数週間で、目撃者はこのサイクロプスにこだわり始め、アイマンは子供たちがよく映画の怪物たちに感じる恐怖に満ちた好奇心の対象となる — だがそれは長続きしない。友達に“ジャバの宮殿に居た怖いサイクロプス”の話題を振れば — 話し相手が同じ上映会にいたとしても — 困惑だけが返ってくる。C-3PO破壊シーンを詳述しようものなら遊び場の笑い者にされ、アイマンの目撃者たちはこの秘密の執着について話さない方が良いと学ぶのだ。

目撃者はアイマンの絵を描き、ごっこ遊びに登場させ、他の背景キャラと同じようにあの一つ目の怪物の姿が掲載されていることを望みながらトップス社のトレーディングカード・パックを片っ端から開ける。時が経つにつれて、アイマンは潜在意識に忍び込む。普段は心の奥底に隠れ、決まって夢の中に現れる。誰もその夢を忘れない。

アイマンの夢の展開は個々人で異なるが、特定の要素が一貫している。舞台となるのは森や地下室などの、無限に広がっていると思しき暗い空間で、胸の悪くなるような激しい恐怖心を伴なう。他の子供たちも夢に登場する。歩いたり走ったりといった単純な行動はほぼ不可能で、手足にコンクリートブロックを結び付けられたような感覚がある。アイマンは常にそこに居て、木々やドアの後ろに隠れているか、背景に紛れている。子供たちは夢の世界を探検するが、アイマンは決して後れを取らない。誰かが追跡してくるサイクロプスの存在を言葉で認めると、怪物はその子供に飛び掛かって貪り食らい、また陰の中へと帰っていく。寝ている間の体感時間は数時間にも及ぶのに、目を覚ましても全く眠った気がしない。こんな夢を数ヶ月間、毎晩繰り返し見る。起きている間も、アイマンはその子供の人生に遍在する背景キャラと化し、部屋の暗い片隅やベッドの下に身を潜めるようになる。子供は自分に言い聞かせる — あいつは実在しないんだ、アイマンはただの着ぐるみか人形だ — そしてまた眠りに落ちる。

大半のアイマン目撃者の物語はここで終わる。何百回もの鮮明で真に迫る勢いの悪夢を見た後、アイマンは突然いなくなる。アイマンの事を考えなくなった数十年後のある日、彼らは偶然、スター・ウォーズの“サイクロプス”の正体を突き止めようと試みるフォーラム投稿に出くわす。全ての思い出が一気に蘇る。あるスレッドを基にして別のスレッドが建てられる — ウェブサイトの垣根を越えて、目撃者たちはお互いに連絡を取り始め、この現象について話し合うために、緊密に結束したプライベートコミュニティとチャットルームを構築した。探し方さえ分かっていれば、君も彼らを見つけられる。もし君がアイマンについてコメントすれば、彼らは君を見つけ出す。議論を通して全員の意見が一致した試しは無いし、アイマンが実在した証拠も全く見つかっていない。在るのはただ、プライベートIRCサーバーに陣取ったいい歳のユーザーベースが語る痛ましい物語だけ。今後もきっとそのままだろう。アイマンに関する限り、解散という選択肢は無い。

しかし、私はそれに全く満足できない。私の物語は違っている — 今回初めて、それを語ろうと思う。他の目撃者たちと異なるのは、私が見た物には確かな実体があったという点だ。

私とアイマンの出会いは、分かっている限り、完全に私だけの独特なものだ。私は“ジェダイ”を映画館では観ていない、1986年にレーザーディスクで鑑賞した。そして請け合おう — そこにアイマンは居なかった。さて、これは背景情報だが、世間のスター・ウォーズ熱は1986年にはすっかり引いていた。人々の(特に子供たちの)興味は他に移ったし、新しいコンテンツなんて夢物語でしかなかった。しかし、これは私にとって朗報だった — おもちゃが軒並み大幅に値下げされたからだ。毎週土曜日になると、私はおもちゃ屋に行って、売れ残りのスター・ウォーズ関連おもちゃが詰まった大きなバケツからフィギュアを2つ選んだ。私にとっても、ケチ臭さで有名だった両親にとっても、これは都合の良い展開だった。とにかく私は幸せだった。

ところが、ある土曜日、いつものようにバケツを漁ってパッケージ裏の説明書きを読み、ストームトルーパーがもう1人必要かどうか決めようとしていた私の目を、何かが引き付けた。おもちゃは全て見尽くしたと確信していた私が、今まで見たことの無かったフィギュア。恐らくもう察しがついているだろう、それは3.75インチの高みから私を睥睨するアイマンだった。熱心なスター・ウォーズのコレクターなら誰でも知っているように、あの界隈では無名の背景キャラがアクションフィギュアになるのはごく当たり前だから、馴染みの無いキャラを見るのはそれが初めてではなかった。ルーク・スカイウォーカーだらけの場所にも、イカ頭やセイウチ顔のエイリアンが1人ぐらい混ざっているものだった。だが、そのフィギュアは違った。彼は私を戦慄させたんだ。パッケージ裏の写真では、彼はジャバの宮殿の一員のように見えた。私はハットの一味に強い親近感を持っていた — それでも、そいつを買う勇気は出なかった。彼は余りにも不気味すぎて、率直に言うと、おもちゃ箱には必要なかった。私は別のストームトルーパーを選んでその場を離れた。

店から出るや否や、私はアイマンの事を考え始めた。実際あまりに怖かったので、あの一つ目の怪人が画面の隅っこから見つめていたらどうしようと怯え、二度と“ジェダイの帰還”を観ないことすら検討したほどだ。それでも、翌週の土曜日におもちゃ屋に戻った時、アイマンの姿が何処にも無いのに気付いて、私の恐怖心は和らいだ。安堵の溜め息を吐き、1週間限りのブギーマンについてはその後20年間も考えなかった。その通り、夢は一切見なかった。私は単純にアイマンを忘れ去った。やがて、あるSFフォーラムの投稿を見て、開いた口が塞がらなくなった。

あるユーザーがジャバの宮殿のサイクロプスについて訊ねていて、スレッド全体がそのユーザーと猛烈な議論を戦わせていた。ジャバの宮殿にサイクロプスは居なかったという面々と、確かに居たと言い張るスレ主の言い争いが何ページも続く。それを見てドッと記憶が蘇った — おもちゃ屋、フィギュア、恐怖。私は飛び入り参戦して必死にスレ主を擁護し、サイクロプスにはアイマンという名前が付いていた、ケナー社は最後の数年間で彼のフィギュアを作っていたとオタク知識をひけらかした。別のユーザーは、君は間違っている、その存在しないアイマンとやらは間違いなく眼帯を付けていたプルーンフェイスのフィギュアを誤解しているんだと一蹴した。間違っているのはそちらだと言い返したものの、複数のユーザーからそんなフィギュアは存在しないと言われた時、私は自分で調査しようと決断した。

インターネット上のあらゆるコレクター・ファンサイトを探し回ったはずだ。ケナー社の公式チェックリストを何百回も確認した — アイマンは居なかった。次に、別なシリーズのおもちゃが偶然スター・ウォーズ用のバケツに紛れ込んだのかもしれないと仮定したが、やはり成果は出なかった。私があの日見た物と似通ったおもちゃは1つも無かった。数日後、私はSFフォーラムからプライベートチャットルームへの招待PMを受信した。私は自分の話を語り、後は言うまでも無い。

今から6年前の事だ。それ以来、私はアイマンと、彼の周りに湧き出す緊密なコミュニティに魅了されてきた。メンバーは100人ちょっとだが、かなり親しい付き合いがある。気疲れする話題のアイマンはやがて — 私たちの小さな組織に加わる新しいメンバーを教化する時以外は — 重視されなくなり始めた。私たちはお互いを知り、人生や家族や趣味などを語るようになった。私たちは友人だったし、言葉にすると実に陳腐だが — アイマン・コミュニティは第二の家族のようだった。メンバーは皆何かしらの形でオタクだったから、時間と共にアイマンその人さえもが皮肉めいた扱いを受け始めたのも驚くには値しない。単眼のダモクレスの剣よろしく私たちの頭上に下がっていた子供時代の恐怖と不確実の具現体は、ほんの少し風変わりな名刺に変化した — 彼の存在は#WheresEyeManコーヒーカップとTシャツで不滅になった。私はアイマンの特注アクションフィギュアを入手したほどだ — 私の記憶している彼と同じぐらい怖かった。

この手のコミュニティの次なるステップは必然的に交流会になる。そう、アイマン界隈はより大規模なスター・ウォーズ関連コンベンションで一堂に会することを決定した。私は有頂天になった。会場まで車でたった2時間だったから、とうとう5年以上前から話してきた皆と直接会うチャンスがある。私はコンベンションに参加し、すぐに私たちが借りたホールを探し始めた。正面には“二ツ目の方のみお願いします”という大きな看板が置かれていた。チャットルームと同じ気楽な雰囲気、気さくな会話が続いているだろう — そう期待して私は入室したが、完全に間違っていた。

部屋の静けさには全く心構えができていなかった。40人くらいの人々が、ただお互いを見つめていた。所在なさげに歩き回る者もいれば、部屋の隅で声を潜めて会話している者もいた。主催者を見つけ、何が起きたのかと訊ねた。彼の返事を聞いて、私はアイマン自身から腹を殴られたように感じた。

何人かの参加者が、お互いの顔を知っていた。

森で。

地下室で。

コンベンションホールで。

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